皇女の泥酔
ヘラヘラ飄々とした魔女(※男) × 内気だけど頑固な世間知らずお姫様
密着しないと魔法が使えない二人がイチャイチャして美味しいものを食べながら
魔法とは何かを紐解くお話です。
#魔女リス
2023年6月17日〜6月28日の間で毎日19:00に更新中!
……さて、心頭滅却もそろそろ限界になってきた。
最初は、難しい術式を思い出して気を紛らわせようと思ったのに、考えては消えるの繰り返し、災厄の魔女が聞いて呆れる……なぜかって?
「フィリア〜……もう寝た方がいいんじゃないか?」
「まだ……まぎあといっしょにいます……」
フィリアが、俺の膝に座って、向かい合うように俺を抱きしめている。柔らかい体も体温も花の香水のいい匂いもダイレクトに伝わって、想いが通じ合って結ばれたはいいが、10年片想いして拗らせている俺にとっては……刺激が強すぎる。普段、スキンシップが決して少ないわけではないが、フィリアから甘えるといったことは稀だ。甘えられる環境にいなかったというのもあるだろう。それじゃあ、どうしてこんな状況になっているかというと、と俺は二人の自宅に新しく置かれたテーブルの上にある、綺麗なガラスの瓶に入る飲み物を恨めしそうに見る。酒、アルコール、これのせい。まさか、こんなにもフィリアが酒に弱いなんて思っても見なかった。ポヤポヤに酔っ払った彼女が俺に引っ付いてから、かれこれ10分程。思いのままに手を出していない俺に誰か賛辞を与えてくれ。
大きなため息を1つつく、俺はまた自分の理性を落ち着かせるために、二人の目的のない旅を思い返すことにした。
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初めに降り立ったのは、ハーデンベルギア国の隣街。ステーキ肉のサンドイッチやメロンパン、フィリアの誕生日を祝って、ショートケーキも食べた所だ。あの時は、まだフィリアを一緒に連れて行くなんて考えてもいなかった。彼女が一人で生活できるように宿を取り、あとは俺が封魔具を外して魔法を使えるようになってから各地を周り、彼女の魔力を俺に戻す方法を見つける。これが計画だったのだが、危なっかしいアイツを一人にしておくのが不味いと感じて……いや、バルコニーに立つ彼女の寂しそうな顔を見ていたら、一人になんか出来なかった。10年の片想い、俺は彼女にとっての最悪。いろんな感情がないまぜになってはいた。しかし、花冠を渡した時の笑顔を見て、そんなのはどうでも良くなったのを覚えている。
フィリアは、あれからたくさんの美味しい料理を作って食べていたが、いまだに一番好きな食べ物はショートケーキらしい。俺はフィリアの料理ならなんでも美味いと思っているが、メロンパンが好きだ。
魔力が戻った後に街を歩いても、人の雰囲気はあまり変わらず、賑やかさはそのままだった。焼きたての時間を見越してあのパン屋にも寄る、俺たちが美味しそうに食べてくれたのを覚えていてくれたようで、またメロンパンを買った。それを食べ歩きながら街を歩いて、思い出話に花を咲かせる。デートみたいだなと揶揄ったらフィリアが顔を真っ赤にした。なんだあの可愛い生き物は……
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次に、ピルニとクタリのいる街に向かった。祭りは終わっていたが、相変わらずこちらも活気付いた街だった。しかし驚いたのは至る所に魔法具が使われているところだった。花火が咲いて、路上パフォーマンスでは魔法で花を出している。俺とフィリアは顔を見合わせて、急いでピルニとクタリの森の家へと向かう。
「あ!?マギアとフィリアちゃん!」
「な、なんて良いところに!手伝ってください!」
