魔力のキス
ヘラヘラ飄々とした魔女(※男) × 内気だけど頑固な世間知らずお姫様
密着しないと魔法が使えない二人がイチャイチャして美味しいものを食べながら
魔法とは何かを紐解くお話です。
#魔女リス
2023年6月17日〜6月28日の間で毎日19:00に更新中!
手を繋ぐ、私もそっと握り返した。
「行くか」と短くマギアが言って、私たちは歩みを進める。
……マギアが好き。彼に幸せになってほしい。でも、ずっと一緒にいたい。
歩くのをやめて、彼に抱きついて「もっと一緒に旅をしたい」って言いたい。
色々な感情が渦巻いているけど、それを言葉にするのはやめた。マギアは優しいから、困らせてしまう。
心臓がバクバクと鳴っているのを、彼に気づかれないように、気づかれたとしても、それが恋だと悟られないように、これが、全てを失った第三皇女が出来る精一杯だった。
「お、開けた場所だ」
マギアが私の方を振り向く、いつもの顔が出来ているだろうか?……いつもの顔なんか知らないけど。マギアは私の顔を見て、少しだけ固まった後「フィリア、行こう」と手を引く。
そこは、まるで絵本の情景を切り取ったような、森の中にある草原だ。周りを木が囲み、遠くに大樹が見える。
しかし、1つだけ違う、絵本のような一面のハーデンベルギアの──
「花が……咲いていない」
「時期が違うのか、もう枯れてしまったのか?」
マギアは手を離して奥の方まで見渡しに行く。私も、周りを見るが花が枯れているわけでもないようだ。肩透かしというか、ここに着いたら旅は終わりだと思っていた分、複雑な気持ちになってくる。
「……おお、お主。『災厄の魔女』の産まれ変わりか」
急に、耳に声が流れてくる。吃驚して顔を上げると、少し遠くにいるマギアも同じ声が聞こえたのか、顔を上げていた。しかし、私たち以外に人の姿は見えない。
「ほほほ、いい反応じゃ。久しぶりに出会う人間が『災厄の魔女』とは、数奇な運命もあるもんじゃのう」
「誰だ!いるなら姿を……」
「う〜む、姿は”無い”のう……強いて言うなら、この大樹じゃな」
私とマギアは顔を見合わせ、そして大樹を見る。
「災厄の魔女の生まれ変わり、名前は?」
「……マギア」
「マギアの今発動していた魔法と同じじゃ。魔力で空気振動を作り、音を作る。ワシはこの大樹、そしてこの森全域を流れる魔力。災厄の魔女が作った魔法、そして彼女が伝えたかった想いが、長い年月をかけて、意志を持った」
「な、んだそれ……」
マギアは、あり得ないといった顔をする。魔法のことを全てを知っているわけでは無い私でも、どうやってそうなったのかはわからない。大樹の言う災厄の魔女、絵本の彼女のことだとしたら、魔女はどれほどの術式を作ったのだろうか。
「災厄の魔女は魔力を腕輪に吸い取られ、隣の彼女は彼の半分の魔力を持っておる……なるほどな、ここに来た理由は魔力譲渡か」
「……話が早いな」
「伊達に生きておらん。それで、どこまで知ってここに来た?」
「フィリアは魔力を持つが、魔法は使えない。ここに咲いているとされる、ハーデンベルギアの花が魔力譲渡の魔法を補助できる可能性がある」
「ふむふむ、そこまでわかっておるならすぐじゃあないか」
「だが、ここに花は咲いていない」
「”花は”ない。埋まっておるよ、たくさんの種子が」
「え……」「災厄の魔女は、生まれ変わりに1つだけ、魔法を封じられたとしても使える魔法を伝えた。と言っても、世界の花の種全てに自身の魔力の一滴を入れたから成せる技じゃがな」
「花を、咲かせる魔法……?」
マギアは、恐る恐る地面に向かって指を鳴らす。私の命令はない。
シュルルと芽が出て、綺麗な紫色の花がパッと咲いた。ハーデンベルギアだ。
「ほっほっほ、やはり生まれ変わりともなると、魔法発動も同じなんじゃのう」
「……やった、やったぞフィリア!これで、お前の体も元に戻る!」
マギアは私の元へ走ってきて手をとった。嬉しそうに目を輝かせる。
彼の封魔具が外れ、一人でも魔法を使えるようになる。10年待った、彼の贖罪が果たされる。
私は、なんて酷い人なのだろう。
彼の幸せを、彼の目的を、肯定できない、喜べない。
「……そ、その、キス、しなくちゃならないんですよね……」
「へっ!?あ、ああ……そうだった……い、いやでも……」
「1日、待ってくれませんか」
マギアは固まってしまった。大樹は「どんだけ嫌われてるんじゃお主」って言っていた。
