旅の目的
ヘラヘラ飄々とした魔女(※男) × 内気だけど頑固な世間知らずお姫様
密着しないと魔法が使えない二人がイチャイチャして美味しいものを食べながら
魔法とは何かを紐解くお話です。
#魔女リス
2023年6月17日〜6月28日の間で毎日19:00に更新中!
目が、覚める。
『災厄の魔女』怖い怖い魔女のお話。お母さんが好きだったから、私も好きだった。
次に気づくのは、私が暮らしていた城の離れの硬いベッドではないこと、お日様の匂いがするふかふかのベッドだ。思わず、そっと枕に顔を埋めてみる。昨日はこの部屋に入ってお互い無言のままベッドに倒れ込み熟睡してしまったので、ふわふわを堪能してみた。
次に、目線を動かして部屋を確認する。2つのベッドと、簡素なバスルーム、バルコニーもあるここは、街の中でもだいぶ良いところの宿と言っていた。向かいの壁に設置されているもう1つのベッドを見る、黒い髪、寝息が聞こえるから、まだ寝ている。
……『災厄の魔女』と、彼は言っていた。ハーデンベルギア国が憎み、そして恐る魔女。でも、あれは何百年も前の話だし、そもそも絵本。しかも彼は男……でも、指を鳴らすだけで魔法を使って、地下から脱出したのも事実だ。昨日の夢みたいな出来事は、現実なのだろう。彼が寝返りを打ったら包帯が見える。あれも、魔法で出していたものだ。
そのまま、私はゆっくりと昨日の出来事を反芻してみることにした。
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文字通り命からがらの大脱出の後、移動してきたのはハーデンベルギア国から一番近い街だった。夜でも開いていた質屋に眼鏡を換金しに行く際、災厄の魔女は一人で行ってくるから待ってろと言う。見知らぬ場所に一人で置いていかないでほしいと言うと「いくら国の外だと言っても、お前は皇女だろ」と呆れられる。顔を知られている、と言う意味なら、そもそも公務をさせてもらえていないから大丈夫と答えた。
「魔力があったせいか?」
「そう」
「難儀なこった」
何か危険だと感じたらすぐに《逃げろ》と言え、とどちらが命令しているのだというような会話をした後、質屋に入る。こんな時間に珍しい、と眼鏡をかけた男性は、私を見て目を見開く。ギョッとしたのは災厄の魔女の方。それ見たことか!と言うような顔をこちらに向けて、男に見えないところで指を鳴らす準備をしているが、男性はしばし固まった後、ハッと我にかえり、ぽっと顔を赤くして目を逸らした。バレてはいないようだが、どうやら災厄の魔女は何かを察したようで、こちらを一瞥する。「……まあ、無理はない。どうやらバレてはないな」と耳打ちされた。どう言う意味なのだろうか。
店主は、差し出した私の封魔具兼眼鏡を見て、また固まった。しばらく眼鏡をまじまじと観察している店主、そこで気づく、私の顔を知らないとしても、この眼鏡がハーデンベルギア王国の第三皇女に渡ったのを知っている可能性はあるのではないか?災厄の魔女も、まずいなと思ったのか、口を挟む。
「それなりの値打ちになると思うが」
「買取は……厳しいかと」
「は?そりゃ、新品じゃないが、値がつけられないようなものでは……」
「いえ、逆です、こんなに立派な『封魔具』に一端の私が値をつけるなど……それに、今手渡せるお金では絶対に足りません!」
『封魔具』。隣の彼の腕にもついている魔法を使えなくする道具。彼も封魔具について知りたいのか、カウンターに肘を置き、店主に話しかけ始めた。
「その『封魔具』ってのはどう言うものなんだ?」
「え、知らないんですか?お客さん……って、その腕輪!」
「これもそうなんだろ?」
「と言うことは、旅行者ですか、新婚旅行ですか?」
「あ?」
「災難でしたね……それ、自力で外すのはほぼ不可能なんですよ」
「……外せ、ない?」
彼は眉を顰める。魔法を使える者にとっては死活問題なのだろう。確かに、彼の腕輪は物理的に外せるような構造には見えない。リボン状の金属が継ぎ目もなく腕に巻かれている。お父様が昨日旅行者につけていたものも、よくは見えなかったが、お父様がカチリとそれをつけた後は継ぎ目がどこにも見えなかった。
「ここら辺で封魔具が流通しているのは、近くのハーデンベルギア王国です。きっと旅行の際に魔法を使ってはいけないことを知らずに使って、それをつけられた……といった感じでしょうかね?」
「……まあ、そうだ。なんとかして外したいんだが」
「うーん、手っ取り早いのは王国に頼んで賠償金を払い外してもらうことですね」
「いや、国は……」
彼は次の言葉を噤む。この街と王国は100キロ程離れている筈だ。普通は馬車でゆっくりと移動して1日かかる距離。王国の崩壊は今から1時間程前、今私たちが国の惨状を知っているのは理論的に不可能だ。私だって、彼がどのような魔法を使って移動したかわからない。
