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「入学早々、元気だなお前達」
声の主は、教室の前扉に寄り掛かるようにして立っていた。スラッとした背は高く、おそらく180cmはあるだろう。黒の上下服の上に、膝下まであるグレーのフード付きコートを羽織っている。烏の濡れ羽のような腰まである黒髪は首元で結き、前髪はサイドに流している。菫色の瞳は、眠たそうな目蓋に半分隠れていた。
明らかに生徒ではない。生徒ならば制服を着用しているはずだ。そして、関係者以外はたとえ保護者であろうとも、特別なことがない限り入ってこれない。ならば、考えられる可能性はただ一つ___。
「せん…せ、い?」
「そうだけど?」
心の中で呟いたと思っていたが、バッチリ声に出ていたらしい。黒髪教師は教室中の注目を集めながら、ゆったりとした動きで教卓に立つ。先ほどまでのピリピリとひりついた空気は消え、今では黒髪教師の次の行動を一つも逃すまいと、全員の視線がそちらに注がれている。
「そこの血気盛んな2人!」
静かな教室に声が響く。血気盛んとは? 周りをキョロキョロと見渡すと、全員の視線がコールシュと金髪の2人に注がれている。思わず、「俺?」と自信無さげに自分を指さすと、全員の視線が『そうだ』と訴えている。
「お前ら以外に誰がいるんだよ、早く座れ」
教師からも急かされ、全員の注目を集めながら気まずい空気の中、先ほどの席へと腰を下ろす。空いている席は先ほどの席しかないので、嫌でも通路を挟んで隣同士になってしまう。チラッと横を見ると、向こうもこちらを見ていた。謝罪もなければ殴ってこようとした相手だ。見ているだけでムカムカしてくる。それは金髪も同じだったようで、バチバチと火花が散る勢いで睨み合い、フンッとそっぽを向いて視線を切った。
「………じゃあ、ひと段落したみたいだから進めるぞ」
生徒の心が一つになった。『どこが?!』と。
そんなことはお構いなし、とばかりに、黒髪教師はチョークを手に取ると、黒板に何かを書き始めた。
「まず自己紹介といこう。俺はこのクラスの担任のヴェントス・ゲイルだ。呼び方は、「ヴェンさん」でも「ゲイルさん」でも「ヴェンちゃん」でもなんでもいいぞー。「先生」だけだと誰呼んでんだかわからんから、必ず俺だってわかるように呼べよ」
こだわるところがずれている気がするのは俺だけだろうか。いや、そんなことは無い。アイクも「え、そこ?」と小さく呟いているから、俺の感覚は正常だ。
「年齢は30歳。目上だから敬えよ」
そこは教師だからじゃ無いのか? 年齢が若ければ敬わなくていいのか?
とにかくツッコミどころの多い自己紹介だ。しかし、ヴェントス先生の勢いにすっかり飲まれてしまっている教室には、そんな猛者はどこにもいなかった。ヴェントス先生は話し終わると、教卓横に置いてある椅子に腰掛けた。
「じゃ、端から言ってけー」
気の抜けた指示のもと、生徒達がおずおずと自己紹介をしていく。男女比は丁度半々だ。最初に自己紹介した生徒が名前、出身地を言ったことから、その2つはマストでいう流れになった。それ以外にも、趣味や特技を話す者もいる。まぁ、そこまで話すのは如何にも元気が取り柄、といった雰囲気の生徒で、あとは緊張からか名前と出身地を言うとそそくさと席についた。
自己紹介が進んでいき、金髪の番になった。スッと立ち上がると堂々とした雰囲気を纏って喋り出す。
「マルス・インヴィディオサ。出身地はフィオトガ王国第二の都市、サーバンだ。お受けに使えるインヴィディオサ伯爵家の者だ。先ほどは慣れない環境下で自制心が働かず不本意な姿を見せてしまったが、これからは皆の手本となるように努めよう。よろしく」
なるほど、だからさっき「俺が誰かわかって言っているのか?!」なんてことを言っていたのか。貴族階級に疎いコールシュでも、伯爵が偉いってことくらいはわかる。でもそれは、マルスの父親のことだ。マルス自身が偉いってわけじゃない。つまり父親の身分を笠に着て、威張り散らしたいだけじゃないか。
横目で見ていると、マルスがこちらにチラッと視線を寄越した。目が合い、何かと見ていると、フッと鼻で笑い嘲るような視線を送ってきた。
とにかくこいつとは気が合わない!!! 仲良くするなんて無理!!!!
