第14話 記憶の水鏡
「これで、ユオは私の友達なんだよね?」
メイはきらきらした目で、黒猫のユオに近づく。
「そういうことになるな……って、おい! 何をしようとしている!?」
メイは両手を握ったり開いたりしながら、ユオとの距離をつめた。
「隙あり!」
「おい! やめろ!」
メイはユオに抱きついて、ふわふわの毛をモフモフする。
ユオは、メイの腕からするりと逃げだし、大きく距離をとった。
「えー! 友達でしょー! もふもふさせてよー!」
「そんなことは契約にはなかった! 契約に無いことは断固として拒否する!」
ユオは毛を逆立てて、「シャー!」と言いながら怒っている。
「えー! じゃあ何して遊ぼうか…… そうだ! 相談にのってもらう約束はしたよね? 相談にのってほしい!」
「良かろう…… 何を相談したいんだ?」
ユオはまだ警戒しているのか、距離を保ったままだ。
「ええとねー。先生がね、何も教えてくれないんだ。日常生活のこととか、薬の作り方とか、簡単な魔法とかは教えてくれるよ。でもね、私のお父さんとお母さんのこととか、先生自身のことは全然教えてくれないんだよ」
一瞬の静寂が訪れた。
「本当に知りたいのか?」
ユオを動かず、静かに聞いた。
「え?なんでそんな事聞くの?」
メイにはユオの言いたいことがよく分からなかった。
「知りたい…… 知りたいよ!」
ユオはとことこメイに近づいてきて、メイの近くの泉の方を向き直った。ユオが右前足の先を少しだけ泉に入れてぐるりと水をかき回す。すると泉の水が揺らめいて、奥に何か映像のようなものが浮かび上がってきた。
「見ていろ。これが、お前の先生が隠している真実だ」
メイはユオの映し出す映像を見てしまった。
※
「やーい!人参あたまー!」
「やめてよー……」
メイと同じ年位の赤毛の女の子を、同じく同い年くらいの子どもたちに追いかけまわしていた。
「これ、もしかして先生?」
メイは泉の中に映る、赤毛の少女を見て言った。
きれいな赤毛に緑色の瞳。
「そうだ」
ユオは静かに答えた。
――先生が他の子どもたちにからかわれている! 助けたい!
メイは泉に手を伸ばすが、幼き日のオルガを助けることはできなかった。
――その時
「やめろ! オルガから離れろ!」
一人の少年がオルガと子どもたちの間に立ちはだかった。
「げ! アルトだ! にげろー!」
アルトと呼ばれた少年を見た子どもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
アルトを見て、メイは気がついてしまった。
「この子、私とそっくり……」
金色で、外の光を浴びると白く輝く髪の毛。
「この子が私のお父さんなの?」
メイがユオを見ると、ユオは頷く。
「オルガ、大丈夫?」
アルトはオルガに優しく声をかけた。
オルガはしくしくと泣きながら、小さな声でアルトにお礼を言った。
※
オルガはフィンド王国の南端。エテランという港街の出身だった。
オルガの父親は街で医者をしていて、母親は看護師をしていた。港街なので、外国から入ってきた新しい病が流行ることがあり、オルガの両親は使命感を持って仕事に励んでいた。オルガはその家の一人娘で将来は父親の病院を継ぐことを期待され、勉学や両親の仕事を手伝う毎日を過ごしていた。
アルトは漁師の家の生まれだった。アルトの上には二人の兄がいて、アルトはその家の三男だ。跡取りは兄たちがいたので、全く期待されずに自由な幼少時代を過ごしていた。
アルトはかなり活発で、よく怪我をした。膝を擦りむいたりは日常茶飯事だった。両親の手伝いで、簡単な治療ができるオルガは、アルトの怪我の治療をよくしていた。仕事の手伝いで忙しく、殆ど家を出ないオルガの友達はアルトだけだった。




