第42話 メイの母親
「そういえばユオはどうしたの?」
ユオの姿が見えないことに気が付いたオルガがメイに聞く。
メイは、ユオは学校の先輩にいたく懐いてしまって、先輩に預けてきたと嘘の説明をした。
年末年始休暇の間、メイはセヴェリの実家で過ごすことになっていた。セヴェリの実家に帰ると、祖父母もメイの帰りを大いに喜んでくれた。
夕飯はご馳走が用意されていて、メイは学校であったことを家族に笑顔で話して聞かせた。
夕飯後、メイはセヴェリの実家に用意されていた「自分の部屋」へと案内された。初めて入る部屋なので、全然自分の部屋という感じがしない。メイドのお姉さんがメイのお世話係として一人ついてくれて、メイの入浴を手伝ってくれた。
「隣のメイド部屋におりますので、御用の際は呼び鈴をお使いください、お嬢様。失礼いたします」と言ってお姉さんは出ていってしまった。
メイは広い湯船にプカプカ浮かんで考え事をした。
先生とセヴェリさん……とても幸せそうだった……
オルガの幸せを望んでいたメイであったが、オルガの懐妊を知り、少し寂しさを感じているのも事実だった。
自分がこの豪華な部屋に不釣り合いなように、自分がセヴェリやオルガの家族を名乗ることに後ろめたさすら感じた。
新しく生まれてくる子供は間違いなくセヴェリやオルガの家族だが、自分は紛い物である――そんな気がしてならなかった。
私がお母さんのお腹にいる時、私のお母さんも先生みたいに幸せだったのかな……
最近は考えることが少なくなっていたメイの本当の両親について、メイは思いを馳せた。
「そうだ! 記憶の水鏡!」
メイは自分の職業診断で【記憶の水鏡】のスキルがあったことを思い出した。幸いにもメイは今湯船の中にいて、お湯がある。
ユオが使ったのを見たことがあるし、もしかしたら使えるかもしれない。
メイは湯船の中で立ち膝をして、「私がお母さんのお腹の中にいる時が見たい」と念じながら指先に魔力を込めて水面をゆっくりかき混ぜた。すると、湯船のお湯の中が揺らめき、映像が映り始めた。
「やった! できた!」
* * *
「アルト! そんなに焦ったら、危ないよ!」
純白のローブを着た長い黒髪に黒い瞳の女性が、数m先を進むアルトに声をかけていた。
アルトは少し気が立っているようだった。
「早く瘴気の原因を突き止めて、国を救うんだ! そしたら、オルガに謝りに行くんだ! もう、それしか彼女に会える方法が思いつかない」
アルトは吐き捨てるように、後ろを歩く女性に言った。
「そんな…… アルト、オルガを洞窟に置いてきた日に私のことを好きって言って抱いてくれたじゃない! あれは、嘘だったの……?」
黒髪の女性は大きな黒い瞳に涙をいっぱい溜めている。
「それは、オルガが裏切っていたと思ったからだ!