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大樹は、自身の魔力を使って、木で簡易的な寝床を作ってくれた。そういえば、最初二人で草むらで野宿するか?と言った話をした。あの時は、何もわからないまま、目的も生きる意味もないまま、ただマギアについていくだけだった。
マギアは、私の魔力を使ってくれて、ご飯も一緒に食べてくれて、何度も何度も助けられて……10年前からずっと、私を救ってくれた人。そんな恩人を忘れて、そして、彼の目的さえ満足に果たそうとしない私は……
「……寝れない」
木と木の間に吊るしたハンモックのような植物のベッドは案外寝心地が良かったが、いろんな思考が渦巻いて、目を瞑っても眠気が1つも来なかった。バランスをとりながら地面に降りる。時刻は夜中だろうか、上を見上げると草原一帯の上は木がないから、空が一望できる。大きな月と星空、月明かりが草を照らして、幻想的な情景だ。
マギアに作ってもらったコートを羽織って、一歩踏み出す。サクサクと草を踏む音だけが聞こえて心地がいい。
草原の真ん中に立って、さっきマギアが咲かせた一輪のハーデンベルギアを見つけた。紫陽花の時みたいに脳で念じたら、頭を術式が駆け巡った。思わず量の多さに圧倒されるが、きっと使える、使えてしまう。
「フィリア」
心臓がドキンと跳ねた。振り返らないでもわかる声の主、低くて優しい声。ドキドキするのは、好きだから、それ以上に、彼に合わせる顔がないから。
ゆっくりと振り返る、ああ、きっと見せられないような顔をしているだろう。マギアは少しびっくりした顔をして、それでも困ったように微笑んだ。
「寝れないのか?」
「……うん」
「俺もだ」
サクサクと、彼が私の元へ歩いてくる。近づく度に、心臓の音がうるさくなって、彼が目の前にきた時には、俯いて、彼の靴しか見れなかった。
「フィリア」
「……っ!」
屈んで、顔を合わせられる。思わず後退りしたら、足がもつれて後ろに倒れそうになる。
「おっ……と、今度は倒れないで済んだな」
「あ、りがとう……」
マギアは私の腰に素早く手を回して、倒れるのを防いでくれる。そのまま、私を立たせた。今度は、ちゃんと目を合わせる。赤い綺麗な目、絵本の災厄の魔女と同じ色。彼は本当に魔女の生まれ変わりなのだろう。
「災厄の魔女……彼女は最愛の人を殺され、ここで魔力譲渡の魔法を作りながら、眠ったんだな」
「……そう、みたい。私が知ってた絵本はページが切り取られていたんだわ。子供の頃、お母様に読んでもらったものは、きっと、セラピさんのところで読んだのと同じ」
「……俺も、10年前、もしあの時フィリアが死んでいたら、彼女と同じことをしただろうなぁ」
「出来るの?」
「出来るさ。子供の頃、フィリアと出会う前に全て失ってたんだ、親も居場所も。だから、フィリアは世界を救ったヒーローだな」
「私だって、マギアがいないと死んでたんだよ。マギアだって私のヒーローだよ」
マギアは、照れくさそうに笑って、私の手を取る。そんな顔をしないでほしい。
「フィリア。もう、俺の魔力のせいで苦しまないでほしい……君に、幸せになってほしい」
真剣な顔で、真っ直ぐに見つめられる。その顔を見たら、ずっと耐えてきた涙が溢れてきてしまった。マギアはぎょっとして、オロオロと辺りを見渡す。困らせてしまった、ごめんなさい。
「そ、そんなに、キスするの嫌か?」
「嫌」
「ぐ……そ、そうか……いやでも、もう2回も……いやそれは人命救助だからノーカン……いや俺が決めつけていいわけじゃないけど……」
「違う、キスするのは嫌じゃないけどっ……でも、したくない」
「は、はあ?」
困った顔でマギアは服の袖で涙を拭く、顔が熱い、苦しい、息がうまく吸えない。
最初は自分のことしか考えなくて、そして、マギアの助けになりたくて、そして、今は離れたくない。自分の魔力が嫌で、でも、マギアの役に立つのは嬉しくて、そして、今はもうこの魔力だけが私とマギアを繋ぐ、私が唯一失わなかったものになってしまった。それすら失ってしまうのが、それでマギアと離れてしまうのが、どうしても嫌で、けじめはつけたはずなのに、潔く、彼の幸せを願って、彼に魔力を返そうと思ったのに、いざと言うときに、こんなにも、私は……
「……どうして、こんなワガママな人になってしまったのっ……」
「フィリア……?」
「魔力がなくなってしまったら、私は、第三皇女でもない、魔力をもった人でもない、なんでもないただの人になってしまう。世間知らずで、一人じゃ何もできない、フィリアになってしまう、そんな……そんな人、マギアの足手まといになる、一緒にいる意味も、なくなる……なのに」
