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魔力は、大なり小なり誰にでも存在する。火、水、雷、風、光、闇の6種の性質があり、その中の一つを潜在的に持って生まれてくる。魔力の発現は一般的には10歳前後と言われており、10歳になると義務として魔力検査が行われる。
示された性質や魔力量によって、子ども達の将来は変化する。例えば、光属性ならば医療従事者や聖職者へ、火属性ならば鍛治士へなど向いている職業というものが存在する。存在すると言うだけで、決してならなくてはいけないわけではない。そこは、本人の意思が尊重される。
また、性質を持っていても魔力量が少なければ使える力も限られる。先ほどの医療従事者であれば、少ない力ではすり傷程度の傷を治すのにほとんどの力を使い、1日に治せる人数は多くて2人だ。それでは、いてもいなくても同じ、と言われても文句を言えない。
そういう場合は能力に関係なく、自身の興味のある職についたり、親の仕事を継いだりする。
では、能力のある者は、というと、能力を活かした職業に就くことが多い。魔力に満ちているこの世界で、魔力を持つのは何も人間だけではない。魔物と呼ばれる存在もいるのだ。どこから現れるのかはいまだに解明されていないが、多くの魔物は人間や動物を襲う。それは捕食目的でもあれば、快楽を目的としている場合もある。
それらと戦う存在としているのが、魔剣士や魔術師だ。
戦いに特化した存在で、各国がそれぞれに軍隊を抱えている。軍隊の始まりは他国との戦闘のためであったが、歴史を経て、今は魔物から自国を守る存在となった。時には他国に派遣し、合同で凶悪な魔物を退治することもある。
小国の中には、自国領を増やさんと戦いに身を投じている者もいるという噂もあるが、現在名を馳せているような国は非戦争国である。
では、なぜ剣士にまで『魔』がつくのか。至って単純な話で、人には魔力があり、誰にでも行使することができるからである。剣士であるからといって、剣だけで戦うわけではなく、時には魔法を用いて戦う。そのまま敵にぶつけたり、自身や武器に付与したりと戦い方は様々だ。先頭においては前線を張ることが多い。
魔術師はその名の通り、魔法に特化した戦いをする。基本的に、杖やペンダントなどで魔法を増幅させて戦い、後方支援を行う。
他にも、武器であれば弓や槍、短剣などその人に合った物を選び、戦闘スタイルもそれにより変化していく。
そして、魔力の使い方について。太古の昔は、何もせずとも言葉一つで火や水が出現したという。しかし、人間達の愚かな争いに辟易した神が、その力の使い方に制限を設けた。それは、魔紙といわれる専用の紙を用いなければ、魔法は発動しない、というものだった。
これにより、それまでは自由自在に使えていた魔法も連発することは愚か、まともに使うことすらできなくなってしまった。だからこそ、争いが沈静化していったとも取れる。
現代においてもそれは変わらず、魔紙がなければ魔法は発動しない。そのため、魔剣士、魔術師は常に魔紙を携帯しているのであった。
この世界において、一番の大国として名が上がるのがフィオトガ王国だ。世界各国で『魔力者狩り』と言われる魔力保有量の高い者の命が危ぶまれた時代、どこよりも早く魔力保有量に関係なく、安定した生活が送れるように基盤を整えた国である。もちろん、すんなりと民がついてきた訳ではなく、100年単位にも及ぶ争いや話し合いの末に出来上がったものである。
その先頭に立って物事を成し遂げた当時のリーダーが、現国王の先祖であるフィオトガである。
はじめに治めていた土地は、そこまで大きくなかった。そこに、賛同した土地持ちの者が参入し、フィオトガの配下に降った。また、その土地や地位を羨んで、争いを仕掛ける者もいた。フィオトガ側は対抗し、争いを勝ち取った。そしてさらに国土を広げていった。
ここにもある歴史の繰り返しにより、今では世界一と言われるまでに国土を広げ、そして統治していった。