家では二人が大量に魔法具を作っていた。どうやらクタリも簡単な魔法なら使えるようになっていたらしく、二人でポンポンと魔法具を作っていく。言葉で説明すると可愛らしいが、二人とも納期や生産が間に合っておらず、俺に泣きついてくる。
「マギア、手伝ってあげようよ」
「あ〜?こいつらが出来ると思って受注したんだろ、俺に頼ってちゃ成長できない」
「僕、あれからクッキーの新レシピを開発しまして紅茶味とチョコレート味のクッキー、食べたくないですか?」
「まずは何がどれだけ必要か教えてもらおうか」
ものの数分で、100個の魔法具を同時に作る、ピルニとクタリは度肝を抜かれていた。家を作れるんだから、これくらい朝飯前。クタリは大量のクッキーを作って俺たちに持たせてくれた。どうやら、ピルニもお菓子作りを勉強しているようだ。アイツらは「なんでもできる凄い魔法使い!」と俺をもてはやすが、紅茶のクッキーもチョコレートのクッキーも、俺は魔法で作れない。
「……で、魔力譲渡は終わったわけ?フィリアちゃん」
「う……うん。マギアに魔力を戻したよ」
「無理矢理されてない?」
「おい」
「僕たちはフィリアさんの味方ですよ、嫌なこととかされませんでしたか?」
「お前ら俺のことをなんだと思ってんだ」
「だ、大丈夫……キスは、その……私もしたかったから……」
顔を真っ赤にするフィリアに、俺までつられて顔が赤くなる。ピルニとクタリは「騙されてない!?」とフィリアに詰め寄っていたので、二人ともにチョップをした。
ピルニとクタリの魔法具は、街では大盛況らしく、主に娯楽にの用途で広まっているようだ。街には魔法も魔法使いも、魔法具も溢れている。二人の両親が見たかった光景が、きっとこれなのだ。毎日バイトをしつつ魔法具を作る日々は大変そうだが、二人が幸せそうに話すので、俺もフィリアも顔が綻んだ。俺のおかげで魔法具作りが早めに終わった分、クタリは4人分の豪華な料理を作り、4人で食卓を囲む。魔法の話も料理の話も、これまでの話もたくさんした。
そして、1つ二人が大事な話をする。
「ハーデンベルギアの魔法具規制、もうなくなったんだよね」
「……え?」
「だから私たちがこんなにたくさん作ってるんだけどさ。お城が燃えて色々大変だったらしいけど、復興しながら国は立て直してるって町長が言ってたよ」
ハーデンベルギア王国、フィリアの故郷。もう行くことはないだろうと思っていた。
しかし、よく考えてみれば、フィリアが王族に戻ることは可能だ、魔力はもうないのだから。
俺は少し迷ったが、ピルニとクタリと別れた後、フィリアに話を持ちかける。
「行ってみるか?ハーデンベルギア王国」
今は俺の隣にいることを受け入れているが、実際の国を見て気持ちが変わることだってある。
正直、断ったり悩んで欲しかったのだ。そうしたら俺は彼女を魔法でそこに連れて行くことはしない。
フィリアは首を縦に振った。
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俺から離れないこと、これを条件に、俺たちは久しぶりにハーデンベルギアに降り立った。10年もいたら普通ならなつかしさもあるだろうが、牢屋と城の離れに閉じ込められていた俺たちにとっては、なんだか知らない街のようだった。しかし、王城は全てではなくともある程度復興されているようだ。足組みが作られて、多くの人が城を直している。近くを歩く人に話を聞いたところ、あれは大多数が有志の国民らしい。魔法が使えない分、彼らは協力して自分の手で国の復興をしているようだ。
フィリアの顔をこっそりと覗く、真顔で城を見る彼女の真意が読めない。怒りなのか、悲しみなのか、俺は何を考えているか聞けなかった。
「……貴方、フィリア?」