「はい、次ー」
前方からガタッという音がし、ヴェントス先生から順番を促す声が掛かる。視線を上げると、ヴェントス先生と目が合う。マルスのことでイライラとしていたら、いつの間にか自分の番になったようだ。
慌てて立ち上がったので、ガタガタッと騒がしい音がしたものの、そこまで変な魔が開いたわけではないので大丈夫だろう。
「ヘルシュ公国出身、コールシュ・アウトゥーナです! 将来の夢は魔剣士になることです! よろしく!」
何事も最初が肝心だ。まぁ、ちょっとばかし暴れてしまったが、あれはマルスが喧嘩をふっかけてこなければ起こり得なかった話。自分はあくまで正当防衛をしただけだ。ここは、気持ちを切り替えて、新たな地でたくさん友達を作りたい。
パチパチパチ
左隣から小さな拍手が聞こえる。ふと見やると、アイクが笑顔で拍手をしてくれている。それに釣られたのか、何人かの生徒もコールシュに向かって拍手を送っている。なんだか照れ臭くなって、後ろ頭をぽりぽり掻きながら着席した。右隣からは、相変わらず悪意のある視線が飛んできているが、そんなもんは知ったこっちゃない。ここから俺の魔剣士への道が始まると思うと、自然と心が躍った。
一通り自己紹介が終わると、ヴェントス先生は再び立ち上がり、生徒達に向き直った。
「次は出席確認だ。机に鍵穴があるだろ。そこに自分の鍵を差し込むように」
指示通り、生徒達がそれぞれ鍵を差し込む。すると光で文字が表示され、『コールシュ・アウトゥーナ、出席を確認しました』と書かれている。これが先ほど案内役の上級生が言っていたことか。
「授業ごとに講師は変わるから、その都度出席確認をする。座席は基本自由だ。授業の初めに、必ず今のように鍵を差し込むように。やらんかったら欠席扱いだからなー」
「マジかよ!?」
「鍵の重要度高すぎない?!」
口々に生徒達から声が上がる。自己紹介を経たことで、凝り固まった空気がいい感じに緩んできたようだ。
「ほい、次行くぞ。1年は基本所属クラスで授業をするから、だいたいここだな。別教室確定なのは武術、音楽、美術くらいだ。まぁ、その他の授業も時と場合によっては別の場所でやることもあるから、そん時は気を付けろよ」
「質問あるやついるかー」とヴェントス先生が声を掛けると、1人の生徒が手を挙げた。えーと、名前なんだっけ?
「はい、じゃあそこの……ムンダーノ」
「あの、ヴェントス先生の担当科目はなんですか?」
そうだ。一番最初に教室の扉に鍵穴を差し込んだ少年だ。それはそれとして、確かに、ヴェントス先生は自己紹介でその話をしなかった。ツッコミどころが多すぎて、すっかり頭から抜け落ちていた。
「俺? 見りゃわかるだろ、美術だ」
いや、わかんねーよ。
マイペースなヴェントス先生の空気に完全に呑まれながら、その後は講義の内容についてサラッと説明がされた。講義は言語、数学、理科、歴史、音楽、美術、武術、魔法基礎の8教科だ。言語は世界共通語、歴史はここフィオトガ王国主体の内容となる。ちなみにヘルシュ公国も世界共通語を使う国なので、そこはラッキーだ。
そしてコールシュが何よりも楽しみにしている科目は、武術だ。元々体を動かすことが好きなのもあるが、コールシュが目指すのは魔剣士、つまり体が資本の職業である。一番上の兄は、今その魔剣士としてここ、フィオトガ王国軍第二師団に所属している。あまり顔を合わせる機会は少ないが、がっしりとした体躯に精悍な顔つき。それでいて話すととても穏やかな人だとわかる。自分の兄であるという欲目を抜きにしても、憧れの存在なのだ。
だからこそ、ここで技術を学び、兄のように魔剣士として立派にやっていけるようになりたい。それが、コールシュの目下の目標だ。
校内見学は、1人の上級生が数名の1年生を案内してくれるとのことだった。さっきまでは混雑がどうのと言っていたが、ここからは完全フリーで、クラス関係なくグループを組んでいいらしい。結局、通常の学院生活が始まると、6学年全てが一斉に動くことに変わりはないので問題はないとのことだった。
早速アイクを誘って2組に向かう。廊下に出ると、向こうも同じことを考えていたのだろう、ノックスとシレンがいた。
「よ! 見事に別れちまったな」
ノックスがいつもの口調で、話し掛けてきた。明るさの中に、少し沈んだ色が見えるのは気のせいではないだろう。知り合いも少ない場所での新生活、誰しも知り合いと一緒がいいのは同じなようだ。
「ま、しょうがないさ。二組に別れただけでも良しとしようぜ」
シレンは相変わらず大人びたことを言う。これがあのマルスだったら鼻につくんだろうが、シレンはその風貌も相まってか、妙に似合っている。俺ももうちょっと身長があればなぁ………でも、サマにならないか。
1時間ぶりの再会で、クラスはどうだの担任は誰だのと話は盛り上がった。もちろん、マルスの話にもなった。すんごく嫌なヤツとして周知してやった。
「校内見学だけどさ、誰か知り合いいる?」
