第43話 声
メイは夢を見た。
母親の夢だった。
夢の中の優香はただ笑っていた。
明るいけど、なぜか人の神経を逆なでするような、無邪気な声で。
メイの見た目はほとんど父親似だったが、声は母親の優香にそっくりだった。
自分の声と優香の声が酷く似ていることに気がついたメイは吐き気を感じて目が覚めた。
メイが目覚める前に家族は皆起きていて、オルガはベッドに腰掛けてメイが起きるのを待っていた。
メイが目覚めるとオルガが優しく声をかけてくれた。
「おはよう、メイ」
「――!」
メイは、オルガに挨拶を返したかったのだが、声が出なくなっていた。
「メイ、どうしたの? 声が出ないの?」
オルガがメイを心配し、メイの顔にかかった髪を避けながらメイの額に手を当てた。
メイはオルガの問いにただ頷くことしかできない。
「ちょっと待ってて」
オルガは、パタパタと走って、小さな小瓶を一つ持ってきた。
「これ、私が作った薬。喉の炎症とかだと、これで治るから飲んで」
メイはオルガがくれた薬を飲んだ。
「――」
薬を飲んでも声はもとには戻らなかった。
オルガは慌ててセヴェリを呼びにいった。
家中が大騒ぎになった。セヴェリはメイを心配し、祖父母は急いで医者を屋敷に呼び寄せた。
* * *
「声帯に異常は無さそうなので、心因性の失声症でしょう」
メイを診察した医者は家族にそう告げた。オルガがショックで倒れそうになるのをセヴェリが支えた。
「どうしてこんな事に…… どうすれば治るんですか?」とセヴェリ。
「ストレスが解消されて、自然治癒する患者さんもいます。まずはご家族でゆっくり過ごして様子を見てみましょう。それでも、良くならないようでしたら心理療法と音声治療、必要に応じて薬物療法も組み合わせて治療しましょう」
医者は治療方針を説明して帰っていった。
メイは近くにあったメモに、伝えたいことを書いた。
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昨日、夢で自分の本当の母親の夢を見ました。
本当の母親は、私のことをかわいがってはくれませんでした。
本当の母親の声が自分の声にすごく似ていて嫌になりました。
お母さんやセヴェリさんは何も悪くありません。心配かけて、ごめんなさい。
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メモを見た、オルガとセヴェリは泣いてメイを抱きしめた。
「メイの声は、あの人とは全然似ていないよ……
メイの声は……小鳥がさえずるみたいで、かわいくて……
メイの声を聞くと、私はいつも元気をもらってたんだよ……
人生が嫌になったことだってあったけど、メイのおかげで私も励まされて生きてこられたんだ……」
「うぅ……」
メイも泣いた。うなり声だけ出せるようになっていた。
先程帰りかけていた医者を祖父母が大慌てで連れ戻し、メイがうなり声なら出せたことを伝えた。
医者は走らされて、額に汗をかき、ハンカチで拭う。
「いや、良かったです。うなり声を出せたのは一歩前進ですね。案外すぐ治るかもしれません。
うなり声は出せるので、鼻歌など音声療法に取り組んでみましょう。音楽は、心を癒やしてストレス発散にもなります」
「それなら、私の出番ね……」と、祖母のミイサが何かを決意している。
メイはなんだか嫌な予感がした。
「さ! メイ、おばあちゃまがハミングの基礎から、みっちりたたき込んであげます! さぁ、行きますわよ!」
ミイサはメイを抱き上げると、他の人の制止を振り切って走り去った。
「くれぐれも、無理はさせないでくださいね!」
メイは後ろからそんな医者の声が聞こえた気がした。
* * *
ミイサがメイを連れてきたのは、ヴィーエラ邸にある音楽室だった。部屋には大きな窓があり、ヴィーエラ邸の庭園を望むことができた。窓際にグランドピアノが1台置かれている。
「私は、こう見えても若い頃は、世界中で活動する歌手でしたのよ」
メイは目を大きく見開いて驚いた。以前、メイにケープをプレゼントしてくれた時、ミイサをどこぞの女優のようだなとメイは思っていたが、当たらずも遠からずであったようだ。
ミイサはピアノを引きながら歌を一曲披露してくれた。流石は元プロといったところか、力強く美しい歌声にメイは感動で体が震えるのを感じた。
演奏が終わるとメイは拍手でミイサの演奏を称賛した。
「さぁ、今度はメイの番よ。なんでもいいから、好きな曲を歌ってごらんなさい。歌詞はなくていいわ。ハミングって分かるかしら? 鼻歌よ」
メイはミイサの期待に応えるべく、ハミングで歌った。
曲は、小さいころオルガが毎晩のようにメイに歌って聴かせた子守歌だった。不思議なことにハミングだと、何の抵抗感もなく発声することができた。
メイの美しいハミングに心を打たれたのか、ミイサは涙を流した。
メイの歌が終わるとミイサが感想を教えてくれた。
「メイ……素晴らしいわ。あなた、才能があるわ。元プロの私が言うのだから間違いありません。
あなた、今すぐトーヤを退学してデビューしなさい。私が知り合いに話をつけますから、私の孫として売り出しましょう」
ミイサはまた暴走している。
「母さん! また勝手に話進めないで!」
遅れてやってきたセヴェリがミイサを止めた。
「メイ! 私は本気よ! もし、少しでもやりたくなったら、すぐに言うのよ!」
「あははは」
メイはミイサとセヴェリのやり取りが面白くて自然と笑っていた。
セヴェリはそんなメイを見て、ぎゅっと抱きしめてくれた。
メイはミイサの半ば強引な指導で大切なことに気がつくことができていた。
メイに色々なことを教えてくれたのは、間違いなくオルガだと言う事。
メイの中には、優香の血よりもずっと濃くオルガの教えや優しさが息づいている事を。




