第25話 入学準備
「今日は私もついて行ってやろう」
「へ? 何言ってんの?」
今日はトーヤ入学に備えて学用品の買い物に行く予定だ。オルガとセヴェリと一緒にトーヤにある学用品店が多く入っているデパートに行くのだ。王都から馬車で一時間のところなので、メイは朝からせっせと準備していたのだが、ユオが急についてくると言い出したのだ。
「『何言ってんの?』とはなんだ! この間だって、セヴェリの実家に行くとかなんとか言って一日帰って来なかっただろ! 私がどれだけ空腹に悶え苦しんだことか!」
ユオは随分とご立腹のようだ。
「えーー! 猫なんだから、自分でネズミとかつかまえて食べればいいじゃん!」
ユオは怒りで毛を逆立てた。
「ネズミなど食べる訳ないだろ!! 大体、私は生肉は食べないぞ! そんな野生動物のような食性ではないのだ! 兎に角、今日はついて行く!
それに、メイ! お前は、魔法のスキルと武器のスキル、両方持っているようだが、よもや杖と武器、両方持って歩こうなどとは考えていないだろうな!?」
「え?」
もちろん、両方持って歩こうとしていた。
「はぁ、これだから実戦経験のない人間は困る。魔法を使っていて、急に敵に距離を詰められたらどうするのだ? その時に武器に持ち替えていては、いくら命があっても足りないぞ!
やはり、私がついて行くしかないようだな。オルガもセヴェリも非戦闘職だから、その辺のノウハウがあるか怪しい。私が直々に見てやろう」
そんな訳で、ユオも同行することになってしまった。
※
「わぁ!! すごいおっきいね!!」
一行はトーヤ学用品専門デパートに到着した。メイはその大きさにびっくりして両目をかっと見開いたまま瞬きすら忘れている。
(一体何階建てなの?)
「私も初めて来たから、楽しみだよ。メイとセヴェリと一緒にこんな大きなデパートで買い物できるなんて夢みたい」
珍しくオルガもはしゃいでいるのか、足取りが軽い。
そんなオルガを見て、セヴェリはハンカチで目を押さえる。なんだか二人とも喜んでいるようで、メイも嬉しかった。
「ニャア!」
早く入ろうと言わんばかりに、ユオが鳴いて先にデパートに入っていった。
入口は回転扉になっていて、ユオは軽快な足取りで入店する。メイが回転扉の入場に苦戦していると、セヴェリがメイをだっこして、同じく苦戦していたオルガの肩を抱いて、一緒に入ってくれた。
「セヴェリさん、ありがとう!」
メイはセヴェリにぎゅっと抱きついた。
「どういたしまして」
セヴェリはこういうことをさらっとするからカッコいいとメイは感心した。
オルガは恥ずかしかったのか、頬を赤らめて俯いた。
※
最初の予定の制服の採寸が終わった一行は、次に武器屋に向かって移動中だ。
「武器屋は五階だって! はやくはやく!」
メイはユオと一緒にエスカレーターに飛び乗る。そのすぐ後ろにオルガとセヴェリが乗った。
五階はワンフロア全て武器が並んだフロアだった。
ユオはすたすたと勝手に進み、武器を見ていくが、メイにはどれがいいのかさっぱりだ。
「先生! どれがいいのか分かりません!」
「そうね…… メイは武器と魔法の両方のスキルがあるから、杖より剣とかの方がいいんじゃないかしら? 冒険者ギルドで魔法剣士の職業をしている人を見たことがあるわ。セヴェリはどう思う?」
「そうだな、こういうのはプロに相談するのがいいんじゃないかな。ほら、そこに相談カウンターがあるよ」
三人は、相談カウンターにいるお姉さんに話を聞くことにした。
セヴェリが相談カウンターの店員に「すみません。娘の武器を選びたいのですが、どう選んだらいいですか?」と声かける。
メイはセヴェリに娘と言われ、なんともいえない喜ばしさを感じた。
店員はにこやかに対応してくれた。
「ありがとうございます。それでは、お子様のスキルを拝見したいので、こちらの椅子にお掛けください。手を出してくれる?」
メイが手を出すと、店員はメイの手首に人差し指と中指を乗せた。
「すごいですね! 【魔法︰全属性使用可】と【武器︰全武器使用可】! こんなスキル初めて見ました!」
「お姉さん、スキルが分かるんですか?」
