魔力の譲渡
ヘラヘラ飄々とした魔女(※男) × 内気だけど頑固な世間知らずお姫様
密着しないと魔法が使えない二人がイチャイチャして美味しいものを食べながら
魔法とは何かを紐解くお話です。
#魔女リス
2023年6月17日〜6月28日の間で毎日19:00に更新中!
次にマギアが降り立ったのは王国からはだいぶ離れた街だった。ハーデンベルギア王国との交流はあり、何度か公務には出かけているようだが、私も名前を聞いたことがあるくらい。露店が所狭しと並び、前の街とはまた違った活気に溢れていた。
その中でも私が興味を示したのは動物のぬいぐるみが並ぶ露店だった。色とりどりのウサギや犬が愛らしい。
「これが一番可愛いです」
「これは……猫?なんか不機嫌そうな面してね?」
手にとったのは、黒猫のぬいぐるみ。赤い目がキリッとこっちを見つめていて、私が足を止めたのもこの子がいたからだった。
「もふもふです……」
「ふ、買うか?」
「買います」
予め換金しておいたお金を渡す。露店の店主はお金を受け取り、ぬいぐるみを渡してくれた。思えば、初めて買い物というものをした。「どうもね」と笑顔を見せる店主に私まで嬉しくなってしまう。
胸の前で抱えるくらいの大きさのぬいぐるみ、自分のものになった、というのがとても嬉しくて、少しだけ顔を埋めてみた。ふわふわの毛が頬をくすぐって気持ちいい。マギアは納得していないようだったが、これが一番可愛かったのだからしょうがない。ちょっとむすっとしているような顔がなんともチャーミングじゃないか。しかし、歩いているとスペースをとって人にぶつかってしまいそうになることに気づいた。
「買ったはいいけど、邪魔になっちゃいそうです」
「そうだな、魔法は魔力で何かを作ることはできるが、何かを無くしたり保存したりってのには適さない。ということで、フィリア、《閉まって》と命令してみろ」
「《閉まって》?」
「よしきた」とマギアは指を鳴らす。すると、先ほど買ったぬいぐるみは綺麗に消えてしまった。
「魔力は飯や服や金、目に見えるものも作ることができる。そして、物を動かす力、運動エネルギーも、原理がわかれば作ることが可能だ。移動に必要な分の力を魔法で作って、今日泊まる宿まで飛ばしておいた。ちなみに、俺とフィリアが城を脱出したり街への移動は、この原理を応用してんのさ」
「ということは……空を飛んでるってことですか!?」
「まあほとんど見えないだろうがな。分厚い空気の膜を作って防壁がわりにしてるからぶつかって怪我したりはしないから安心しろ」
サラサラと説明しているが、それを全てマギアが考えて魔法を使っている、しかも常人よりも回りくどい方法でとなると、頭が痛くなりそうだ。私に魔力譲渡の魔法がちゃんと使えるか心配になってくる。
「マギアって凄いんだね」
「はは、『災厄の魔女』の異名は伊達じゃねぇよ」
「……『災厄の魔女』?」
私の声ではない。もちろん、マギアの声でもない。二人の会話に突如割り込んできた声に、お互い顔を見合わせ「まずい」と思い合う。『災厄の魔女』に反応する人なんて、今の私たちにとっては不都合であることがほとんどだ。恐る恐る声の方を振り向くと、そこには赤い髪の少女が立っていた。大きなマフラーをして、しっかりとこちらを目で捉えている……というか、私をみている。
「あなたが『災厄の魔女』?」
「……え、ちが……」
瞬間、喉元にナイフが突き立てられる。少し前に進めば鋒が当たる距離。思わず喉がヒュッと鳴る。
「魔法使いの中には体内の魔力を測れる人もいる。ここら辺じゃ魔法使いもいないし油断したんだろうけど、貴方から規格外の膨大な魔力が見える」
「……っ!」
ハーデンベルギア王国にいた頃、魔法具で魔力量を測られたことがある。数値は50000、災厄の魔女が生きていたとしたら、同等の魔力があるとお父様は言っていた。
「つい先日崩壊したハーデンベルギア国の王城の地下に、災厄の魔女が囚われているという噂を聞いたことがあるの。そして、今ここに大きな魔力を持つ女がいる……は、バカでもわかる推理だと思うけど?」
「待て小娘、こいつは関係ない!『災厄の魔女』は俺だ!」
「はぁ?魔力を1つも持ってないくせによく言うわね?てかあんた男じゃない!」
確かに、今私たち二人でどっちが『災厄の魔女』と聞かれれば、私を上げる人がほとんどなのかもしれない。魔法なんて1つも使ったことがなかったので自分が魔女と言われるなんて思ってもみなかった。
「ついてきなさい。『災厄の魔女』手荒な真似したらぶっ飛ばす。魔法使いとしてはあんたの方が上かもしれないけど、フィジカルなら私だって負けないわよ」
「……え、貴方も、魔法使いなんですか?」
「悪い?」
「い、いえ……すみません……」
「待て、俺も連れて行け。魔女のお付きだ。魔法術式も知っている」
「……わかった、どうせ魔法も使えない若造でしょ。脅威でもなんでもないわ」
フン、と鼻を鳴らして彼女はナイフを向けたまま私の腕を引く。こっそりマギアの顔を見ると、おでこに青筋をたててキレていた。
街に来てから30分程の出来事である。前途多難だ。
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「フィリア。なんで何も言わない。命令しろ俺に」
「……だって、もしマギアが『災厄の魔女』ってわかったら何かされるかもしれないって思ったから……」
「だからって……お前なぁ!」
「ごめんなさい、怒った?」
マギアの顔を見上げるように目を合わせる。マギアは怒ってるというより呆れているように見える。
「……怒ってるよ……もっと自分を大事にしろ馬鹿」
肩で小突かれる。仕方のないことなんだけど、フランクな小突きに少し笑ってしまった。「何笑ってんだ」と、マギアの顔はもっと不機嫌になっているが、なんだかそれも慣れてしまった。
私達は街の離れにある山奥に建てられた、こじんまりとした家に連れてこられた。家に併設されるように小さな小屋や釜戸もある。まるで魔女の家のような風貌だ。赤髪の少女は器用に私たちの手足を縛り、小屋に押し込めてから鍵をかける。マギアは手を縛られたことで魔法を使えなくなってしまったらしい。まあ、私の命令がないとそもそも使えないのだが。
「どうすんだよ、これから。早く逃げようぜ」
「まずあの人達がどうして災厄の魔女を連れてきたのかを知らなきゃ行けないよ」
「んな悠長なことしてられっかよ。アイツらがもしハーデンベルギアの人間だったらどうする」
「大丈夫、あの人魔法使いって言ってた。そんな人お父様が許さない。それに、魔法使いならマギアの封魔具を壊せる方法を知ってるかもしれないよ?この街も魔法は盛んじゃないみたいだし、話は聞いて損はないと思う。本当にまずい状況になったら逃げよう」
マギアを見ると、さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったのか、口を開けてポカンとしている。
「何?」
「ぽけ〜っとしてるやつだと思ったら、結構考えてるんだ」
「ぽけっとしてるかな?」
「してるだろ……世間知らずのお姫様のくせに、頭の回転は悪くないんだな」
「そうなの?……ずっと考え事しながら過ごしてたからかな……」
