皇女の初恋
ヘラヘラ飄々とした魔女(※男) × 内気だけど頑固な世間知らずお姫様
密着しないと魔法が使えない二人がイチャイチャして美味しいものを食べながら
魔法とは何かを紐解くお話です。
#魔女リス
2023年6月17日〜6月28日の間で毎日19:00に更新中!
「《コートを出して》」
パチン、とマギアが指を鳴らすと、二人分のコートがポンと出る。白茶色の可愛らしい花がついたコートと黒いコート。森の中は意外にも寒かった。
「ああ、それと音を出せって言ってくんない?」
「《音を出せ》?」
もう一度指が鳴る、しかし、特に何かの音が聞こえるわけでもものが出ているわけでもない。首を傾げていると、マギアはニヤリと笑った。
「音ってのは、空気の振動で聞こえるんだ。てことは、特定の音を鳴らすために空気の密度を変えて振動を引き起こすと、音が出るのさ」
「でも、音しないよ?」
「人には聞こえないが、動物には聞こえる。獣がいるって言ってたからな、嫌がる音を出しておけば近づかない」
「すごいね、マギア……なんでもできちゃうんだ」
「まあブロッコリーは切れないがな」
ケラケラ笑うマギアは私の手を取ってぎゅっと繋いだ。突然のことに顔がぼっと赤くなる。
「それでも何が起こるかわからない、すぐに魔法が発動できるようにしておく」
「わ、わ、わかった……」
「どうした、まだ熱下がってないのか?」
顔をブンブン振る私に、マギアは特に気にした様子もなく先へ進む。テレポートのような移動もできたが、魔力は温存しておきたいそうだ。何が起こるかわからないし、これからマギアの中に戻るかもしれないから……
前を歩くマギアに気づかれないように、後ろ姿を眺める。背が高くて、緩い癖っ毛の髪、今は見えないけど、赤い綺麗な目。……ずっと見ていたはずなのに、ずっと隣にいたはずなのに、喉の奥が苦しくてきゅう、となる。触れている手が汗ばんできそうで、離したいような離したくないような気持ちになってしまう。
……マギアに、聞かなければならない、旅が終わった時のことを。
一人で魔法が使えるようになって、私には何も無くなって、私への贖罪が終わった後のことを。
しかし、口は開かない、声がつっかえて、どうしてか涙が滲んでしまうのだ。
そして、私は気づく、私というよりか、私の中のマギアの魔力が気づいたのかもしれない。
── 殺気。
マギアを突き飛ばす。その瞬間、私の体は空へと吹っ飛んだ。
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人間、本当に驚くと声が出ない。それか、重力によって声帯が押しつぶされてしまったのか。
飛ばされた体が引力によって静止する、即ち、落下する。目を開くと森と、キラリと赤い光が見える。
「……お父様」
声をだせた瞬間、地面に引っ張られるように落ちる。普通の人間なら死ぬ高さだ。本能的な死の恐怖が体を包み、目を瞑る。
バサバサと体が木々を通り、地面へと仰向けに叩きつけられる。背中を強打し、呼吸がままならないが、骨が折れたような痛みはなく、やはり、死んでいない。
「すごい、ね……マギアの、魔力……」
「フィリア!」
マギアの声がする方に顔だけしか向けられなかったが、そこに、もう二人。
フォティアの執事、フローガと、ハーデンベルギア国王、お父様。
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赤い光、鼓動のように脈打つそれは、地下で見た物よりもだいぶ小さく、頭ひとつ分くらいの大きさになって国王の側を浮いていた。
「お父様……」
「全て、知ってしまったんだね、フィリア」
「何で、お父様が魔法を……」
「そんな目をするな、家族じゃあないか」
クスクスと笑う父親。私は這いずって獣道へ出る。マギアの近くに行かなきゃ──
「動くな」
フローガの声に心臓が冷たく絞られる。ビタリと歩くのが止まってしまう。いまだに、彼に対する恐怖が有り余る。思い出した記憶で、彼に殺されそうになったことを知った。私が産まれたことすら憎らしいのだろう。睨み返してやりたいのに、顔を向けることができなかった。視界にマギアを映す、手を怪我はしていない。しかし、視線の先には国王の元にある魔法具を見ている。
「……何が目的だ、国王」
「言っているじゃないか、君を捕らえ、第三皇女を連れ戻す」
「……フィリアを殺そうとしたのにか?」
ピクリ、とお父様の顔が引き攣る。不思議と、悲しくはなかった。フローガは慌てたように口を挟む。
「それは貴様の勘違いだ、殺そうとしたのはお前じゃないか!災厄の魔女!」
「そうだ、城を燃やし、国を崩壊させた。お前らの命令でな」
「そ……そんなことは命令していない!」
「俺も不思議だがな、フィリアの”第三皇女”という肩書きを、国を崩壊させることで消した。と思ってもらえれば」
「このクソ魔法使いが……」
フローガがナイフを取り出すのをお父様は静止する。
「手を封じなくていいのか?」
「あれはフローガが独断でやったことだ、私の意思ではない」
