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 月日は流れ、もうすぐ6月になろうかという頃_____。



 1年生は基本的に学び初年度という扱いのため、基礎学力を付けること、その向上が目標とされている。小学校という入学前予備学校のようなものに通っていた者は多いが、全員がそれに当てはまるわけではないので、文字の読み書きや簡単な計算からスタートするのだ。それ故に、学院の前半は小学校を通ってきた者にとっては楽勝で、正直寝ててもいいくらいな授業だ。勉強が苦手な者にとっては、スタートが簡単な分、学習に躓くことが少なく、勉強への苦手意識の軽減となっている。

 まぁ学院側からしたら、それも見越してのカリキュラムのようだが。


 武術の授業は、『武』と付けられているため戦いを求められるのかと思いきや、ただ単に走ったり、体操をしたりと体を動かすことがメインとなる内容だった。コールシュのように魔剣士への憧れがある者は、授業内容を知るや否や落胆の表情を浮かべていたが、そうでない者にとってはホッとする内容であった。

 それでも、体を動かすことはコールシュにとっては気持ちがいい。座学のように、椅子に座って何かを黙々とするのは性に合わない。それに、勉強は苦手でも、体を動かすことは得意なので、時には見本として前に呼ばれることもあった。自発的にではないにしても、人前で何かをする、特に良い面で見本となることが好きなコールシュは、暗に『褒められている』と感じることができる嬉しい瞬間でもあった。



「今日は鉄棒で逆上がりの練習をするぞー! 高さが3段階あるから、自分に合う高さの鉄棒に並ぶように。場所も三箇所あるから、よく見て空いている所でやれー!」



 武術担当教師のモート・コールプス先生が声を上げる。短く刈り上げた深緑色の髪に黒い瞳、日に焼けた肌がいかにも運動をしている、と言った容貌だ。上下を青と白のジャージに身を包んで、常に首元からは笛を下げている。俺達はというと、上下紺のジャージ、それから上着の下には白いTシャツを着込んでいる。学年色みたいなものはなく、全学年が同じジャージなので、誰が何年生かわからないのが不便といえば不便だ。


 小学校では体育として体を動かす授業があったが、授業というより『みんなで一緒に体を動かして遊ぼう』といった内容だった。そのため、今日はこれ、次はあれ、と指示されてやるというのは初めてで、最初はなんだかしっくりこなかったが、それももう慣れた。逆上がりは授業でというよりも、遊びの延長線上で出来ていたので、特段問題ない。なんなら、連続でも出来るので楽勝だ。



「コールシュってなんでも出来るんだね」



 アイクが「すごいねー」と感心しながら呟く。そばにいたノルも、うんうんと頷いている。他の科目は誇れたものではないが、体を動かすことに関しては別だ。嬉しさも相まって「まぁなぁ」という返事も喜びが混じる。



「でも、アイクだって別に出来ないわけじゃないだろ」


「僕は至って標準だからね。ヒョイっとはいかないんだよ」



 俺が話を振ると、アイクは肩をすくめながら答えてみせる。その様子をノルが見守る、これが最近よく見られる光景だ。




 ノルことノルマーリス・ムンダーノとは、たまたま美術の授業で同じ机についたことが知り合うきっかけとなった。薄茶色の髪に茶色の瞳、良くも悪くも『普通』な彼だが、持ち合わせた根性だけは普通じゃなかった。その頃、他のクラスメイトは単一性質しか持たないアイク、色々あって目立ってしまったコールシュを避けていた。そのため、同じ机につこうとする生徒はおらず、ある意味広々と大きな机を使えていたのだった。

 そんな時、ノルがスッと同じ机についた。悪いことではないが、珍しい光景に、コールシュもアイクも思わずノルを凝視してしまう。すると、その視線に気が付いたのか、「あ、ダメだった?」となんでもない表情で聞いてきたのだ。



「いや、ダメじゃないけど………いいのか?」


「何が?」


「ぼく達、今クラス内では爪弾きものだよ? 一緒にいたら、君も変な目で見られるかもしれない」



 自虐的に自分達の状況を話すアイクに、その原因の一端を担っている俺としては合わせる顔もない。2人で暗い顔をしていると、「なぁーんだ、そんなこと」と、なんでもない風にノルが言い放つ。



「僕は授業に差し支えないんだったら、全然気にしないよ。もし、「ペアで」って言われて断られたり、嫌がらせをされたりするんだったら、証拠を集めて提出するから。君達はそんなことしないだろ?」



 あっけらかんと言い放った言葉の中になんとも物騒な言葉があったような気もするが、それでも普通に接してくれる人材は貴重だ。そこからなんとなく一緒にいる機会が増えて、自由に動いていい時などは一緒にいることが多い。