マギアは渋々納得したと言った様子で、辺りを見回す。一緒に私も観察をする。キラキラとした石や宝石、ガラスなどが綺麗に陳列されている棚、細かいものを扱うであろう工具、それと紙とペン。外にあった釜戸はこの小屋にも繋がっているようで、パチパチと火が見える。一見すると、本で読んだことのある、何かを作る工房のようなものに見える。
「……あの暴君少女が使う所……にしては綺麗だな」
確かに、マギアの呟きに納得する。整頓された机も棚も、あの子ならもっと雑に使いそうなイメージだ。人は見かけによらないとは言うが……
「それと、材料からするに、これは……」
と、マギアが机の上を覗こうとした時、外が何やら騒がしくなる。心臓が跳ねるが、どうやら一人はさっきの少女、と、もう一人。マギアは私を見てから壁に追いやって私の前に密着する。2人が近づいてくるに連れて、彼も心臓が早鳴っているのがわかった。
そして、ドアは開かれる。
「姉さんは手荒なんだよ!もっと考えて行動……って、うわあっ⁉︎」
「ほら、災厄の魔女」
「ほらじゃないけど!?勘弁してくれ……完全に犯罪じゃないか……」
後ろからひょこっと顔を出したのは、わたしたちをここに連れてきた赤髪の少女だ。そして、それの前にいるのは、同じ髪色に、ターコイズグリーンの瞳、顔は似ているけど、髪の毛の分け目は逆、どうやら少年だ。
「ピルニ姉さん!なんてことをしてくれたんだ!」
「じゃあ何!このまま何にもしないでいろっての!?クタリ!」
そのまま、私達を放っておいて喧嘩を始める。どうやら、この二人のうち、少女の方が私達を独断で連れてきたようだ。数十秒程二人はギャイギャイと騒いでいたが、クタリと呼ばれている少年がこちらに気づいて慌てて駆け寄ってくる。
「あああ、すみません!今すぐ解きますので……」
「ちょっと!せっかく捕まえたのに!」
「捕まえたって、災厄の魔女は動物じゃないんだぞ!」
言い合いは続けながら、クタリに縄を解かれ私たちは自由の身となった。私を魔女と勘違いしているのはクタリも同じようで、私の縄は後に解かれる。マギアの手足が解かれた瞬間、彼は私の肩を抱き寄せて反抗の意を示している。毛が逆立った猫のようだ。
「……姉さんがご迷惑をおかけしました。私達は彼女に危害を加えたいわけではありません」
「早々にナイフを首に向けられて信じられるかよ」
「なっ……く、首!?」
目にも止まらぬ速さでクタリはピルニと呼ばれていた赤髪の少女の方を向く。「やべ」と言う顔をして、目線を逸らした彼女に、大きなため息をつく。なんだか、ここまできたら少年の心労の方が心配になってきてしまう。彼は両手を上げて降伏のポーズをした。
「本当にすみませんでした。貴方達に警戒されても仕方がないことを姉さんがしでかした事についてはよく言って聞かせますので……しかし、僕たちが困窮していることも確かです。今後手荒な真似は一切させませんので、少しだけ知恵を貸してくださいませんか?災厄の魔女様」
「……わかりました。それでは、交換条件としましょう」
「おい、フィリア」
「情報が欲しいのはこちらも同じ。魔法使いの貴方に聞きたいことがあるの」
そう言って、ピルニを見る。罰が悪そうにブスくれていた彼女は私と目が合って少しだけ姿勢を正した。
私の方の縄も解いた後、「お茶を淹れますので」と4人で小屋から家の方へ向かった。マギアはまだ警戒モードで私を引き寄せてたままだったので、少し背伸びをして頭を撫でてみる。びっくりした顔は見ないふりをして、撫で続ける。緩い癖っ毛が手に絡んで気持ちがいい。夢中になって撫でていたらその手を掴まれて離された。
「……ガキじゃない」
「ふふ、ごめんね。撫でやすくて」
「なんだよ撫でやすいって」
恥ずかしそうに不機嫌な顔でそっぽを向く彼が可愛らしかったので、今後も何か機嫌を取りたい時は頭を撫でるといいかもしれないと思いながら、私達は家に招かれたのだった。
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アールグレイの紅茶、クッキーをお茶請けにして、私達はテーブルを囲んだ。家の内装は年季の入った煉瓦のキッチンと木造の家具、ログハウスの様だ。思わず頭を回して部屋を見てしまう。
「冷めないうちにどうぞ」
「何か入っているんじゃないか」
「しつこいなぁ、クタリがそんなことするわけないじゃん!」
「……僕が先に飲みますね。姉と違って僕は魔法を使えないし魔力もありませんから、何か細工をすることもできませんよ」
そう言ってクタリはコク、と紅茶を飲み、クッキーも口に放り込む。特に何もなさそうだったので、私もクッキーを1つ食べてみた。ホロっと口にいれた途端歯を立てる必要もないくらい優しく崩れ、口の中で柔らかにとろけていく。クッキーは子供の頃に数回食べたことがあったが、初めての食感や美味しさに思わず興奮しながらマギアを見た。その様子に呆れながら、彼も紅茶を一口飲む。カップを置いて、マギアは話し始めた。
「君らは『魔法具』を作る人間だな?」
その言葉に、ピルニとクタリは驚いた顔でマギアを見る。魔法具、魔法使いでない人でも魔法が使えるように、魔力と魔法を使う術式を閉じ込めた道具のことだ。
「どうしてそれを……」
「あの小屋にある材料、金属や石、ガラス、そして釜戸の熱。魔法具は魔力を封じ込めるために熱変形しやすく硬い素材をよく使うからな。紙とペンは術式を描くためってところか」
「すごい!その通りだよお兄さん!ウチのクタリは魔法具職人なの!」
大興奮といった様子で、クタリを紹介するピルニ。鬱陶しそうな、照れ臭そうな顔を浮かべてクタリは頷く。ハーデンベルギア王国やその周辺では見ないが、魔法具を扱う店や職人がいることは知っている。職人は自分の作った魔法具を販売して生計を立てていることもあるのだ。しかし、ここの街はハーデンベルギア国との交流はあったはず、と言うことは……
「この街での魔法具の販売は禁止されているはずではないですか?」
「……っ!」
「フィリア、どう言うことだ」
「ハーデンベルギア国は周辺や交流のある街での魔法具の製造、販売を禁止しています。ここも対象だったはずです」
「……詳しいね。やっぱり城の地下に囚われてただけある。
僕たちは代々魔法具を作る家系だ。でも、祖父の代から魔法具の製造販売が禁止になって、僕たちの家系は煙たがられて、皆避けるようになったんだ。街の魔法具店も皆封魔具店になって、皆職を追われたり、別の仕事を探したりし始めた。でも、僕らの父さんと母さんは魔法具作りを諦めなくて何度も販売をお願いしていたんだけど……数年前、無理が祟って二人とも亡くなってしまった」
ぎゅ、と口を噛んでピルニが俯く。見ていられなかった。元ハーデンベルギアの王族として、街ではこんなに苦しんでいる人がいることすら気づかないで過ごしていたのか。目線を泳がせていると、ふと隣に座るマギアが目に入る。彼は真剣に、時たま手を口元に置いて何か考えながら話を聞いていた。目を背けてないのがカッコよくて、私ももう一度、二人に目線を合わせる。
「自己紹介が遅れてすみません。僕はクタリ。さっき紹介された通り魔法具職人だ。……魔法は使えないけどね。術式を書いて、魔力を入れ込むのはピルニがやっている。僕らは双子で、今年で17になる」
