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謎の先輩の件については、一旦アイクがネージュ先輩にコンタクトを取るのを待つことにした。それとは別に、今日は魔法基礎の授業がある。前回の授業終わりに「次は魔紙について話します」とマーガ先生が言っていたので、かなり楽しみにしていた。今までの魔法基礎の授業は、『どうして火が起こるのか』とか『水の成分は』とか小難しい話ばかりで、コールシュの頭では処理出来ずにいた。それが今日は、魔紙ときた。ワンチャン実物が見れるのではないかと期待している。
ノックスとシレンのいる2組は、昨日魔紙に関する授業だったらしく、「え?まだ受けてないのぉ〜?」と煽ってきたノックスには、とりあえずゲンコツを食らわせておいた。
少し緊張しながら待っていると、いつも通りの様相でマーガ先生が入室してきた。手に持っている教科書もいつも通りで、どうやら魔紙はなさそうだ。そこは少しがっかりする。
「皆さん、おはよう。出席確認をします」
出席確認を済ませると、淡々と授業は進む。相変わらず、風はどうして起こるのかといった内容を、呪文のような言葉で説明している。俺は早く魔紙について聞きたいんだが。
「それでは、次は魔紙についてです」
その声を聞いて、待ってましたと言わんばかりに、眠た気だったコールシュの目がカッと開いた。その様子を見ていたアイクは笑いを堪えるのに必死だ。マーガ先生は、教科書の間から色紙を取り出すと、磁石を使って黒板に貼っていく。
「こちらに貼ってあるのは、基本となる魔紙のレプリカです。これに魔法を通しても何も起こりませんので、期待しないでくださいね」
ワクワク顔の生徒達が、見事にシュンと肩を落とす。マーガ先生の口ぶりから、過去に魔法を使おうとした生徒がいたんだろう。ちくしょう、誰だそれは!!
「まず、火の魔法を使うには赤い魔紙を用います。色は水晶玉で示される色と同じですね」
黒板には、全部で6枚の色紙が貼ってある。火は赤、水は青、雷は黄色、風は緑、光は白、闇は黒だ。レプリカだという色紙は、ここから見ても普通の紙と変わったところはない。あるとすれば、紙の右下に何か文字が書かれているくらいだ。
「魔紙は、普通の紙を作る工程と途中までは一緒です。ですので、見た目は普通の紙と変わらないと思われます。そのため、一見してわかるように魔紙職人には工房の紋章を入れることが義務付けられています」
「これはレプリカですので、右下にレプリカと書いてありますよ」と指差しながら説明は続く。
「魔紙を作るには、その性質の魔力を紙に込めることが重要です。以前から性質についてお話ししていますが、魔紙職人も自身に作る魔紙の性質を宿していなければ、作りたくても作れないということです」
つまり、魔紙職人だからといって全部の性質の魔紙を作ることは不可能だということだ。全部で6つの性質があるが、相容れない性質がある。それは光と闇だ。この二つの性質だけは相反するところにあるらしく、どんなに魔力が高くても、才能があっても同居することはないという。そのため、現在理論として言われているのは、『人は5つの性質まで持つことが出来る』ということだ。しかし、そんな人間がいたことはなく、マーガ先生の授業でも多くて3つの性質持ちまでが確認されているとのことだった。
「この中で、将来魔紙職人を志す方がいるのでしたら、全てを作ることは不可能、適材適所、ということを胸に刻んで頂きたいです」
淡々と告げるその声には、何やら願いのようなものが感じられる。ヴェントス先生は緩くマイペースで何を考えているかわからないが、マーガ先生も違う意味で何を考えているかわからないので、珍しいことだと思う。