そんな中、彼女の名前を呼ぶ声。彼女をフィリアと知っている人は、この国では王城の使用人と王族だけだ。フィリアは声のした方に素早く顔を向ける、俺が振り向くのと同時に、彼女は走って声の主を抱きしめた。
「ソフィア、姉様……!」
「ど、どうして!?貴方が……!」
「生きておられたんですね、よかった。よかった……!」
彼女が言うソフィア、確か学者顔負けの頭脳を持つ第一皇女、ソフィア・ハーデンベルギア。フィリアの姉だ。フィリアのことはいないものとして扱い、冷ややかな目線しか受けたことがないと聞いていたが、フィリアが目を潤ませて抱きついた彼女もまた、目に涙を浮かべてフィリアを見ている。そして、はっと気づいたように体を離した。
「ま、待って、貴方が生きていたことは喜ばしいことだけど、魔力を持った人間なんてこの国には必要ないわ。そんな人と抱擁をしていたなんて、ハーデンベルギア家として……」
「ソフィア姉様、私魔力が無くなったんです」
「……へ?」
「話せば長くなるのですが、元々私のものでは無かった魔力を、元の持ち主に返してきたのです」
「そ、そんなの……」
「あー、ちょっといいか、第一皇女様。ここになんと魔力測定器の魔法具がありまして」
「なっ!?何でそんなものが!穢らわしい!というか貴方は誰!」
「フィリアの執事です、旅の途中で出会いました。そしてこちら、彼女の数値はどうでしょう」
「…… 0 。まさか、本当に……?」
ありえないと言った顔で、ソフィアはフィリアをみる。魔力測定器の魔法具は俺はこっそり指を鳴らして作ったものだ。フィリアの執事とか苦し紛れの言い訳だが、彼女はそれよりもフィリアの魔力が無くなったことに驚いているらしい。
「……とにかく、一度城に戻りましょう。フォティアもいるわ」
「フォティア姉様も!よかった……」
「貴方も一緒に来てください、フィリアをここまで守ってくださったんでしょう?」
「ありがとうございます」
ペコリとお辞儀をしてみる。執事なんて知らないから本で書いてあったものの見よう見真似だが、今魔法使いとバレる方が不味いだろう。フィリアの後について歩く。途中、こっそりフィリアがこちらを見て「マギアが執事なのも悪くないかも」ってクスクス笑うので軽くチョップしておく。執事なんて身分違いな存在になってたまるか。
城にはソフィアの執事、そしてフォティアがいた。フォティアもフィリアを見るなり席を立って、今度はフォティアの方からフィリアを抱きしめる。そして、同じようにすぐハッとして離れた。「今更、なんのつもり?魔女もどき」と悪態をつくが、今にも泣き出しそうに声が震えている。同じように、フィリアに魔力が無くなったことを説明したら、ソフィアの執事とフォティアも驚いていた。
5人で城内の談話室のテーブルを囲む。ばつの悪そうな顔でフィリアを見る3人だったが、当のフィリアは彼女らが生きていたことが嬉しいらしく、ニコニコと笑顔だ。ソフィアたちは城の崩壊後、国王が姿を消してしまい、どうにか国を立て直すためにソフィアを主体として国の復興を進めていたのだそうだ。地下で行われていた非道な魔法実験や計画はごく一部で行われていたもので、ソフィアたちはそれを知らない。愛する国のため、魔法を嫌う国民を救うため、彼女たちは連日連夜働いていたのだそうだ。その功績もあってか、怪我人はいれど、死者を出さず、国は元に戻りつつあるのだそうだ。
「ソフィア姉様とフォティア姉様が生きていれば、きっとこの国は大丈夫だと思っておりました」
「と言うかアンタ、スラスラ話せるようになってない?前なんかキョドキョドしっぱなしだったくせに」
「旅のたくさんの人と話してきたからかもしれないですね」
「……そう。それで、なぜ今更戻ってきたのかしら?」
ソフィアの問いに、俺の方が身を固めてしまう。心臓がバクバクと早鳴るのを隠せない。フィリアが目をパチパチとさせた。