そして現代へと繋がる_______。
「忘れ物は無いわね? あ、この帽子も持っていった方が」
「もういいって! 荷物は何度も確認して、とっくに学院に送っただろ!」
女性と少年が、何やら言い争っている。少年の話によると、学院に持っていくための荷物がことの焦点のようだ。女性が焦ったような不安そうな表情に対して、少年は呆れたような時折苛立ちの混ざる表情を見せている。
「だって、初めての一人暮らしでしょ? 何かあっても、母さんも父さんもそばにいないんだから、自分で対処しなくちゃいけないのよ?」
「だーかーらー! 一人暮らしって言っても寮だし、何かあれば寮監が助けてくれるって言ってたじゃん!」
少年と女性は親子のようだ。少年は、茶色い目に短めの茶髪。女性の方は、同様の茶色い目に亜麻色の長い髪を一つに纏めている。よく見れば顔立ちも似ており、2人が親子であることがわかる。少年はどうやら、学院に行くにあたり、親元を離れて寮生活を始めるらしい。可愛い子には旅をさせよとはいうが、やはり親としては我が子と離れることに抵抗があるようだ。
少年の名はコールシュ・アウトゥーナ。ヘルシュ公国という小さな国の、アウトゥーナ地方領主の家に生まれた。上には2人の兄がおり、10歳上、8歳上と離れている。兄達は既に学院を卒業し、上の兄は魔剣士としてフィオトガ王国の軍に所属し、下の兄はヘルシュ公国の文官として勤務している。父は地方領主としてこの土地を治めているが、農業で生計を立てている土地でもあるため、領主だからと威張り散らしている訳ではなく、領民と共に農業に励んでいる。コールシュも、幼い頃から父に連れられて農業を体験し、今では小学校が終われば遊びの延長で農業を手伝う日々だ。
ヘルシュ公国はフィオトガ王国に接しており、様々な面でフィオトガ王国の影響を受けている。その一つとして挙げられるのが、学院への進学だ。フィオトガ王国では、13歳になる年に子ども達は学院に通う義務がある。
学院とは、義務教育と言われる文字の読み書きや計算、国の歴史などに就いて学ぶ場である。学院の在籍年数は6年であり、6年経つと卒業して、それぞれ職に就いたり、さらなる学びを求めて研究施設などに身を置いたりする。学院は、フィオトガ王国の中に複数あり、それぞれの特色を見て進学していく。もちろん、定員もあるため、人気のある学院に入るためには試験に受かることが必須条件である。
ヘルシュ公国は属国という訳ではないが、小さな国であるためフィオトガ王国と提携している機関がいくつかある。その一つが学院だ。そのため、ヘルシュ公国に生まれた子ども達は、13歳になる年に親元を離れてフィオトガの学院へ進学することが決まっている。
ちなみに、小学校は10歳から12歳までの未就学児が、読み書きや計算を習う場である。義務教育ではないが、試験を受けなければ入れない学院が増えてきたことにより、アウトゥーナを含めた様々な地方が教師を雇い、フィオトガ王国生まれの子ども達とあまり差なく進学できるように、との配慮から創設された。今では当たり前のように午前中は小学校へ、午後は家業の手伝いをしたり、子ども同士で遊んだりとのびのび過ごしている。
コールシュが進学する学院は、フィオトガの学院の中では真ん中くらいの成績だ。兄達は優秀で、2人ともトップの学院に進学しており、良い職にも就いている。後継は長兄に決まってはいるものの、まだまだ父も働き盛りなので心配はない。自由気ままな三男坊として育ち、プレッシャーも何もなく、のびのびと日々の生活を謳歌していた。そもそも、両親も兄達にトップの学校に行くよう指導したという訳ではなく、受けてみたら受かってしまったというのが現実だという。父に至っては、「鳶が鷹を産んだ」と笑っていた。
母は、年の離れた末っ子が手元から離れてしまう寂しさや、兄達とは違う家にとっては初めての学院への進学に不安が隠せないのだろう。当事者のコールシュを置き去りにして、まるで自分が行くかの如く慌てている。
