1.プロローグ
「ルド。てめぇをこの勇者パーティーから追放する」
ダンジョンに響く冷たい声。
シュウキさんが何を言っているのか、よく分からなかった。
「え……え!?」
一瞬遅れて、僕はやっと理解する。
「そんなのイヤだああああ! うわあああん!」
「ケッ! 泣き虫野郎が!」
「な、なんで!?」
必死に理由を聞くと、勇者のシュウキさん、大きな腹を持つ巨漢戦士のハラトさん、そして胸に手を当てながら眼鏡の位置を直す癖がある長身痩躯の弓使いのムネナオさんが、バカにした目で僕を見下ろした。
「は? そんなんも分からねぇのかてめぇは。てめぇが〝無能ポーター〟だからだろうが」
「ドハハハハ! 荷物持ち以外に何も出来ない、正真正銘の役立たずだからな。俺たち全員がレベル50を越えたのに、お前はレベル1のままだしな!」
「そこまで言っちゃ可哀想ですよ。彼にも〝涙を流す〟という尊い行為が出来るじゃないですか。まぁ、戦闘においてはゴミですが。クックック」
「こ、この半年、一緒に冒険して来たのに! 仲間じゃなかったの!?」と、僕がシュウキさんの服にしがみつくと。
「離せよ、うぜぇな!」
「ぐはっ!」
殴られて、吹っ飛ばされた。
「国王の命令だから、仕方なく従っていただけだ。まさか勇者パーティーの召喚で一緒に異世界転移してきたガキと組まされるなんて思ってもみなかったぜ。王命じゃなきゃ、誰が好き好んで何も出来ない八歳のガキなんかと一緒に冒険者パーティを組むかよ」
「そ、そんな……!」
ショックで、悲しくて、また涙が溢れて来る。
ダメだ!
泣いちゃダメだ!
また〝泣き虫〟だって、〝いらない子〟だって思われちゃう!
「ぐすっ。僕、もう泣かないから! 僕、みんなの役に立てるように頑張るから! だから、ここにいさせて! 見捨てないで!」
必死に訴えるけど、聞いてもらえなかった。
「お前が泣かないなんて有り得ないだろうが! これからも一生ピーピー泣いて生きてくんだよお前は!」
「そ、そんなことないもん! 僕、泣かないようにするもん!」
シュウキさんは、顎を触りながら、「でもまぁ、そうだな」と考えながら、言葉を続けた。
「この勇者さまが手伝ってやっても良い。実は、一つだけもう泣かずに済む方法があってな」
「え!? 本当!?」
「ああ」
「僕、頑張る! 何でもするよ! だから、追い出さないで!」
僕が明るい声を上げると、シュウキさんは、「まず荷物を下ろせ」と言った。
「うん!」と、僕が言われた通りにすると、「なるほど。『何でもする』か」とつぶやいたシュウキさんは。
「じゃあ、死ね」
「え!?」
僕の腕を掴んで、背後にある巨大な穴に放り込んだ。
「うわああああああ!」
「これでもう泣かずに済むぞ! 感謝しやがれ! ギャハハハハ!」
「ドハハハハ! 万事解決だな!」
「これで静かになりますね。フハハハハ!」
こうして、僕は勇者パーティから追放された。
※―※―※
「うわああああああああああ!」
ドン
「ギャアアアアアアアアアア!」
しばらく落下していった僕は、何か硬くて大きなものにぶつかった後、バウンドして、今度は柔らかい何かに包まれた。
「だ、大丈夫?」
怖くてギュッとつむっていた目を開けると、赤色の長い髪のすごく綺麗な少女がいた。
僕より十個くらい上かな? 強い意志を感じさせる瞳が印象的だ。
彼女が、僕をキャッチしてくれたみたいだ。
地面に座る少女の、甘くて良い匂いに包まれていたら、僕は安堵して、思わず感情が爆発してしまった。
「死んじゃうと思ったあああああ! うわあああん!」
「いやいやいや! 普通は死ぬのよ! あなたどこから落ちてきたのよ!? ものすっごく高いところからよね? じゃないと、〝高い防御力で物理攻撃が極めて効き辛い〟クリスタルリザードの背中にぶつかって倒したり出来ないし。いや、どれだけ高いところから落ちて来ても、それだけじゃクリスタルリザードを討伐することなんて普通は不可能なはずなんだけど……」
※―※―※
「落ち着いた?」
「……ぐすっ……うん……」
しばらく泣き続けた後、僕はやっと泣き止むことが出来た。
「私はマリア。あなたは?」
「ぐすっ……ルド」
