再会の王
ヘラヘラ飄々とした魔女(※男) × 内気だけど頑固な世間知らずお姫様
密着しないと魔法が使えない二人がイチャイチャして美味しいものを食べながら
魔法とは何かを紐解くお話です。
#魔女リス
2023年6月17日〜6月28日の間で毎日19:00に更新中!
「フィリア……フィリア!起きろ!」
マギアの声が聞こえる。意識が覚醒して、目を開いた。焦った表情のマギアと、知らない天井が見える。
……思い出した、ピルニとクタリのいる、祭りをやっていた街からまた移動して、隣の静かな街に降り立った。そこは魔法具こそ売られていないが、魔法を使う住民は少なからずいた。夕方から夜にかけて聞き込みをしたが、良い情報は得られず、宿を取った所だ。
たくさんご飯を食べて、睡眠もとったから調子がいい。魔力が体に戻ったのだろう、今まで魔力が体の中にあるなんて感覚はひとつもなかったが、魔力が戻ってきてからはなんとなく、体を流れる力の感覚がわかるようになっていた。
なんてぼーっと考えていたら、マギアはベッドに寝ている私を姫抱きする。心臓が跳ねた、急に密着したというのもあるが、彼の表情がとても緊迫していたからだ。
「マ、ギア……?」
「何も聞かず命令しろ《逃げろ》って」
「に……《逃げ……」
「見つけたぞ『災厄の魔女』」
======
聞き覚えのある声に背筋が凍る、城で何度も聞いた、フォティアの執事の声。私を見るといつも冷たい視線を送り、険しい顔が怖かった。城の中で一番怖い人、彼を見るとどうしてか、心臓がぎゅうと絞られる感覚に陥るのだ。
部屋のドアの方を見る、彼はいつもの燕尾服に黒いフードのあるコートを羽織り、私達をしっかりと目で捉えていた。その冷たい目は、私を昔の何もできない私に引き戻すには十分だった。マギアの声が聞こえる、何を言っているかわからない、口を開いても、掠れた声しか出ない。
執事は、内ポケットから何かを取り出す、緑色の光を放つ、金属装飾で飾られた手のひらサイズの……『魔法具』、どうして……
体が後ろに引かれ、背中に激痛が走る。何が起きたかわからないまま、次に視界に映ったのは、大きな月と夜空。端に映った、私達の宿、2階の部屋の1つ、窓が割れている。部屋のベッドから吹き飛ばされて、外に放り出されたのか。
「う、ぐ……フィ、リア……」
マギアの声にハッとする。彼は私の下敷きになっていた。その下にはベッドにあった布団もある。どうやら、吹き飛ばされる前に布団を掴み、窓ガラスにぶつかる衝撃は回避したが、落下の衝撃は私を庇ったからかモロに受けてしまっている。
「マギア!ごめんなさい、私……」
「へい、きだ。早く、逃げ……」
ドス、と彼の言葉を遮るように何かが降ってくる。マギアが呻いて体をビクっと痙攣させた。
その原因を目にして、小さく悲鳴をあげる、彼の両手にナイフが深く刺さっていた。
「災厄の魔女、魔法を使えないよう封魔具を3つも使用しているのに……もっと改良が必要です。このように両手を使い物に出来ないようにしないと」
フォティアの執事”フローガ”は、窓から颯爽と降りてくる。城の兵士顔負けの運動能力をもつ第二皇女フォティアの執事だ、彼女に剣や体術を教えるのは彼の役目、即ち、城で一番強い人だ。彼は懐からナイフを数本取り出し、くるくると回す。
ヒュ、とナイフが私の心臓を目掛けて投げられる。避けるなんて達者なことは出来ない、しかし、ナイフは軌道を変えて私の腕を掠めた。それでも十分な激痛が身体中を巡る。目に涙が浮かび、ズキズキを腕が熱を持つが、やはり想像通りだ。
勝てる見込みなど毛頭無い、しかし、マギアが言っていた、私の中にある魔力が”死”を回避するものなら……彼を庇って攻撃を受け続けることはできる。今私ができる最善策は、これしかなかった。あとは、彼のナイフが無くなったところで、隙を見て逃げる。
ナイフが不自然に軌道を外れたのを見たフローガは、想定内という顔をしつつも、ギリ、と怒りの表情へと変わる、
「貴方の魔力は、”相変わらず”気味が悪い」
「何が目的ですか」