「ピルニです……さっきはごめんなさい」
「今は、山を降りて、魔法具を作っていることは隠して街で出稼ぎをしながら細々と暮らしている、ピルニはボディガードとか肉体労働、僕はレストランのコックをしている」
「上々、逞しく生きてるじゃないか」
「でも、やっぱり、僕らは魔法具を作りたい」
真っ直ぐと見つめられる。力になりたい。そう思った。
そして気づく、魔法を良しとしないハーデンベルギア国の元第三皇女としては、これは持ってはいけない感情であることを。魔法に苦しめられた国民を裏切る行為だ。散々、マギアに魔法で助けられて今更なんだということなのだが、自ら世界に魔法を広めるのは、国としてあってはならないと思う。
「……ハーデンベルギア国が関わっていない街では販売してもいいんだろ?そこで売ればいいじゃないか。資金が足りないならここで作って別の街で売るとか」
「ここら辺の街は皆ハーデンベルギアと関わりがある。それに、僕は父さん達が大切にしていたこの工房で作りたい」
「それに、この街の皆に父さんと母さんが、私たちの家系は悪者じゃないって証明する!」
真剣に話すクタリと、目に涙を浮かべながら言うピルニ。心が張り裂けてしまいそうで、限界だった。でも、最後まで目を背けることはしなかった。私も泣きそうになったけど、目をぎゅっと瞑って耐えた。マギアが二人に見えないように私の背中を押してくれたので、私は背筋を正し、一呼吸置いてから話し始める。
「……私で出来ることなら協力します。何をしたらいい?」
「あ……ありがとうございます!」
「この世界で有数の魔法使いである災厄の魔女の魔法なら、きっと凄い魔法具が作れるでしょ!そうしたらきっと皆も認めてくれる!だからお願い!貴方の魔法で魔法具を作らせて!」
顔が引き攣る。ピルニとクタリは目を輝かせながら何か準備をし始めた。戸棚から小さな金属製の箱と紙とペンを持ってくる。嫌な予感がする、逃げられない気がする。
「災厄の魔女は絵本の中だけの存在だと思ってたけど、あなたの魔力量なら同等の魔法が使えるはずだわ!」
「もし魔力が枯渇してしまっても食事でも宿でもなんでも用意しますから!ああ、紙とペンより杖の方がいいでしょうか?」
「災厄の魔女なんだから、指鳴らすだけで出来るでしょ!」
「それは絵本の話だろ!でも杖持ってなさそうだし、まさか本当に……?」
「災厄の魔女さん、魔法具作ったことある?あるわよね!この箱、シンプルだけど術式を組み込んだ魔力を入れるのに最適な構造だから作りやすいわ!」
「あう……えっと……」
まずい、何故なら魔法なんてこれっぽちも使えないから。助けを求めるようにマギアを見る。頬杖をついてこちらを見ながら呆れたように笑っている彼を恨みながら、私の目の前にはいつの間にか、おあつらえ向きの風貌へと変化していた。
白いレースがあしらわれたサテンの布の上に、金属製のこぶしより少し小さいサイズの円柱の箱が中心に置かれている。周りには紙とペン、杖、小さなメモ数枚、メモには何やらわからない文字がずらりと並んでいる。箱の中には同じ文字で何かが書かれている、蓋はガラス製……
「魔女さん、やり方わかる?」
「え、え……っと……」
「魔法はなんでもいいけど、まず術式を紙に書いてそれを見ながら杖で空に同じものを描いて、魔力を流すのが一番メジャーだからそれ用に置いてみたよ、あとメモはピルニ特製のカンニングメモ!よく使う術式はこうやって描いとくとわかりやすくてさ……」
どうしよう、何もわからない。もう一度マギアを見る。彼はクッキーに舌鼓を打っているようだ。
魔法はマギアのを見てたけど、彼はピルニとクタリが言うように指を鳴らすだけで魔法を使っているのだ、何がどうなってるかなんて全くわからない。ピルニがこんなに手間をかけて作る魔法を、マギアが一瞬で行なっているという事実しかわからない。
……で、でも、もしかしたらお父様から教えられてないだけで、私には類い稀なる魔法の才能があるのかもしれないじゃないか、だって災厄の魔女と同じくらいの魔力を持っているんだし……ここで才能が開花することだってあるかもしれない!
マギアがいつもやるように、親指と薬指をくっつけて、指を鳴らすポーズをする。ピルニとクタリが「おお……!」と感嘆の声を上げるのが耳に痛い。大丈夫、いける、術式は……なんかよくわからないけど、さっき食べたクッキーが美味しかったからそれを頑張って思い出して……
「えいっ!」
スカッ
……静寂、沈黙、静かな午後。
ピルニとクタリの顔が見れない。顔に熱が集中している感覚、きっと真っ赤っかになっているだろう。横目で当の本人の災厄の魔女を見たら、肩を震わせて口を抑えていた。
「えっと……え?」
「災厄の魔女でも魔法失敗するんだ」
「むぇ……ち、ちが……今は調子が悪くて……!つ、杖で……!むむむ……」
「何にもできてないけど……てか術式書かないの?」
「ま……マギアぁ……」
ああ、二人の視線が痛い、嘘をついた罰かしら。涙目になりながら、マギアに降参する。服を引いて名前を呼んだら、まだ笑いを堪えているようだった。最初はあんなに焦ってたくせに!宿に行ったら思いっきり頭を撫で回してやろうと思う。
「どうした?天下の災厄の魔女様」
「……お願い、《魔法具を作って》」
「了解」
同じように、今度はマギアが指を鳴らすポーズをする。何もわかってない二人は見つめたままだ。
パチン、と指が鳴ると、金属の箱が浮いて、中にカラフルな光が渦巻き、最後に蓋でそれを閉まった。ガラスの向こうにはキラキラと光が見えている。日に照らされる朝露を閉じ込めたような綺麗な箱が、コトンとテーブルに落ちた。
「こんなもんかな」
「……え?本当に紙も杖も使ってない……」
「というか、なんでお兄さんの方が?」
「ま、見てみなって」
マギアが魔法具を持ち、軽く握ると、パン!と魔法具の上に、小さな火の花が咲いた。
「っわぁ!」
「綺麗……!」
「お兄さん、それは……?」
「東洋で有名な『花火』ってやつだ。炎は金属と反応して色を変える。その原理を使って魔法で作ったのは、酸化剤、可燃剤、色火剤……簡単に言うと酸素と、火薬、そしてその火に色をつける金属だ。原理もわかりやすく魔法で作りやすい。あとは圧力を加えると熱エネルギーがで可燃剤に火をつけるようにして、花火の完成ってとこだな」
ペラペラと話す本物の災厄の魔女、彼はどうやら魔法を使えるのが嬉しいようだ。楽しそうに魔法の構造や原理について喋っているマギアに、ピルニとクタリは自分らが勘違いをしていることを気づいたようだ。
「……もしかして、本当は、貴方が『災厄の魔女』?」
「ま、訳ありのな。魔力は彼女のを使っている」
「そんなこと出来るの?ピルニ」
「で……出来るってか、理論上可能ってだけだよ……思いついても出来ないしやろうとも思わないし、私たちがレシピ本を見ながら料理してるのを、このお兄さんはレシピ暗記して目隠しして片手で料理してるようなもんだよ!」
「いい例えだ」
絶句する同じ魔法使いのピルニは、尊敬というよりも、凄すぎて引いていた。
かくして、私たちは少しの間、赤髪の双子の家で魔法具作りを手伝うこととなった。