「ルド君、ね。何があったの?」
僕は、勇者パーティーから追放されたことを説明した。
「そう……酷い奴らね……辛かったわね……」
そう言って、ギュッと抱き締めてくれる。
温かくて、すごく安心出来る。
まるで、お姉ちゃんみたいだ。
「お姉ちゃん……」
「え?」
「えっとね……お姉ちゃんって呼んでも良い? 向こうの世界にいた時に、お姉ちゃんは、僕が悲しむ度に、こうやって抱き締めてくれたんだ」
「くすっ。良いわよ。じゃあ、私はこっちの世界のお姉ちゃんね。……って、え? 向こうの世界?」
「うん」
「あ、そう言えば、ついさっきまで勇者パーティーの一員だったのよね、あなた。異世界転移者なのね。会うのは初めてじゃないけど、かなり珍しいことには変わりないわ」
そこまで話したお姉ちゃんが、「いたっ!」と、顔をしかめた。
「大丈夫、お姉ちゃん?」
「……ええ、平気よ」
そう言うけど、お姉ちゃんの額には、玉のような汗が浮かんでいる。
身体を離して立ち上がった時に、やっと僕は気付いた。
「お姉ちゃん! 足、怪我してる!」
お姉ちゃんの両脚は、太腿の辺りに剣で貫かれたような傷があって、たくさん血が流れていた。
「……実は私も、ルド君と同じように、パーティーから追放されちゃったの」
お姉ちゃんが言うには、お姉ちゃんはこのオースバーグ王国の王女さまで、三ヶ月後の誕生日に今の王さまから王位を継承して、女王さまになることが決まっているらしい。
「でもね、我が国においては、それは史上初めてのことなの」
それまでは代々男性が王位についてきた。
それを、娘を溺愛する王さまが、変えてしまったみたい。
それにショックを受けたのが、お姉ちゃんの弟であるヴィンスさん。
本来ならば王になれたはずの彼は、お姉ちゃんがいるからだ! って思って、今まで何度もお姉ちゃんを殺そうとしてきたらしい。
「それで、今日もまたこうやって、ダンジョン最下層に取り残す、という形で殺され掛けたのよ。御丁寧に、両脚を剣で貫いて怪我させた上で、ね」
「油断していたわ! もっと警戒しておくべきだったわ!」と、お姉ちゃんは悔しそうだ。
僕なんかには想像も出来ないくらい、辛い毎日を送ってきたということが分かって。
「ぐすっ……お姉ちゃん……かわいそう……」
「え、なんで!? ねぇ、泣かないで、ルド君」
お姉ちゃんは、思わず立ち上がった。
「って、あれ!? 脚が……治ってる!?」
お姉ちゃんが目を見開き、自分の両脚を動かす。
「うん! さっき神さまに〝お祈り〟したから! 『お姉ちゃんの両脚を治して下さい!』って」
「え!? 〝お祈り〟? そんなことで……?」
困惑しながらも「怪我を治してくれて、ありがとうね」と言うお姉ちゃんに、僕は、「どういたしまして! でも、すごいのは僕じゃなくて神さまなんだけどね!」と言うと、言葉を続けた。
「元々僕がいた世界のお姉ちゃんが、言ってたんだ。『困ったことがあったら、〝神さま〟にお祈りするのよ。そうしたらきっと、助けてくれるわ』って。でも、二つ条件があるんだ」
「条件?」
「一つは〝常に良い子にしていること〟。そしてもう一つは、〝自分でも努力をすること〟。だから決めたんだ! 僕は、泣き虫を卒業する! そして、シュウキさんたちに認めてもらうんだ!」
えっへん、と胸を張ると、お姉ちゃんは、僕の胸を見て目をパチクリさせた。
「ルド君。なんか名札みたいなのがあるなぁって思ってたけど、それって、ステータス画面よね?」
「うん、そうだよ!」
半透明のウインドウが、僕の胸全体に丁度重なるように浮かんでいる。
「でも、何故か本人である僕には内容が見えないんだ。他の人には見えるみたいだけど、でも、みんなレベルしか読めないって言っていた。他の部分は、文字がぐちゃぐちゃになってるんだって」
「そうだったのね」
「でね、勇者パーティーのみんなは召喚されてからの半年でレベル50を越えたのに、僕だけレベル1のままだったんだ。それもあって、バカにされてたの。ぐすっ。思い出したら……うわあああん!」
「ほら、泣かないで。泣き虫を卒業するんでしょ?」
「う、うん……ぐすっ……」