 それに、ノルは世渡り上手だった。俺達と関わったからといって爪弾きになることはなく、上手いこと周りに溶け込んでいた。時には、その人脈を駆使して、俺達がうまくグループに加われるように手伝ってくれることもある。ちなみに、本人曰く『平凡』、俺達の評価は『変わり者』のノルは、クラスではクラス委員を担ってもいる。





 逆上がりの順番を待っている時、ノルがふと思い出したかのように話し始めた。



「今日のクラス委員会議なんだけどさ、11月にある文化祭の内容についてみたい」



 文化祭は年に一度、外部の人間を交えての学院のお祭りだ。普段は入れない保護者や家族、それから進学を考えている少年少女、近隣住民などが一同に集まる。それ故に、中には悪いことを仕出かす者もいるようで、警備も厳重になるのだ。



「でもさ、ぼく達1年生はお客さんでしょ?」



 アイクの言う通り、1年生は特に何もせずに祭りを楽しむのみとなっている。2年生以上は、昨年以前の体験をもとに店を出したり発表をしたりするらしい。6年生に関しては、就職などもあるので有志のみの参加だという。



「それが、文化祭って5日間やるんだって。そうすると、1年生は2、3日すると飽きちゃってさ。毎年、こっそり学院を抜け出そうとする人がいるみたい」



 「まぁ、1年生だけじゃないらしいんだけど」とノルが付け加えたものの、1週間?! それは長すぎやしないか??

 どうやら、学院生徒のみで行う文化祭が2日間。それ以外の人間を交えて行う文化祭が3日間となっているらしい。王都にある学院の文化祭に行ったことがあるが、1日しかいかなかったので、勝手に1日か2日だと思っていた。

 となると、確かに5日間丸々お客さんとして過ごすのは飽きてしまうだろう。祭りがどんなに楽しくても、同じものを何度も楽しむには限度がある。日々の授業がないのは嬉しいが、それだって内容が異なるから、学習意欲が湧くというものだ。(まぁ、コールシュは体を動かす方がいいのだが)



「じゃあ、俺達もなんかやんの?」


「まだわかんないけどね。全体会議は2年から5年の出し物がメインだし。その中の少しの時間を使って、1年生が何をするのか話し合うみたい」



 会議に参加するわりに他人事だ。まぁ、ノルらしいと言えばそれまでだが。

 とりあえず、話し合いの内容に関しては、後日ホームルームを使って伝えるとのことなので、結果を待つことにしよう。






 今日は武術の授業の後は何もない。クラス委員になっている生徒の一部は委員会があるようだが、それ以外の生徒はフリーだ。教室に残って友達との会話に花を咲かせたり、早々に寮へ帰宅したりと、各々が過ごしたいように過ごしている。アイクは、ローゼに誘われて図書委員になったので、今日は当番があるとのことで、すでに教室から出ている。俺はというと、特にすることもなかったので、最近習慣になっている武道場に行くことにした。



 武道場は授業でも使われているが、放課後は生徒達に開放されている。鍛錬を積みたい生徒が自主的に体を鍛えている。コールシュ達1年生は、まだそういった基礎知識がないため、武道場に通っている生徒はいない。でも、入場を制限されているわけではないし、邪魔をしなければ見学は自由となっている。


 コールシュが入り口から中を覗くと、1人の青年と呼べる風貌の男子生徒が、無心で木刀を振っていた。その太刀筋には迷いがなく、振る度にビュンッという風を切る音がする。コールシュの足はそこで止まり、ただひたすら彼の動きを一瞬も見逃さないとばかりに目を皿にして見入っていた。





 最初は「少し覗いてみよう」という好奇心でやってきたのだが、その中にいた人物から目が離せなくなっていた。その人は、背は180はあるだろう大柄な人物で、鍛錬着の上からでもわかる筋肉がしっかりとついていた。髪は焦茶の短髪で、濃い赤色の瞳で手にした木刀を鋭く見つめていた。

 ふぅっと一つ息を吐くと、木刀を構え、1本1本丁寧に振る。今、道場内には彼とコールシュしかおらず、鍛錬をしているのは彼だけ。音はその彼が起こす木刀を振る音や息遣い、踏み込みの足音がするのみだ。静かにするように言われたわけでもないのに、自然と息を潜めてしまう。呼吸すらもしてはいけないのではないかと思わせるその緊張感は、彼自身から放たれているのだろう。





 それからコールシュは、武道場に通うようになった。彼がいる日もあれば、いない日もある。約束なんてしていないし、そもそも彼の名前も知らない。それでも初めて彼が木刀を振る姿を見てから、一種の憧れが芽生え、いつか彼のように自身が木刀を武道場で振る姿を夢見るようになった。





「聞けばいいじゃん、名前」



 ノックスが寮の食堂で夕飯を食べている時に話を向けてきた。最初、コソコソと武道場に向かっていたコールシュに「なんだよ?可愛い子でもいたかぁ?」なんて揶揄ってきたが、目的が上級生男子の鍛錬風景と知るや否や、興味を失くしたらしい。そんなノックスは、ネージュ先輩と目が合うと硬直して何もできないのだが。