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「だー!わかんない!難しすぎだってマギア!」
「カンペなんか使うからわかんないんだろ、頭で覚えながら杖使え。量産するならスピードも大事になってくるからな」
「こんな紙3枚分の術式覚えられるわけないだろ〜!」
リビングから叫び声が聞こえる。マギアとピルニは花火の魔法具作りの練習、私とクタリは家でもできる内職のアルバイトをしながら、二人の手伝いをする形で一週間が過ぎた。家には部屋も余っていたようで、私たちは居候させてもらっている。クタリの作るご飯は、さすがコックとして働いているということもあり、毎日とても美味しく幸せだ。
「ピルニさん、マギア、そろそろ休憩しませんか?」
「だめだ。まだ紙一枚の半分しか覚えてない」
「え〜ん!フィリアちゃん!この鬼なんとかしてよ!」
「マギア、クタリさんがクッキー作ってくれたよ」
「食べる」
いそいそとテーブルを片付けるマギアに、ピルニと顔を見合わせて吹き出してしまった。クタリが焼きたてのクッキーと紅茶を持ってきて、おやつの時間を楽しむ。
「そういや、なんでマギアは『花火』の魔法を魔法具にしたの?」
クッキーを食べながらピルニは問う。
「マギア、たくさん魔法知ってるじゃん、もっと凄い魔法も知ってるんでしょ?」
「まあ知ってるな」
「否定しないんだ」
「それじゃあ、もっとどデカくバーン!みたいなものも入れれるんじゃなかったの?」
ピルニは両手を大きく広げる。確かに、魔法で瞬間移動のようなことすら出来るような人が作るものにしては、小さな魔法なのかもしれない。マギアは紅茶を飲みながら肩をすくめる。
「相変わらず単細胞だなお前。魔法使いのくせに」
「はぁ!?」
「すみません、考え無しに何でもやるのがうちの姉ですので」
「どデカくバーン、なんてしたら魔法具が禁止された理由の補強になる」
「……どういういうこと?」
「魔法具の製造販売が禁止された、何でかわかるか?……魔法は怖くて危険なもの、人を傷つけるもの。という価値観がハーデンベルギア及び、周辺で蔓延しているからだ。実際、魔法は単純な要素だけで使うと危険なことが多い。炎なんて最たるものだな。
ものは使いようなんだ。”魔法は万能で自由”。だからこそ、悪意のある者の手に渡ってしまうと手がつけられなくなる。絵本の『災厄の魔女』だって、世界を滅ぼしただろ」
「……マギアはそんなことしない」
「相手がどれだけ優しかろうが、何を考えているかはわからない」
マギアは優しい人なのを知っている。だからマギアは怖い魔女じゃない。でも、反論してもマギアは私の方を向かないでそのまま話し続ける。少しだけ、らしくない彼に心がざわついた。
「だから、魔法で示すしかない、魔法は楽しいものだと。服や装飾品、食べ物なんかは奪い合いが起こってしまう。でも、花火ならたくさんの人に見てもらえる、そして終わったら消えるから争いも起きない。そういう娯楽は他にも色々あるが、構成要素が比較的単純なものだから他人でも作れる。魔法でこんなこともできる、なんてことを人に示すにはもってこいだ」
「……凄い、たくさん考えてくれてたんだ」
ピルニは見直したという顔をしている。生意気な少女はいつの間にか、ちゃんと姿勢を正してマギアの話を聞いていた。マギアもそれをみてニコッと笑う。
……少しだけ、モヤっという気持ちが心に生まれたような気がする。マギアとピルニの顔を見たくない。何だろう、これは。二人から目線を外したら、クタリが目に入る。クタリもこちらに気づいたようで、慌てて二人に向かって話し始める。
「そういえば、フィリアさんは僕たちに交換条件を提示していましたね」
「あ、ああ……えっと、そうです。マギアに付けられた封魔具を外す旅をしているので、何かヒントとかがあれば……」
「マギアに付けられてるやつ?えーそれお洒落じゃないの?」
ピルニはテーブルから身を乗り出してマギアに近づく。そして、首に触れたり腕を取ったり……モヤモヤという気持ちはより強くなってしまった。マギアは封魔具を見てもらってるからか大人しくされるがままだ。それがまた、私の気持ちを逆撫でする。
「どうだ?」
「封魔具ってのは魔法具で使う術式を応用して作られてるんだよね?クタリ」
「うん、マギアさんのそれはどんな用途のやつ?」
「腕輪は魔力を吸い取り、首輪は命令でしか魔法を使えないようになっている」
「ああ、それなら……腕輪は魔法具が魔力を中に入れて閉じ込める時に使う術式が書かれてあるんですね。首輪は……多分、魔法を誰でも使えるための魔法具、というより、魔法使いの補助的な用途の応用かな。」
「どういうことだ?」
「魔法を使うときって、脳に術式を認識させて魔力を変異させるでしょ?それで出力した魔力を術式に入れて発動する。脳みそでカレーを作ることを認識して、魔力を人参やじゃがいもに変化させ、術式に溶け込ませてカレーを調理するような感じ。でも、術式を全て覚えるのって難しいから、魔法具の中には脳への信号を補助する役割を持つものもあるんだ。それを使えば、例えば、脳に術式を認識させるときに”人参を作る”という信号を送る、という部分を魔法具によって省略できる」
クタリは私やピルニにもわかりやすいように例を用いて話す。マギアは感覚的に全て話すので、クタリの説明はとてもわかりやすかった。そして、その説明を聞いてマギアが目を見開く、そして考えるポーズをしてぶつぶつと呟き始めた。
「……ということは『魔力譲渡』の補助が出来る魔法具が存在しているのか?」
その言葉に、私もハッとした。私が杖やペンを使わないで使えなければいけない『魔力譲渡』の術式。魔法具に全てやってもらうには術式と魔力を溜め込むために相当な大きさのものを作らなければならないとマギアは言っていたが、術式だけならどうなんだろうか。
「『魔力譲渡』、治療とかに使われるやつですか」
「そうだ、体内魔力を傷を治すように変異させて、相手に送る魔法」
「聞いたことないけど……なんで?」
「私の魔力を、マギアの中に入れることができたら、マギアは自力で封魔具を外せるので」
「……え、じゃあフィリアちゃんが魔法をマギアに使うってこと?」
「はい。なので、魔法の勉強中です」
ピルニとクタリは私を見ている。……やはり、魔法を使ったこともない人が行うには難しい魔法なんだろうか。
首を傾げていたら、クタリは私とマギアを交互に見て、顔を赤らめていたり、ピルニはマギアをものすごい軽蔑した顔で見ていたりと、何だか様子がおかしい。マギアは「ゴホン」と大きく咳払いをした。
「あの……?そんなに難しい魔法なんでしょうか?」
「マギア、あんた、やり方教えてないわね?」
「……俺は他の方法も探している。あくまでも、1つの方法として考えてるだけだ。これ以上聞くなら今日中に魔法具を覚えてもらう」
「はあ!?無茶すぎるでしょ!」
テーブルはまた魔法具作りの状態に戻され、ピルニはうめき声をあげていた。クタリはカップやお皿を片付け始めたので、私はそちらを手伝う。使い古された煉瓦のキッチンも、よくよく見れば味があって可愛らしい。リビングを覗くとマギアはピルニにチョップをしているところだった。……さっきまで、心穏やかだったのに、またざわつき始める。
