第21話 メイのお願い
「おーい! メーイ!」
メイが仕留めたうさぎを食べられるように処理し保存用の葉で包んでいると後ろからメイを呼ぶ声がした。セヴェリが迎えに来てくれたのだ。
メイは急いで川の水で手を洗い、着ていたローブの裾で手を拭いた。
「セヴェリさん、こんにちは! 迎えに来てくれたの?」
「そうだよ。オルガがそろそろ呼んできてくれって言うからさ」
「ちょうど良かった。セヴェリさんと少し相談したいことがあるんだ」
メイは日が当たって、じんわり温かくなった岩にセヴェリと一緒に腰掛けた。
「実は、私…… 職業診断の儀式が終わったら、トーヤ大学に入学したいんだ」
「え?」
セヴェリは驚いているようだった。
「もう、そんな事考えているの? メイは本当にしっかりした子だね。俺がメイくらいの時はなんにも考えてなかったよ。ほんとに」
「それでね、先生が一人になっちゃうでしょ? 私、心配なんだ。セヴェリさんを信用して話すんだけど、先生には内緒だよ?」
セヴェリは頷く。
「先生ね、夜寝てる時、怖い夢を見るみたいで、泣いたり、叫んで起きちゃうことがあるんだ…… 私、隣の部屋で寝てるから、音が聞こえてきて気がつくの。
そんな時は、私、先生の部屋に行っていっつも一緒に寝てあげてるんだ。そうするとね、安心するのか、泣かないで寝てくれるんだよ」
セヴェリは眉間に皺を寄せながらメイの話を聞いた。
「私がトーヤに行くとそういう事もできなくなっちゃうでしょ…… だから心配なんだ…… それで、セヴェリさんにお願いなんだけど……」
「うん、何?」
「先生と結婚して、セヴェリさんの行商に一緒に連れて行ってくれないかな? 先生、セヴェリさんと最近仲がいいし、一緒にいたら幸せになれるんじゃないかなって思うんだ」
「俺は構わない……と言うか喜ばしいくらいだけど……オルガがいいって言うかどうか……」
セヴェリは困ったように頭を掻いた。
「ほら俺、毎回オルガにプロポーズしてるけど、オルガはちゃんと聞いてくれないし――」
「先生は極度の恥ずかしがり屋だから、聞こえないふりをしているだけ! ほんとはすごくうれしいの! 弟子の私が言うんだから、間違いないの! 今日、お誕生日会で私、先生にお願いするから、もし先生がいいって言ったら結婚してね! 絶対だよ! あと、私がトーヤに行く前に結婚式して!」
「えぇ!! そこまで考えてるの!?」
セヴェリはまたもやメイの思考に度肝を抜かれるのだった。
※
「あ、やっと帰ってきた。 おーい! 遅いよ!」
オルガは遠くに見えるメイとセヴェリとユオに手を振った。
セヴェリはにこやかに手をふりかえしたが、すぐに体を屈めてメイと何やら内緒話している。
「先生ただいま! ユオがうさぎ捕まえてきたから、川で捌いてきたよ。焼いてもいい?」
「ああ、もちろんいいよ」
メイは踏み台に乗り、自分で料理を始めた。
フライパンの上に油をひいて、うさぎ肉をのせる。塩とローズマリーを上からかけて一緒に焼くらしい。
メイはよく家事も手伝ってくれるので、こういったことは手慣れた手つきでやってくれるのだ。
(本当にいい子に育ってくれた……)
オルガは感傷的になって、少し涙ぐんでしまった。誰にも見られないようにエプロンの裾で涙をぬぐった。
――それにしても、猫がうさぎを取ってくるだなんて、よく働く猫だ。ネズミやモグラを取ってくるって話は聞いたことがあるけど、山猫はうさぎも捕まえるのね……
ユオはよく、うさぎやらカモやらを捕まえて帰ってきた。最初は不思議に思っていたオルガだったが、だんだん慣れてきてしまって、そんなものかと思うようになっていた。
※
オルガとメイは出来上がった料理をテーブルの上に並べた。セヴェリが買ってきてくれたホールの大きなイチゴタルトものせるとテーブルはご馳走でいっぱいになった。
ユオは焼いたうさぎ肉を分けてもらい、満足そうな顔をしながらもう既に食べ初めていた。
「いただきます!」
メイがにこにこしながら、ご馳走を食べている様子を見てオルガも幸せな気持ちでいっぱいになった。
ケーキを食べ終えた頃、メイがセヴェリにちらちらと何か目配せしている。メイは「おほん」と咳払いをしてから話し始めた。
「先生……私、プレゼント決めました」
先日、オルガがメイに誕生日プレゼントは何がいいか聞いていた返事がまだだった。メイは少しもじもじしている。
「なんだい? 言ってごらん」
オルガは優しく微笑んだ。どんなおねだりをされるのかオルガは楽しみに待った。メイはしばらく自分の指を組んだり開いたりしてから、意を決したように答えた。
「お願いです! セヴェリさんと結婚してください!」
「えぇ!!」
オルガは当然驚いた。そんな言葉がメイの口から出てくるとは全く予想していなかったので、危うく座っていた椅子から滑り落ちるところだった。
セヴェリも勢いよく立ち上がり、オルガの前で頭を下げた。
「俺からもお願いします! 俺と結婚してください!」
オルガの顔は真っ赤になっている。なんと答えていいのか分からずにオルガは「私……」とだけ言って言葉を詰まらせた。
「……メイ、どうして急にそんな事を言うんだい?」
メイはトーヤ大学に入学して、森の家を出ることを考えている話をオルガにした。
オルガは口角が下がり少し怒った顔をした。
「どうして、そんな大切なことを相談もなしに決めてしまうの? 私は……メイにとってそんなに頼りないかい?」
オルガは怒りながら、涙をぽろぽろ流した。
メイとセヴェリはあわてた。オルガが泣くのは二人にとって予想外だった。
「そんな大事なこと……私にも相談して欲しかった! 娘の大事な進路のこと、私も一緒に悩みたかった……」
オルガの言葉にメイも息をのんで、自然と目から涙がこぼれた。
「先生…… 私のこと、娘って……」
(先生は私のことを娘だと思ってくれていたんだ……)
メイは立ち上がり、オルガに駆け寄って抱きついた。オルガもメイを強く抱きしめ返した。
「当たり前でしょ! 赤ちゃんの頃から私が育てたんだ! 誰が何と言おうが、メイは私の娘だよ! 返してほしいって言っても返してやらない! 私は、メイと離れたくない…… ずっと一緒にいたいよ……」
メイとオルガはぎゅっと抱き合って、互いに涙が止まらないのだった。