思い出したかのようなアイクの一声に、一同が黙った。そういえばこの時間は校内見学だった。一応昼休憩を含めて3時間の自由時間が設けられてはいるが、すでにここで30分くらい消費してしまっている。上級生にお願いすると言っても、知り合いなんて思い浮かばない。今日いるのは5年生の一部の生徒のみらしい。6年生は来年は卒業で就職も控えているから、職場見学や体験などに出てしまっていない2〜4年生は春休みで、多くは実家に帰っているらしい。2年生にアウトゥーナから進学した生徒が1人いるにはいるが、大人しいタイプでコールシュとはあまり絡みがない上に、今日は不在だ。
ノックスは同郷なので右に同じく、アイクとシレンはというと、各学年に知り合いはいるのだが、今日は登校していないとのことだった。
4人で顔を突き合わせ、どうしたもんかと考える。3人寄ればなんとやらという諺があった気がするから、4人も寄れば何かしら出るだろう。
そんなこんなを続け、気が付けば周りにいた生徒達はまばらになってきた。自主的に1年生を迎えにきてくれていた上級生は、とっくのとうにいなくなっている。
「ねぇ、もういっそのこと誰でもいいからお願いしようよ」
「そうだなぁ、ここにいたって変わんないしなぁ」
アイクの提案に俺以外の2人も同意して、ようやくその場から動き出す。
「あ! まだいた!!」
すると、昨日ぶりの聞き慣れた声がした。振り返ると、そこにはローゼと、なぜかネージュ先輩がいた。
「あれ?ネージュ先輩?? なんで???」
「なんでって、わたし5年生だよ? いたっておかしくないだろう?」
2人のそばに歩み寄って尋ねると、ネージュ先輩はいたずらっ子のように笑いながら疑問に答えてくれた。でも、なぜローゼと2人でいるんだろうか。
「昨日、寮まで送ってくれた時に、今日の校内見学の話になってね。ネージュ先輩が案内してくれるって言ってくれたの」
「だからコールシュ達も誘いに来たんだ」とローゼは笑顔で教えてくれた。
これはありがたい誘いだ。誰も頼る相手がいなかったので、これから緊張の校内見学になるところだったのだ。それが、昨日が初めましてとはいえ、知り合いのネージュ先輩が案内してくれるとは心強い。
「そのお誘いって、僕達も入れてもらえるのかな?」
アイクが小首を傾げながら、こちらを伺うように尋ねてきた。そういえばアイクとシレンは寮で合ったのだから、女性陣2人とは初対面だ。
「あ、え、もっ、もちろんです!!」
ローゼの顔は真っ赤だった。そりゃそうだ。ザ・王子様な美少年に声を掛けられたんだから。ローゼはアウトゥーナでは美少女として名が通っていたし、美少女なのは今も変わらない。男はみんなローゼに惚れる時期があるって言われるくらいだ。そのローゼが、頬を赤らめている姿を見ると、なんだか俺達のアイドルをとられた様な気がするのは気のせいだろうか。
「やった! 先輩もよろしいですか?」
「わたしは構わないよ。3人も5人も大して変わらないしね」
ネージュ先輩の了承も取り付け、これでついに校内見学がスタートできる。
先頭にネージュ先輩とロゼが並んで歩き、その後ろを男4人がゾロゾロとついていく。なんか姫とその家来みたいだな、と思い、同意を得ようと隣のノックスを見やると、なぜか静かだ。
「おい、ノックス。お前どうしたんだよ」
声を掛けると、ギギギッと音がしそうな動きでこちらに首を向けるノックス。なんか怖いんだけど……。
歩きながら答えを待つが、ノックスは右手と右足が一緒に出ている。歩きづらくないのか、それ。
「……れ……た」
「は?」
ボソッと呟いた声は、ほとんど音になっていなくて聞き取れない。聞き返すと、先ほどよりは大きく、それでも耳を澄ませないと聞こえない様な声で話し出した。
「俺…惚れた」
「は??」
申し訳ないが、俺の返答にはバリエーションがないらしい。突然何を言い出すんだと思って、怪訝な目を向けてしまう。ノックスはというと、いたって真剣な顔をしながら右手と右足、左手と左足を同時に動かして歩いているんだから、奇妙以外の何者でもない。
「ネージュ先輩に惚れた」
「〜〜〜っっ!!!」
「ええぇぇーーー!!」と叫びそうになった俺の抑えたのは、アイクの手だった。目を白黒させる俺に、「静かに。気付かれちゃうよ」と小声で話し掛けてくる。
「っぷは! って言ってもさ!」
「いやぁ〜、もうお手本のような惚れっぷりだったから、すぐにわかったよ。むしろ、長年の付き合いの君が気付いていないことの方が驚きだけどね」
女性陣と少しばかり距離を取りながら、アイクは面白そうに話す。シレンも頷いて同意の意を示している。
え、気付いてないの俺だけなの?
「どうしたのー? 先行っちゃうよー??」
前方を歩いていたローゼが、男子チームの歩みの遅さに気が付いて声を掛けてくる。ネージュ先輩はというと相変わらず、楽しそうな表情でこちらを見ている。
「今行きまーす!」
アイクが代表して返事をし、足早に2人の後を追った。相変わらず、ノックスの歩みは変だったけど。
キャラクターをどうやって立たせるか、容姿や中身の肉付けをしていくのか………書けば書くほどわからなくなります。容姿の表現が!!難しい!!!




