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 ネージュ先輩による見学ツアーを終え、1年生達は各自教室へと戻った。だいぶギリギリまで食堂で話し込んでいたので、教室に入るとほとんどの席は埋まっていた。席は自由、と言われたものの、「じゃあ別の席に」となる者は中々いないようで、午前中座っていた席はしっかりと空席になっている。流石に隣にアイツはいなかったが。



 ふん、俺と顔を合わせるのが嫌で逃げたな、腰抜け。



 別に勝負しているわけではないが、やましいことがなければ同じ席に座ればいいのだ。現に、ほとんどの生徒が同じ席についている。違う席に自ら移動したということは、つまりそういうことだろう。


 コールシュは、今自分が如何に悪い顔をしているのか自覚していないだろう。それを横で見ているアイクが呆れた顔をしていることも。






「全員いるかぁー?出席取るぞ〜」


 ヴェントス先生のだるっとした声が、教室に響く。ここは真面目なところを、とヴェントス先生の顔をじーっと見ていると、急にコチラを見て怪訝な顔をされた。



「アウトゥーナかぁ? 出席確認するって言ってんだろぉ?」


「はい?」



 だからこうして先生の方を見てますが?



 俺とヴェントス先生の意思疎通の全く取れていないやり取りを見かねて、アイクが小声で「鍵、鍵!」と話し掛けてきた。

 『鍵?』と思って、すぐにはたと気が付く。



 「出席確認=鍵を差し込む」ことだと。



 慌てて胸元から鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。ヴェントス先生からは、「まぁ初日だし、しょうがないか」と言われたくらいで大丈夫だった。そこは大丈夫だったんだが………。



「やっぱり田舎の出は、こういった技術を使うまでに知能が追いついていないようだな」


「違うってぇ〜。す〜ぐ手が出ちゃう単細胞だから、難しいことは覚えらんないんだよ」



 小さめの声で言ってはいるが、ちゃんと俺に聞こえるように言っているあたりがムカつく。

 確かに、今のは俺の不慣れさが故に起きたミスだ。そんなこと、人間誰しもあって当たり前だ。それがおかしくて笑われてしまうことだってあるし、俺だってそれを見たらクスリとしてしまう。でも、でもだ。それを嫌味ったらしく馬鹿にしてくるあたりが、性格が悪いって言うんだ!

 嫌味1号、2号(もう名前で呼んでやらない)をギロリと睨むと「お〜、こわ!」なんて言って肩を竦めてみせた。ちっとも怖がってないのはわかってんだよ!!




「はい、ちゅ〜も〜く! これから魔力検査をするからなぁ。全員10歳の時に受けているとは思うが、学院ではさらに細かい検査をする」


「細かい検査ってなんですか?」



 魔力に細かいってあるんだろうか?

 クラスの大半が頭にハテナマークを浮かべている。「専門じゃないんだけどなぁ」とぼやきながら、ヴェントス先生は説明を始めた。要はこういうことだ。



 魔力検査は、それぞれが持つ魔力の性質を知るためのものである。

 例えば、水道の蛇口から出てくる水はそのまま飲めるが、そこら辺の川で水を飲もうとすると一度濾過しなければならない。水の中には多少雑菌が含まれているので、安全性を考えてのためだ。まぁ、普通は川の水を飲むなんて状況にはならないが、キャンプに行ったり、それこそ軍に所属していたりすると、そういった状況になることもある。

 その時に、水を濾過する方法が『浄水』の魔法だ。魔法を使うには、その性質に合った魔紙と魔力が必要になってくる。すでに魔紙に性質が含まれているので、使う魔力は基本何でも構わない。ただ、同じ性質の魔力を注ぐのとそうでないのとでは、出来が違うのだ。特に、軍に所属する魔剣士や魔術師は、魔法を使っての戦闘を必須とする。その時に同じ性質の魔力を注いだ魔紙で発動する魔法は強力なものになる。

 そして、10歳の時に検査で見える性質は、その人の持っている魔力の中でも一番大きいものが表出するだけであって、それ以下の魔力はわからない。人間は少ないと1性質、多いと5性質まで魔力を持てるとされている。それを測るために行うのが、学院の魔力検査、ということだった。


 ちなみに、俺の性質は火だ。だから、俺の鍵のガラス玉は魔力の影響を受けて赤色に変化した。火の性質は、日常の料理でも重宝されるが、魔剣士に多いと言われている性質だ。だから、俺は魔力検査で『火』と言われた時、飛び跳ねて喜んだ。自分にも魔剣士になる素質があると。




