10.「決着」
「クラクラクラ! 捕まえたクラ!」
「あっ!」
クラーケンが伸ばした触手に捕まっちゃった。
ヒレのおかげで自由自在に動けるはずなんだけど、まだ慣れなくて。
お姉ちゃんは「ルド君!」と叫びつつ、ちゃんと俊敏に海中を泳ぎながら長剣で迫り来る触手を斬り落としている。
「これで終わりクラ! 鯨ですら簡単に引き千切るこの膂力で、お前のちっぽけな身体なんて、あっと言う間に捻り潰してや――」
「たあああああああああ!」
「うそおおおおん!? 引き千切ったクラ!?」
本体に近付きたいけど、「く、来るなクラ!」と、クラーケンが再生する触手が次々と襲い掛かって来るので、中々距離が縮まらない。
「隙ありクラ!」
キン
触手の先端にある毒針が、僕の胸にぶつかってきた。
キン、キン、キン
「クラクラクラ! さっきは偶然毒が効かなかったみたいクラが、このミスリルすらも貫く毒針で、直接体内に毒を注入すれば問題ない――って、え? キン、キン、キンって、なんで突き刺さってないクラ!?」
「〝お祈り〟したから!」
「神頼みで必殺の一撃を防がれてたまるかクラ!」
キン、キン、キン
「一体どうすれば……そうクラ! 異世界転生者から聞いたことがあるクラ! お前、もしかして注射が怖いクラ?」
「こ、怖くないもん!」
「じゃあ身体を硬化せずに、刺されてみろクラ」
「……分かった!」
「ルド君!? 何挑発に乗ってんのよ!?」
「食らえクラ!」
ズブッ
「クラクラクラ! 鯨でも一瞬で意識を失う毒クラ! 今度こそ終わり――」
「へっちゃらだもーん! ぐすっ」
「なんでえええええええ!?」
注射を思い出してちょっと泣いちゃったけど、我慢した!
我ながら偉いと思う! えっへん!
「ふざけるのも大概にするクラ! こうなったら、奥義を見せてやるクラ! 『デスボルテックス』!」
「わっ!」
「きゃあ!」
巨大な渦巻が生じて、僕とお姉ちゃんは吸い込まれていく。
「クラクラクラ! その中心部に待つのは、このクラーケンの口クラ! 二人ともまとめて喰ってやるクラ!」
お姉ちゃんまで!?
そんなことさせない!
「たあああああああああ!」
「クラクラクラ! 馬鹿クラ! 自分から突っ込んできたクラ! お望み通り、喰ってやるクラ!」
バクッ
「食べられちゃった」
中は真っ暗だ。
まずは〝お祈り〟して、クラーケンの体内を明るく照らす。
「うーん、肝って、内臓だよね? 心臓とかで良いのかな? でも、念のためにそれっぽいのは全部持って帰った方が良いよね? そもそも、どれが心臓かなんて分かんないし」
目当てのものを見つけるために、取り敢えず僕は殴って体内を採掘することにした。
「えいっ!」
「うげえええええ!」
クラーケンの悲鳴が聞こえる。
「んーと、これかな? 持っていこうっと!」
ブチブチブチ
「ギャアアアアアアアア!」
「これもかな? よいしょっと」
ブチブチブチ
「ギャアアアアアアアア!」
「こっちのもついでに」
ブチブチブチ
「ギャアアアアアアアア!」
あらかた内臓っぽいのを引き千切った後。
「よし、じゃあ、外に出ようっと。たあああああああああ!」
「ギャアアアアアアアア!」
〝お祈り〟で強化した拳で、体内の壁を吹き飛ばして、巨大な〝肝〟と共に外に脱出する。
「ルド君! 良かった! 無事だったのね!」
「うん、へっちゃら!」
ピクピクと全身が痙攣し瀕死のクラーケンは、低い声で呻いた。