「……ピルニ姉さんはパーソナルスペースがとても狭いんです。すみません」
「えっ」
何もしていないのに、クタリは私に謝った。カップに水を張ったあと、小さな食品庫から食材を出している。晩御飯の準備だろうか。
「昔から天真爛漫……と言ったら聞こえが良いですね。傍若無人なんです。でもその……悪気があるわけではなくて……」
「ええと、クタリさんが謝る必要はどこに……」
「えっ、だ、だって、マギアさんとフィリアさんって……え?」
「マギアは封魔具を外すために旅をしていて、私がいたら魔法が使えるので、マギアは私を連れてるんです」
「……う、うわ〜早とちりしました忘れてください……」
クタリは顔を赤くして両手で押さえる。そうか、私の方を災厄の魔女だと思っていたのなら、私がマギアを連れているように思ったのかもしれない。むしろ逆なのに。
「フィリアさんが僕のことを見たから、申し訳なくって、話題変えたのに、あの姉さんは〜!とか、一人相撲じゃん……」
「……何か、よくわからないけど色々考えてくれていたんだよね?ありがとう、クタリさん」
「えっ!?あ、あはは!いえいえ……こちらこそ勘違いしちゃって……あの姉を持つと色々大変なので、いつも悪い想像ばかりしちゃうんですよ……」
「……仲、とってもいいですよね、羨ましいです」
「え〜!?どこがですか!いっつも喧嘩ばかりですよ」
「……喧嘩ができるだけでも、すごいことです」
私の二人の姉を思い出す。第一皇女のソフィア姉様とその執事は、そもそも私なんか眼中に無かった。私のことをいないものと扱って、目も合わせてくれなかった。
第二皇女のフォティア姉様は、会う度にギロリと睨んできて「あーあ、可愛い妹が欲しかったのに、何で魔女もどきなんだろ!」って大きな声で言っていた。それに、フォティア姉様の執事は、いつも私を冷たい目で見ていた。それが怖くて、二人に会う時はいつも目線を下に向けていたっけ。
だから、ピルニとクタリの仲が、喧嘩もするけど、お互い信頼しているような、離れることなんてないようなそんな空気感が、正直羨ましかった。
「僕は姉さんと違って魔法も魔力も受け継げなかったからいつも喧嘩も負けてばかりだし……」
「クタリさんは器用で、料理もクッキーも美味しいです」
「ぎゅえ……」
「……ふ、ふふ……何ですかその声!」
「いや……なんか真正面から褒められて……器用さは母親譲りなんですけど、魔法も使えて、運動神経もあるピルニより地味じゃないですか……褒められ慣れてなくて……」
「マギアもクタリさんのクッキーとっても気に入ってるんですよ。クッキーがあるってわかったらすぐに魔法具作りを休憩にするんですから」
「んわ〜……もうやめてください!終わりですおわり!」
両手を顔の前でぶんぶんと振り、顔の赤さを隠しているクタリが可愛らしくて頭を撫でてみたら、また呻いてしまった。本当に久しぶりに声を出して笑ったような気がする。いつの間にか心のモヤモヤも消えていて、今日も1日を終えることとなった。
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ピルニとクタリの家は備え付けの釜戸があり、その炎を使ってピルニが魔法でお風呂も沸かしてくれるのだ。お風呂には柚子が浮かんでいて、いい香りと一緒に湯上がりは、ピルニが魔法で髪を乾かしてくれる。彼女はまだ魔法具の練習をすると言ってリビングに残っていたので、私は体がぽかぽかのまま、2階の貸してくれた部屋のベッドに横になった。マギアの目的を達成するための旅なのに、とても楽しくて、心が満たされるようだ。ピルニもクタリも、人生の中で、喋ったランキングの2位と3位。ちなみに、1位はマギア。二週間ほど前まで、誰とも話さず、ほとんど声を出さずに生活していたのに、人生何が起こるかわからないものだ。
「フィリア、いるか」
「……マギア?」
ドアがノックされて、マギアの声がする。ベッドから起き上がって、少しだけ髪を手で梳かし、ドアを開ける。
マギアはいつも着ているコートとベストを脱いで、ワイシャツとスラックスだけの状態だ。日中はピルニとクタリが常に一緒にいて、二人で会うのは意外にも久しぶりだ。
「あー、入ってもいい?」
「うん、いいよ」
部屋に招いて、備え付けの椅子をベッドに近づける。私がベッドに座ったので。マギアは椅子に座った。
改めて、マギアの顔をじっくり見ると、何やらばつが悪そうというか、仕切りに目線を泳がせている。こういう時は相手の言葉を待った方がいい。
「……今日、休憩の時に無視したみたいになって悪かった」
「……いつ?」
「フィリアが、マギアはそんなことしないって言ってくれた時」
「あ……あ〜……そ、そうだっけ?」
「その、なんて言ったらいいかわからなくて言葉に詰まった、悪い」
ぼんやりと思い出してきた、そういえばそんな感じだった気がする。その後の心のモヤモヤの方が大きくてあまり覚えていなかった。マギアは頭をかく。風呂上がりなのか、ふわりと柚子の香りがした。
魔法は怖いもの、災厄の魔女は恐ろしい魔女。ハーデンベルギアに囚われていた彼は、おそらくその偏見にとても苦しめられていた。元ハーデンベルギア側の私に言われても、どう返していいかはわからないだろう。
「大丈夫、気にしてないよ。それを言うために来てくれたの?」
「それだけじゃない、けど」
「……なあに?」
「休憩の後、クタリ話して笑ってただろ、何話してたんだと思って」
「え?……えっと、クタリさんを褒めると顔が赤くなって……あと、頭を撫でたら……ふふ、面白い声で呻いちゃって、それもおかしくて……」
思い出してくすくす笑うと、マギアはどんどん顔が険しくなって、むすっとした目でこちらを見てくる。
「ま、マギア……?」
「俺といるときはそんなに笑わないくせに」
「え、ええ……?」
「……クタリといる方が楽しいのかよ」
「まっ……マギアだって!ピルニさんといる時は、その、なんかチョップしたり、してるじゃない!」
「それは、あのクソ生意気なガキが文句言うから……」
「私とひとつしか違わないもん!私には『魔力譲渡』の魔法も教えてくれないし、チョップもしないし、ピルニさんといる時の方が、なんか、笑ってるもん……!」
マギアが変なことを言うから、私の忘れかけていたモヤモヤも思い出してしまって、しかも、マギアに全部話してしまった。全部言った後に気づいて、やってしまったって、お風呂上がりなのに冷たい水をかけられたように体が冷えた。
恐る恐るマギアの顔を見ると、目を丸くして、こちらをじっと見ている。さっきの不機嫌な顔はどこかへ行って、驚いたような顔をして、そして、みるみる顔が赤くなって口を手で押さえた。
「……な、何だ、それ……反則だ」
「な、何が、反則なの……!」
「はぁ……お互い様か。魔法を使いたくてもうまく使えない気持ちはわかるから、ピルニはクタリのことは気にかけてただけ。俺は、気に入ったやつとしか行動したくないし、旅に連れていくのはお前だけ。わかったな?」
頭を軽くチョップされる。それだけなのに、何だか心臓が跳ねた。マギアが私を気に入ってるのは、魔力をたくさん持っているからだって自分に言い聞かせても、何だか自分に言われているみたいでくすぐったくなってしまう。手を離したマギアは私の顔を覗き込むようにして心配そうな顔をしていたから、笑顔を見せるとまた顔が赤くなる。それを見ていたらいつの間にかモヤモヤも晴れてしまっていることに気づいた。