「じゃ、俺の前に一列で並べ。そんで、水晶に手を置けよ」



 ヴェントス先生の一声で、ガタガタッと音を立てて生徒達が立ち上がる。初日で周囲の様子を観察している生徒でさえ、やっぱり興味には勝てない。我先にと、教卓前に列が形成される。コールシュも「早く早く!」とアイクを急かしながら列に加わる。早く自分の番が来ないかと、はやる気持ちを抑えるのが大変だ。

 前の方では「え?!」「ほんとに!?」など、検査を受けている生徒の驚きの声が聞こえてくる。聞いているだけで、自分は火の他にどんな性質を持っているんだろうと考え、ワクワクが止まらない。





「はい、次ー」



 やっとコールシュの番が回ってきた。興奮と緊張がない混ぜになって、自然と武者震いの如く体が震える。ゆっくりと手を置くと、ぽわっと水晶玉が光る。正直、10歳の時に行なった検査以に見る水晶玉だ。赤い色がぼんやりと見えるので、火の性質というのはわかるが、性格な見方がわからないのでどう反応したものか。チラッとヴェントス先生に視線を送ると、言いたいことが伝わったのか、「あぁ」と頷いて教えてくれた。



「アウトゥーナの性質は火だな。それと、薄らではあるが黄色が見えるから、雷の性質もある」



 雷?! 火だけだと思っていたので、ちゃんと他にも持ち合わせていたことが嬉しいと同時に、単一性質持ちで無かったことにホッとする。もちろん、性質を一つしか持ち合わせていない人もいるし、それで優劣が決まるものではないと思っている。でも、魔剣士を目指す上では、性質は多く持つに越したことはない。

 喜びを共有したくて、後ろにいたアイクに「聞いてたか?!」と言うと、「よかったね」と笑顔で受け入れてくれた。持つべきものは友達だな。


 感動していると、「たかが2つくらいで」と余計な声が聞こえてきた。たった数時間前に聞いたばかりの声だが、印象によってこうも意識に刷り込まれるのか。声の出所を無意識に見やると、そこには相変わらずつるんで人を見下している嫌味1号と2号がいた。



 こいつらは人を馬鹿にしないと死ぬのか? そうだ、きっとそうなんだ。



 『反応したら負け』と思って、心の中で『無視無視無視』と呪文のように繰り返す。すると、「ん〜?」と、後ろから声がした。

 振り返ると、水晶玉に手を置いたアイクとそれを覗き込むヴェントス先生。声はヴェントス先生から発せられたものだ。2人の視線が絡んだと思ったら、「ま、水で」「はい」という短いやり取りで話は終わったようだった。教卓から離れて、こちらへやってきたアイクに「何かあったのか?」と思わず尋ねると、「ん?あぁ」となんでもない調子で返事が返ってきた。



「ぼく、水の性質のみだったよ」


「あ、そうなんだ…」



 思わず返答に窮してしまった。決して悪いことではない、悪いことではないんだが………自分はそんな相手に2性質持ちであることを嬉々として報告してしまった。なんとなく気まずい空気が流れる。



「気にしなくていいんだよ? 何にも持ってないわけじゃないんだから。それに、練習して魔紙を使えば、どの魔法でも使えるしね」


「そ、そうだよな!」



 なんで俺が慰められてるのかわからないが、アイクの前向きな姿に少し気分が上がってくる。






「え〜? 性質1つしか持ってないのぉ??」




 その話は終わったんだよ!!!



 勢いよく後ろを振り返ると、そこには嫌味ーずが立っていた。ことある毎に絡んできて暇か?!!

 これまではコールシュ自身に対してケンカを売ってきていたが、今回の話の中心はアイクだ。アイクはこいつらに対して何もしてないし、なんなら揉めそうになった時に仲裁を買って出てくれた(まぁ、結果はケンカになったんだけど)。そんな温厚な相手に対してまでもこいつらは!!


