第36話 勇者と聖女【番外編】
宰相に説明され、優香はすんなりと事態を受け入れた。なんでも優香のもといた世界では、聖女召喚の文献が多く残されているらしく、すぐに事情が飲み込めたと言うのだ。
優香の職業やスキルは、すぐに召喚に携わった神官が行った。
職業【聖女】
スキル【魔法︰全属性使用可】【癒しの光】【浄化の光】
オルガとアルトは王様の命令で、聖女の優香をパーティメンバーに迎え入れることとなった。ロンがパーティから抜けていたので、魔法のスキルがある優香は即戦力として大歓迎だった。
王様からの命令は具体的に次のようなことだった。
1、勇者と聖女をパーティメンバーとし、聖女のスキルを育てること
2、瘴気の発生源を突き止め、発生を止めること
* * *
まずは、優香のレベル上げのために簡単な依頼を冒険者ギルドで受けることにした。三人でギルドに入ると優香を見た他の冒険者たちがざわめいた。長い黒髪に黒い瞳。王様から授かった純白の装備を着た優香は美しく、かなり目立った。
「女二人も連れて、相変わらず嫌な男だぜ……ハーレムかよ……」
どこからかそんな声も聞こえた気がした。少しアルトの表情が曇った気がしたオルガはアルトに声をかけた。
「大丈夫だよ。アルトが強いから、やっかんでるだけ。気にしないで」
「ありがとう、オルガ。オルガがいてくれて本当に良かった……」
オルガはアルトのことを尊敬していた。望んでいた訳でもないのに、急に勇者として担がれて、これだけ立派に冒険者として仕事をしているのだから。
ギルドの受付で、優香は冒険者登録を完了した。銀色の登録証をきらきらした目で眺める優香はとても可愛く微笑ましかった。
一番簡単な王都近くの草原での薬草採取の依頼を受けて、三人は街を出る。
「わぁー! ひろーい! 風が気持ちいいね!」
街を囲む城壁の門から出ると、すぐに草原に出ることができる。
爽やかな風を受けて、優香ははしゃいでいた。
「優香の故郷に草原はないの?」とオルガは優香に尋ねる。
「うーーん、住んでいる所から遠くまで行けばあるかな。でも、私の住んでいた所は建物ばっかりだったから、こういう大自然って、すっごく新鮮! ザ・異世界って感じ!」
優香の目は好奇心できらきらと輝いて見えた。
違う世界に急に連れてこられたのに、心配はないのだろうか――とオルガは持ち前の優しさから、優香のことが心配になった。
「急に連れてこられてびっくりしたよね? 家族とか兄弟とか故郷にいたんじゃない?」
そう言うと優香の目が潤んだ。
「オルガ……心配してくれてありがとう…… でも、大丈夫だよ」
優香は潤んだ瞳で健気に笑った。
「アルトとオルガは、なんだか故郷のお兄ちゃんとお姉ちゃんに雰囲気が似てるんだ。だからかな、違う世界でも、すこしだけほっとできてるよ。これからよろしくね!」
アルトも優香の言葉に心を許したのか、優香の頭をポンポンと叩いた。
「おう! よろしくな!」
オルガはその様子を見て、心に刺が刺さったように痛んだが気づかないフリをした。
* * *
「おい、見ろよ。また、勇者と聖女が一緒に歩いてるぞ。薬師から聖女に乗り換えたのか?」
「まぁでもお似合いじゃない? 正直、薬師が冒険者って無理あるし。今まで勇者のお情けで夢見れたんだから十分でしょ」
ギルドに行くとそんな声が聞こえてくるようになるまで、そんなに時間はかからなかった。
今日も、アルトと優香は二人でギルドの依頼をこなす為に出かけていった。なんでも、二人だと相乗効果で能力が上がるスキルが二人とも出たらしく、オルガはギルドで留守番になっていた。
そんな様子を心配してか、オルガの友人たちは皆オルガに声をかけてくれた。
「オルガ、辛かったら、しばらく冒険者はお休みしたら?」とアンナ。
「アルトの野郎! 俺がしばらく見ない間に調子にのって! オルガが家族を捨ててまで、ついてきてくれたこと忘れちまったのか!?
アルトのパーティなんか、いっその事辞めてしまって、うちのパーティに来い! オルガなら大歓迎だからな!」とゴードン。
しかし中には、そんなオルガの弱みに付け込もうとする奴らもいた。
「おう、オルガ。勇者と別れたなら、俺がかわいがってやるから来いよ」などと言ってオルガに絡んできたのだ。オルガは泣いてしまいそうになり、ギルドを飛び出した。
一人になりたくて、衝動的に街も出た。街にいると誰かが自分をあざ笑っているような気がした。
目的地は決めずに、街の近くの森をとぼとぼと一人で歩いた。
オルガは気がつくと自然と涙がこぼれていた。
アルトはオルガを裏切らないと、オルガは信じていたが、どうしても優香に嫉妬してしてしまう自分が嫌いだった。
アルトと優香は、国を瘴気から救うためにがんばってるんだ……二人とも、自分で選んだ道じゃないのにがんばってるんだ……
オルガは自分にそう言い聞かせて、唇を噛んだ。
しばらく歩いていると一軒の家が見えてきた。どうやら、空き屋のようだった。中に入ってみると、家の中には誰もおらず、床板は所々はがれ、はがれた隙間から草が生えていた。
オルガは部屋の中にあった椅子に力なく座り、声をあげて泣いた。
静かな森の家にオルガの泣く声だけが響いていた。
泣きつかれたオルガはテーブルに突っ伏して、いつの間にか寝てしまった。




