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「どこ行きたい?」
1年1組の教室を過ぎたところで、ネージュ先輩が振り返って俺達に聞いてきた。
「どこって言われても……」
「何があるかもわかんないしなぁ」
1年生が顔を見合わせ困惑している姿を見て、「それもそうか」とカラカラ笑いながら相槌を打つ。
「今は教室棟にいるし、とりあえず順繰り回っていくとするか」
そう言うと、階段を挟んだ反対側へと向かって行く。教室の扉には『2年6組』と書かれていて、1年生の教室と同じ階に2年生の教室があることがわかる。ちなみにここは2階だ。
「ここは2年生の教室ね。2階は1、2年、3階は3、4年、4階が5、6年になってるよ。教室の作りや配置は同じだから、案内はすっ飛ばすね」
「案内中通ったら、チラ見でもしといて」そう簡単に説明し、次の場所へと移動する。そのまま2年生の教室を通り過ぎると、階段が見える。ネージュ先輩は少し悩むそぶりを見せ、「どうせ後で行くし」と言って上る方を選択した。そのまま5階まで上がっていくと、小さなホールの様な空間の向こう側になんとも立派な扉が見える。
「ここが図書室だよ。室で収まらない大きさではあるけど」
5階はフロア全体が図書室になっているらしく、一般に売られている書物から各学科の専門書まで幅広く集められており、蔵書数は100万冊はあるという。中には閲覧制限のかかった書物まであるらしいが、全くもって本とは縁遠いコールシュにとっては、聞いたところでわからない。
活字を読むのは苦手だ。小学校の教科書でさえ、見ていると自然に瞼が落ちてくるほどに。最後の方は多少慣れてきて眠くなることはなかったが、最初の頃はそれが苦痛で教室から飛び出したりしたもんだ。
それでもこの光景には圧倒される。家や学校の本棚とは比べ物のならないほど、本で埋め尽くされた空間。本の背表紙がいくつも並んだその光景は、1つの絵の様にも見える。本好きのローゼは「すごい!」とさっきから言いっぱなしで、図書室だからと声のボリュームを抑えるのに必死だ。
「調べ物があったらここに来るいいよ。大体のものは揃ってる。貸出期間は2週間。延長したい場合は1回持ってきて再度手続きすればOK。でも、人気があるものは予約制だから、延長は不可ね」
借りる時は、鍵が貸し出しカード代わりになるらしい。ローゼは早速、本を借りるようで、司書の先生と何やら話していた。ウキウキ顔で本を胸の前で抱きしめるローゼと共に次の場所へと向かう。
「なぁ、さっき何話してたんだ?」
どうやらノックスは、先ほどのローゼと司書の先生とのやり取りが気になったらしい。ご機嫌なローゼは嬉しそうに教えてくれた。
「あのね!図書委員っていうのがあるんだって!」
「ふーん。で?」
「図書委員になったら、司書の先生の代わりにカウンターに座って、貸出や返却の手続きをするの。特に忙しい仕事でもないから、その間は本を読んで過ごしてもいいんだって」
「へぇ〜。ローゼ好きそうじゃん」
「うん! それと、図書委員は仕事の見返りとして、図書を優先的に借りられるシステムがあるの! もうこれは、なるしかないと思って!」
「委員会決めは、絶対に図書委員を勝ち取ってみせるわ!」と意気込むローゼに、ノックスが「おー、がんばれー」と覇気のない応援を送る。ローゼの本好きは知っていたが、ここまでだったとは驚きだ。まぁ、アウトゥーナ領にある小学校の図書室は、対象が子どもなので基本児童書がメインだ。いつだったか、「もっと難しい本も読みたい」みたいなことを言っていた気がするので、念願叶ったりなんだろう。コールシュは児童書でもダウンだが。
4階に降りると、先ほどの説明通り6年生の教室が並んでいた。そして、側には自習室と書かれた教室がいくつかある。
「自習室が多いんですね」
アイクは自習室を多いと感じたらしい。コールシュからしてみれば、自習室なんてものは見たことがないので、多いか少ないかなんて比べようがない。
「んー、そうかな? 慣れちゃってるからわかんないや。あぁでも、机に向かうだけの自習室もあるけど、実践用の自習室もあるから確かに多いのかも」
「実践用?」
聞き慣れない単語がポンポン出てくる。そもそも自習に種類なんてあるのか?