「とにかく落ち着いてよ母さん。兄さん達だっておんなじように学院へ行ったんだろ? それと一緒だって!」
「兄さん達はしっかりしてたからいいのよ、別に! あなたは落ち着きがないし、人の話も聞いてないし、勝手にどっかに行って迷子にならないかって不安で!」
「………」
心配されているのか貶されているのかわからない母の意見に、怒りたくても怒れない。だって、コールシュには思い当たる節が山ほどあるから。
確かに、小学校に通い始めた時は椅子に座っていられず、教室内をふらふら立ち歩いたり、外に飛び出したりした。授業を受けられるようになったかと思ったら、窓の外の様子が気になって教師の話も上の空で聞いていなかった。終いには、友達との隠れんぼで意地でも見つかりたくなくて、山に入り込んで捜索隊が組まれてしまったこともあった。
だが、それも過去の話だ。ここ半年は、学ぶ時間と遊ぶ時間で切り替えが出来るようになってきたし、隠れる場所にも限度というものがあることをわかっている。よく教師から注意されていたが、最近では隣の席のノックスとどっこいどっこいだ。
「大丈夫だって! ノックスだって一緒だから、いざとなったら相談するさ! 手紙も書くから!!」
「絶対よ! 週に1回は手紙を送ってちょうだいね!」
「……時々送ると思う」
手紙、と聞いて母の気持ちが変わったのはいいが、週1はキツい。勘弁してほしい。
兄達が進学する時、自分はまだ小さくて記憶が曖昧だ。特に長兄の時はまだ2歳で、何も覚えていない。流石に次兄の時は4歳だったので、なんとなく寂しいという気持ちだけ覚えている。だが、家には父も母もいたし、執事や通いの家政婦、それから近所の友達もいたので、寂しさなんてすぐに消えてしまった。
コールシュが進学してしまうと、この家に子どもはいなくなる。家の中で一番騒がしいのは、明らかにコールシュだ。コールシュがいなくなれば、きっとこの家の中はしんと静まり返るのだろう。
それを想像すると、母が寂しがるのはなんとなくわかる気もする。日常が、非日常になってしまうのだから。
ふと時計に目をやると、そろそろ迎えの馬車が来る頃合いだ。まだ心配事が尽きない母と共に、馬車待合所まで向かう。そこには、同じくフィオトガの学院に向かう子ども達が保護者と共に集まっていた。その中に、ノックスの姿を見つけ、足早に駆け寄る。
「よ! お待たせ!!」
「おせーよ、コールシュ!………また小言でも言われてたか?」
ノックスは、ニヤッと意地悪そうに笑いながら小声で聞いてきた。
「うるせーな! 色々あったんだよ!」
「ふーん、色々ねぇ」
小言を言われていたかと言われると、そうとも言えるし、そうとも言えない。なんとも答えづらい母とのやり取りを思い出し、『色々』に、それこそ色々な意味を込めて返す。
ノックスことノックス・マレフィカは、いわゆる幼馴染というやつだ。オレンジ色の明るい短い髪に同色の瞳が目立つ、いかにもいたずらっ子という様相をしている。生まれた日も近く、家も近い。領主と領民という地位に差はあれど、ここアウトゥーナ領はその格差を領主自ら取っ払ったような地域だ。それゆえに、コールシュとノックスの間にも壁は無く、仲の良い友達として今現在に至る。
「全員集まったな! それでは出立式を始めるぞ!」
よく知った声が響く。振り返ると、そこには父が、アウトゥーナ領領主が立っていた。
出立式は、学院に向かう子ども達を領民全員で送る行事である。休みの時期は帰って来れるとはいえ、6年もの間、他国で過ごす子ども達が健康で安全に成長できるように祈りを込めて送り出す。領主は、その催事を執り行うことも仕事の一つだ。
「まず初めに、今日の出立式を晴天の中行えることを神・ディウに感謝する。今日出立する子どもは、合わせて14人。進学先は様々なれど、新たな一歩を踏み出すという点においては同じ。この若き才能達の未来に希望があらんことを!」