「そうだろうな、お前らの目的は、魔法使いである俺の罪を裁くことじゃあないんだろう?魔法使いの執事さん」
「ぐ……なぜ、私が……!」
「ああ、やっぱそうなんだ。俺の推理が正しければ、国王の側にいる奴の誰かは魔法使いだと思ったんだが、ビンゴだったな」
「貴様……っ!」
マギアは、ヘラッと笑い国王へと向く。
「ハーデンベルギア王国、またその周辺の街や村では魔法具の販売を禁止、魔法もほとんど使われていない。それは、災厄の魔女の言い伝え、そして魔法を恐る人々が固まってできた地域と考えれば納得がいく。実際、魔法は危険で使い方を誤れば人に危害が加わる。使用する人間が悪なら、魔法も悪となりうる。だから、魔法そのものを断絶する、と言った考えは別に悪いものではない。
しかし、俺が囚われていた王城の地下、世界全ての魔法の本が揃えられ、魔力を閉じ込める魔法具もあった。それはおかしくないか?」
「それは、第三皇女を……」
「フローガ」
「……俺が殺されず、10年もの間俺を生かして世界中の魔法を覚えさせたのは、第三皇女を確実に殺すため。……なんて、回りくどいにも程がある」
マギアの考えは、確かにそうなのかもしれない。魔力のある私が邪魔で、しかも殺せないのなら、マギアと同じようにどこか遠い所へ捨てればよかったのだ。それなのに、10年もの間、私とマギアは生かされた。
「魔力のある第三皇女を殺すことが目的なんじゃない、その先の、彼女が死に、彼女の中にある魔力が俺に還元される。お前らは、それが狙いだった。俺がすぐに殺されず、魔法を封じられて捕らえられたのが証拠だ。
魔法使いは魔力の流れや持ち主を見れる。セラピみたいにな。だからそこの執事は俺の魔力がフィリアに入ったことも気づいた。
お前らは、魔法を使えるかもしれないフィリアの存在が邪魔だった。しかし、彼女のもつ俺の魔力を野放しにするのは惜しい。だから刺客を差し向け、何度も殺そうとしたところで気づく、俺の魔法でフィリアが死なないことに。
それに気づいたのが一体いつなのかはわからないが、彼女を殺せるのは、俺しかいないことに気づいたんだろう。他を頼ることはできない、表では魔法を嫌う国王だからな。しかし、俺は魔力を封じられていた。だから魔法具を作って、彼女を殺せる魔力が貯まるまで待った。ま、欲張ってそれ以上の魔力も溜めていたんだろうけど、いつの間にか彼女が公に出られる年になってしまって焦ったってところか」
お父様とフローガは黙ったままだ、それは肯定を示していた。マギアの推理は1つの答えを示している。
「お父様は、魔法を自分のものにしようとしていた……?」
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「ハーデンベルギア家は『災厄の魔女』を恨み彼女が慕う青年を殺した一家が先祖だ」
国王がつぶやく。青年を知っているということは、彼は、私の知らなかった絵本の内容を知っている。私に見せるときに取り除いたのかもしれない、災厄の魔女を恐れるように。
「我々は、ずっと、ずっとずっと憎らしいのだ。魔法を使えない人間であることが、魔法使いという存在が、自分達にない強大な力を持っていることが。先祖は、なんとか魔女を陥れようと、噂を流し、それでも彼女を信じる人間を殺して回った。我々の方が強いことを示すために」
感情なく、淡々と話し続ける国王に、私たちも、フローガも、怖気付く。
「ずっと、魔法は悪だと教えられて、育った。しかし私は、私のあずかり知らぬ所で、見えぬ所で、何かが行われているのが恐ろしい。魔法とは、どうして目に見えぬ魔力と目に見えぬ術式で産まれるものなのだ。私は怖いのだ。だから、周りの人間は全て魔力も魔法もない人間にした。魔法使いには封魔具をつけた。それでも、魔法を知る人間がいないと何もわからないままだ。だから、フローガは、逆らえばフォティアを殺すと言い、側に置いた」
フローガが、ギリ、と奥歯を噛み締める。主人を人質に取られ、王の駒として動くしかない彼は、そのまま、動かない。王の周りをふわふわと魔法具が浮いている。
「俺の魔力の残りで作った最後の魔法具ってところか」
「……ふ、ふふ、これがあるから、君達は私に手を出せない。これだ。これなんだよ。魔法は”抑止力”となる。世界中の魔法を覚えた災厄の魔女をも手駒にし、私が一番強いということを証明する。これが、私の夢なのだ!」
高らかに笑う国王、魔法を知らず、見えない恐怖に怯えた人。
私も、マギアと子供の頃に出会わずに育ったら、こうなっていたのかもしれない。
「フィリア、戻ってきなさい」
「……え?」
「もう、ここまできたら嘘も取り繕うこともない。私の元へ、ハーデンベルギアへ戻っておいで」
「な、なんで……貴方は私を殺そうと、捨てようと……」
「そうともさ、しかし、考えが変わった。フィリア、私の元へ戻らないと、”マギアを殺す”」
ドクン、と体が強張る。国王は何が最適解か理解した。そして、私も、彼の考えていることがわかってしまった。