「簡単に聞けたら苦労しないって。あんな張り詰めた空気の中で「名前教えてください」なんて、場違いにも程があるだろ」


「でも、鍛錬終わりなら聞けんじゃねぇの?」


「それも無理。鍛錬後は汗を流しにいくみたいで、全然出てこないんだよ」



 「夕飯ギリギリまで待ったけど無理だった」と言うと、「そこまで待ってんのね」と呆れ混じりに言われた。

 コールシュだって、声を掛けられるものなら掛けたいし、知り合いになれるならなりたい。それで、木刀の振り方や筋肉の付け方なんかを教えてもらうんだ。見た目や鍛錬内容からして、将来は魔剣士となるであろう彼から教えてもらうのが、今一番魔剣士への近道のような気がしてならない。

 どうしたものかと悩んでいると、「難しい顔してどうしたの?」とアイクとシレンがやってきた。手には食事の乗ったトレーを持っている。どうやら今から夕食のようだ。

 俺はため息を吐きつつ、ここ最近の出来事をかいつまんで話す。時々ノックスが茶々を入れてくるが、そこは無視した。話終わると、「なるほどね」とアイクが頷いた。



「つまり、その人が何年生なのかもわかんないんだ?」


「まぁな。いつも鍛錬着だから、学年がわかるもんなんてないし……」


「制服姿見たことないの?」


「あぁ、鍛錬している時に俺が先につくなんてないから」



 「見るのは鍛錬着姿しかないなぁ」と言うと、アイクも「う〜ん」と流石に困り顔だ。とにかく、その人と会えるのは武道場のみで、声を掛けられもしない。いる日、いない日に関連性は無く、いてもコールシュより先にいる。

 う〜んと唸りながら考えていると、今まで黙っていたシレンが口を開く。



「上級生の教室に行けばいいんじゃないか?」



 目から鱗、だが、1年生にはハードルの高いことを言ってくれる。2年生は同じ階に教室があること、寮に続く食堂が共有なことで慣れはしたが、3年生以上はほとんど会うこともないので廊下を通るだけでも緊張する。それは他の一年生も同じなため、この間急いでいて3年生の教室前の廊下を通った時、上級生の視線を感じて恥ずかしくなった。きっと上級生にしてみたら「1年生がいる」くらいの感覚なのだろうが、緊張感が半端ない。



「……それは、ハードルが高い………」


「そうか」



 やんわり却下すると、特に気にした様子もなくシレンが頷く。食事をしつつ考えるが、どうにも案が思いつかない。このまま今までのように見ているだけでもいいかと思い始めていたところで、再びシレンが口を開いた。



「ネージュ先輩に聞くのは?」


「ネージュ先輩?」



 意外な名前が出てきた。確かに話せる上級生、と言われると、委員会に属していないコールシュにはネージュ先輩しかいない。それでも、上級生でかつ女子ということもあり、実はそんなに接点がないのだ。最後に会ったのも校内見学の時なので、二ヶ月近く会っていない。



「でも、ネージュ先輩にどうやって会うんだよ? 結局上級生の教室に行くのは変わんないだろ?」



 俺がすぐに思い付く疑問を投げ掛けると、答えたのは意外にもアイクだった。



「あ、それなら大丈夫。ネージュ先輩、図書委員だから」



 「委員会で会うんだよね」と話すアイクに、俺が反応するより先にノックスが「えっ!?」と声を上げる。



「せ、先輩、図書委員なのか?!」


「うん。知らなかった?先輩、自分が当番以外の日でも割と図書室にいるよ?」


「マジか?!!!」



 どうやら、会えていないのはノックスも同じだったらしい。ネージュ先輩に惚れたと発言してから、緊張はしつつも行動は把握しているのではと思っていたが、思った以上に奥手だったようだ。「と、図書室にい、行けば…」とぶつぶつ呟くノックスにチラリと視線を向けた後、アイクに話の続きを促す。



「来週、委員会での集まりがあるんだ。その時にネージュ先輩に声を掛けてみるよ」


「悪いな、頼む!」



 「それくらいお安い御用だよ」と笑うアイクと、案を出してくれたシレンに感謝しても仕切れない。一つ思い悩んでいたことに区切りがついたため、食事を再開する。さっきまでは慣れない悩み事で頭がいっぱいになり、食欲が珍しく湧いてこなかったが、今は美味しく食べることができている。アイクも「このソース美味しいね」とシレンに話し掛けており、シレンはというと相変わらず無言ではあるが、頷いて視線で答えている。



 そんな中、未だに「せ、先輩が、と、図書し……」とぶつぶつと呪文のように呟いているノックスが、周りから不気味がられていたのは別の話だ。






キャラクターを増やし過ぎると考えることが増えるし、少ないと話が展開していかないし……。悩みどころですなぁ。

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