「そ、そうだ、ピルニの魔法具についてはもう少ししたら一人でも出来るようになる。そうしたらここで聞いた魔法を補助する魔法具について調べてみよう」
「うん……でも、大丈夫なの?ピルニさん難しいって言ってたのに」
「元々センスは抜群なんだアイツ。理解力も記憶力も魔力も申し分ない。俺が教えているのは、彼女の能力を見越して、少ない魔力と短い時間で量産できるように魔法の術式を複雑にしてるやつだ。それでも、コツを掴んだらあっという間だった」
「す、すごい子なんですね、ピルニさん」
「後は、クタリ。魔法は使えなくても天性の器用さを持っているからな。丁寧で素早いし、俺が今まで見てきた魔法具の中でもクオリティは3本の指に入る。……まあ、外で魔法具を見ていたのは13歳までだけどな」
「それと、ご飯もクッキーも美味しいです」
「はは、間違いないな」
二人がちゃんと魔法具を作って販売できたらどんなに嬉しいことか。それはきっと魔法でお金を作ったり、私の持っている宝石で換金したお金では満たされないものなのだろう。ハーデンベルギアの王族として間違っている考えかもしれないけど、確かにそう思うのだ。
「マギア、私、魔法は怖いものだって教えてもらったし、自分自身も避けられて生きてきた。災厄の魔女って存在も、国では恐れる存在だった……でも、国の外に出て、マギアに出会って、本当に怖いだけじゃないってわかったから。あの時の言葉は本当だからね」
マギアの手を取って、ちゃんと言う。マギアは少しだけ泣きそうな顔をした。どうして彼がそんな顔をするかわからなかった。でも、それは一瞬で、ニコ、と微笑んだ。
「ありがとう」
「……ハーデンベルギアの人に言われても嫌かもしれないけど、本当に思ってるから」
「いいや、嬉しいよ。それに、国だって魔法だって同じだ。俺を捉えたハーデンベルギアの奴らの事は許してない。でも魔法を恐れる国民にとっては天国のようなところだ。絶対に魔法を断絶してくれる安心は、国民の安寧になる。魔法だって、俺は人を傷つけることには使いたくないが、実際に、危害を加える事例があったから、ハーデンベルギア国が産まれたと思ってる」
「でも、私は、まだハーデンベルギアの国民も好きだし、魔法も好きになってしまった」
「……全てに人を幸せにすることなんてきっと出来ない。誰かの幸せは誰かの不幸、それはずっと決まっていることだ」
「じゃあどうすればいいの?誰かを幸せにしても、それが誰かの不幸になってしまうかもしれないんでしょ?」
「……俺に聞くなよ」
「マギアは物知りだから」
マギアの言葉は、難しかった。どうしたらいいのか正解が無い、マギアの旅についていく前の目的のない私みたい。
今や、マギアが私の中でとても大きくなってた。彼は、少し考えて、私の手に、私より一回り大きい手を乗せた。
「俺は……目の前にいる人を救えないで、世界を幸せにすることなんてできない。って思ってる」
「目の前の人……」
「だから、まあ、困ってる奴がいたら助けてやれ」
「……だから、私も助けてくれたの?」
「え?」
「城の地下から」
「……あ、ああ。そうだな」
さっきの言葉と違って、とてもシンプルだった。たくさんの魔法を知っていて、私にたくさんのことを教えてくれたマギアを動かすのはそんなシンプルなものだったらしい。その後、何となく聞いた質問に、彼は少し歯切れが悪かったが頷いた。
少しの沈黙の後、彼は「夜遅くにごめんな」と部屋を出ようとする。私は、後少しだけマギアと話していたくて腕を引いた。マギアはとてもびっくりした顔で私を見る。……何だか変な空気になってしまった。沈黙を破ったのはマギアだ。
「な、何」
「えっと……もう少し、一緒に」
刹那、轟音が響く。それは私のトラウマを一気に引き起こす音。
爆発だ。一階で大きな爆発が起きた。
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家が揺れる、立っていたマギアはバランスを崩してベッドに倒れた。そのまま、私の頭を自分の胸に押し当てるように抱き寄せられる。
「ま、マギア……」
「敵襲だ。俺かフィリアを追ってきたんだろう」
ぎゅうと、心臓が絞られる。敵襲?どうして?マギアも私も何も悪いことをしていないのに……体が震えて、思わずマギアのシャツを握る。そして、ピルニがまだ1階にいることを思い出した。
「逃げるか?」
「待って!ピルニさん、1階でまだ練習してて……」
「あの馬鹿!……フィリアはここにいろ、二人を探してくる」
「私も行く!」
「駄目だ」
「私がいないと魔法使えないよ」
マギアはグッと顔を険しくするが「コートを被ってろ」と言って指を鳴らすポーズをする。命令したら黒い大きめのコートが出てきて、それを羽織らされた。こっそり部屋から出ると、2階にいたクタリが慌てて部屋から出てきたところに遭遇する。
「マギアさん!フィリアさん!なんですか今の!」
「ピルニが下にいる、連れて逃げるぞ」
「は、はい!」
階段を駆け降りて1階へ向かう、ひどい惨状だった。レンガのキッチンは崩れ、木の壁は黒く焦げていた。彼女らの思い出の家が、見るも無惨な状態となっている。窓が破られていたので、おそらくここから何か攻撃が来たのだろう。
ぐるりと見渡してピルニを探す。キッチンの食品庫の隅で震えていた。真っ先にクタリが駆け寄る。
「ピルニ!」
「な、な、何事!?いきなり爆発したの!」
「怪我ないか、ピルニ」
「う、うん……マギアの防壁の作り方真似したから……」
「上出来だ。とにかく逃げるぞ、フィリア、命令を……」
窓の外が赤く光る。その光を私は知っていた。
お城の地下で見た大きな機械、赤く鼓動するように光る荘厳に飾り立てられたもの。
点と点が繋がって線になる。あの機械は魔法具で、中には花火みたいに火薬に熱を加えて爆発する魔法が入っている。あの魔法具によって、城は爆発し、炎上したのではないか。それを瞬間的に悟った。そして、その爆発がこちらに向けられている。私の命令は間に合わない。
視界の端にピルニが映る。彼女は杖を振って私達に防壁を張った。
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けたたましい轟音が再度響いて、先ほどとは比較にならない程家が揺れた。反射的に目を瞑ってしまったが、マギアが自分を抱き寄せていることだけわかる。
「……クタリ!」
マギアの声に目を開く、視界が認識したのは、腰を抜かしているピルニと、ピルニに覆いかぶさるようにぐったりしているクタリ。そして二人に駆け寄るマギアの姿だった。
「……クタリ……!」
「馬鹿野郎!ピルニ、自分に防壁を貼らないでどうする!」
「だ、だって……!もう魔力がほとんど無くて、3人を守れるくらいしか……そしたら、クタリが私を庇って……!」
私も遅れて駆け寄る。クタリは全身血だらけで腹に大きく穴が開いていた、血がどくどくと出ている。羽織っていたコートを脱いでこれ以上血が出ないように圧迫する。近づいた時、クタリが魔法具を持っているのに気づいた。
「マギア、クタリさん魔法具持ってる」
