第37話 裏切り【番外編】
オルガは、それからというもの、森の家の修理をすることで時間をつぶした。傷んだ壁に漆喰を塗ったり、剥げた床板を新しい床板に変えたりと休まず作業した。何かしていないと泣いてしまうからだ。
オルガがいなくなっても、探しにくる人間は誰もいなかった。
家を直すための材料調達のためと、週に一度の薬の納品のために、久しぶりにオルガは街へ来ていた。
今日、オルガはセヴェリといつもの広場の前のカフェで待ち合わせをしていた。毎週そこで、完成した薬や化粧品を納品するのだ。
オルガが家の修理の材料を買ってから、待ち合わせのカフェに行くと、いつものようにセヴェリは決まった席に座っていた。オルガが来たことに気が付き手を振ってくる。
オルガはセヴェリの向かいの席に座った。
「少し痩せた?」とセヴェリがオルガの顔を見るなり、そんなことを言った。
「ちょっとね…… 風邪引いちゃって、寝込んでたんだ。ご飯食べられなくて……」
オルガは強がった。信用できない男に弱みを見せたくない。
オルガはギルドで「勇者と別れたなら、俺がかわいがってやるから来いよ」と言われたことを思い出していた。
セヴェリは眉間にしわを寄せている。
本当に何を考えているのか分からない男だ――とオルガは思った。
「風の噂で、勇者と聖女がパーティを組んだと聞いたけど……」
「うん、そうだよ。それ、うちのパーティのこと」
「オルガ、無理してない?」
(この男、私のことを心配しているのか?)
セヴェリの言動から、そう考えたオルガだったが、すぐに「薬が納品されなかったら、困るからか……」と考えを改めた。
「してないよ。明日はギルドに顔出す予定なんだ。はい、これ。今週分の薬と化粧品だよ。報酬はいつも通り、銀行の私の口座に振り込んでね」
オルガは魔法カバンから、納品する品をドスンとテーブルに一箱出して足早にその場を立ち去った。
セヴェリが後ろから手を伸ばして何か言おうしていた気もしたが、気にしないで駆け出していた。
セヴェリは、この時オルガを引き止めなかったことを死ぬほど後悔することになるとは思っていなかった。
* * *
次の日、オルガは宣言通り久しぶりにギルドに顔を出した。
するとそこにいたアルトと優香が笑顔でオルガを迎え入れてくれた。
「オルガ! 探してたんだぞ? 最近ギルドで見なかったから心配してたんだ」とアルト。
「そうだよ。アルトなんか、ギルドにオルガがいないとそわそわしてひどいんだからね!」と優香。
オルガは元気のない作り笑いを返した。
「今日は西の洞窟に行こうと思ってるんだ。オルガも来てくれるか? あそこは毒が効く魔物が多いから、オルガがいてくれると助かる」
アルトの思いがけない誘いにオルガは嬉しくなった。
(やっぱり、アルトは私のことを捨てた訳じゃないんだ)
「わかった。行くよ」
「やった! オルガがいれば安心だね!」と優香もいつものようにはしゃいでいた。
* * *
洞窟では、オルガが前衛で発光する薬の矢を前方にうち、洞窟の中を明るくしながら進んだ。
しばらく進み、洞窟の奥まで来た時にアルトが急に後ろからオルガの背中を蹴った。
オルガは何がおこったか分からず、前のめりで転んだ。急なことだったので、受け身をとれず足を変な方向へひねってしまった。
「な、何をするの?」
オルガは振り返って、アルトと優香を見た。
「優香が言ってたんだ……オルガが浮気してるのを見たって……
俺は見間違いだと思ってたけど……
昨日、優香と見たんだ。お前! あの時の商人と会ってるよな!」
アルトがオルガを睨んでいた。
オルガは呆然としてしまった。
「それは、薬を売るためで、別にやましいことがあった訳じゃ」
「嘘をつくな! やましいことがないなら、どうして会いにいくことを黙ってたんだ!?」
「それは……」
オルガは、言えなかった。パーティの貯金を増やすために、黙って薬を売っていたこと。その売り上げだけでパーティの装備や消耗品を整えていた時期があったことをだ。
アルトは自分たちの稼ぎだけで、やりくりしていると思っていた。アルトはセヴェリのことをよく思っていなかったし、そんなことをすると言おうものなら間違いなく反対していただろう。しかし、オルガが武器を使えなかった時には冒険者の稼ぎだけでは食っていくのでやっとだったのだ。