「貴方は瓦礫に巻き込まれて死んだのだと思っていた。魔力があってもなくても、貴方が死んだと思ったら、流石に後悔したわ。でも……魔力が無くなったからといって、これから私たちが優しく接したって、これまでの仕打ちが許されるわけではない」
「……それでも、もし戻ってきたいのなら、私達を許さないでもいい。戻っておいで、フィリア」
真剣な顔で姉二人はフィリアを見る。魔法を本当に嫌い、自身の劣等感が爆発した国王と違って、ソフィアとフォティアは純粋に国民のために魔法を持ち込んではいけないと言う考えで生きているようだ。ハーデンベルギア国は、きっと人々にとって必要な国であり、それを動かしていくにはソフィア達の考えが必要なのだろう。
そんな二人が、フィリアに戻っておいでと言う。俺は、引き止められるような奴じゃない。フィリアが俺が隣にいることを受け入れてくれて、フィリアが命令して、この関係に落ち着いたのだ。フィリアは自分に何もないからマギアがいなくなってしまうと泣いていたが、それを言ったら俺は彼女から何もかも奪った災厄の魔女だ。心臓が鉛になったように沈む、彼女の側にいたい、彼女を幸せにするのは俺でありたいという自分勝手な考え、そんなのを考える資格すらないくせに。
「……国には戻れません」
困ったように笑って、フィリアが言う。
「ソフィア姉様とフォティア姉様のことを許さないからとか、この国が嫌いだからでは決してないです。私、旅をしていて思ったんです、もし私に魔力がなくて、二人に魔力があったら、私だってきっと二人を恐れていたから。今、こうやって姉様達が生きていてくれただけで、本当に嬉しい」
「じゃあ、なんで……」
「1つは、私が魔法を好きになってしまったこと。そんな人がこの国にいてはいけないと思いました。魔法が素敵で素晴らしいものなのは事実ですが、この国に大事なのは、魔法を恐れる国民を安心させること。それには、もちろん、魔法のことをきちんと理解した上でソフィア姉様とフォティア姉様の考えを持った人が大事なのです。お父様がしてくれなかったとはいえ、国の勉強も何もしていない私は、きっと足手まといになってしまう」
凛と話すフィリアの言葉を、全員が聞いていた。こんな時まで、国民のことを第一に考える彼女は、まさしく王族の器だろうに。
「そして、もう1つ……幸せにしたい、添い遂げたい人がいるんです。彼は魔法使いだけど、
私を救ってくれた人、私に生きる意味を見つけてくれた人……私のために、自身の人生をめちゃくちゃにした人です。
私は彼の隣にいたい。私を救ってくれた分、たくさん、恩返しがしたいんです」
フィリアは、そう言って照れたように歯にかんだ。ソフィアとフォティアは顔を見合わせて、顔を赤らめる。真っ直ぐな愛の告白を隣で聞いていた俺も、流石に顔の赤さを隠せない。俺が魔法使いなのは、その人だとは、バレてはいけないのに、フィリアはこっそりとテーブルの下で手に触れてきた。声が出そうになって、彼女を睨むが、ニヤリと笑うその姿はどことなく俺に似ていた。
「……どこまでも、不届き者ですみません」
「いいえ、今まで貴方を邪険に扱ってしまったのは私達だわ。どこかで生きているのなら、それでいい」
「で、でも、お父様もいなくなってしまって、ソフィア姉様しか居なくなってしまったんだもの、アンタはたまには顔見せなさいよ」
「……いいのですか?」
「……今までのことを許してもらおうとは思わない。でも、何か困ったことがあったらきなさい。ここ数ヶ月で、色々考えたのっ!」
「フォティア姉様……」
「今までごめん、フィリア。でも許さないで」
「……どうしよう、許してしまいそうです」
「だ、ダメだったら!」