お姉ちゃんが、胸元からハンカチを取り出して、僕の涙を拭ってくれる。
「それに、見て……って、見えないのよね。えっとね、今見たら、ルド君のレベルは、10になってるわよ!」
「え!? 本当!? やったああああああ!」
僕は嬉しくて、お姉ちゃんに抱き着いた。
「くすっ。良かったわね」
「うん!」
「きっと、さっきクリスタルリザードを倒したからよ。A級モンスターをソロ討伐だなんて、中々出来ることじゃないもの。それに、クリスタルリザードは、鱗がクリスタルで出来た強敵ってこともあるしね」
「それも〝お祈り〟のおかげだよ! 落ちている時に、『神様、どうか助けて下さい! 地面に激突しても大丈夫なように、身体を硬くしてください!』って〝お祈り〟したから!」
「〝お祈り〟の威力、すごいわね……」
身体を離した僕が、「レベルアップ♪ レベルアップ♪」と、嬉しくてぴょんぴょん飛び跳ねていると、お姉ちゃんが、「もう一回見せて、ステータス画面」と言った。
ステータス画面とにらめっこしながら、「嘘!?」「でも、そうとしか読めないわ……」「それに、これなら、説明がつく……」と何やらブツブツつぶやいていたお姉ちゃんが、顔を上げた。
「……ルド君。あなたの規格外の強さの秘密が分かったわ」
「秘密?」
「ええ。落ち着いて聞いて。あなたは、〝この惑星そのもの〟なのよ!」
「わくせい?」
「〝この星そのもの〟、つまり、あなたは〝星〟なのよ! まぁ〝分身〟、ということみたいだけどね」
「僕、〝お星さま〟になっちゃったの……? 僕、また死んじゃったの……? うわあああん!」
「ちょっ!? 泣かないで!」
「だって、また死んじゃったって思ったら、悲しくて……うわあああん!」
「〝また〟って……つまり、勇者パーティーの中で、あなただけは〝異世界転移〟じゃなくて〝異世界転生〟だったのね……って、そんなことより! 分かったわ、ルド君! さっきの話は忘れて! あなたは生きてる! ちゃんと生きてるから!」
「……ぐすっ……ほんと……?」
「本当よ! ほら!」
「あっ」
お姉ちゃんは、僕を抱き締めてくれた。
茶色いレザーアーマーを素早く脱ぎ黒い下地だけになった彼女の大きな胸に、僕の顔が埋まる。
「温かいの、分かる?」
「……うん」
「もし死んじゃってたら、こんなに温かいわけないでしょ? だから、大丈夫。あなたは生きてるのよ。分かった?」
「……分かった……」
身体を離したお姉ちゃんは、「でもね!」と、僕を指差した。
「あなたが〝規格外〟なのは確かなのよ! あなたはメチャクチャ強いんだから!」
「僕、弱いよ? シュウキさんたちにも、荷物持ちしか出来ないって言われたし」
「いいえ。本当は、すっごく強いのよ!」
「でも……」
お姉ちゃんは、腰に左手を当てると、右手の指を一本立てた。
「じゃあ、こう考えて! あなたは、これから、信じられないくらい強くなるの!」
「僕でも、強くなれるの? 泣き虫を卒業出来る?」
「勿論よ! それでね、良かったら……私と一緒に旅しない?」
「お姉ちゃんと?」
「そう。こう見えても、私はA級冒険者――って、嘘!? レベルアップしてる! LVが30も上がって……LV88になってる! なんで!? ……って、まぁ良いわ。今や私はS級冒険者なのよ? そんな私が、あなたをサポートするわ! あなたが強くなれるように! 実は、修行するのに良い場所がいくつかあるの。そこを私と一緒に回りましょう!」
その言葉に、僕は、心の底からワクワクが溢れ出してくるのを感じた。
でも、それと同時に不安もあった。
「僕に出来るかなぁ?」
「大丈夫よ。何があっても私が守ってあげるから!」
「本当?」
「本当よ。だけど、私が危ない時は、逆にルド君が私を守ってね」
「うん、分かった! 僕もお姉ちゃんを守る! そして、強くなって、泣き虫を卒業する!」
僕が力強く宣言すると、お姉ちゃんが微笑んだ。
「決まりね。じゃあ、これから宜しくね、ルド君!」
「うん、お姉ちゃん! 僕、頑張る!」
こうして、僕とお姉ちゃんの旅が始まった。
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