オルガの返答がないことを見て、アルトは手で額をおさえた。
「もう、お前の顔は見たくない!! 二度と俺の前に現れるな!!」
アルトはそう言うと踵を返して帰りだした。
優香がちらっとオルガを見て、舌をぺろっと出してアルトを追いかけた。
(嵌められた…… あの女、私をパーティから追放するためにわざとアルトに嘘を言ったんだ……)
オルガはそう直感的に判断した。
優香も許せなかったが、アルトのことも許せなかった。
(私はアルトのこと、信じて待ってたのに……)
オルガは腹の底から怒りと悲しみが沸き上がり、涙が止まらなくなった。
(ひとまず、ここから出ないと……)
立ち上がろうとしたが、さっき足を捻ったせいで左脚が言う事を聞かなかった。オルガは洞窟の壁に手を当て、何とか立ち上がった。
その時、後ろからガサガサいう、何かが地面を這う音が聞こえた。オルガが振り返ると人と同じぐらいの大きさのタランチュラという蜘蛛の魔物が後ろからものすごい速さで近づいてくるのが見えた。オルガは必死に片足だけで走ろうとしたがうまくできなかった。すぐに追いつかれ、タランチュラはオルガの上に覆いかぶさった。
「ギャャャーーー!!」
オルガの悲鳴を上げて、気絶した。
* * *
セヴェリは急いでいた。
オルガのジャケットにつけていた転移魔法が発動したと、ジャケットの製作を依頼していた職人から急ぎの手紙が届いたのだった。手紙には一緒に王都郊外の森の地図がつけられ、赤い印で目印が打ってあった。
その手紙がセヴェリのもとに届いた時、セヴェリは隣国エーデンにオルガの薬と化粧品を売りに来ていたところだった。手紙の消印は三日前の日付になっていた。セヴェリは全身の血の気が引いていくのを感じた。
あの時、最後にオルガに会ったときに違和感は感じていた。やっぱり無理やりにでも止めておけば良かった。
セヴェリは急いでエーデンで転移魔法を使える魔術師を探した。自分が商売で培った人脈や、父親のコネをフルに使い、辿り着いた転移魔法使いに、今回の商談で得た金貨を全て渡した。
転移魔法使いはセヴェリの気迫に押され、地図の場所へセヴェリを転移させた。
* * *
セヴェリが飛ばされたのは、森の中にぽつんと立つ、ぼろぼろの一軒家だった。
「オルガーー!! オルガーー!!」
セヴェリは大きな声で何度もオルガを呼んだ。
セヴェリが家の中に入ると、オルガは椅子に座り、前のテーブルに突っ伏していた。体は泥だらけで酷く汚れていた。
セヴェリはすぐにオルガに駆け寄った。
「オルガ何があった?! 怪我はない?」
オルガはゆっくり、顔だけセヴェリの方を向けた。
(良かった! 生きてる!)
――とセヴェリが安堵したのも束の間。オルガはぽろぽろと涙を流した。
「……せい…」
オルガが掠れた声で何かを言っている。セヴェリは聞き取れなかったので、聞き返した。
「オルガ、どうした?」
「お前のせいだって言ってんの!」
オルガは、泣きながら両手でセヴェリをぽかぽか叩いた。セヴェリはオルガが何を怒っているのか分からなかったが、オルガの怒りがおさまるまで叩かれていた。
オルガは手が疲れたのか、少し冷静になったのか次第にセヴェリを叩く手がゆっくりになった。
「落ち着いた? 何があったか教えて」
オルガは泣きながら、何があったのかセヴェリに話した。話を聞いたセヴェリは腸が煮えくり返る思いだった。
(あの男…… オルガをなんだと思ってるんだ!)
セヴェリは怒りがおさまらず、アルトに何かしてやろうと森の家を出ようとした。
しかし、オルガがそれを止めた。
「どこに行くの……?」
「あの男に何かしないと気がすまない」
「やめて!」
「どうして!?」
「だって、薬屋が会いに行ったら、私が本当に浮気してたみたいになるじゃない! そんなの絶対に嫌!」
オルガはもうセヴェリのことを名前で呼ばなくなっていた。セヴェリには、たったそれだけのことが酷く辛かった。
「……しばらく一人にして…… 大丈夫。ポーションが何本かあるから、死んだりしないから、もう帰って」
オルガはまたテーブルに突っ伏して動かなくなった。