全ての授業が終わった後、いつもなら「はい、かいさーん」というヴェントス先生の一言であっさり終わるホームルームが、今日は珍しく話し合いとなった。
内容は、先日ノルが話していた文化祭について。クラス委員会での話を持ち帰ってきたのだ。前に立ったノルが、いつもと変わらない落ち着いた口調で話し始める。
「今日は、クラス委員からの報告です。それに合わせて、皆さんから意見が欲しいので、思いついた人は言ってください」
「はーい」「めんどくさ」など様々な声が響く中、ノルは気にした風もないまま話を進める。
「毎年11月にある文化祭ですが、今年は1年生がより参加しやすいように、出し物を行うこととなりました」
「いつも1年は見て回るだけなんだがな、参加率が低いってんで、そうなったんだと」
「めんどくせぇよなぁ」と大あくびをしながら言うのは、ヴェントス先生その人だ。「じゃ、終わったら帰れよー」と言い残し、教室から出て行った。
クラスの視線が『あんた、教師だよね?』と疑問と冷ややかさを訴えているが、当の本人は既にいないのでどうしようもない。
「模擬店はお金の管理とか衛生上の観点からダメだそうです。出来そうなのは展示とか劇とかそれくらいなんですが、何かやりたいことあります?」
ノル、お前は本当に肝が据わってるよ。
ノル以外の全員がヴェントス先生への突っ込みに忙しくて、話の内容が飲み込めていない。にも関わらず、何事もなかったかのように進行していく姿は、まるで別世界にいる人のようだ。
それでも話し合いは行われている。意見を求められても、そうすぐには思いつかない。経験が無ければ尚更だ。
「その内容なら、ほとんど決まっているようなものだろう。わざわざ残ってまで話し合う必要があるのか?」
イラついた声が教室に響く。見なくてもわかる、アイツだ。
マルス・インヴィディオサ改め嫌味1号が、早く終わらせろと言わんばかりにふんぞり返っている。嫌味2号も「てか、役員が決めればよくなーい?」と、偉そうにほざいてる。それに対して頷いて我が意を得たりといった顔をしているのが腹立たしい。
最近静かにしていたから、ヴェントス先生のお叱りが効いたのかと思っていたが、ただ単にケンカの売りどころがなかっただけらしい。今回の標的は、言わずと知れたノル。ヴェントス先生もいないので、あいつらにとったらやりたい放題し放題の環境だ。親が伯爵ということもあり、階級を重んじる生徒からは同級生にも関わらず「インヴィディオサ様」なんて呼ばれている。他の生徒も目の敵にされたくないからか、目立つような行動は控えている。教師さえこの場からいなくなったしまえば、ほとんどがマルス主導で進みかねないのだ。
何か言ってやりたいが、いかんせん意見がない。このまま言い返せば「じゃあ、君はどういう考えが?」と見下したような視線、嘲笑うような口調が想像出来る。考えただけでもイラつくが、それを避けるためには何か案を考えなくては。
コールシュが普段使わない頭をフル回転させている中、マルスの意見とも言えない発言を受けてノルが口を開く。
「インヴィディオサくん、グリムシュくん、すごいね!こんなにすぐに解決しちゃうなんて!!」
ノルはキラキラした視線をマルスに向け、やたらと褒めちぎる。それを聞いた俺は、疲れがピークに達しておかしくなったのかと目を点にしてしまう。
かたやマルスはというと「当たり前だろ、君は少々頭の出来が悪いらしい」と、鼻高々に嫌味を連発している。
あの憎たらしい口をどうにかして閉じれないものか、と今にも殴りかかりそうな俺を、服の裾を引っ張ってアイクが止める。
「いやぁ〜、かなり時間が掛かると思ってたんだけどなぁ」
「君の頭ではそうだろうな、俺とは比べものにならない」
「ほんと、君の頭脳には感服するよ」
ここはどっかの王宮か? 相手をヨイショしないとダメなのか?