「口を聞くな魔女もどき、災厄の魔女に唆されやがって、ハーデンベルギアの名折れも甚だしい!」
「何を……」
「まあまあ、フローガ、そこまでだ」
皆が寝静まる夜中、宿は街の端にある、住民は夜中わざわざこんな所に向かわない。
そんな中、道の奥、夜の影から顔を出したのは
「……ハーデンベルギア国王」
「お父様」
「無事だったかい、フィリア」
国王は、厚手のキャリック・コートに、杖をつき、ゆったりと歩いてフローガの隣に立つ。フローガはひとつお辞儀をして、国王の後についた。マギアはソティラス王を睨む、私は、お父様が無事だったことに安堵した。普通なら、数週間前の私なら、涙を流して胸に飛び込んでいたかもしれない。しかし、出来なかった。捨てられたからとかでなく、怖かったのだ、実の父親が。
「国の正当後継者の拉致及び、ハーデンベルギア王国での魔法使用……やっと見つけたよ。大罪人『災厄の魔女』」
「……え」
「『災厄の魔女』、我々の要求は第三皇女の受け渡し、そして君の身柄の確保だ。飲めないようなら、手荒な真似も致し方ない……今でもだいぶ満身創痍だがね、我々は魔法を使えないのだ、これくらいは譲歩してほしい」
「ま、まって、お父様!誤解です!マギアは、災厄の魔女は悪い人ではありません!」
マギアの前に立つ、ズキズキと痛む腕なんか今は関係ない。フローガはナイフを私に向けようとし、お父様に静止される。お父様は、私の奥にいるマギアを、あの時と同じように険しい目で一瞥した後、私に目を向ける。
あの日、城が炎上した日、私の正統後継者への儀式をするはずだった日、お父様は、私を地下へ置いていった。国の正当後継者なんてのはもうなんの意味もない。ただの人となった私が、国王に対して何か出来るわけではないのかもしれない。それでも、言わなければならなかった。マギアのことを守りたかった。
「彼は、確かに魔法使いです。ですが、決して悪いことに魔法を使ったりはしません!何も知らない私にたくさん世界のことを教えてくれて、私を爆破し炎上した城の地下から助けてくれ……」
「城を爆破させたのは、災厄の魔女だ」
======
「……え」
「もう一度言おう、城の地下で魔法による爆発を起こし、城を炎上させ、国を崩壊させたのは、その名に恥じぬ『災厄の魔女』……彼なのだよ」
意味がわからない、いや、脳が理解しようとしない。マギアが、城を爆発させた?
私が何も言えないでいると、お父様はゆっくりと顛末を話し始めた。
「彼は魔法を一人で使えないって?命令と、魔力さえあれば使えるじゃないか。彼の膨大な魔力を吸い取り格納するのには大きな時間がかかってしまったが、城の地下、大きな魔法具。あれは彼の魔力だ」
「……」
全て、繋がっている。ハーデンベルギア国の地下に魔法具があった矛盾も全て。でも、それを認めてしまったら、マギアの罪も、正しいことになってしまう。
「彼が国で魔法を使おうとした所を捕らえ、地下へ幽閉した。彼、災厄の魔女の魔力は膨大だったからね、君も見ただろう、地下にある魔法具に魔力を吸い取られるように腕輪をつけた。しかし頭が良かった。城の誰かを命令させるように唆し、そして、膨大な魔力を持つフィリア、君が正統後継者の儀式のために地下へ降りる時を見計らって、命令を実行する。魔法で爆発を起こし、君を助けてそのまま拉致し、君の魔力を利用しようとしただけ。悪質なマッチポンプだ」
「そんな、こと……」
「災厄の魔女の魔法は危険すぎる。それは、君が一番わかっているだる、フィリア」
「そ、れは……」
「しかし、彼の作戦を見抜けず、君を怖い目に合わせてしまったのは、我々の落ち度でもある。あの日、まさか魔法使いが国に紛れるなんて、思いもしなかった……これは憶測だが、彼が災厄の魔女の仲間だった可能性だってある。
しかしね、国の復興は進んでいるんだよ。君は国に戻れるんだ。帰ったら、改めて正統後継者の儀式をしよう。」
思わず、顔を上げてお父様の顔を見る。彼はニコリと私に向かって笑顔を見せた。
国に、戻れる?後継者になって、国民のために生きられる?10年夢見た、国民の笑顔を守る仕事を、諦めないでもいい?