「これは……」
「そ、それ、私がさっき練習で作ってた防壁の魔法具……」
「成程な、似たもの同士のバカ双子だ。これを使ってクタリはピルニ分の防壁を張ったわけだ、自分を犠牲にして。上から落ちてきた瓦礫が腹に刺さっている」
「ば、馬鹿、馬鹿馬鹿!死なないでクタリ……!」
ピルニはポロポロと涙を流してクタリに縋る。家は2階の爆発で、今にも崩れてしまいそうだ。しかし、窓の外から赤い光が鼓動のようにちらついている。おそらくまだ彼らはいるだろう。私達が家から飛び出すのを待っているようだ。クタリはまだ息をしているが、すぐに手当てをしないと、取り返しのつかないことになってしまう。
「……ピルニ、集中しろ、魔法を使え」
「こんな状況で何!クタリを早く病院に連れていかなきゃ……!」
「今から行っても間に合わない。ここで治療する」
「は!?」
「『治癒の魔力譲渡』だ。術式は俺が言うのを覚えろ」
「はぁあ!?」
「お前なら出来る、その間家は俺たちに任せろ」
マギアは私の手を取って、指を鳴らすポーズをした。
「教えながら魔法使えるの?」
「誰に言ってんだ。災厄の魔女だぞ」
「……マギア、《守って》」
パチンと指がなって、私達を大きな透明の防壁が囲う。彼が言っていた空気を圧縮して作るものだろうか。防壁を張った瞬間に、赤い光が窓から降り注ぎ、轟音が響く。しかし、家は揺れない。
「どうして……」
「家の周りにも防壁を張った」
「……アンタもフィリアちゃんの魔力もやっぱおかしいわ」
「ピルニ、想像しろ。杖は無しだ」
「……わかってる」
ピルニはクタリの頭を膝に乗せて、目を閉じる。マギアはそれを確認して、魔法の術式を口で説明し始めた。今、彼女の頭の中ではそれを聞いて術式が渦巻いているのだろうか。真剣な顔のピルニから目が離せなくなる。
そして、ピルニはクタリに口づけをした。
驚愕の声はなんとか飲み込んだ。長い長い口づけ……キスだ。
そして、クタリの体はみるみる傷が塞がっていく。腹の大きな傷も皮膚組織が自ら再生しているようにどんどん修復されていった。
「人間の自然治癒能力を極限まで引き上げ、通常より数十倍の速さで体を回復させる魔力を流し込んでいる。クタリの脳や細胞に、ピルニの魔力が働きかけているんだ。」
「そ、んなことが……」
数十秒のキスの後、ピルニは口を離す。それと同時に、うっすらとクタリも目を開けた。
「……馬鹿。考えなしに行動するのはどっちだよ……」
「僕は無理でも、ピルニ姉さんなら魔法で治せると思って……」
「ほんと馬鹿!バカクタリ……!」
ピルニはクタリを抱きしめ、わんわんと泣き出した。それを見て、クタリは背中を撫でている。安心して視界がひらけてきた。まだ魔法の攻撃は止んでない。轟音が響き続けている。
「クタリももう大丈夫だ。4人で逃げるぞ」
「待ってマギア」
「待ってる暇はない。フィリアの魔力は膨大だが、底なしってわけじゃない。このまま魔力切れだってありうるんだぞ」
「だって、このまま逃げたらこの家壊れる」
「命の方が大事だ」
「そうしたら街の人にも魔法が怖いものだって思われる」
「……だからって」
「ピルニとクタリが魔法具作れなくなる」
「……言うじゃねえか。そこまで言うなら打開策があるんだろうな?」
「あの魔法具が火薬と熱エネルギーで爆発を起こしてるなら、それを使って魔法は素敵なものって見せればいい。ぬいぐるみを飛ばしてくれたように空に高く、街の人にも見えるように」
「……ふ、あはは!面白いこと考えるな」
マギアはケラケラと笑って、私を引き寄せる。
「命令をどうぞ、お姫サマ」
「マギア《飛ばして》!」
パチンと指のなる音、外の赤い光がフッと消え、ヒュルルル〜と空へと何かが登る音が聞こえる。
「ああ、どうせならお前らも見れるようにするか」
もう一度指を慣らして崩れそうな家の瓦礫を飛ばすと、一階の天井、そして2階の天井にも大きな穴が開いていた。上を見上げると星空が広がっている。
そこに、色取り取りの、大輪が咲いた。
ドォン、パラパラ……と、爆発とは違う、耳に心地の良い音。いくつもの花火はきっと街にも見えるくらいに綺麗に夜空を彩っている。私たちは先程まで死の危険にさらされていたことも忘れて、空に見惚れていた。少しだけ、マギアの方も見る。彼も微笑みながら空を見ていて、その横顔がとても綺麗だった。
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花火が消えて、家には静寂が訪れる。外から赤い光も人の気配も消えた。魔法具が無くなってしまった今、災厄の魔女に勝てると思わなかったのか、街の人に気づかれるのを恐れたのか。
……しかし、ハーデンベルギア城の地下で見たあれが魔法具で、爆発の魔法を使えるとして、一体誰が私達を追ってきたのだろう。ハーデンベルギアには魔法も魔法具もない筈なのに。見たものを推理して出た結論は、他の事象と矛盾していることに気づいた。
「あ、コイツら寝てやがる」
「へ?」
マギアがピルニとクタリを揺すっているが、反応はない。よく見ると、二人とも寝息を立てて気持ちよさそうだ。
「あんなことあったのに……」
「クタリは体を強制的に回復させたから疲れたんだろ。ピルニは、元々魔力がほとんどない状態で魔力譲渡なんてしたから、魔力が底をついて寝ちまったようだな」
「魔法ってたくさん使ったら疲れるの?」
「そうだな、飯食ったり休息を取ったら魔力は元に戻る」
「それって、どんどん魔力は世界に増えていかない?」
「いいや、世界の魔力量ってのは変わらないんだ。だから、魔法で作ったものも消したら魔力として俺たちの体に戻る。今回で、ピルニの魔力の半分はクタリに渡った。クタリが魔法を使えるようになるかはわからないがな」
マギアはピルニとクタリを担ぐ。部屋は壊れてしまったから、リビングのソファに寝かせに行った。私も立ちあがろうと足に力を入れようとしたら、うまく入らない。腰が抜けたとも違う、腕に力を入れようとしても、ふわふわと腕がうまく動いてくれなかった。
「お前も担いで欲しいのか?」
「え、ちが……わっ」
マギアが私の腰と膝裏に手を回して引き上げる。本でしか読んだことがない、所謂お姫様抱っこだ。バランスを崩しそうになって慌ててマギアの首に腕を回してしがみついた拍子に、頬がくっついて、マギアの体温が伝わる。バッと顔を離すとマギアはニヤニヤしていた。
「随分甘えん坊だな、フィリア」
「違う……!うまく体に力が入らなくて……」
「急に魔力を大量に使ったからな、体が追いついていないんだろ。宿探してくる」
「……あのね、マギア」
「却下」
「まだ何も言ってない」
「わかるわ馬鹿」
呆れた目でこちらを見るマギア。私が何を考えているかわかるようだ。
「命令してもいい?」
「やだ」
「……クタリにクッキーの作り方聞いたの」
「それが何か?」
「ここを離れても、私がクッキーを作ってあげる。だからお願い」
マギアがピクリと反応する。後一押しかもしれない。マギアの頭を優しく撫でる。
「それに、マギアに抱っこしてもらったら百人力だよ」
「……なんつー女だお前」
「私はマギアの魔力だよ」
「お前なぁ……それ、俺以外にするな。わかったか?」
「それって?」
「頭撫でるの」