 コールシュはスッとアイクの前に出て、相手を睨みつける。それに対して、向こうは向こうで「なんだ?やるのか?」と挑発をかましてきた。



「アイクがお前らに何したってんだよ」


「別に。俺達だってただ感想を言っただけだろ?」



 『なぁ?』と嫌味1号が2号に声を掛ける。それに対して、「うんうん」と大袈裟に頷く仕草をしているのも腹が立つ。



「感想を言うにも、言い方ってもんがあるだろ!」


「何を熱くなってるんだ? ただ、低い能力しかないことを可哀想だと思っただけだろう?」


「テメェ!!!」



 コイツは言っちゃいけないことを言った。


 アイクは良いやつだ。明るくて優しくて、争いを好まない。まだ数日の付き合いしかなくても、アイクの良いところはいっぱい知っている。


 そんなやつを、コイツらは馬鹿にした。



 躊躇することなく、握り込んだ右手をマルスに向かって突き出す。「コールシュ!!」とアイクの声が聞こえた気がしたが、これだけは許せない。向こうも、こんなすぐに突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。焦った表情をしているが、いまさら遅い!!







 決まった!と思った。



 そう思ったのに。




 また、俺達の間に突風が吹き荒れた。





「っ!なんだよっ!!」



 悔しさが声になる。対してあっちは、両手を前に突き出した不恰好な姿のまま立ち竦んでいる。





「お前ら、アウト」



 教卓の椅子に腰掛けていたヴェントス先生が、一言言いながら立ち上がる。ゆっくりと俺達の方に歩いてくると、流れ作業のようにデコピンを一発ずつ食らった。



「ってぇ!!!」


「……っ!!!」



 思った以上に重たい一発に、一瞬声が詰まる。マルスの方は無防備なところに食らったからか、声も無く額を押さえて蹲っている。デコピンは、小さい頃にいたずらをして母から食らったことがある。痛かった記憶はあるが、その時の痛みとは比べものにならない痛さだ。男女の差では説明ができない力に、痛みと同時に疑問も浮かぶ。



「痛すぎんだろ……」



 思わず呟くと、「そりゃ、痛くしたからな」と頭上から声が返ってきた。慌てて振り仰ぐと、そこにはヴェントス先生が静かに立っていた。



「朝は許したが、たった1日で2回。しかも教師の目の前たぁ、度胸あるねぇお前ら」



 「流石にお叱りもんよ?」と言いながら、後ろ頭を掻く。踵を返して教卓に戻ると、教卓の中から分厚い紙束を取り出して置く。



「アウトゥーナ、インヴィディオサ、グリムシュ。あと一応サーピエンス。お前らはここに残れ。他は検査が終わったら解散。教卓に年間の予定や時間割が書かれた冊子があるから、必ず持っていくように」



 そう声を掛けると、それまで固まっていた生徒達が一斉に動き出す。早くこの場を去りたいと言う気持ちが前面に表れており、検査が終わった生徒は冊子を手に取るとそそくさと教室から出ていく。検査が終わっていない生徒も早く結果を聞いて帰りたいといった様子で、中には足踏みをしている者もいる。

 全員の協力?のもと、検査は早々と終わり、教室にはコールシュ、アイク、嫌味1号、2号、そしてヴェントス先生のみとなった。



「で、残された理由に心当たりは?」



 椅子に掛けながら、俺達を見やるヴェントス先生から声が掛かる。思い当たる節はあるが、それを認めると、あっちの意見を認めることになりそうで言いたくない。それは向こうも一緒なのか、ダンマリを決め込んでいる。唯一、アイクだけはチラチラと全員の様子を見て、答えるべきか迷っているようだ。



「……答えないわけね」



 ヴェントス先生はハァッとため息をつくと、「サーピエンス」とアイクに声を掛けた。声を掛けられたアイクは、一回こちらに視線をやり、それからヴェントス先生に視線を戻して話し始めた。



「ぼくの検査結果が水の1つだったことを、インヴィディオサくんとグリムシュくんが揶揄ってきたんです。それを聞いたアウトゥーナくんが、ぼくの代わりに怒ってくれました」



 アイクの答えに、嫌味ーずはキッとアイクを睨む。それに対してすぐ、「言いたいことは?」とヴェントス先生が低めの声で話を振った。



「揶揄ってきた、というのは言いがかりです。俺達はそういう者もいるのか、とただ話していただけです」


「そうですよぉ!」



 1号の答えに、2号が同調する。まだ言うか!?と睨みつけると、「アウトゥーナは?」と声が掛かった。



「この2人は、明らかにアイクを馬鹿にしてました! 午前中のだって、コイツらがケンカを売ってきたんです!」



 このまま怒られて終わるのは納得がいかない。こっちは、伊達に悪ガキやってないんだ。怒られる場面には慣れている。怒られることが変わらないのなら、言いたいことは全部言っておかなくては!