領主の言葉に呼応し、領民達がオォー!!と歓声を上げる。去年までは送る側だったのが、今年は送られる側だ。自分1人ではないにしても、注目を集めるというのは気恥ずかしい。小学校で教師に叱られる時に友達から注目を集めるのと訳が違う。思わず隣にいるノックスに視線を向けると、同じ気持ちなのかいつもの調子の良い雰囲気は鳴りを潜めている。
それぞれ両親や親戚、知り合いとの別れの挨拶を済ませて、順々に馬車に乗り込む。向かう場所が近い者同士が同じ馬車に乗り込むため、だいたい3〜4人組となる。
コールシュは涙を浮かべる母に「大丈夫だよ」と声を掛けつつ、つられて溢れそうになる涙を必死で引っ込める。
「コールシュ」
先ほどまで大勢の前に立って挨拶をしていた父が、いつの間にかそばに来ていた。日頃の父はどこにでもいそうな陽気な父だが、領主として領民の前に立つ時は威厳のある存在となる。そんな父が大好きだし、時には畏怖さえ覚える。今目の前にいる父は、どちらの顔なのだろう。威厳ある領主であるならば、自分もそのように振る舞うべきだ。コールシュは父に向き直ると、背筋を伸ばして顔を見上げる。
「父上」
日頃のコールシュなら呼ばない呼び方だ。しかし、式典や他領主とのパーティーなどでは、『父上』と呼ぶようにしている。これは誰に言われたわけでもないが、なんとなくそうしたほうがいいように感じた。
呼ばれた父も、真っ直ぐコールシュを見据えている。
「これまで、ありが」
「嫌だーーーーー!!行かんでくれぇーーーー!!!」
おい、感動。 感動を返せ、クソ親父!!
どうやら、領主の仮面はどこかに投げ捨ててきたらしい。すっかり家での父の顔だ。歳の離れた末子だからか、昔からスキンシップ過多だ。それが普通だったので、嫌とも思わなかったから余計に助長したとも言える。
おいおいと涙を流しながら抱きついてくる父に呆れつつも、こんな時こそ父の顔で見送ってくれることを嬉しく思う。
「父さん、もう行かないと」
「嫌だーーー!お前までいなくなったら、儂はーーーー!!!」
「休みには帰ってくるからさ」
「だってだってだってーーー!!」
駄々っ子のように別れを惜しむ父に、段々げんなりしてきた。というか、領民の前でこんな情けない姿を晒していいものなのだろうか。周りを見てみると、クスクス笑うのみで、みんないつもの光景とばかりに受け入れている。
ありがたいやら、悲しいやら。
「あなた」
小さな声だった。それでも父には十分だったようで、涙はぴたりと止まり、背筋はピンと伸びる。
「はい! なんでしょうか!!」
母の方へ向き直り、軍人ばりの敬礼で返す。
「そのようにしては、コールシュが旅立ちにくいでしょう。父である前に、領主として威厳を持って皆を送り出さなければ。わかりますか?」
「はい!そのように!!」
父の姿を見て、母は我に帰ったらしい。先ほどまで涙を湛えていた目元はカラッとし、落ち着いた静かな声音で諭すように語り掛ける。対して父はというと、まるでブリキ人形のようにカクカクした動きで母の指示に従っている。果たして領主はどちらなのか。
まぁ、おかげで母の手紙攻撃は回避できそうだ。それだけでもありがたい。
今のうち、とばかりに、コールシュはサッと馬車に乗り込む。中にはノックスと、同じく進学先が一緒のローゼが座っていた。
「相変わらずだな、領主さま」
「大勢がいるところでやられんのは、流石に恥ずい」
「でも、大事にされてるってことよ、それ」
ローゼは、柔らかい微笑みをコールシュに向ける。亜麻色のふわふわとしたロングヘアをハーフアップにしたヘアスタイルは、ローゼがよくする髪型だ。ピンク色の瞳が女の子らしさをさらに強調している。小学校でも美少女と言われたローゼから微笑まれるのは、年頃男子としてはドキドキものだ。ドギマギしていると、隣からニヤニヤとした視線を感じる。ノールックで肘打ちすると、隣から呻き声が聞こえるが自業自得だ。
窓の外を向けば、両親や知り合いが手を振っている。それに向かって手を振り返して、コールシュ達はフィオトガ王国にあるスコーラ学院へと旅立った。
さぁ、書きたいことは書き切れるのか!?