話が平行線になってしまった。少しの沈黙の後、店主は苦笑いをして「少し長話になってしまいますがね」と話を続けた
”魔法”とは”魔力”を使って『この世に無いもの』を作る力である。
それは無機物でも有機物でも様々だ。食べ物も、服も、家も。複雑なものを作るには、そのものの構造を全て理解する必要があるが、構造さえ知っていればお金も宝石もなんでも作ることができる。
魔法を使うには、術式を覚える必要があり、それを杖や指などで術式を書くことで発動する。杖の先から出力する魔力が術式に溶け込み、初めて魔力が変異する。術式の精度が高ければ高いほど魔法の精度も上がるし少量の魔力で発動できる。
しかし、万物とはいかない。体内に存在する魔力、それ超えるものは作れない。魔力は、魔法を使うための体力や精神力ではなく、『この世に無いもの』を作る材料なのだ。万物になれる材料があったとしても、それを少量しか持たない者には作れるものは限られている。魔力は健康的な生活をし、よく食べよく眠ることで回復はするが、体内に保有できる魔力の量は変わらない。
「……そして、体内魔力が封魔具によって吸い取られてしまっているので、お兄さんは魔法を使えない、と言う訳です」
「魔法で壊せないのか?」
「魔法使えないでしょ」
「あー、コイツも魔法使いだ、こいつなら壊せるか?」
私を指す、魔法は使えないが、彼が私の中にある魔力を使って魔法を使うことはできる。ややこしくなると思ったのでコクリと頷いてみた。店主は私をじっとみてから、腕を見る。
「貴方は腕輪つけられてないみたいですが」
「コイツは魔法を使わなかったからバレなかったんだ。杖も持たない」
「へえ、でも無理ですね」
「何故」
「あまりにもここに泣きついてくる旅行者が多いので、王国に書簡を渡したんですがね、つけられた本人の、体内魔力でしか自力でしか外せないように術式を組み込んでいるそうです。他者の魔法でどうにかなるものではないらしいですよ」
「……確かに、魔法が嫌いなハーデンベルギアの封魔具だ、魔法使いがポンポン外せてしまったら元も子もないか」
簡単に外せたら苦労はしないと思っていたが、と彼は頭をかく。
それにしても、城の外に出てから、色んなことが目まぐるしく起こっている。魔法について、魔力について、封魔具について……今まで教えられてこなかったたくさんの知識が頭に詰め込まれていく。
「先ほど話した魔法の原理を応用し、魔力と術式を封じ込めたのが『魔法具』。そして、それを応用したのが『封魔具』です。この眼鏡にも術式が組み込まれていますが、王族のような高貴なお方しか使わない術式がたくさん盛り込まれていますので、話は戻りますが、街の質屋では手に余ります。それこそ、ハーデンベルギアの王族御用達の買取屋などを使っていただければ……」
「ううん……そうもいかないんだが……」
どうやら、相当な価値らしい。宝石がたくさんついているからお金にはなるとは思っていたが……災厄の魔女は、ブツブツと呟いている。別の街に……とかもう店やってないだろうから……とか、彼が一度ふらりと立ちくらみをした。倒れないようにシャツの裾を掴んだら、それに気づいたようで「大丈夫」とだけ言って、また思考し始める。そういえば、応急処置しかできないと言っていた。あんな業火の中にいたのだ、体力が消耗していない筈がない。とにかく、この人を休ませてあげられるくらいのお金だけあればいい、それなら……
私はカウンターにある眼鏡を手に取る。そして、眼鏡のツルをぽきんと折った。
「あーーーーーーっ!!」
「おま、何を!」
その衝撃でパラパラとツルについていた宝石が落ちる。そこまで頑丈につけられていないようだった。それをスッスッと摘んで、店主に見せる。
「これだと、いくらでしょうか」
「は、はひ……?」
「今日の宿代と……明日の朝ご飯があればいいんですよね」
魔女に向かって聞いてみる。どんだけ豪華な朝ごはんを食べるつもりだ!と言われてしまった。
放心状態の店主はおそらく相応の値段をつけ、宝石数粒を買い取ってくれた。残りのメガネと宝石はポケットに突っ込んでおく。今度からはここから1つずつ宝石を取って換金しよう。
逃げるように質屋から出て、宿屋で部屋を取る。もうとっぷりと夜中になっていた。部屋に入って、ベッドを見た瞬間、お互いに顔を見合わせて「とりあえず寝よう」とベッドに飛び込んだのだった。
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ふかふかのベッドから名残惜しいが出ることにする。窓の外を見ると、日はだいぶ上の方にあった。昼の少し前だろうか。窓を開けて、バルコニーに出てみる。日差しが肌を照らしていて、そよ風が髪を撫でる。気持ちのいい午前中だ。
「おはよう、第三皇女」