「君達が想像する自習ってさ、教科書とか問題集開いてひたすら勉強!って感じじゃない?」
「そうですね」
「でもさ、ここは魔法も学ぶ場なわけ。机に齧り付いて頭だけでわかった気になっても、実際使おうとしたら無理でしたー、なんてよくある話だよ」
「そうならない様にするためにあるのが実践用ってわけ」とネージュ先輩は軽く言っているが、魔法って使えないとかあるのか。確かに、魔紙を使わないと魔法は使えない。事前知識のない子どもは、魔紙を使ってはいけないというのが暗黙のルールだ。だから、コールシュも魔法は使ったことがない。でも、魔紙を使えば誰でも魔法が使えるものだとばかり思っていた。となると、魔剣士になるためには体を鍛えるだけでは駄目だ。そもそも魔法が使えるか使えないか、そこが一番の前提条件になってくる。まさか、思いもしないところに不安要素が転がっていようとは……!
「コールシュはどうしたんだ?」
「うおぉー!」と人目も憚らず唸るコールシュの姿は、物静かなシレンでさえもスルーできない奇妙さだった。思い当たる理由を知っているノックスとローゼは、苦笑いを禁じ得ない。
「コールシュの夢ってさ、魔剣士になることなんだよ」
「魔剣士に?」
「うん、さっき自己紹介で言ってた!」
先ほどの自己紹介を聞いていたアイクは、「すっごく目がキラキラしててさ、思わず拍手しちゃったよ」と感想を述べる。その話を、友達ながら嬉しそうに聞いていたローゼが続きを話す。
「コールシュの一番上のお兄さんがね、フィオトガの王都で魔剣士をしてるの。昔から領地でも一番強くて、頭も良くて、だから王都の学院に進学したのよ」
「その上、優しいんだ! マジ、こんな人いんのかよ?!って感じ」
「相当出来た人なんだな」
シレンとアイクは興味津々といったようすで、ローゼとノックスの話を聞く。少しずつ落ち着いてきたコールシュも、2人の話す長兄という人を聞こうと耳を傾けていた。
「学院での成績も良かったみたいで、そのまま軍の試験を受けて一発合格! 見習いすっ飛ばして正規雇用って話さ!」
「それは……凄いな」
「だろ!!」
長兄との関わりは、10の年齢差も相まって多くはない。それでも、年に一回会えるか会えないかの時をコールシュは楽しみにしていた。長兄も歳の離れた弟をとても可愛がってくれ、王都のお土産を必ず持ってきてくれる。
強くて優しい___そんな長兄の様な魔剣士になることに憧れた。勉強は苦手で、兄と同じ学院には行けなかったけれど、魔剣士になる道は一つじゃない。このスコーラ学院で学んで、必ず兄の様な魔剣士になる!