だいたい、優香がオルガが浮気してるなんて言い出すから、こんな事になったんだろ! 悪いけど、優香のことは愛せない。瘴気を祓うまでの一時的な関係だと思ってくれ」
アルトは優香と呼ばれた女性を待つことなく、進んでいった。
お湯が揺らいで場面が変わった。
「やった! やっと見つけた! 優香! このドラゴンの骨を浄化してくれ!」
ドラゴンの骨から黒い禍々しい煙のような物がわいて出ていた。
優香が長い杖を地面に立てると杖の先から、眩い光が放たれた。光はドラゴンの骨を包み込み浄化していく。
しばらくすると、ドラゴンの骨を包んでいた黒い煙はなくなり、辺りの空気も澄んだようにきれいになった。
「う……おぇ……」
優香は急に蹲り、地面に嘔吐した。
アルトも心配して、優香に駆け寄り、優香の背中さすった。
「優香! 大丈夫か? どこか具合いが悪かったのか?」
首を横に振るが、優香は泣いていた。
「ごめんなさい…… アルトはオルガのことが好きだから、黙ってようと思ったんだけど…… 私……あれ以来、生理がきてないの……」
アルトの顔が青くなり、血の気が引いていくのが見て取れた。
「ごめん……俺が悪いんだ…… 優香、責任取るよ……
こんなの優香は望んでないかもしれないけど……
結婚しないか? 優香と子ども、幸せにできるか分からないけど、俺なりに頑張るよ」
優香はアルトに抱きついた。
「うれしい! 私はアルトのこと大好きだから、ずっと受け入れてほしいと思ってたの!」
アルトも優香を抱きしめたが、表情は少し曇っていた。
再び場面が変わった。
「優香! 仕事にばかり行かないで、少しはメイのことを見てくれ! まだ乳離れもできていないのに、メイが、かわいそうだ……」
アルトは優香に対して怒っているようだった。
「だって、聖女の仕事が多くて大変なんだもん!
アルトは男だから分からないと思うけど、母乳あげるのだって大変なんだからね! 乳首が切れて、すっごい痛いんだから! いいでしょ、ミルクでも育つんだから、アルトが育てれば。冒険者ギルドにも戻れなくて仕事もないんだし」と言い、アーロのことを全く尊重していない。
「あ、そういえば聖女教の人たちがメイのこと育てたいって言ってたよ。預けちゃえば良いんじゃない? きっと蝶よ花よと育ててくれるよ?」
「お前……それ、本気で言ってんのか……?
自分の娘が金儲けのために利用されるのに何とも思わないのか……?」
「えーー! メイもお姫様みたいな生活ができるから、いいかなーーって思ったんだけどな」
メイは湯面を叩いて、記憶の水鏡を消した。
メイの額からは、じっとりとした変な汗が出ていた。
私……両親に望まれて生まれてきたわけじゃないの……?
だから、捨てられたの……?
メイは我慢できなくなって声を出して泣いた。
泣き声に気がついたメイドがすぐにメイの様子を見に来てくれた。メイドは急いでメイを湯船から引き上げ、体を拭いて寝間着を着せた。
メイドは、「お嬢様、失礼いたします」と言ってメイを抱き上げ、近くのオルガとセヴェリの部屋まで連れて行ってくれた。
「若奥様、申し訳ありません。お嬢様が入浴中に泣き出してしまいまして……」
メイドの報告を聞いたオルガはすぐに駆け寄りメイをだっこしようとしたが、オルガの体調を気遣ったセヴェリが代わりにオルガを抱き上げた。
「ありがとう。もう下がって大丈夫です」
オルガがそう言うと、メイドは申し訳なさそうに頭を下げ部屋を出ていった。
三人は部屋にあるソファに並んで座った。オルガは優しくメイの濡れた髪をタオルで拭いてくれる。
「メイ、何かあったの?」
セヴェリも心配してメイに事情を聞くが、メイは首を振るだけで何も言わなかった。
「メイ、今日は久しぶりに皆で寝ましょうか。久しぶりに会ったから寂しくなっちゃったのかもね」
オルガはメイを優しく抱きしめた。メイはまた涙がぽろぽろ流れた。
メイもオルガにぎゅっと抱きついた。
「先生…… 私、先生のこと、お母さんって呼んじゃ駄目ですか……?」
オルガは少し驚いた顔をしたが、笑顔で了承してくれた。
「もちろん。お母さんと呼んでいいんだよ。
ごめんなさい、私がメイがもっと小さかった時に、先生って呼ぶように教えたから…… 良くなかったね。寂しい思いをさせてごめんね……
私は、メイのことが大好きで、メイのことを本当に自分の娘だと思っているよ」
「お母さん…… お母さん……」
メイは安心できたのか、オルガの腕の中で寝てしまった。