「こ、こんなふざけた殺され方されてたまるかクラ! せめて一矢報いるクラ! 食らえクラ! 『呪い』!」
「えいっ!」
「……はいいいいい!? それ、〝呪い〟なのに! なんで弾けるクラ!?」
「〝お祈り〟したから!」
「だから、それはただのパンチクラ! ……くっ! こ、こんなガキに……ぐふっ……!」
〝どす黒い炎〟のような見た目の〝呪い〟は海面へと吹っ飛び、そのまま空中へと舞い上がり、どこかへ消えた。
こうして、僕たちはクラーケン討伐に成功した。
※―※―※
「本当に倒しちまうなんて……信じられないよ……」
船で待っていたフィーマさんは、巨大肝と共に浮上してきた僕とお姉ちゃんを見て、あんぐりと口を開ける。船に上がる頃には、僕らのエラとヒレは消えていた。
※―※―※
波止場に着いた僕らを見た漁師の人たちが、「マジか!?」「本当に倒してきやがった!」と、目を見開く中、「父さん!」と、フィーマさんが必死に呼び掛ける。
「う……」
「良かった! まだ息がある! クス婆!」
「はいはいはい。分かっとる。肝を持ってこい」
皺だらけのお婆さんが、まるで〝絶対に戻ってくる〟と信じていたかのように、その身体と同じくらいの巨大なすり鉢の前にどっしりと座っていた。
恐らく、薬に詳しい人なんだろうな。
僕が肝を置くと、お婆さんは、二本の巨大なナイフを器用に操り、一切触れることなく肝から必要な箇所を切り取り、すり鉢の中に放り込んで、すりこぎで磨り潰していく。
「クス婆は、この漁村にずっと昔から住んでいる、薬師の婆ちゃんなんだ。何かあれば、みんながクス婆を頼って、絶対に助けてくれるんだ! だから大丈夫さ!」
震える声でそう説明するフィーマさん。
まるで、自分自身に言い聞かせているようだ。
「おい、マルティスが息してないぞ!」
見ると、フィーマさんのお父さんの呼吸が停止していた。
「そんな!? クス婆! 早く!」
「分かっとる! じゃが、ここからあと十分は掛かる! 魔力を注入して成分を調整せんといかん!」
「十分!? ……それじゃあ、間に合わない……! ……父さん……!」
奥歯を食い縛るフィーマさんの口から、血が滴る。
「お婆さん、魔力って、たくさんあればあるほど助かる?」
「ん? ああ、そりゃそうだが」
「じゃあ、使って!」
僕は、お婆さんの背中に両手を当てた。
「うおおおおおお!? 何じゃこりゃあああああああ!?」
お婆さんの身体が金色に輝き出す。
「出来たぞおおおおおお!」
一気に薬を作り上げたお婆さんが、スプーンで掬って、マルティスさんの口に入れる。
「飲め、マルティス!」
用意してあった鍋に入っていた大量の水で、お婆さんが強引に流し込むと。
「……がはっ! ごぼごぼっ! 溺れる溺れる! もう良いから!」
「父さん!」
マルティスさんの意識が戻った。
肌の色も元に戻っている。
「父さんのバカ! なんでそこまでむきになってスパークリングフィッシュなんて獲ろうとしたのさ!? 子どもじゃないんだから、獲れなかったら諦めて戻ってきなよ!」
余程心配だったのだろう、感情を爆発させるフィーマさんに、上体を起こしたマルティスさんは、胸元から何かを取り出して、手渡した。
「何これ……? 貝……?」
「本当はスパークリングフィッシュが良かったんだが……これで勘弁してくれ」
フィーマさんが貝を開くと、そこには光り輝く美しい真珠があった。
