第19話 薬屋開店【番外編】
セヴェリが冒険者ギルドに入ると、すぐにオルガを見つけることができた。美しい赤毛は遠くからでも目を引く。少し寂しそうな顔をしながら一人で椅子に腰掛けていた。
(あの目障りな男はどこだ?)
セヴェリがきょろきょろ探すと、オルガの目線の先に小さな人だかりができていることに気がついた。
その人だかりの中心に、あの目障りな男はいた。しかも、あの男はオルガという人がいながら、数人の女性に囲まれて笑顔で話をしているではないか。
怒りが湧いてくるのと同時にオルガが気の毒でならなかった。それで、オルガはあんな顔をしているのか。
「オルガさん」
オルガはセヴェリに気が付き、急いで笑顔を作って立ち上がった。
「あ! セヴェリさん。こんにちは、しばらくぶりですね。あれから、怪我は具合いはどうですか? 痛みませんか?」
(あなたのことを思うといつも胸が痛みますよ)
セヴェリは心の中でだけ本心を言った。
狐のような目を細めて、オルガに笑顔を返す。
「ありがとうございます。怪我をしていたのが嘘みたいです。元気いっぱいですよ! あれ、勇者様は人気者ですね」
セヴェリはアルトを指差して言った。
「あぁ……そうなの……アルトは勇者だし…… 子供の時は、背も低かったんだけど、最近身長も伸びてかっこよくなっちゃって…… 女の子からモテるんです……」
オルガは自分の顔をセヴェリに見せないように俯いた。アルトのことを考えると泣いてしまいそうだったからだ。
セヴェリは、思わずオルガの手を掴み連れ出していた。
(こんなところにオルガさんを1秒でも置いておきたくない)
「オルガさん、ちょっと話があるんです! 天気がいいので広場でお茶でもしながら話しましょう!」
「え! ちょっと!」
オルガは急なことで驚いていたが、ついてきてくれた。
※
セヴェリはオルガを連れて、広場にあるカフェのオープンテラスまで来た。
「あの……」
オルガがセヴェリに掴まれた自分の手を見て顔を赤らめていた。
「あ、ごめんなさい。つい……」
セヴェリはオルガの手を離した。そして椅子をひいて「どうぞ」と言ってオルガを座らせた。自分も向かいの椅子に腰掛ける。
オルガは椅子を引かれ、座らされたことが恥ずかしかったのか、顔を赤くして両手で覆ってしまった。
(いや、かわいすぎるだろ……)
セヴェリは心の中でまた呟いた。
学生時代は貴族の女の子ともよく遊んだから、エスコートや椅子を引くなどはセヴェリにとって当たり前のことだった。こんなに恥ずかしがる女性を初めて見て、セヴェリまで恥ずかしくなってきてしまった。
恥ずかしさを誤魔化すために、店員を呼びおすすめの紅茶を自分とオルガの分注文した。
「それで……お話ってなんですか?」
少し冷静さを取り戻したオルガがセヴェリに質問した。
「オルガさん。俺にあなたの薬を売ってくれませんか? 失礼ですが、あなたたちのパーティのことを少しだけ調べさせていただきました。お金に困っているのではありませんか?」
オルガは目を泳がして少し悩むような素振りをしてから頷く。
「はい……実はそうなんです。アルトとロンはすごいんです。どんどんレベルも上がって、強くなって…… 私は薬を作れば、薬師のスキルのレベルは上がるんですけど、魔法のレベルとかは全然上がらなくて……」
オルガはぽつりぽつりと自分の悩みを少しずつセヴェリに打ち明けた。
「私がパーティにいなければ、もっと難しい依頼にも挑戦して、もっと稼げるはずなのに、私のせいであんまり難しい依頼は危ないからできなくて…… そのせいで、私たち装備もなかなか新調できないんです……」
話が進むごとにオルガの表情は暗くなる一方だった。
「薬も少しだけ、冒険者ギルドに売っているのですが、私の薬、効き目が強すぎて使いにくいらしくて…… 他の薬師さんのと比べたら、金額が高くなってしまうから、あんまり売れないんです…… だから、ギルドもたまにしか買ってくれなくて……」
オルガの目は涙で潤んでいた。
セヴェリはオルガがかわいそうで話を遮るように自分の提案をした。
「では、ぜひ俺にあなたの薬を売ってください! 冒険者ギルドより、ずっと良い給料をお支払いします! 先日、俺を助けてくれた時に飲ませてくれた薬。本当に素晴らしかったです! あなたの作る薬を必要としている人を俺は知っています! 任せてください!」
オルガは、まだ不安そうだ。
「こちら、俺が考えた事業計画書です。読んでみてくれませんか?」
セヴェリは先日、友人たちに相談して考えた事業計画をオルガに見せた。オルガはそれにじっくりと目を通した。
「これ、化粧品の製造についても書いてありますが……」
「作るのは難しいですか?」
オルガは首を横に振って否定した。
「原理は薬を作るのと同じですから、作れると思います。すごい! こんなこと思いつきもしませんでした!」
オルガは目を輝かせて嬉しそうだ。
よし!――とセヴェリは心の中でガッツポーズをした。
「でも……」
オルガにはまだ懸念事項があるようで少し押し黙った。