堰を切ったように、彼の手を握りしめながら言葉が溢れた。そんなこと言いたくないのに、彼を困らせたくないのに、脳から直に言葉が出てきて、止まらなくなってしまう。
「マギアと離れたくない、マギアの、ずっと隣にいたい……!」
最後の言葉を言い終わらないうちに、マギアは私を抱きしめた。力強く、私を腕に閉じ込めて、体全体がマギアに包まれる。マギアの体温はいつもより少し熱い気がした。
「……好きだ、フィリア」
絞り出すような声、泣きそうな声、私は、その言葉の意味を知っているのに、聞いた瞬間は理解ができなかった。ゆっくりとその言葉を反芻しているうちに、マギアは腕の力を緩めて、私に顔を見せる。
……真っ赤の顔が、どうしようもなく愛おしい。私も顔に熱が集まっていくのを感じる。喉の奥がきゅうと苦しくなって、心臓の音がうるさくなる。
マギアは少し俯いて、また私と目を合わせた。いつものように、ヘラヘラと笑う。
「俺は、『災厄の魔女』の生まれ変わり。指を鳴らしただけで世界を破滅に導くことができる。恐ろしい魔女だ」
「……知ってる」
「君の国を崩壊させて、地位さえも奪った悪い魔女だ」
「……そうだね」
「そんな、こわぁい魔女に恋されて、君も災難だな」
「いつから?」
「……最初から。10年前出会った時から」
「な……言ってよ」
「言えるかよ、馬鹿。これが終わったら、潔く姿を消そうと思ってた」
「理由はどうであれ、城を壊した大罪人だ」と、独り言のように呟く。やはり彼はこれが終わったら私の前からいなくなる予定だったらしい。魔法も魔力もない私に、完全復活の彼を追いかけることは不可能だろう。私は、マギアの手を取って、指をからめる。
「フィリア?」
「全てを失った第三皇女に、今更怖いものなんて何もないよ」
「……俺が全て奪ったからな」
「マギアが怖い魔女なら……これからもずっと《私のこと奪って》」
マギアは目を見開いたので、私は絡めた手をぎゅっと握り返した。私の最後の命令だ。
彼はもう片方の手を指を鳴らすポーズにして
パチンと鳴らす。
私たちのいる草原の中心を囲うように、綺麗な紫色のハーデンベルギアが咲き乱れた。
月明かりに照らされて輝く花畑に見惚れていると、マギアが私の頬にそっと手を添えて、目線を合わせる。
魔力に乗せて、10年分の感謝と、敬愛と、恋慕を、そして、彼の幸せをめいいっぱい流れ込ませられるように。私たちはキスをした。
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口が離れる。魔力を体の中に感じたことは無かったが、体が喪失感に襲われているような気がする。10年間、私を守ってくれたマギアの魔力は、口を通して、彼に流れていったのだろう。閉じていた目を開いてマギアを見ると、丁度マギアも目を開けた所だった。
パチン、と指を鳴らすとパキパキを音を立てて、腕輪と首輪が壊れて外れる。命令をしないで魔法が使えていると言うことは。
「……成功したの?」
「なんて顔してんだ」
「どんな顔してる?」
「しょぼくれた犬」
「い、犬……」
クス、とマギアは笑ってもう一度指を鳴らす。ぽん、と目の前に黒猫のぬいぐるみが現れた。そういや、最初にお父様に会った時の宿に置き忘れていたものだ。マギアに似たぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「まだ本調子じゃないが、美味いもん食べて寝たら腕輪に吸収されていた魔力も元に戻るだろう、完全復活だ」
「……そっか」
当たり前のように私と触れ合っていないでも、命令なしでも魔法を使える彼に、少しだけ不安を覚える。思わずコートを掴んだ。そんなのは多分なんの意味もないのだけど。
「なんだ、今更魔女が怖くなったか?」
「……行かないで、ね。マギア……」
「……はあ、そっちかよ」
マギアは私に向かって、パチンと指を鳴らして、白と青と黄色の花冠を出し、私の頭に乗せる。初めて出会ったきっかけ。
「命令は絶対だ。大人しく、奪われてもらおうか」
「うん、奪って。ずっと一緒にいて」
「それと、あまり可愛いことばかりしないでくれ、キャパオーバーになる」
「……マギアのこと、好き。大好きだよ」
「あーもう!そういうのだ!」
「ふふ、言ってなかったと思って」
マギアは私のことを抱きしめる。私も彼の背中に手を回す。
足元をハーデンベルギアが揺らいで、もうお互いに離れることのないよう、私達はずっと抱きしめ合った。
次回更新は 6月27日 19:00です。
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