クスクスと笑うソフィアとフィリア。積もる話もあるだろうから席をはずそう、この二人なら大丈夫だろうと思っていると、ソフィアの執事と目が合う。俺を睨んで、そのまま外へ出ろとアイコンタクトをした。俺はフィリアに「少々外に出て参ります、お姉様方とお話ししていてください」と、普段全く使わない敬語を使ってみる。フィリアは笑いを堪えながら「わかった」と言った。後で覚えてろよ。
ソフィアの執事を外に出る、名前はアモネスと言うらしい。
「魔法使いだな」
「……なぜそれを」
開口一番、端的に言われる。第二皇女フォティアの執事、フローガは魔法使いで、国王の側近だ。こいつも何かあるだろうとは思っていた。
「言っておくが、私は魔法使いではない、魔力も見えない。私が貴方をそうだと知っているのは」
そこまで言って、彼は目線を後に向けた、そこには、フローガがいた。
俺は止まらぬ速さで指を構えて二人を捉えるが「待て」と静かに言うアモネスからは敵意を感じるわけではない。フローガも、深々とお辞儀をして、アモネスの隣に立つ。
「どういう、つもりだ……俺が目的か?それともフィリアか?」
「違います。私はただ現状の報告をと思いまして」
「は……?」
「フローガは、魔法使いです。私がそれを知ったのは国が崩壊した後でしたが。彼はずっと、フォティア第二皇女を人質に、国王の駒になっていたと」
「それで、フィリアを殺そうとして、剰え俺らを追いかけて危険な目に遭わせたと?言っておくが、俺はあいつほど甘ちゃんじゃないんだが」
「じゃあどうして国王様と彼を同じ場所に吹き飛ばさなかったのですか?貴方は」
ピタ、と俺は固まる。どうやらバレていたようだ。
「国王はこの国から遠く魔法という存在すら知らない街へ、そして、フローガはハーデンベルギア近くへ。二度手間ですね。フローガを国王の手から離すなんて理由がないとやらない魔法の無駄遣い。災厄の魔女がするわけがない」
「……そこまでわかってんならいいだろ」
「国王様は、魔法に溺れ、そしてもう魔法を失った。もしまたこの国にきた時にはフローガが身を挺して彼を倒すと念書を書かせております。貴方達には危害を加えないようにする。これで、貴方が私たちの愛する城をぶっ壊した罪はチャラです」
「……おい、元はと言えばお前らが……」
「それを言ってしまえば全ての元凶は国王様です。ですが、我々は我々で罪の精算をします。それで納得がいかないのなら、こちらにも考えがあります、このまま大声で貴方が魔女だと言いふらすことだって出来るので」
「脅迫か?」
「交渉と言ってもらいたい」
「ソフィアの執事は随分と悪知恵が働くんだな」
「褒め言葉です」
ぺこ、とお辞儀をするアモネスとフローガ。脅迫まがいの交渉は、渋々受けることにする。次に顔を見せられるときは、もっと身なりを整えたらどうです?とアモネスが笑う。ムカついたが、どうやらソフィア達もその執事も、魔法を嫌いつつ、俺らを受け入れる柔軟さは持ち合わせているようだ。
ハーデンベルギア王国、された仕打ちは到底許せる者ではない。でも、何かが一歩違って、俺かフィリアが死んでいた可能性だってある。だから、今この世界は途方もない奇跡の連続で生まれたのだ。起こったかもしれない絶望の未来を恐れるくらいなら、今この時を幸せに生きた方が幾分もいい。談話室に戻ると、三姉妹は国や今までのしがらみは嘘のように笑い合っていた。
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道中、フィリアの母親の姉がセラピだと聞かされる。確かに、キッチンで二人で料理する姿は本当の親子のように見えた気がする。彼女達が離れてしまったこと、手紙でしか妹の死を知れなかったセラピの事を考えて、フィリアはハーデンベルギア国へと足を踏み入れたんだそうだ。