「私、薬師で商売したいんじゃなくて、一人前の冒険者になりたいんです」
オルガの目には迷いのない強い意志が宿っていた。本心から言っているのであろうとセヴェリは思った。
「私のスキルで【薬品自動精製】というスキルがあって、私が直接作らなくてもスキルで薬品を製造することができるんです。だから、薬品をある程度大量生産することも可能です。だけど、そのスキルは攻撃魔法と同時の使用ができないんです。
これだけ大きな商売となると、ずっと【薬品自動精製】を使い続けないといけないと思うんです。だから冒険をしながらだと難しいかと……」
セヴェリに抜かりはない。オルガの返答も予想済みだった。
「その辺も考えてきました。オルガさん。あなたの冒険者のスタイルも俺に提案させていただけませんか?」
オルガはきょとんとした顔をしている。セヴェリの言葉の意図が分からないといった表情だ。
「そもそも、薬師が攻撃魔法を使うことに無理があるんです。レベルも上がりにくいって、さっきおっしゃってましたよね? 毒や火傷を負わせる薬を作って攻撃するのはどうでしょうか?」
「でも、薬を使うためには、敵と距離を詰める必要があるから……」
「こちらをどうぞ。差し上げます。」
セヴェリは自分の魔法カバンから、前もって用意しておいたオルガの装備一式を取り出した。
「これは……ボウガンですか?」
装備一式の内の一つ、ボウガンをオルガは手に取り眺める。
「はい。特注で作ってきました。ボウガンの矢のところに薬品を仕込めるようになっています。非力な女性でも使いやすいように小型ですが、平均射程距離は20m〜30mはあります」
オルガは息を呑んだ。
「すごい! これなら、私でも戦闘に参加できる!」
「そうです。先日、馬車の中でスキルを使って敵の弱点が分かるとおっしゃっていましたよね。そのスキルとも相性が良いと思うんです。あとは、こちらもプレゼントさせてください」
先ほど出した装備一式の内の最後。深緑色のジャケットをオルガに手渡した。
「着てみてもいいですか?」とオルガが聞く。
「勿論! こちらも特注で作らせていただきました。ウィンターウルフの毛を織り込んで作った布で刃など一切通さない防刃ジャケットになっています」
(あなたが怪我をしたら嫌なので)
他にも、セヴェリからオルガの位置が分かる位置情報魔法や死に直面するような時に安全なところに転移する転移魔法など、付けられるものは全て付与した逸品だった。嫌がられたら困るので言わなかったが、色はセヴェリの瞳の色と同じという独占欲丸出しの色選びである。
これらの装備は、父親から渡されていた金額では足りず、セヴェリが父親に土下座をして借金して作ったものだった。
「こんなに、上等なもの……」
オルガは少し申し訳無さそうだった。
「もちろんタダでとは言いません。先ほどご提案させていただいた、事業計画に協力すると言っていただけたらです」
「あと、もう一つお願いがあります」
この提案は最後までしようかどうしようか、セヴェリが悩んでいたことだった。
「これからはオルガさんが作った薬は俺だけに販売すると契約魔法で約束させてください。もちろん、冒険者の仕事中にも使うでしょうが、オルガさんが自分に使用する時とパーティメンバーに使用する時、武器としての使用のみとさせてください。
この条件をお約束して頂けるのなら、先程提案させていただいた内容でお取引をさせてください」
オルガは悩んでいるようだった。
この契約魔法はオルガを守るための契約だった。
オルガの薬はこれからかなり売れることが予想された。そのため、他の卸業者や悪徳業者に目をつけられないための防衛措置だった。
実際、こういった契約魔法をすることは商いの世界では常識であったが、自由な気風を重んじる冒険者に受け入れられるかセヴェリは心配していた。
しかし、現在のパーティの状況を考えたら、受け入れざるを得ない選択の提示であることをセヴェリは理解していた。それ程、あのパーティは困窮していた。この提案を断った先の未来はパーティ解散しかないだろう。
オルガは決心したようだった。
「分かりました。それでお願いします」
セヴェリは用意していた、契約書をオルガに渡し、相違がないか確認してもらう。
オルガが問題ないと契約書を返してきたので、いよいよ契約魔法だ。
「前もって伝えておきますが、少し痛むのと、契約の印の痕が残ります。利き手じゃない方の手を出してください」
セヴェリはオルガに契約魔法を施した。
ジュっと小さな音がして、オルガは少しだけ顔をしかめたが、それ以上痛がることはなかった。
基本的に魔法が使えないセヴェリだったが、これだけは学生時代に必死で練習して覚えた唯一の魔法だった。
「これで、契約は成立ですね。これからはビジネスパートナーですから、敬語はなしにしませんか?」
セヴェリが思い切って提案してみるとオルガは笑顔で頷いた。
「いいよ。セヴェリ」
セヴェリはオルガが言った呼び捨ての名前を噛み締め、天にも昇る思いだった。
こうして、セヴェリはオルガのための薬屋を開店するに至ったのであった。