低くて優しい声。後ろを向くと、大きなあくびをしている災厄の魔女が立っていた。バルコニーにはもう1つ外用の靴が置いてあったから、彼のいる方へ渡す。それに気付いたのか、彼もバルコニーに立って、大きく伸びをした。
……改めて、彼をまじまじと見てしまう。深い赤の目、少しゆるっとした癖っ毛の髪、細身の体。本当に、絵本の災厄の魔女の見た目に似ている。きっと彼女が男の人だったら、こんな姿だったんじゃないだろうか。
「そんなに見ちゃ穴あくぞ」
「えっ……い、痛いですか?」
「ばぁか」
こっちを見てフン、と鼻を鳴らして笑う。「冗談に決まってるだろ」と揶揄ってきたと思ったら、彼のお腹が大きく鳴って、今度は気まずそうに頬をかく。……なんだか、そんな所を見ていると普通の人みたいだ。少しおかしくて顔を逸らす。すると私も同じくらい大きくお腹の音が鳴ってしまい、顔が赤くなってしまった。災厄の魔女はクスクス笑っていた。
「朝ごはん、食べに行こうぜ」
「……はい」
私たちは軽くシャワーを浴びて、服は魔法で煤や塵を落とす。そんなこともできてしまうのか。
宿に備え付けてあった外出用のコートを羽織り、外へ繰り出した。
街は、昨日の瓦礫が崩れる音や燃える炎の音とは違う、心がおどるような賑やかさだった。
ゆっくり地面を踏み締める。料理を売る屋台からはどれもいい匂いが漂ってきて、思わず全て買って食べてしまいたい衝動に駆られる。昨日は宿に入ってすぐに寝入ってしまったから、おおよそ半日ぶりのご飯になるのか。
「何か食べたいものはあるか?お姫サマ」
その言葉に、今度はしっかりと街に広がる屋台のご飯を吟味する。分厚いステーキ肉が挟まっているサンドイッチ、魚を丸ごと串に刺したであろう姿焼き、コロコロとした丸い菓子のようなものもある。目に映るものが新鮮で、鮮やかだった。思わず目を瞑ってしまいたくなるほど、眩しかった。
答えに迷ってしまって、隣の魔女を見上げた時の顔はウキウキワクワクと周りを見渡していた。私か、それ以上にこの光景に興奮しているのかもしれない。多分、見た目をみると私より5歳くらい上なんだろうけど、目がキラキラしている姿は少年のようだった。
「……貴方が食べたいものは何?」
「俺?そうだな……この肉のサンドイッチも魚も美味そうだし……」
「このコロコロのお菓子もかわいい……」
「それはマカロンだな、本で読んだことある」
そんな何気ない会話をしていると、急に彼の顔つきが険しいものになる。「どうしたの」と聞こうとしたら口を塞がれて人通りの少ない裏路地へと連れていかれる。彼は私を目を合わせた後、先程いた路地の方に目を向ける。服装から貴族だろう人が慌てる使用人のような人と神妙な面持ちで話している。ピンときた、きっとハーデンベルギア国の知らせがやっとここにも回ってきたのだろう。
「城の奴は……いないか」
「見つかったらまずいの?」
「そりゃそうだろ、俺は側から見たら第三皇女を誘拐した魔法使いだぞ」
「で、でも助けてくれたじゃない」
「アイツらは魔法使いに対して聞く耳を持たない」
……確かに。昨日、パン屋でボヤ騒ぎを起こした魔法使いは、多分悪意なく助けようとして、それでも、お父様は封魔具をつけて国から追い出していた。
国に戻ったら、どうなるんだろう。復興を手伝えたらいいけど、そもそも、国に、家族に、捨てられたのだ。今見つかったら彼は犯罪者で、私も国に戻れない、なんて最悪のパターンだって起こりうる。
もし、今私一人でどこかに放り出された時、どうなるんだろう。質屋に連れて行ってくれたのも、宿を取ってくれたのも全部彼がやってくれた。なんとなくお金を払うことは知っていても、やり方まではわからない。それに、何を目的として生きればいいの?国に捨てられて、国民の笑顔のために働くなんて曖昧な希望さえも打ち砕かれて、世間知らずで世界を知らない私は……
「おい、第三皇女、聞いてんのか」
頬を片手でつままれる。災厄の魔女はブスッとした顔で私を見ていた。ほっぺをむいむいとされる。
「……ふぃいへまへんでふぃた」
「そのまま喋んなよ、面白いな」
呆れたように魔女は笑って、手を離す。
「どこか店に入ろう、外で鉢合わせて周りに魔法を見られるのはまずい」
「そ、そうですね」
「昨日も言ったとおり、危険だと思ったらすぐに《逃げろ》と言え。あとは俺がなんとかするから」
そう言って裏路地を歩いていくのに私はついていく。彼はきっと、私が命令できて、魔力がたくさんあるからそばに置いてくれている。今はまず、災厄の魔女について行こう。少しだけ、この魔力に感謝をした。
「いらっしゃい!」
カランカランと言うドアに備え付けられた鐘が鳴った後に、元気のいい女性の声、カウンターの下から妙齢の女性が顔を出した。
「珍しいね、この時間に客が来るなんて、ゆっくり見ていきな!」
「そうなんですか」
ここはパン屋みたいだ、小麦の香り、焼きたてのパンの匂いが鼻をくすぐる。屋台の色とりどりの匂いと違って、落ち着いてるけど安心する匂い。魔女も少し顔つきが緩んでいるように見える。