「って思ったけど、「魔法使うには勉強しなきゃいけない、どーしよー」ってこと?」
ずっと聞き手に回っていたネージュ先輩が、綺麗にまとめて俺の思いを代弁してくれた。改めて突きつけられた現実に、コールシュは再び悶えるのだった。
気落ちしたコールシュをノックスが引き摺りながら、一同は1階まで降りてきた。入寮の時に正面玄関で鍵をもらい、迂回してフリースペースまで行ったことはあるが、その他の部分は見たことがない。
「1階は主に特別教室が並んでるよ。こっちは右に進むと職員室、左は食堂ね」
「あとで食べに行こうね」と言われ、気分の落ち込みなんて忘れてお腹が減ってきた。「単純だなぁ」なんてアイクが笑っているが、健全な男子たる者、腹が減っては戦はできぬ、だ。落ち込んでとろとろ歩いていたら食いっぱぐれる。
食事は一旦お預けで、職員室方面へ進んでいく。職員室を通り過ぎると広々としたエントランスがあり、中庭に抜けられる扉もあった。それを横目に進んでいくと、『研究室』と書かれた部屋がいくつも並んでいる。
「ここは先生達の研究室だよ。教員って言っても、ほとんどが研究の片手間に教えてるようなもんだから」
「時々中から変な音するけど気にしない方がいいよ」なんて不吉なことを言われた気がしたが、そっとしておこう。
研究室を通り過ぎると、化学室や生物室が並んでいた。それぞれ1、2と教室に番号が振られている。
「この数字は?」
気になったのだろう。思っていた疑問を、ローゼがネージュ先輩に尋ねる。
「違いはそんなに無いよ。1学年6クラス、それが6学年分だろう? 授業が被るなんてざらだから、そのためにあるって感じ」
言われてみれば確かに。科目数よりもクラス数の方が多いのだから、被るのは当たり前か。
「反対の通路は美術室があるよ。そこも2教室あるから、自分が受ける授業のある教室を間違えないように、ってくらいかな?」
「じゃあ、早いけどご飯にしようか」とのネージュ先輩の声に、待ってましたとばかりに喜ぶ俺とノックス。ローゼは少し恥ずかしそうにしているが、楽しみなものはしょうがない。それに早く行かないと、もしかしたら席がないなんてことがあるかもしれない。食は常に戦争なんだ。
食堂は思った以上に広々としていた。室内はクリーム色の壁紙を基調としており、全体的に柔らかい雰囲気だ。それに黄色系の配色もあって、食欲に拍車がかかる。ネージュ先輩は6人が座れる広い机に俺達を連れて行ってくれ、みんなで席に座った。
「さて、何を食べようか?」
机にはメニュー表が置かれており、ネージュ先輩は慣れた様子で目を賭し始めた。俺達も真似してメニューを広げると、学生食堂とは思えぬほどのレパートリーが並んでいる。どれもこれも味をすゾウするだけで涎が垂れてきて、選ぶのが難しい。
「こんなに多いと迷っちゃうね」
「ホント! どれにしよ〜!」
顔を合わせたばかりの時は、アイクに対して頬を染めていたローゼも、見学を通して仲良くなり、普段通りにやり取りをしている。今では隣に座って一緒にメニューをキャッキャ言いながら眺めているほどだ。ちなみに席位置はアイク、ローゼ、ネージュ先輩と並び、アイクの対面からノックス、コールシュ、シレンとなっている。ネージュ先輩に『惚れた』と言っていたので、さりげなく対面を譲ろうとしたところ、「緊張して飯どころじゃなくなる!」との悲痛な叫びにより、このような並びに落ち着いた。
悩みながらも、「どうせこれから6年間食べるんだよ?」というネージュ先輩の鶴の一声で、『それもそっか』と納得した一同は目についたメニューを注文することとなった。ここでも出てきたのは鍵。机に配された鍵穴に鍵を差し込み、備え付けのキーパットでメニュー横の数字を打ち込む。それが厨房に伝えられ、調理を開始するらしい。注文と同時に番号も知らされるので、配膳カウンター上部の表示板に番号が出たら自分で撮りに行くのだという。
今回は定番でハンバーグを注文してみた。ノックスも同じものを頼み、ローゼとアイクは2人でそれぞれパスタを注文してシェアするらしい。なんだかやってることは恋人のようなのに、仲良しで済まされるのはきっとアイクの雰囲気によるところが大きいのだろう。シレンはガッツリとステーキを注文している。
「うっわ、美味そ〜!!」
「マジでレストランだよな!!」
盛り付けが街のレストランのようで、学食とは思えないクオリティだ。コールシュの実家は領主館だが、それでも出される食事は一般市民と変わらず、贅沢は特別な時のみだったので、周囲との価値観のずれというものは起きなかった。それも友達との関わりやすさに影響を与えていたと思う。
ふと見ると、ネージュ先輩はスープ一杯だけで、自分達の食事量と比べて明らかに少ない。
「ネージュ先輩、お腹空きませんか?」
思わずコールシュが声を掛けると、ネージュは平気そうな顔で「うん」と頷く。
「今日はただ歩いただけで、頭も何にも使ってないからね。お腹もそんなに空いてないから、これで十分」
「気にせず食べなよ」と言いながら、優雅にスープを口に運んでいく。まぁ、そういうことなら遠慮なく、ということで、それぞれが食事に口をつけ始める。ハンバーグにナイフを通すと、ジュワッと肉汁が皿の上に溢れ、それだけでも涎が出てくる。ほかほかと湯気が立ちのぼり、それでも待てないので一口放り込む。熱くてハフハフしながらも、肉を噛んだ時の香ばしさや肉汁の溢れ出す感じがたまらない。同じくハンバーグを食べているノックスを見れば、向こうも同じことを思ったのだろう。視線で『やべー!!』と言っているのがわかる。
こんなに美味しい食事を6年間も食べられるなんて!! スコーラ学院に受かってよかった!!