最後に、俺たちの家があるセラピの村に戻ってきた。帰るや否や、村人は俺たちを歓迎したのも束の間、やれ「魔法の術式でわからないところが」とか「レシピ通りに作っても上手くいかない」だとかで俺たちはそれぞれ村人の手伝いに借り出されることとなる。些細なことから大仕事まで、戻ったのは昼過ぎだったのに、家具も揃ってきた家でゆっくりフィリアと話したかったのに、結局俺が解放されたのはとっぷり更けた夜だった。
ヘトヘトになって家へ戻ると、明かりがついている。フィリアは先に戻っているらしい。家からは美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。そんな、何気ない当たり前の日常、俺はずっと憧れていた。じわじわと体に嬉しいが溜まるような感覚、まずい、顔がにやける。こんなだらしないとこかっこ悪くて見られたくない。
俺は咳払いをひとつして「ただいま」とドアを開けた。
「マギア!おかえりなさい!」
エプロンをつけてパタパタと駆け寄ってくるフィリア。ダメだろこんなの、可愛すぎてダメだ。
「ご飯もう少しで出来る……何その顔」
「……どんな顔してる」
「お散歩行く前の犬」
「犬……」
可愛いって笑うフィリアにノックアウト寸前だ。こんな暮らしがこれからも続く……幸せ以前にどうにかなってしまいそうだ。
フィリアはポトフと、サラダ、そしてチキンソテーを作っていた。どれも丁寧に作られていて、どんなレストランよりも美味い。これはローリエを使って、こっちは育てたハーブを使って、これは下処理にミルクを入れて……と、彼女は料理をするのが好きなようだ。楽しそうに話すフィリアを見ながら、料理を食べる。
「あ、そういえば、今日セラピさんにこれもらったの」
「それ……ワインか?」
「お酒、だよね?料理酒じゃなくて、ちゃんと飲めるやつ。マギアお酒飲んだことある?」
「無いな。でもお互い成人なんだから飲める。食後に飲んでみるか」
「わ、私もお酒飲んだことない、大丈夫かな」
「少し飲んでぽやっとするならやめたらいいさ。遅くなったがフィリアの成人祝いってことで」
パッと花が開いたように顔を明るくするフィリア。正直、そんな顔を見てまともな判断なんて出来るわけがないだろう。
俺とフィリアは夜ご飯を食べ終わり、ソファに座り手前のテーブルに簡単に作ったおつまみとワインを用意して乾杯した。酒は、確か父さんが飲んでいたのを見ていたくらいだ。大人の飲み物だとは思っていたが、実際飲んでみると、そんなに美味しいわけでもなかった。紅茶や水の方が美味しいと感じる。フィリアはどうだろうかと隣を見た。
「お、おい、フィリア?」
「……」
「飲むのをやめろ」
「飲みます」
何杯目かわからないワインを一気に煽った。顔は赤く、目はとろんと蕩けて潤んでいる。完全に出来上がっていた。なんだか色々まずい気がして、俺は無理やりグラスを取り上げるために体を寄せる。
「うわっ」
「まぎあ……」
グラスは取れたが体が密着した分、フィリアが俺にもたれかかってきた。グラスを落としそうになり、慌ててもう片方の手で指を鳴らす。ふよふよと浮いたグラスはテーブルへ。割らないで済んだと安心したのも束の間、フィリアは俺の膝の上に乗って、すりすりを体を密着させていたのだ。
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そして、冒頭に戻る。フィリアと俺が着ているシャツ2枚分しか隔てていない、いつもより少し熱い体温が伝わってきて、どうやらまだ離す気は無さそうだ。ここまでくると、逆に冷静になってきてこっそり指を鳴らしワインとグラス、おつまみをキッチンへ戻す作業をし始めていた。最後のワインをキッチンテーブルに置いたのを確認した所で、俺は顔を両手で掴まれて、強制的にフィリアと目を合わせることとなる。
「今……私以外のこと考えてましたね?」