こじんまりとした店内だが、壁に沿っていろんな種類のパンが陳列されている。バゲッドやナッツが入っているもの、スコーンもある。
「今の時間は屋台に人が吸い寄せられちまうからね〜せっかく朝の補充で”焼きたて”が出る時間だってのに」
そう言って厨房の方からぬう、と巨大な男が顔を出す。思わず固まってしまった。私は150cmくらい、災厄の魔女でも180弱くらいはあるはずだが、彼が見上げるくらいの男だ。しかし、彼は器用に小さく見えるトングとトレーからパンを並べていく。香りは一層強い、これが”焼きたて”なんだろうか。
「よければ買ってってくんな!うちの夫が作るメロンパンは世界一だよ!」
「メロンパン……?」
「おいおいお嬢ちゃん、知らないなんて冗談はよしてくれよ」
「メロンはフルーツで、パンはこれだろ」
知らない単語を聞き返したら、災厄の魔女はサラリと答える。彼が「しかし、確かメロンは緑色だったはず、これは黄色だな」と首を傾げていると、女性と巨大な男は顔を見合わせてあっはっはと笑った。
「とんだ世間知らずな二人だね」
「どうだ、形が崩れて売り物になれないやつの切れ端だが」
巨大な男は丸いパンの8分の1程度のものを私たちに渡してくれた。お金を払おうとしたけど試食だと言って受け取ってくれなかった。まだほんのりと暖かく、焼きたてのほのかに甘いパンの香りがするそれを恐る恐る口に運んでみる。ザク、と上の黄色い部分が先に解け、後から下のパンがふわふわと合わさる。魔女と顔を見合わせて、残りの部分を全て口に入れ、食感の楽しさを楽しみながらゆっくりと味わう。メロンの味は……メロンを食べたことがないからわからなかったが、とにかく。
「……うま」
「美味しい……」
「滅茶苦茶いいリアクションするね、二人とも」
「作った甲斐がある」
「これ、ください。2つ」
即決だった。丁寧に紙袋に2つ包んでもらって、店を出る。魔法で帰ろうかと聞かれたが、ここらへんの地域もおそらく魔法をそこまで歓迎していない地域だろう。こっそりと宿まで歩いて帰る。こんなに歩いたのさえ久しぶりだ。
部屋に着くと、彼は自分のベッドに腰掛けて、隣に座るよう促す。この部屋にはテーブルがないからここで食べるようだ。ベッドの上でご飯を食べるなんて初めてでドキドキする。
「流石に冷めちゃったな」
「魔女さん、《温められる?》」
会話のつもりだったが、魔女の首輪はきらりと光った。彼はニヤリと笑って、パチンと指を鳴らす。すると紙袋の中が膨らんで、プシューと空気が抜けた。
「魔法を使って加熱をする方法はいくつかある。火自体を出すこともできるが、メロンパンが焦げたら嫌だからな。紙袋の内側に空気の膜を張って、中で水と熱エネルギーを生成、蒸気を発生させる。あとは空気の流れを作って……」
ペラペラと魔法の原理を話しているが、ほとんどわからなかった。魔女が頭がいいことはわかったけど。
紙袋を開けるとふわりと温かいパンの匂いがする。手で持つとさっきまで普通だったのに、ずっと持ってると熱くなるくらいの温度だ。
2つに割ってみるとザクザクと上の部分が崩れ、パンの断面からも湯気が出ている。思わず、いただきますも言わないで口に運ぶ。さっきの美味しさがまた口いっぱいに広がって、バターの香りが鼻を抜ける。二人で夢中になってメロンパンを頬張った。
「はあ〜……ご馳走様」
「美味しかったです」
「こんな美味い飯何年ぶりかな……」
……なんだか、こんな会話をしているとまるで普通の友達のようではないか?家族でさえ周りにいなかった私に友達なんてのもいる筈はなかった。本でしか見たことのない、一緒におしゃべりをして、ご飯を食べたりして、たまにお泊まりなんかしちゃったりして……災厄の魔女はヘラヘラ笑ってる。つられて、顔が綻びそうになる。
「そういえば、貴方はどうして地下にいたんですか?城の者もほとんど入れない場所なのに」
「あ?俺がいたから入れなかったんじゃね?」
「え?どういう……」
「10年、あの地下に閉じ込められていたんだよ、俺」
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「……え?」
私は目を見開いて、彼を見てしまう。それを見て、彼は真顔で話し始めた。
彼は13歳の頃に、あの国で魔法を使った。それを国王に見られ、封魔具によって魔力を奪われ、王城の地下に囚われた。簡素な食事、ボロボロの部屋、湿気ったベッド、唯一の救いは地下に、魔法の原理や術式について書かれた本が大量にあることだった。魔法を魔法と呼ばない国、所謂東洋の方の巻物まであった。言葉も文字も千差万別だったが、それをも理解して全て読んで術式を覚えたそうだ。
彼は、何か罪を犯したのだろうか。それとも、魔法が使えるから?……それとも、『災厄の魔女』だから?