「なんだか、君達って見てるだけで面白いよねぇ」
ネージュ先輩がおかしそうに口にした。スープは食べ終わったようで、食べている1年生の鑑賞会に入ったようだ。
「へ? ほうへふは?」
口の中はハンバーグによって占領されているため、多少の聞こえづらさは許してほしい。ローゼからはすかさず、「飲み込んでから話す!」と注意が入った。
「わたしからすると、学院の生活は当たり前になってしまってるから、いちいち驚いたり感動したりすることなんてないんだけど、君達は何もかもが初めてなわけでしょ? その素直な反応が可愛いなぁって思うんだよねぇ」
いざ言葉に出されると、自分達がいかにはしゃいでいたのかがわかって少し恥ずかしい。まるでというか、まさにお上りさんであることには変わらないので、何もかもが目新しくてキラキラと輝いて見えるのだ。それに、学院の外で見たスコーラの街並みは、コールシュ達の故郷、アウトゥーナを彷彿とさせるものがあった。その中に、最先端のシステムが導入された学院があるなんて、余計に興奮してしまう。
それはノックスもローゼも同じ思いなのか、自然と3人の視線が絡んで照れ笑いをしてしまった。
「そういえばさ、アイクとシレンはどこ出身なんだよ?」
ノックスが思い出したかのように尋ねる。そういえば、アイクは自己紹介で名前を言ったのみで、出身地については言っていなかった。反対側のムカつくアイツと睨み合っていて、そんなこと気にもなっていなかった。シレンのも聞いているということは、アイク同様言わなかったのだろう。みんなの視線がアイクとシレンを交互に行き来する。すると、珍しくシレンが答えた。
「俺達はヴィータシュだ」
まさかの王都!? そのことに驚きつつも、同時に疑問も出てくる。
「ヴィータシュだったら、王都の学院があるじゃん?その土地のやつには優先権があるって聞いたぜ?」
そう、ノックスの言う通り、ヴィータシュにある学院はフィオトガで一番の学院ではあるものの、ヴィータシュに住んでいる者は優先的に入学できるシステムがある。それはどこの地域も同じで、学区優先法というものが制定されている。要は、わざわざ学院に入るために遠いところに行かなくてもいいように、との気遣いだ。学校のランクは多少あるが、フィオトガ国内に関していえば、そこまで大きな差はない。王都ヴィータシュの学院の試験が難しいと言われるのには、元々住んでいる人間が多く、その土地の人が進学した場合、よその地域からの入学者枠が少なくなるからだ。そのため、『王都ヴィータシュの学院は最難関』なんて言われている。
だからこそ、2人がわざわざ地元を離れてスコーラに来る意味がわからない。シレンに続きを促すように視線を向けるが、話すことはもうないとばかりに食事を再開している。そこでアイクに視線を向けると、少し困った顔をしながらも続きを話し始めた。
「ヴィータシュ学院でもよかったんだけどね。その……親が、さ。どうせ寮に入るんだったら、すぐに帰ってこれないところに行けって」
「シレンはそれのとばっちり」と頬を掻きながら、アイクは言葉を紡ぐ。自分の親は、離れたくないと泣いたため、そんな考え方もあるのかと驚いてしまう。というか、それに付き合うシレンもシレンだ。よく嫌だと言わずに平気で付いてきたな。
美味しい食事とおしゃべりに花が咲き、見学兼休憩時間はあっという間に過ぎていった。
ファミレスのハンバーグが食べたぁ〜い!!