2人の12歳とは思えないやり取りを、クラスメイトがどうなるのかと見守る。
「じゃあ、インヴィディオサくん。これ、文化祭実行委員の資料だから。あとは任せたよ」
「人数制限は2人までだから、グリムシュくんもお願いね〜」そう言って、ノルはマルスに紙の束を渡す。突然のことに黙ったマルスは、視線を紙とノルの間で行ったり来たりしている。周りの俺達も、何が何だかわからず観ているだけだ。
「文化祭実行委員ってなに?」
沈黙を破るように、アイクが疑問を口にする。色々わからないことが多いが、一番突っ込みやすいのはそこだろう。ノルは『よく聞いてくれました』と言わんばかりの笑みを浮かべて、明るい声で答える。
「その名の通り、文化祭を行う上で生徒の力は必須でしょ? でも、個々が好きなことばかりしてたっていいものは作れない。そこで、クラスの代表として文化祭の運営を取りまとめるのが文化祭実行委員ってわけ」
「……っ! それをなぜ俺が!!」
ようやく思考が回り出したマルスが、急になぜ実行委員会を任されたのかと吠える。いつもマルスをヨイショしている人間であれば、怯んだり黙ったりするんだろうが、相手はノルだ。何事もなかったかのように受け答えをする。
「本当は、今日のホームルームを使って実行委員を決めようと思ったんだよ。でもさ? インヴィディオサくんが『残ってまで話し合う必要はない』って言ってくれたし、グリムシュくんが『役員が決めればいい』って言ってくれて本当に助かったよ! みんな手を上げないだろうから、どれくらい時間がかかるかわからなかったんだ!」
「いやぁ〜、よかったよかった」と笑いながら荷物をまとめ出すノルに、慌てたのはもちろんマルスだ。
「待て!! 俺はやるなんて一言も言っていないぞ!! どこをどう取ったらそうなるんだ!!」
「そ、そうだよ!」とグリムシュも焦った声を上げる。
日頃の態度から思うところが一つや二つ、三つや四つ、五つや……やめておこう。まぁ、それくらいあるマルスだが、その言い分は全員が思ったところでもある。全員からの視線を受けて、ノルはめんどくさそうに振り向きながら答える。
「だーかーらー、ほとんど決まってるようなもんで、残って話し合う必要もないんでしょぉ? 君以外の顔見てたかい? だーれもピンときてないし、考えようとしている子も眉間に皺がよっていたよ。発言してたのは、君とグリムシュ君だけ。しかも、グリムシュくんから「役員が決めればいい」なんて発言があったわけ。だからぼくが君達を役員に決めて、その君達が内容を決める。君は自信満々に頷いていたんだから、責任持って役割を全うしてもらわないと」
『その内容なら、ほとんど決まっているようなものだろう。わざわざ残ってまで話し合う必要があるのか?』
『てか、役員が決めればよくなーい?』
絶対2人にそんな意図はなく、面倒なことは他人に押し付けようとしていたに違いない。他の奴がクラス委員だったら心が負けてしまって、2人の言いなりになったことだろう。だが、相手は自称平凡、他称非凡のノルマーリスだ。餌に食いついたアホな魚をそうそう逃すことはしない。
嫌味ーずの2人は、ようやく自身の発言ならぬ失言に気付いたのか、苦虫を噛み潰した顔をしている。
「お前っ…! こんなことしてどうなるかっ!」
「おっと。学院内において政治的な上下関係を持ち込むのはタブーだよ? 今まで言うだけで実際に行動に起こしていなかったから不問になっていたけど、これで本当に行動に起こしたらどうなるか、わかるよね?」
ノルが不適な笑みを浮かべ、マルス達の前に立つ。その口調や態度、表情のどれからもマルスに対しての畏怖は見られない。ノルは、自ら揉め事を起こすような人間じゃない。平穏に暮らすことを望んでいる、ややじじ臭い少年だ。でも、必要ならば発言するし、言いなりになるわけでもない。流れに身を任せつつも、決して自分の振りにはならないように動くことを知っている頭の良さがある。
マルス達は、ただただこの小さな社会の中で偉ぶっているだけだ。コールシュも領主の元に生を受けたが、小さい頃に偉ぶった言葉を口にする度、母から口酸っぱく言われていたのは『あなたは偉いんじゃない。偉そうなだけよ!』という、大きくなるにつれて心に刺さる言葉だった。まさに今のマルス達は母の言葉にある通りの姿をしている。その言葉を知りながら、それを体現している人間を見ると、こうも滑稽に見えるのかと思う。