魔法を使えなくされて、地下に囚われ、劣悪な環境に身を置かれていた。そんな原因を作ったハーデンベルギア国、元王族であった私のことも、恨んでいるのかもしれない。
心臓が、ずくずくと痛む。私を助けてくれた災厄の魔女が、私の国のせいで、苦しんでいた。私にはどうにもできない、預かり知らぬ所であることはわかっていても、10年、私の近くで彼が苦しんでいたことが、どうしても辛かった。
……今この状況で、私を魔力として必要としてくれていることが、何もない私にとって唯一の心の拠り所なのに……
「……あの」
「何」
「貴方は……これからどうするんですか」
「まずはこの腕輪と首輪を外す手段を探す。一人で魔法を使えないと」
……彼が、一人で魔法を使えるようになったら、私は……
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2日目
朝から、街は騒がしかった。やっと街の人にもハーデンベルギア王国の惨状が伝わったのだろうか。昨日の時点でそれを察していた災厄の魔女は、今日は宿で過ごせと言い、あらかじめいくつか軽食と本を買っていた。
ざわざわと街の人が慌ただしく動いている。空はどんよりと分厚い雲が覆い、昨日の晴天が嘘のようだ。バルコニーから部屋にいる彼をそっと覗く。数冊の本をベッドに腰掛けて読んでいる。真剣な顔、邪魔しちゃいけない。
一人になった。あの城での暮らしと同じだ。毎日同じことを繰り返して、ただ、自分が生きる最低限度に体を動かす生活。ぼーっとするのも、考え事をするのも、城の時はすぐ時間が過ぎていったのに、今はどうしてか、雲の流れが遅い。
雲を眺めていると、鼻の頭にポツと、水滴が落ちる。たちまち雨は土砂降りになり、私の体に雨粒が叩きつけた。部屋の中には戻れなかった。初め、ここに来たのも、彼と一緒にいたらいつか自分を、自分の国を恨んでいると言われるかもしれないと思ったら、きっと耐えられなかったから。それなら、昨日の思い出を幸せに抱えて、……このまま、寒さに凍えて意識を手放せれればいいのに。
「わ」
「ほら、戻るぞ」
コートを被せられて、腕を引かれる。三つ編みにまとめている長い髪も、服もずっしり水を含んでいるから、部屋に足を踏み入れると床がベチャベチャになってしまった。バスルームの方からバスタオルを持ってきた彼は、コートを肩にかけてから頭を雑に拭かれる。
「何してんだよ、雨気づかなかったのか?」
「……」
俯いたバスタオル越しは、床と彼の着ているシャツしか見えない。本の邪魔をしたくなかった、と言いたかったのに、うまく言葉が出なかった。城でもそうだった。何か言おうとしても、相手がどう反応をするかわからなくて、怖くて喉に突っかかる。昨日はちゃんと会話できたのに、少し前の自分に戻ったみたいだ。
「第三皇女」
「……っ!」
屈んで、顔を合わせられる。そんなことをしてくる人は今までいなかった。思わず後退りしたら、濡れた床を踏んで後にすっ転んでしまった。
「きゃあ!」
「うわっ!おい、平気か?」
「……へ、いきです……ベッドだったので」
「いやでもそれ……あ〜、ベッドずぶ濡れじゃねぇか」
運よく倒れ込んだのは私が寝ていたベッドだったが、ずぶ濡れの私が思い切り体重をかけてしまったからシーツもマットレスも布団も水を吸ってしまった。この天気じゃ乾くのにも時間がかかりそうだ。
「ご、ごめんなさい……」
「……どうした。考え事か?」
災厄の魔女はベッドから起きあがろうとする私に覆いかぶさるような形でベッドに手をつき、こちらを見る。目を逸らしたかったけど、彼の赤い目に見つめられると、見つめ返すことしかできなかった。
「『災厄の魔女』が怖いか」
「えっ」
なんて答えればいいか迷っていたら、彼の方から先に言葉が出る。しかも、全くの別方向からの問いに、思わず素っ頓狂な声が出る。
「地下牢に入れられていたような怖い魔女、今更怖いって思ってもお前の魔力は……」
「ちょ……ちょっと待ってください……もしかして、貴方は私が怖がっていると思っていますか?」
「だってそうだろ、昨日の話から急によそよそしくなりやがって。最初に言ったよな?災厄の魔女だって」
「え……それじゃあ本当に?結構お若く見えますね……」
「絵本の魔女みたいに指鳴らすだけで魔法を使えるから言われてただけ、俺は23だ」
「そ、その、怖くはないです。寧ろ助けてもらっているので……」
今度は災厄の魔女が面を食らった顔をする。
「じゃあ、何ぼーっとしてんだよ」
「えっと……これから、どうしよっかなって……自分の国が崩壊して、やりたいこととかもないですし」
モゴモゴと話してみた。彼が私を恨んでいるかどうかは聞けなかったが、これも悩みの1つだ。彼は大きくため息をついて、私を起き上がらせる。
「とりあえず、着替えろ。風邪ひくぞ」
「は、はい……」
「メイドにやってもらってたから出来ないとか言うなよ。そこまで面倒見ないからな」