 コールシュが声を荒げて発言すると、嫌味ーずから「それこそこっちのセリフだ!」「そーだそーだ!」と口々に返ってくる。




 打てば鳴る太鼓じゃないんだ、黙ってろ!! てか、叩いてねぇし!!





 睨み合っていると、再びヴェントス先生からため息がこぼれる。なぜかアイクが「すいません」と謝っている。お前は謝んなくていいの!むしろ謝られる側なの!!



「1回目は流れを見てないから知らん。だが、2回目は最初から俺も同じ室内にいたから知っている。明らかにインヴィディオサとグリムシュ、お前らに原因がある」



 さすがヴェントス先生!

 思わず両手をぐっと握ってガッツポーズをしてしまった。嫌味ーずは「そんな?!」と焦っているが、どう見たって聞いたってお前らが悪いに決まってる。



「しかし、先に手を出したアウトゥーナも揉め事を大きくした原因の一端を担っている」



 ヴェントス先生の声に、今度は嫌味ーずがガッツポーズをしている。それに関しては、言い返せないので甘んじて受けるが、あいつらが喜んでいるのはただただムカつく!!



「1回目の分は、最初にも言った通り目を瞑ってやる。ただし、2回目は忠告を無視して揉め事を起こしたとして、アウトゥーナ、インヴィディオサ。お前らは反省文2000字で明日までに提出しろ」


「あ、明日までぇ?!」


「なぜ俺が!?」


「明日までだ、頑張れよぉ。インヴィディオサ、これ以上言い訳をするなら、入学早々ではあるが、それなりの処置を取るぞ」



 ゆるっとした喋り方から一転、厳しさのある言い方に変わったヴェントス先生に、さすがのマルスも黙った。自分に対して言われたわけではないのに、周りの空気がビリビリと震えているように感じる。これ以上怒らせるな、と空気が教えてくれている。



「グリムシュは原因の一端は担っているが、同調する姿勢の方が強かったからな。今回は厳重注意とする………次は無いぞ?」



 ヴェントス先生の圧に、レニメンタは「はいっ!」と声をひっくり返しながら返事をする。





「あの、ぼくは?」



 アイクが控えめな声でヴェントス先生に聞いた。アイクを見やると「サーピエンスはなぁ〜」と緩い調子に戻り、少し考え込む。



「サーピエンスはこの後、資料運びの手伝いで」


「わかりました」



 「じゃ、解散!」の一声で、その場はお開きとなった。ヴェントス先生の方へ歩み寄ろうとするアイクの腕を慌てて取ると、「何?」といつものように柔らかな声が返ってくる。



「ごめん」



 それしか言えなかった。だって、アイクは何もしてないのだから。

 俺がケンカをしなければ。もっと違う言い方をしていれば。



 俺と知り合っていなければ。



 色々な思いが駆け巡る。そんな様子を察してくれたんだろう。アイクは小さく笑うと、「そんな顔しないで」と言う。



「ぼくはコールシュが怒ってくれて、嬉しかったよ」


「でも、アイクは何も悪くないのに、罰を……」


「君が怒ってくれなかったら、ぼくはモヤモヤした思いを抱えたまま過ごすことになったかもしれない。それに比べたら、荷物運びなんて軽いもんだよ。………コールシュと友達で、ぼくは良かったって思ってるよ」



 「だから、顔上げてよ」と明るい声が掛かる。アイクは心が読めるんだろうか。俺が思っていた不安な気持ちを、こんなにすぐに言い当てられるなんて。

 思わず顔を上げて、アイクの顔をまじまじと見つめると、「コールシュは全部顔に書いてあるんだよ」と笑われた。



「おーい、行くぞー」



 ヴェントス先生から声が掛かり、「はーい」とアイクが返事をする。せめて手伝おうと、一緒にヴェントス先生の側まで行こうとすると、「お前は反省文」とヴェントス先生から先に予防線を引かれてしまった。確かに明日までに2000字は、勉強嫌いのコールシュにとってすぐに片付くものでもない。悔しいが、今は素直に従うしかない。


 こうして、後ろ髪を引かれながら寮へ帰宅し、事情を知ったノックスの揶揄う声をBGMに反省文に向き合うのであった。






名前決めが苦手な末畠。一応法則はあるんですが、決めても覚えられないのが困りものです。本職は、人の名前と顔を覚えるのが必須なんですけどね………それは出来るんだ、それは。

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