「それがなんだ! 校則に書かれているとは言っても、実際には社会上の地位がものを言うんだ。お前なんて、俺が父に一言言えばどうとでも」
「あー、そうそう。このホームルームってヴェントス先生も見聞きしてるからね」
ノルの一言に、クラスが再び時を止めた。ノルと友達になって、多少なりとも関わりが多くなったこともあって、彼が冗談でそんなことを口にする人間ではないと知っている。だが、ヴェントス先生はホームルーム開始とともに退出した。それを全員が見ている。だからこそ、余計に本当なのか、だとしたらどうやってという疑問が溢れてくるのだ。
《魔法っていうのは便利でな? こうやって声を届けることも出来んのよ》
急にどこからともなく声が聞こえる。出所を探して、クラスのあちこちで生徒達がキョロキョロと辺りを見回しているが、一向にわからない。混乱する生徒達の中で平静だったのは、ノルと___
「魔法だよ」
___アイクだった。
ボソッと呟かれたその一言は、決して大きくないのに教室内の全員の耳に入った。
「ま、ほう……?」
誰が言ったかはわからない。魔法があることはわかっているし、家庭では火を起こす時や明かりを灯す時に魔法を使う。ただし、とてもシンプルなものだけだ。世の中は魔法を取り上げられた時から道具を進化させてきた。その結果、魔法は使うためのキッカケに過ぎず、メインは道具が行なってくれる。例えば、調理をするために火を使うが、火の魔法でコンロに火をつけた後は、火力の調整や持続はコンロがやってくれる。消したとしても火をつけてから24時間はコンロだけで付け直すことができるので、そこまで魔紙も魔法も多用しないのだ。
だからこそ、こんな魔法は知らない。何もないところから声が聞こえるなんて、物語上での出来事だ。電話という道具はあるが、実際に持っているのは金持ちだけだ。後は、都市規模の大きな施設くらい。コールシュの家にも電話なんてなかったし、やり取りは全て手紙だ。だから、電話を使うと遠く離れた人と話が出来るなんて夢見た人の妄想としか思っていなかった。
それを超える出来事が、今まさに起きていることに頭がついていかない。
《インヴィディオサ》
再びヴェントス先生の声が教室に響く。呼ばれたマルスが、ビクッと肩を振るわせたのは気のせいではないだろう。
《そんなに偉ぶりたいんなら、実力を示せ。そうしたら誰もお前に楯突くものはいないだろう。今のお前は、『井の中の蛙』だ。自分が作った世界の中でしか力を誇示できていない》
誰も揶揄ったり、囃し立てたりする者はいなかった。マルスはただただ、ヴェントス先生の辛辣な言葉を身に受けるしかない。悔しそうに唇を噛んでいるが、淡々と告げられる言葉に意を唱えることはしない。
《他の奴らも同じだ。こんな狭い世界で優劣を付けてふんぞり返ったり、気落ちしたりしている暇があるなら実力を付けてみろ。お前らはそもそも社会に出るための準備のさらに前段階だ。走るための靴すらないんだよ》
いつもの口調じゃない。一度居残りを命じられた時に見せた、あのヴェントス先生だ。あの場にいたのはたった4人。それ以外の生徒は、いつものヴェントス先生しか知らないのだから、余計に衝撃を受けていることだろう。
《これを貧乏くじと取るか、チャンスと取るかはお前次第だ、インヴィディオサ。___よく考えろ》
そう締め括ると、なんとなくヴェントス先生がいなくなったような気がした。マルスを見やると、下を向いていて顔を窺い知ることはできない。
「それで、どうするんだい? インヴィディオサ、くん?」
はっきりと棘のある言い方をしたノルの声に、マルスはバッと顔を上げて睨みつける。それでも余裕があるのはノルの方で、そんな視線はものともしない。
「………るよ」
「マルス?」
グリムシュが不安げにマルスの顔を見る。先ほどまで敵意ある視線しか送っていなかったマルスの目には、決意を固めたような意志の強さがある。そして、今まで人を見下しているのが当たり前だったのに、その目からは嘲という文字は消えた。
「やってやるよ。俺に任せて正解だったと、その口から言わせてやる」
「それは楽しみだな」
こうして波乱の中、1年4組の文化祭実行委員は決まった。
もっと良い言い回しがあるんでしょうが、なかなか思いつかず。ダラダラ書いてるだけになるのはやめたいんですがねぇ。