「いえ、メイドはいませんでしたから、私一人でできます」
「ふーん、お姫サマのくせに逞しいな」
「……そうですか?」
周りのことを全部自分でやらなくてはいけない、というのは王城内で馬鹿にされていたのだが、彼は感心したようだ。髪を拭いてくれたバスタオルを受け取り、お風呂に入る。意外と体が冷えていたようだ。じわじわと体が温まっていく感覚に浸ってから、ワンピースタイプの寝巻きを着る。昨日は服のまま寝てしまったから着ていなかったが、なかなかいい着心地だ。三つ編みも解いて部屋に戻る。本の続きを読んでいた魔女はバスルームから出てきた私に気づいて顔を上げるが、すぐにフイと逸らした。耳が少し赤いのは気のせいだろうか。
部屋は私のベッドがすぐ乾くように立てかけてあった。今日はここでは寝られないだろう。
「魔法で乾かすこともできるんだが、街の騒がしさを考えると今日はおとなしくしておいた方がいい。魔力を感知できる魔法具ってのは存在しているからな。この街が魔法を使わないのなら、ここで魔法を使う奴らは十中八九俺らだ、明日には乾くと思う」
「わかった。別の部屋取る?」
「さっき聞きにいったが、この雨で今は満室らしい」
「じゃあ、二人でベッドで寝なきゃいけないね」
ゲホゲホと、魔女が咽せる。
「馬鹿か?」
「狭いの嫌?嫌なら私床で寝るけど……」
「そういう問題じゃないんだが……というか普通逆だろ」
「魔女さんは怪我してるからちゃんと寝てください」
何度かの押し問答の後、私が言った「私達がここにいるのがバレた時、近くにいる方が逃げやすい」という言葉に魔女は折れたようだ。少し広めのベッドは、二人で寝ると流石に狭くて、背中がくっついてしまったけど、本で見た友達同士のお泊まり会みたいで、少しだけ嬉しかった。
「明日、別の街に行く」
明かりを消して、しばらくしたら、背中越しに、災厄の魔女がつぶやいた。「わかった」と答えようとして、気づく。
……もしかしたら、彼はもう封魔具を壊す方法を知ったのかもしれない。そうしたら、一人でも魔法を使える。
私は、寝ているふりをした。「別の街に行くのは、貴方だけ?」と聞くのが怖かったから。
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3日目
朝、昨日の雨が嘘のように、からりと晴れた気持ちのいい朝だった。
隣に寝ていた災厄の魔女はいなくなっていた。
不思議と動揺は少ない。服のポケットに入れていたメガネはそのままだった。確かお金も自分で作れるんだっけ、それならいらないか。
服を着替えて、髪を纏めて、バルコニーに出る。そよそよと流れる風が三つ編みを揺らして長閑な朝だった。
「……誕生日おめでと、私」
18歳、ハーデンベルギア王国では成人となり、王族は政治に関われる歳。ずっとこの日を楽しみに、生きていた。8歳の私に魔力があることがわかり、城から隔離されてから10年、この日をどんなに待ち望んでいたか。
「本当に何にも無くなってしまったのね」
バルコニーの手すりをぎゅうっと握る、子供の頃の誕生日は、誰も祝ってくれなくて泣きながら歌を歌ったっけ。城の離れには、料理のレシピ本があった。その中にあった、白と赤のケーキを囲んで誕生日を祝う人たちの絵。そのケーキのレシピは載ってなくて、ずっと憧れで……
「何歌ってんだ、第三皇女」
「……えっ…………え!?」
災厄の魔女がバルコニーの窓から顔を出して、怪訝な顔をしている。
「なんで、いるんですか……」
「あ?いちゃ悪いかよ」
「だ、だって、昨日別の街に行くって……」
「いや行くけど、何?」
首を傾げて、魔女はバルコニーに降りてきた。大きく猫みたいに伸びをして、私を見る。
「お前今日誕生日なの?」
「な、なんで、それを……」
「ハッピーバースデー歌ってたから」
「……子供の頃から、祝ってくれる人がいなかったので、自分で歌ってました……」
どうやら、いつの間にか歌っていたようだ。全く無意識だったので顔に熱が集まってくる。さっきまで、いなくなったことへの心の整理をしていたのに……まあ、全然出来ていなかったけど、今、災厄の魔女が隣にいることに情緒が乱される。
「何」という彼の言葉で我に帰った、どうやら彼のシャツを無意識に掴んでいたようだ。
……ああ、縋っているのか、私は。『災厄の魔女』に。
「ただの歌だけじゃつまんないだろ、第三皇女」
パチン、と指を鳴らす。命令はしていない。それなのに、彼の手からはポン、と花冠が出る。
「わ……て、あれ?私命令してないです」
「どうやら、この魔法だけは魔力や命令関係なく出来るみたいだな」
「お花を作る魔法……?」
「いいや、種を芽吹かせる魔法だ。花を1から作るのは難しいんだけど、種を芽吹かせるための植物ホルモンを魔力で作るのはごく少量しか使わない。なんでこの魔法だけできるんだろうな」
白と青と薄黄色の花、災厄の魔女は丁寧に花冠の形を整えて、私の頭に被せる。少しだけ顔が近くなって、目線が交差する。彼はニッと笑った。