「母さんが病死してから、男手一つで育ててきたにもかかわらず、お前は本当に真っ直ぐで良い子に育ってくれた。俺には勿体ないくらいの娘だ。俺の娘に生まれて来てくれて、本当にありがとう。誕生日おめでとう」
穏やかに微笑むマルティスさんに、フィーマさんは大粒の涙を溢れさせる。
「本当、バカなのかい!? あたいの誕生日プレゼントなんかのために、命まで懸けて! ……ありがと、父さん……」
マルティスさんに抱き着くフィーマさんを見ていて、僕も泣いてしまった。
「うわあああん! 良かったああああ!」
※―※―※
「本当にありがとうよ、ルド、メアリー」
フィーマさんとマルティスさん、そして他の漁師の人たちからも何度も礼を言われた。
「いえいえ! 助かって良かった!」
フィーマさんは、屈んで僕をじっと見詰める。
「本当、良い男だよあんたは。あんたが大きくなった時、もし良い女がいないなって思ったら、ここに戻ってきな。あたいで良ければ、結婚してやるからさ」
チュッ
「うん、分かった!」
「ルド君!?」
ぎゅって抱き締めて頬にチューしてくれたフィーマさんに、僕はにっこり笑った。
※―※―※
「私と同い年くらいよね、あの子? 分かってるのかしら、そんな年上お姉さんが幼気な男の子にキスして、剰えプロポーズすることの意味が!? ルド君の性癖が歪んだらどう責任取ってくれるのよ!?」
「お姉ちゃん、〝せいへき〟ってなぁに?」
「え!? ル、ルド君は気にしなくていいのよ」
「うん、分かった!」
漁村ロットクルーズから馬車でウォレアスに向けて西方へ戻っていく途中で、お姉ちゃんがまたブツブツつぶやいていたので首を傾げると、お姉ちゃんは何故か少し慌てた。
「コホン。それにしても、父娘の絆にルド君も思わず涙してたわよね。ルド君も、お父さんのことを思い出しちゃったのかしら?」
咳払いして仕切り直したお姉ちゃんに、僕は答える。
「お父さんとお母さんは、僕がちっちゃい頃に、二人とも事故で死んじゃった」
「……え!? ……そうだったのね、ごめんなさい」
「ううん、気にしないで! 僕は平気だから!」
「……本当に?」
「うん! だって、大好きなお姉ちゃんがずっと傍にいてくれたし! 異世界でも、もう一人のお姉ちゃんがこうして傍にいてくれるし!」
僕が笑みを浮かべながら見上げると、僕を膝の上に乗せているお姉ちゃんは、俯いて顔を曇らせた。
「私を心の拠り所にしてくれているのね……それなのに、私は……ごめんなさい……」
「え?」
「ううん、何でもないわ」
声が小さくて良く聞こえなくて聞き返したら、お姉ちゃんは首を横に振った。
その笑顔は、何故か少し悲しそうに見えた。
※―※―※
ロットクルーズを出立して、三日後。
「やっぱりポトフよね! ここのポトフも中々よね!」
「うん、美味しい!」
キングマイルズ共和国の都ウォレアスへと僕たちは戻ってきて、まずはレストランで昼食を取った。
「早速討伐してくれたか! 噂通りの凄腕だな! 我が国を救ってくれたこと、心から謝する」
お城の代表者さんは、驚いていた。
「謝礼だ。受け取ってくれ。金貨三千枚だ」
「「金貨三千枚!?」」
三億円だ!
なんか、どんどん貰う金額が増えてる気がする……
「それだけでは足らんな。更に、公爵の爵位と、家を与えよう」
またしても、最高位の爵位と、豪邸を貰っちゃった!
嬉しい! ありがとう!
でも……あれ?