ため息をついて、指を鳴らすポーズをする。なんとなく、これが魔法を使う合図みたいになっていた。……しっかり休息を取って明日からでもよかったんだけど、早く二人の思い出を元通りにしたかったのだ。
「マギア《家を直して》」
パチンと小さく指を鳴らす。熟睡しているピルニとクタリには気づかれないだろう。壊れた瓦礫や木材が浮いて、どんどん元の位置に戻っていく。焼けてしまったものは、森にある木を拝借して新しく作り直していった。相変わらず、どれだけのことを頭で考えているのだろう。この災厄の魔女は。
次の日、元通りになった家を見て、ピルニとクタリが元通りにした部屋で寝ている私たちに突撃したのは言うまでもない。
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敵襲から数日。ピルニは一人で魔法具を完成させることができた。土壇場で魔力譲渡を使ったことが功を奏し、術式を頭で覚えるのが苦でなくなったそうだ。クタリは体内に魔力が宿っても、魔法がすぐ使えるわけではないらしく、ピルニに教えてもらっている。でも、父と母は優秀な魔法使いだったそうで、自分の中にも魔力があるのが嬉しいらしい。
私たちは今日次の街へ向かうこととなった。
「魔法、むっずかし……」
「こう……ばーっとやるんだよ!ぱってやってちょいだよ!」
「僕、姉さんのこと尊敬する。そんなアホなのに魔法が使えるなんて……」
「な、生意気〜!もう教えてやらない!」
一階から姉弟喧嘩が聞こえてくる。ワイワイと話す二人と別れてしまうのは惜しいが、私たちにも目的がある。服を着替えて、マギアが作ってくれたコートを羽織る。部屋を出ると、マギアも準備が終わったようで、丁度鉢合わせた。二人で階段を降りると、ピルニとクタリはハッとして私たちに飛びついたきた。
「マギア、フィリアちゃん聞いて!さっき街の人から『空に咲く花の魔法具を売ってくれないか』って聞かれたの!」
「二人のおかげです!本当にありがとうございます!」
嬉しそうな二人を見てると、胸がいっぱいになって、顔がにやける。思わずマギアを見たが、彼も同じように口を緩ませていたが、私と目があったからかそっぽを向いた。
「そう簡単にすべての人から偏見をなくすことはできないだろうが、ゆっくり魔法のことを知って貰えばいいさ」
「うん、マギアも、ちゃんと自分一人で魔法使えるようになりなよね!」
「……名残惜しいですけど、また街にきたら寄ってください」
「うん。クタリさんのご飯また食べにくるよ」
別れの挨拶をした後に、ピルニが「あ!」と何かを思い出したように続ける。
「そうだ、魔力譲渡!私出来るようになったんだけど……」
ギクリと心臓が鳴る。この数日、ずっと考えないようにしていたことだ。
彼女は相手に魔力を渡す魔法『魔力譲渡』が使えるようになった。即ち、彼女はマギアにも魔力を渡すことができる。……そのためには、マギアとピルニがキスをしなければならない。
考えるだけで、どうしてか、心臓が張り裂けそうだった。マギアの願いが叶うのは嬉しいことなのに、どうしても、それを脳が拒絶してしまう。ピルニの次の言葉を聞きたくないけど、だからと言って、ここで私が止めるのも違うのだ。大人しく、スカートをぎゅうと握りながら聞く。
「私の魔力量じゃ無理ってクタリと話してたんだ」
「今、僕にピルニの魔力が半分ありますが、僕はそもそも魔法がまだ使えませんし、姉さんの全魔力でも、マギアさんの封魔具を壊すには足りないと思うんです」
「だろうな。お前らの魔力量は50・50ってところだ。全部合わせても100、腕輪に魔力を吸い取られ続けるけことを考えたら全く足りない」
「足りててもマギアとキスとか嫌すぎるけどね〜」
「僕も遠慮します」
「おい、俺だって嫌だわ」
マギア達が話すのを聞きながら、すごく安心してしまった。こんなことはあってはならないのに。
でも、どうしてピルニとマギアがキスをしなくてもいいと安心するのかはわからなかった。
「これは参考になるかわからないんだけど、災厄の魔女の絵本。父さんと母さんが好きで、色々調べていたらしいんだ。……『災厄の魔女』は世界で初めに生まれた魔法使い、国を追われた後は森に住んでいたんだって。そこで後世の人間に魔力を分け与えるために魔力譲渡の魔法を作った。そして世界には魔法使いが生まれた……って話。ピルニが災厄の魔女を信じてたのは父さんと母さんがよく言い聞かせてくれてたからなんだ」
「この本貸してあげる。貸すだけだからね、ちゃんとまた会えるように。また会いたいからさ」
「……そんなにいい奴でもない。数日前の襲撃だって、きっと俺に向けられたものだ」
「そりゃ鬼みたいに厳しいけど、私もクタリも、二人のこと大好きだよ」
二人に屈託のない笑顔を向けられる。私たちには眩しすぎる。私もマギアも顔を赤くして、二人に笑われてしまった。
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二人に別れを告げて、家を出る。まだ昼だったが、ピルニは魔法具で作った花火を上げてくれた。
そのまま別の街へ向かって行ってもよかったが、そういやこの街では何1つ情報を得る前にピルニに拉致されていたことを思い出し、昼食を買いがてら街を見て回るとマギアが言う。しかし、私はずっと上の空だった。
「フィリア、何食べたい?」
「……マギア」
「ん?」
「『魔力譲渡』ってキスが必要?」
マギアは盛大に咽せた。顔を赤くし、私をじと……と睨む。睨まれる筋合いはなかったので、私も目を合わせたままだ。
「……体内に魔力を入れられればなんでもいいんだが、術式を認識する脳から近い口移しが一番安全だ」
「私の魔力なら足りる?」
「た……足、りる、けど……」
どうやら、本格的に私が『魔力譲渡』が使えれば、マギアの目的は達成できるらしい。
……ただ、1つ問題がある。魔力譲渡にキスが必要とわかった時に私の中に生まれた不安。
「ハーデンベルギア王国の王族はキスをしてはいけない」
もう私には関係ないのに、もう戻れるわけがないのに、情けないことだが私はまだハーデンベルギア王国の呪縛から逃れられないらしい。
その間、じっと彼を見ていたからか、じわじわとマギアは汗をかき始めていた。睨んでいた目はどんどん眉が下がり困っているような顔。口元に視線が集中してしまう。
「マギア」
「な、んだよ」
「……好きな人、いる?」
「……」
彼はもう赤くなれないんじゃないかってくらい顔を赤くして、私を見つめた。
「その顔……いるの?」
「教えない」
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。今度は私が睨む。マギアは私の頬を掴んで「ほら、行くぞ」と手を引いた。なんだか上手くはぐらかされてしまったが、もし、もし彼に好きな人がいるのだとしたら、私とキスをするのは嫌だと思う。
でも、この憎い魔力でもマギアの力になれるのなら……
繋いだ手を握り返す。出来ることなら、どうか、私に彼を救える権利があって欲しいと願った。
次回更新は 6月21日 19:00です。
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