「……貴方って、キザね」
「はぁ?」
「……ふふ、冗談、ありがとう」
さっきまでの冷たい気持ちが嘘みたい。口元が綻んで、笑顔になる。
すると、彼は少しだけ固まって、みるみる顔が赤くなった。
「……?あの……」
「なんでもない、喜んでくれて何より」
「お城から助けてくれたのも、宿を取ってくれたのも、一緒にご飯を食べてくれたのも、ありがとう、ええと、災厄の魔女さん」
「……マギアだ。名前」
慌ててそっぽを向く彼から発せられた言葉。そういや、一緒にいてしばらく経つのに、名前も聞いていなかったことに気づく。
「じゃあ、マギア。私はフィリア、フィリア・ハーデンベルギア」
「……フィリア」
「うん。もう第三皇女でもないから、名前で呼んで」
「フィリア」
「うん」
「……言っておくが、置いていったんじゃないからな」
ギクリと心臓が跳ねる。ムスとした顔のマギアは持っていた紙袋を見せる。
「朝早く出かけてたのは花屋に寄るため。それと……」
紙袋からは小さな茶色い箱が出てくる。「優しく開けてみな」と言われて、そろっと箱を開けてみる。
箱の中には、白と赤のケーキが2つ入っていた。
「……これ、白と赤のケーキ……」
「なんだそれ、ショートケーキな。昨日本買った時にチラシ挟まってて、美味そうだから買ってきた。誕生日なら丁度いいだろ?」
「うん!食べたい!」
「お、おお、そんなにか」
「一緒に食べよう、マギア」
一緒に買ってきてくれたステーキ肉のサンドイッチと魚の姿焼も一緒に、まるで誕生日パーティーのような朝食をとった。私がずっと憧れていたショートケーキというものは、ふわふわで、甘くて、それはもう美味しかった。今までの誕生日の辛い思い出が全て上書きされていくような、そんな気持ち。一緒に食べてくれたマギアもキラキラとした顔でサンドイッチを頬張り、美味しそうに顔を綻ばせていて、ずっとこんな時間が続いてくれればいいのにと願ってしまった。
豪華な朝食をとり終わって、これからの話をする。《紙とペンを出して》と命令して、マギアは私にもわかるように、作戦会議をする。
「最初に、俺の目的を遂行するためには魔法が使えなきゃ話にならない。特に移動に関してだな。追われている身、そしてここら辺の街で魔法が嫌われていることを考えると、各地を転々としないとダメだ」
「はい」
「……フィリア。何もやることがないのなら俺の旅について来い」
彼は真っ直ぐに私を見つめる。
「……お前の魔力を使わせてもらう、その代わり、しばらくの身の安全は補償してやる」
私は、俯いてしまった。嬉しくて、嬉しすぎて。
自分の役割が出来た事も、自分を助けてくれたマギアの力になれるのも、嬉しかった。
何もない私のしばらくの目的は、マギアについていくことになった。
じわ、と目が潤んだのを隠したくて、目をぎゅっと瞑りながら何度も頷く。「よし」と小さくマギアが言った。
「この旅の目的は『俺の封魔具を外す』。昨日、質屋の店主が言っていた腕輪の封魔具を外す方法。1つは、王国へ戻って金を払う。しかし、それは出来ない。だから、もう1つの案、俺の体に魔力を入れる。腕輪に魔力を吸い取られると言ってもラグがある。だからその前に魔力を体に入れて、魔法を発動すればいい」
「……それなんですが、マギアは私の魔力でも魔法が使えますよね?それで壊すのは」
「店主が言ってただろ、『つけられた本人の、体内魔力でしか自力でしか外せないように術式を組み込んでいる』って。あれは魔力の活用法の一種だ。こっちの国ではあまりメジャーではないようだがな」
魔力は万物になる材料、それを変異させ、外に出力させて多種多様な魔法を作る。
そして、もう1つの使い方、魔力は体内にある状態で、変異させることが可能らしい。
とは言っても、不思議な力というわけではなく。体の細胞組織や神経に働きかけて、例えば傷を治すとか、足を速くするとか、別の国では「ツボを押す」「ドーピング」とも呼ばれているようなものだという。指定の術式を脳で想像し、体内の魔力に染み込ませる。
但し、魔法は基本外に術式を書いて使うもので、理由は、複雑なそれを脳に伝達させるためには視覚の認識が一番早いから。杖や紙とペンを使わず魔法を使う、というのは至難の業、加えて体の魔力のほとんどを変異させるのだ、術式は複雑怪奇、封魔具の解除に必要なのはその魔法だった。体内魔力で内側から封魔具の術式を破壊する。それを想像だけで作るのは、思いついても出来ない、というのが現状だと、確かに、頭の中だけで複雑な式を考える、とか簡単に出来るようなものではなさそうだ。
「それこそ『災厄の魔女』でもない限りはな」
「それじゃあ、マギアの体内に魔力さえ渡れば、体内の魔力をそのまま魔法に出来るってことですか」
「そういうこと。ついでに、お前の体内の魔力もその魔法が発動されているぞ」
「……え!?」
急な新事実に、思わず声を荒げる。もしかして、地下での炎や煙が私に寄ってこないのは、それが原因だったのだろうか?