メイが不思議に思って聞いた。
「そうですよ。【鑑定】のスキルを持ってるんです。魔法と武器の両方使えるお客様は、魔法も使いやすい魔石がはめ込まれている剣をお使いなるお客様が多いです。
ただ、お客様は全武器使用可のスキルですので、何か得意な武器や使いたいものがございましたら、こちらでカスタマイズさせて頂くことも可能です。何か使いたい武器はございますか?」
店員の質問にメイは首を横に振って答えた。
「では、ひとまず魔石がはめ込まれた剣のコーナーにご案内致しますね」
店員は魔剣コーナーと書かれたコーナーに一行を案内してくれた。
そこには、もうユオがいて、じっくり武器を眺めている。
「あ、うちの猫です」
店員さんに一応メイが説明した。
ユオが「ニャア」と鳴いて、一本の剣を前足で指した。
「ああ、猫さんお目が高い! 確かにこの剣が合うかもしれません。お客様の身長でも扱いやすいショートソードになります。
お客様が今持つとロングソードみたいになってしまうかもしれませんが、軽くて使いやすい武器ですよ。どうぞ持ってみてください」
メイは勧められた剣を手に取ってみた。柄頭に赤い魔石が嵌められていて美しい。長さは50cm程で、他のショートソードよりも短いようだった。フライパンと同じ位の重さだなとメイは思った。
「試しにソードベルトもつけてみましょう」
そう言って店員さんはメイの腰にベルトを巻いて、そこにショートソードをさしてくれた。剣先が床にもつかず、丁度よい長さだった。
「うん。サイズもぴったりですね。お父様、いかがでしょうか?」
店員はセヴェリの顔を見る。
「メイはどうしたい? 気に入った?」
セヴェリはメイの意見で決めてくれるようだ。
「これがいい!」
メイは気に入る剣が見つかり、上機嫌だ。
「じゃあこれで。ソードベルトもこのフロアで選べるのかな?」
「はい! ご案内させていただきます。こちらへどうぞ」
ユオは、また先を歩いている。どうやらベルトもユオが決めるつもりでいるらしい。
※
一通り買い物も終わり、最上階のレストランフロアで、一行はお昼ご飯を食べることにした。
メイはチキンステーキを注文して、ユオにも半分分けてあげた。ユオは満足そうに口をもごもごさせながら食べている。
デパートに猫を連れていっていいのか、少し心配していたメイであったが、他にもフクロウや猫を連れている人が、ちらほらいたので安心して昼食を食べることができた。
食後のサービスの紅茶を飲んでいる時にオルガはメイに小さな包みを渡した。
「メイ、これ誕生日プレゼント。遅くなってしまったね。その――結婚の話とは別に、ちゃんとあげたくて」
「ありがとうございます! 開けてみてもいいですか?」
オルガは微笑みながら頷く。
5cm四方位の大きさの小さな紙袋を開けると、中にはきれいな赤いビーズが通されたヘアゴムが入っていた。
「トーヤに入学したら、寮生活で髪の毛結ってあげられなくなるでしょ? ヘアゴムならメイも自分でつけられらかなと思って」
「ありがとうございます! つけてみますね!」
メイは自分の髪をひとまとめにして、赤いヘアゴムでくくってポニーテールにした。
「どうですか? 似合ってますか?」
「うん。すごく似合っているよ……」
(あんなに小さかったメイが一人で髪をしばれるようになった……)
オルガはメイの成長を喜ぶのと同時に自分の手もとから離れてしまうことを実感し、目頭が熱くなった。
「メイ、俺からもプレゼントだ。これは入学祝いだぞ」
セヴェリには誕生日に立派なケーキをもらっていたので、入学祝いだとわざわざ前置きされる。渡されたのは、綺麗にラッピングされた小箱だ。
「開けてみるね」
リボンを解いて、箱の蓋を開けると、中には銀のコンパクトが入っていた。ビーエラ商店の家紋である狐が銀細工で描かれていた。
「わぁ、すてき! 鏡だね!」
セヴェリは頷く。
「トーヤでメイが、誰かにナメられたら困るからね。生意気なやつがいたら、それを見せなさい。」
「うん? 分かったよ」
メイには何のことかよく分からなかったが、ありがたくコンパクトを受け取り、ポケットにしまった。