「そして、『災厄の魔女』マギア。私の手駒になると誓え、さすれば、彼女の身の安全は保証しよう。断るなら……彼女は死なない、しかし、痛みは、死の恐怖は、感じるようだ」
それ以上は言わなかった。マギアも察していたのか驚くことはせずとも、動けないでいる。
「さあ、1分で考えろ。動かなかったら、この魔法具……中には爆発の魔法が入っている。それを発動させよう」
シン……と静寂が訪れた。私とマギアの距離は、お互いが駆け出してもきっと魔法具の爆発の方が早いだろう。
互いを人質に、ハーデンベルギアへ戻る。きっと、もう会えない。
横目で、マギアを見た。すると、マギアも私を見ていた。最初に会ったときみたいに、私を睨む。あの時は怖い人だと思ったけど、余裕がないときに顔が険しくなるだけで、頭をフル回転させて色々考えているのだろう。
私は、お父様へと一歩踏み出した。
「……フィリア」
「私が、お父様の元へ帰ったら、マギアは捕らわれるとしても、死なないで済むのですか」
「そう、そうだ。大事な駒だからな、殺すなんてしないとも」
「フィリア、待て!お前はどうなる!死を望まれ、死なないお前が、死ねないお前が、ハーデンベルギアへ戻ったらどうなるかわかっているのか!」
歩みは止めない。国王とフローガの前に立つ。余計な真似をするなよというように魔法具が近くに寄ってきた。
「杖や紙は?」
「持っていません」
「魔法は使えるようになったかい?」
「いいえ、逃げるので精一杯でした」
「魔法具は持っているかい?」
「……ほら、丸腰です。ポケットも膨らんでないでしょう」
「……フローガ」
フローガが私の体を触る、ポケットの中やスカートの奥まで触れられる。
「……魔法具は見当たりません」
国王は、笑いを堪えきれないように、マギアを呼ぶ。マギアは、少し悩んだ後、歩き出した。
「さあ、マギア、君もおいで。君の守りたかった愚女は私の手中だ。えらいね、フィリア」
「はい」
そう、魔法具のような見た目のものは何も持っていなかった。
私が持っていたのは、いつもの服と、マギアにもらったコート、そしてそれを飾り立てる──
──紫陽花の花。
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コートをはためかせて思い切り念じる。魔法具を使うのも初めてだったが。脳で「使う」と考えたら、自然と脳に術式が浮かび上がる。
瞬間、目の前の魔法具と国王とフローガのいる地面から、氷柱が飛び出る。
「な……!」
「貴様……っ!何をした!」
魔法具が氷漬けにされたのを確認して、後ろを振り向き走る。マギアが走りながら腕を広げていたので、思いっきりその胸に飛び込んだ。
「はは!肝座ってんなぁ第三皇女!」
「もう第三皇女じゃないもん」
「そうだな、フィリア、御命令を」
ぎゅうと抱きしめられながら、マギアが指を鳴らすポーズを彼らに向ける。
彼らは動けずにこちらを見ているが、フローガが懐から魔法具を出すのが見える、力の限り叫んだ。
「マギア!《吹っ飛ばして》!」
パチン!と綺麗な音が響き、国王とフローガは中に浮いた後後方へと思い切り吹き飛ばされた。
「う、うわあああああああああああ!」
情けない叫び声を上げて、彼らはいつの間にか見えなくなる。
そして、魔法具はマギアがもう一度指を鳴らし、今度は真上へと打ち上げ、あの時と同じように、大輪の花を咲かせた。
そして、あたりをまた静寂が包む。
「……落ちたら死んじゃうんじゃ」
「大回転させて最後はちゃんと死なない程度の高さで落としたさ」
「大回転……?ふふ、お父様がそうなってるの、面白い」
くす、と笑うと、マギアは何やら面白くないと言った顔をしているのに気づく。「どうしたの」と言おうとして、マギアが私をぎゅうと抱きしめた。
「わ、な、なに……?」
「あのクソ執事、ベタベタ触りやがって……」
頭を肩に埋めて、ぐりぐりとされる。癖っ毛がくすぐったくて身を捩ってしまう。
「マギア、くすぐったいよ」
「……すぐに紫陽花の花を使うこと考えたのか」
「え?う、うん。土壇場だけどできてよかった」
「はあ、さすがだな……お前の頭の回転の速さには恐れ入る」
「そ、そうかな?」
「……無事でよかった」
安心した声でマギアは呟く。
私は、腕を背中に回してみた。そのまま、コートを掴んで、顔を埋めてみた。トクトクと、マギアの心臓の音が聞こえて、マギアの匂いがして、マギアの体温が伝わってくる。
「マギアも、無事でよかった」
私は、ずっと考えていた。
……彼が、一人で魔法を使えるようになったら、私は……
城を出た初期の頃も、同じことを考えた。あの時は、彼がいないと自分が何をして良いかわからなかったから不安になった。
……今は、きっと、違う。彼と離れるのが、マギアと一緒に旅ができなくなるのが、嫌だった。
それほどまでに、私は、マギアのことが好きで、愛して、恋していた。
次回更新は 6月26日 19:00です。
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