「だいぶ複雑だがな。身の危険や死の危険を本能的に魔力が察知して回避されるようになっている。まあ、普通の人はそんなガッツリ効果が現れるわけではないんだが、魔力が規格外だとそんなことになるんだな」
「じゃあ、刺客に刺されても急所を外れていたりするのとかも全部そうだったってことですか?」
「おい、なんだそれは」
「数回ですよ」
「……何回かあるのかよ」
執事や使用人がそばに居ないために、誰も来ない城の離れからたまに城の方へ用事を済ませる時は、そのような危険と隣り合わせだったのだ。皇女の身である以上、避けられないことだとお父様は言っていた。奇襲のような形で腕や腹を数回、それでも生きていたのだから、周りの人には気味悪がられていた。
マギアは、なんだかよくわからない顔をしていた。複雑な、心配とか悲しいとかそんな顔?でも、あまりみたくないと思ったから、大丈夫だよって笑顔を返す。
「危険だと思ったら俺のそばから離れないこと、わかったか」
「うん、そうじゃないとマギアも魔法が使えないもんね」
今度は眉間に皺を寄せる。首を傾げてると、大きなため息をついて、話を作戦会議に戻す。
「あ、私の魔力をマギアが魔法でもらうことは出来ないんですか?」
「それは出来ないな。魔力を与える魔法はあっても、魔力を奪う魔法は無い。そんなのがあったら力の強い魔法使いが魔力を独り占めしてしまうだろ」
「それじゃあ、私が魔力を渡すことは可能ってことですか?」
マギアは淡々と魔法について話していたが、その言葉を聞いて、しまった、という顔をしてから目線を泳がせる。もごもごと次の言葉を話し始めた。
「……できるっちゃ、できる。『魔力譲渡』は魔法として存在している」
「それじゃあ、それを覚えれば……」
「問題は2つだ。1つは、術式が難しいのに加えて、杖を使えない。魔力譲渡は、さっき言った体内魔力を変換させて相手に流すものだ。治癒や暗殺によく使われる。複雑怪奇な術式を寸分違わず想像するってのを、魔法を使ったことすらないペーペーのお前がやるのは無理」
「じゃあ、魔法具は」
「地下で読んだ本には無かった。それに、術式を全部魔法具に入れるんだとしたらとんでもない大きさになるぞ」
マギアは両手をいっぱいに広げる。ということは、私がもし魔法を使うのだとしたらそれくらいの術式を全て覚えなくてはならないのか。しかも何も使わず。
「頑張って、勉強します」
「無理だって」
「他の方法も探しつつ、私は私で頑張ります。問題のあと1つはなんですか?」
マギアはまた目線を泳がせる。今度は私が見つめる番だ。彼の助けになれる第一歩なのだから。
「……今はまだいい、とにかく、魔法をちゃんと使えるようになってからだ。何事も基礎から覚えろ」
「うん、わかった。マギア先生」
「やめろそれ」
そう言って、マギアは立ち上がり身支度の準備をし始める。上手くはぐらかされてしまったようだが、私の魔力をマギアに渡すことができれば目的が達成できる。それがわかっただけでもよしとしよう。私も立ち上がり、あってないような荷物をまとめ始めた。
数日泊まった宿に別れを告げて、私たちは街から少し離れた雑木林まで歩くことにした。街の混乱はまだ治ってはいないが、少しずつ日常を取り戻している。以前のような賑やかさはないが、それでも多い人混みに紛れて進む。途中はぐれそうになる私の手首を掴んで、マギアは引っ張ってくれた。
「離れるなって言ったろ」
「……ごめん」
今まで、「離れろ」とか「近くに来ないで」はよく言われていたのだが、そんなこと初めて言われた。私が魔力を持っているからなのは十分わかっているけど、胸の辺りがくすぐったくて、ちゃんとついていけるように早足で歩いた。
街の外は鬱蒼と生い茂る雑木林が広がっていて、魔法を使ってもバレなさそうだ。
「フィリア、上着を着とけ。命令しろ」
「……《コートを出して》」
パチンと指がなって、白茶色のチェスターコートが肩にかかる。
「……これ、マギアが作ったの?かわいい」
「魔力はものを作るには最適だからな。寒かったら羽織っとけ」
「たくさんもらってばかりだね」
「お前の魔力で作ってんたからいいだろ」
腕を引かれて、彼は私の命令を待っているようだ。
私も、彼の着ているシャツの裾を掴んで、少しだけもたれかかる。
「《どこか違う街へ行こう》」
次回更新は 6月20日 19:00です。
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