恵み
激しい轟音。空から降る灼熱の閃光が俺の視界を焼いた。美しく輝いていた地面は一瞬にして荒れた大地へと変わる。
何が起きた。
いや、正確には起きた事はわかる。が、見た動作と起きた破壊の規模が明らかに合わない。
俺が見た、あの竜はただ目を覚まし地面へと降り立っただけ。
そんな些細な動作で人を千人殺しても足りない圧倒的な火力の広域爆発を引き起こした。それはまるで隕石のように。
俺の張った多重魔力防壁の二層までも容易く突破された。
一体なんだ、この生物は。
完全にモンスターの域を超越している。
破壊規模が災害クラス。今まで倒してきたダンジョンボスが小動物に思える。それほどまでに今の爆発は強力だった。
視界の先。今一度降り立った竜を、よく観察する。
やはり巨大。ただ目立つの体高ではなく、その両翼と背後の魔法陣。
視界を埋め尽くさんばかりの十二枚の金翼は、この竜の神秘性を高めている。その上、この七色の魔法陣。
その陣に刻まれている、一本の木と十二の花。そしてそれを囲うように書かれている白色の文字。
書かれている文字は本当に読めない。故に推測もできない。
しかしそれでいい。寧ろそれがいい。
未知への挑戦。それこそ探索の本懐。
何事もこの身を削り。挑まなければ得られない物がある。
それに簡単に攻略できてしまえば面白くない。
「やっぱり面白いな、お前。今まで一番。感じた事のない高揚感だ。だが今のじゃ足りない。全く持って足りない。だから止まってないで───次をよこせ」
爆発する地面。俺の身体はソニックブームを引き起こし辺りを破壊しながら、竜との距離がゼロに近づく。
狙うは竜の右側頭部。速度を落とさず、その勢いのまま、俺は力を込めた拳を叩き込んだ。
拳と竜の鱗。その衝突により辺りの魔力は散り、直後巨大な衝撃が大地を駆け抜けた。
「ハッ、今のが直撃して傷一つないなんて、どんな高度してやがる?」
目の前にあるのは変わらぬ輝きを放つ美しい黄金の鱗。この竜にとって今の俺の攻撃は動く必要すらない。取るに足らない攻撃だったらしい。
それも当然か、実際にかすり傷すらつけられていない。
ただ今のは小手調べ。表面の強度、感触も大体わかった。
動かない相手を、殴るのはつまらないが。すぐに動くことになる。問題はない。
振り下ろした拳の上。螺旋する槍のような空を向く竜角を右手で掴む。そのまま竜の顔を軽く蹴り、角を軸に振子のように助走をつける。
「動かないなら、せいぜい派手に吹き飛──ッ!」
蹴りを放つ直前。
右手を突き刺すような痛みに襲われる。確認すると、手で掴んでいた角はいつの間にか電撃を纏っていた。
その電撃は、さらにさらにと激しくなっていく。直接触れている以上は魔力防壁は機能しない。手のひらはすでに黒く焦げている。
「関係ねぇな」
俺は雷撃を無視して、そのまま竜の頭に蹴りを叩き込んだ。
二度目の衝撃は空気を押しのけ旋風を巻き起こす。さっきよりも激しく苛烈な破壊音が辺りに響き渡る。
しかし俺の手の中には何も無い。視界の遥か先、吹き飛ばした竜の顔を見る。よく見れば少し顔と角に亀裂が入っている。
「クソ。ぶっ飛ばすついでに、角ヘシ折ってやるつもりだったんだが……あの程度か」
最初の拳は三割、次の蹴りに七割の力を込めた。にも関わらず、入ったのは多少の亀裂だけ。
吹き飛んだ事はいい。だが動かない相手にこれじゃまるで話にならない。さてどうするか……。
そう悩む俺の耳に突然奇妙な声が聞こえた。
「⬛︎⬛︎。何⬛︎? ⬛︎力を使⬛︎ない……? 一体何故……」
「あ……?」
「勇⬛︎よ、何故? 何故? どうして魔力を使わない?」
繰り返される謎の声。それはおそらく竜の声だろう。しかし見た目に反して、ひどく不気味だ。
「何故何故何故?」
「さっきから何を言ってんだ、お前」
「勇者よ───どうして、母の恵みを拒む?」
低くい声が耳元で響く。それは一瞬のうちに俺の元まで移動した竜の声。
「何…………?」
俺の疑問に、竜は答えること無く。青空から巨大な雷撃が降り注いだ。
そして俺の多重魔力障壁は全て破壊され、迫る竜の鉤爪に体をまるで人形のように鷲掴みにされる。
そして直後、俺の身体は空を舞い。視界は蒼穹を仰いだ。