「さあな」
「ばかまぎあ」
「うるせ、酔っ払い。早く水飲んで寝ろ」
フィリアの細い腰に手をかけ、引き離そうとする。そろそろ本当に限界だ。そんなに飲んでいない俺まで当てられて、思考が鈍る。このままなし崩しに彼女に手を出すなんてことは俺も彼女も望んでないのに、してしまいそうになる。
「まぎあは、私とくっつくの嫌?」
「は……?い、嫌じゃ、ないけど……言ったろ、可愛いことしまくると理性保つのやめるぞ」
「じゃあもっと可愛いことしなきゃ……」
「な、何言ってんだお前、理性壊れるって」
「壊していいよ」
どっくんと心音が聞こえてしまいそうな程大きく鳴る。フィリアは蕩けた目で俺を見ているが、その瞳の奥には確かに意志と熱が見える。顔の赤さは酔っ払っているのか、精一杯の誘いからなのか、俺は気づいた時には優しく彼女をソファに押し倒していた。
「……なんつー女だ」
「まぎあだからだもん……」
「ほんっと……タチ悪い」
俺は頬にキスをする。ビクッと体を固めたフィリアはそのまま、震える手で俺のシャツを掴んだ。お互いの息遣いまで感じられる距離、引き寄せられるように、俺はフィリアの口を塞いだ。
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「いくじなし」
「勇気ある撤退と言え」
「ヘタレ」
「そもそも誘ったのはお前だ馬鹿、あんな状況で手出せるか」
「キスはしたくせに」
「……それは許せ」
朝。結局あの後は特に何もせず、頭を撫でてやったらスピスピと寝たフィリアをベッドに運び、隣で俺も眠った。
断じて、先へ進むのが怖かったなどではない。あのまま、思考が鈍ったまま事に及んでしまったら、好き勝手しても酒を免罪符にしてしまいそうだったのだ。
目覚めて隣に俺がいることに驚愕したフィリアは、昨夜のこともしっかり覚えていたらしく、初めはあたふたパニックになったが、俺が手出ししていないことにぶすくれたようだ。目が覚めて隣を見ると、むすっとした顔のフィリアが俺を睨んでいた。
「……私じゃいや?」
「まさか。隣に居られるだけでよかったのに、どんどん我儘になってるんだ」
「そうなの?」
「ずっと、フィリアの幸せを、そして幸せにするのは俺でありたいと願っている」
「そんなの、私はマギアが隣に居てくれるだけで……」
「一応、君の告白の返事だったんだがな」
「え」
フィリアの左手をとり、指輪にキスをする。彼女の顔はみるみる赤くなり、それに対して俺はニヤリと笑ってやった。本当は、成人祝いをお酒と共にしっかりとした後、満を持して言おうと思っていたのだが、なかなかうまくいかないものだ。しかし、そんなことすら、フィリアと一緒にいると幸せに感じてしまう。
最初、指輪を渡した時は、まだ自分が本当に彼女と添い遂げることができるかと不安だった。何も知らないまま、お互いだけを心の拠り所にしていた、これから先知る世界の方が何千倍も大きい中で本当に彼女がやりたいことが出来るかもしれない……なんて、うじうじ考えている間に、彼女のとっくに決まっていた覚悟を聞いてしまうことになった。情けない。もう悩むのはやめだ。
「男前なことしやがって、プロポーズは先にさせてもらう」
「ま、マギア……?」
「……結婚しよう、フィリア。俺に君の人生を幸せにする権利をくれ」
フィリアは目を見開いて、そして泣きそうな顔をした後、俺に抱きついて嬉しそうに「はい」と返事をした。
災厄の魔女と彼女が恋した青年は、数百年越しにまた結ばれることとなる。
窓の外、家の周りには一面のハーデンベルギアの花が風に揺られていた。
最終回です、ここまでんで読んでくださってありがとうございます。
作者Twitter(@maca_magic)では7月1日から別の作品の漫画連載が始まります!