「君は、膨大な魔力が体に宿ってしまった。それ故、人から煙たがられる人生を送ることを余儀なくされた。私たちも君に辛く当たってしまったね。災厄の魔女のせいで、君を置いて行ってしまったように見えてしまって、本当にすまない。
しかし、後継者になった君を怖がる人はきっといない。さ、こっちへおいで。災厄の魔女から離れなさい」
手をぎゅう、と握る。私は、驚いていた。
こんなの、普通は前に進んで、お父様の元へ行くべきなのは、世間知らずの私でもわかる。
それでも、脳が拒否する。彼と離れるのを、災厄の魔女、マギアと離れるのを。
後ろの彼を見た、彼は、私と目があって、泣きそうな顔をした。私はどんな顔をしていたのだろう。でも、彼のことを疑ってしまっていたのは確かだ。マギアは、両手を傷だらけにして、痛みに脂汗をかきながら、それでも私に向かってヘラッと笑った。
「何を今更。最初から俺は『災厄の魔女』だと言っていたはずだぜ?」
「ま、マギア?」
「……城を爆発させたのは……俺だ。嘘じゃない」
「……っ!」
「お前は俺にとっての「魔力」なだけ。本当の俺は怖い魔女だ。これ以上酷い目に遭いたくなけりゃ、王サマの元へ逃げるんだな」
ズキンズキンと胸が痛む。初めから彼は言っていた。自分が災厄の魔女だと、私だって、彼の魔力であることを認めていた、のに、どうして今更傷ついているのだろう。何が正しくて、何が間違っているのか、もうわからなかった。
「君はいい子だ、フィリア。わかるね?こいつは大罪人。我々は彼を捕らえなければならない」
「でもっ」
「……どうして、それほどまで彼に縋る?君は騙されていたんだぞ?」
本当に、そうなのかもしれない。でも、それでも……
「私はマギアのことを……」
瞬間、ナイフが私の太ももを掠める。痛みに立っていられず、マギアのいる後へと倒れ込んでしまう。フローガは冷酷に私達を見て、ナイフをまた一本取り出した。
「フィリア!」
「『災厄の魔女』側につくか、第三皇女。それならば、我々の敵になると見做しても良いのだな」
「違う!何やってんだ馬鹿!早く俺から離れろ!」
「だって、今離れたら、マギアが死んじゃう……!」
マギアに、会って数週間の人間に、全く知らなかった人に、どうしてここまで固執しているのかわからない。災厄の魔女で、怖い魔女で、城を爆発させたと言っている人に、私を騙していたかもしれない人に、私はどうしてこんなにも縋っているのだろうか。
「フィリア、頼むから、お前だけは……!」
ドス、と鈍い音が聞こえた。
私は、マギアに突き飛ばされて、地面に投げ出される。太ももがモロに地面に打ちつけられ思わず呻いたが、マギアの方を向く。
マギアは仰向けに倒れ、腹を、ナイフが貫いていた。
「マギア!」
足の痛みなど忘れ、マギアの元へかける。遠くで「殺してはダメだ!何をしている!」とお父様の声が聞こえた。
腹の真ん中。心臓は貫いていないが、胃に血が流れたのか、ゴホっと咳き込んだ時に血を吐き出した。彼の白いワイシャツがみるみる赤く染まっていく。
「やだ、待って、死なないで、マギア……!」
声に反応したのか、薄く目が開く、マギアの赤い目。しかしすぐ閉じられてしまった。
私は、その時何を考えたのだろう。ピルニがクタリが死にそうになって泣いていた情景、「目の前にいる人を救えないで、世界を幸せにすることなんてできない」って言葉。マギアが伝えていた『魔力譲渡』の術式の声。
マギアの口を、私の口で塞ぐ。
……脳裏に「絶対に君を助ける」って、声が聞こえた。そんな記憶は、ないのに。
魔力が流れ始めた。血管も内臓も細胞組織も修復されていく。瞬きを数回すると、モノクロだった視界は鮮明に、色を持った。
ぎゅうと閉じた目を開くと、涙で顔を濡らし、血が口紅のように赤くついたフィリアが自分を見ていた。フィリアは俺と目があったことに気がつき、抱きしめて囁く。
「《逃げよう》マギア」
回復していた手を鳴らす。命令通りに俺たちはその場から姿を消した。
次回更新は 6月23日 19:00です。
作者Twitter(@maca_magic)でも更新お知らせしてます!