「代表者さん、元気ない?」
「いや、そんなことないぞ」
代表者さんは、どこか悲しそうな表情をしている。
目に隈も出来てるし、この間よりも、やつれてる感じがする。
「御父様……!」
「ジュ、ジュディス!? ここに来るなと言っただろうが!」
そこに、女の子がやってきた。
うん、多分女の子だ。可愛い声だったし、御嬢様って感じのドレスを着ているし、背も低いし。
顔が〝イカ〟になっている、ということを除けば、普通の人間の女の子だ。
「申し訳ありません、御父様。でも、私も、我が国を救って下さったお方に、直接お礼を申し上げたかったのです」
「ジュディス……」
代表者さんは、苦悩に顔を歪めながら、何があったかを説明した。
「三日前、突然我が娘ジュディスが、呪いに掛かったのだ」
三日前と聞いた瞬間に「あっ」と、お姉ちゃんが小さな声を上げる。
「理由は分からぬ。だが、お前たちが倒したクラーケンが、討伐を依頼した我らに恨みを抱き、死の間際に呪術魔法を発動したのかもしれん」
僕が、えっへん、と胸を張って教えてあげた。
「僕知ってるよ! クラーケンが死ぬ直前に放った呪いを、僕が〝お祈り〟で弾いた――もごっ」
けど、お姉ちゃんが後ろから僕の口を塞いで、止める。
「ん? ルドよ、お前はクラーケンが呪いを発動したのを見たのか? そして、〝お祈り〟とは一体? そして、〝弾いた〟とは?」
ジタバタ藻掻く僕の代わりに、お姉ちゃんが答える。
「えっと、その……そうそう、ルド君は不思議なスキルを持っているんです! それが〝お祈り〟です! そして、〝弾いた〟というのは、その……そう! 〝お祈り〟を発動することを〝弾いた〟と言うんです! 〝お祈り〟を〝弾く〟ことで、呪いにも負けず、クラーケンを倒すことが出来たんです!」
「なるほど。そうだったのか」
「そして、〝お祈り〟を〝弾けば〟、御嬢様の呪いも解けるかもしれません」
「なんと!? それは本当か!?」
代表者さんは、思わず椅子から立ち上がった。
「ルド君、〝お祈り〟であの子を救えるかな?」
「うん、やってみる!」
やっとお姉ちゃんが解放してくれたから、僕は胸の前で、指を交差させた。
「神さま、お願いします! ジュディスちゃんを元の姿に戻して下さい!」
すると、ジュディスちゃんを眩い光が包んで。
「御父様!」
「ジュディス! おお、ジュディス! ジュディスううううう!」
ジュディスちゃんは、ふわふわした金髪の可愛らしい人間の姿に戻ることが出来た。
代表者さんが泣きながら我が娘を抱き締める。
その後、「金貨三千枚では足らぬ! 一万枚払おう!」と、何度も増額してこようとする代表者さんの申し出を、僕たちは何とか断った。
※―※―※
ウォレアスを後にした僕らは、オースバーグ王国へと向かっていった。
そこを経由して、更に西方にある〝エルフ・ドワーフ連合国〟にあるエルフの森へと行くためだ。
※―※―※
ウォレアスを出発して数日後の朝。
「お姉ちゃん、おはよう!」
「おはよう、ルド君」
いつも通り、野営中馬車の外で見張りをしながら寝ていたお姉ちゃんが、笑顔を返してくれた。
「それ、なぁに?」
見ると、馬車の前後左右に巨大な穴が一個ずつ開いている。
「夕べ、魔法が飛んできたの」
お姉ちゃんが言うには、以前の矢・氷塊と同じように、野営している最中にどこかから爆発魔法が二個飛んできたらしくて、とっさにお姉ちゃんが剣で叩き斬ったとのことだった。
「お姉ちゃん、爆発魔法も斬っちゃうなんて、すごい! カッコ良い!」
「くすっ。ありがとう」
僕も頑張って泣き虫を卒業して、お姉ちゃんみたいに強くなるんだ!
「じゃあ、今回も、ちゃんと、〝地面を破壊した人〟に責任を取ってもらうね!」
「え?」
僕は、「神さま! お願いします! この爆発魔法を元に戻して、持ち主に返して下さい!」と〝お祈り〟した。
穴が一瞬で修復されると共に、二個の〝光り輝く魔力の塊〟二セットが、それぞれ一個にまとまって、フワリと舞い上がったかと思うと、猛スピードでどこかに飛んでいく。
「良かった、これで今日も綺麗になった!」
「……そ、そうね……」
※―※―※
ウォレアスを出立してから、十二日後。
「ガギャギャギャ! 〝四天王最強〟のエビルガーゴイルが地獄に送ってやるガ! 〝空の覇者〟の力、思う存分味わうガ!」
〝エルフ・ドワーフ連合国〟にあるエルフの森の上空にて、僕らは〝四天王最強〟のエビルガーゴイルと対峙していた。
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