プロローグ
ヘラヘラ飄々とした魔女(※男) × 内気だけど頑固な世間知らずお姫様
密着しないと魔法が使えない二人がイチャイチャして美味しいものを食べながら
魔法とは何かを紐解くお話です。
#魔女リス
2023年6月17日〜6月28日の間で毎日19:00に更新中!
第三皇女は絶望した。国の象徴であり、自身の住む場所、王城が燃えている。
地下からでも、逃げ惑う民の声が外から聞こえ、それをかき消すようにガラガラと瓦礫が崩れていく音が耳を劈いた。彼女は齢17の少女であり、同世代よりも世間を知らないことは自他共に認めていた。そんな彼女が、本能的に「ここで自分は死ぬ」と感じていた。
ここは王城の地下、罪人を閉じ込める牢や、世界の本がびっしりと並べられていると言う噂だったが、国王が家族であろうと立ち入りを禁じていたから、来るのは初めてだった。石造りでひんやりとして薄暗く、カビの匂いがしていたそこは今、火の海だ。唯一上へと登る階段は先ほど起こった爆発によって崩れてしまった。万が一、上へ登れたとしても火の手や煙は登り、ここ以上の惨状となっているだろう。……万事休す、どう足掻いても苦しく死ぬ以外の未来しか見えない。腰が抜けてへたり込んでしまった彼女が出来る最善策は、ここで煙を吸ってゆっくりと意識を失うことでしかなかった───
───が、彼女は絶望している。それは、火の海の中、煙が充満している密閉された地下室の中、彼女の意識ははっきりとしているからだった。普通なら致死している時間ここにいるのにだ。極め付けに、彼女の周りには”火がない”。”火が、彼女を避けている”のだ。熱さや息苦しさは感じているのに、決定的に彼女を死へ導く要因が、彼女に近づかない。明らかに常人じゃあり得ない現象が自分を境に起きている。それ故、絶望していた。
「……私は、ここで死ぬことも許されないのかしら」
ポツリとつぶやいた声は、瓦礫の音にかき消される。……さて、どうしたものか。このままこの地下が崩れて生き埋めになったら、瓦礫の1つに体を貫かれたら、流石に死ぬのだろうか。……痛いのは嫌だな、このまま、何もしないでプツンと意識が消えてしまえればいいのに、と後ろへ倒れ込んでみた。炎は自分を避ける。
なんなんだ、この体。もういい、人はいずれ死ぬ。目を瞑って、彼女は死をゆっくりと待つことにした。
が、次に彼女は弾かれるように上体を起こす。
……人の声だ。煙を吸って咳き込むような人の声が聞こえる。
彼女が次の瞬間、先刻まで一歩も動けない程絶望していたとは思えない程、声の方へ全速力で走っていた。それは、彼女が第三皇女だったから。何よりも、民を愛していたから。自分の命を見限るのになんの躊躇もない彼女のくせに、自分以外の誰か命が消えそうな時はどれだけ絶望的な状況でも泥臭く足掻いて諦めないのだ。それは、彼女が一番驚いていたのかもしれない。
声は地下室の奥、地下室の入り口側は備品や城内で使う道具が置いてあるような様子だったが、奥に向かうにつれて壁の作りは粗雑に、視界の端に映るのは鉄格子や小さなランタンだ。噂通り、罪人を閉じ込める地下牢だろうか。そんなことを考えながら、突き当たりまで走った。
「……何、これ」
地下牢の最奥、火の手が回りきっているそこには巨大な機械仕掛けの”何か”があった。
中央に赤く光る水晶、心臓の鼓動のように光が脈打っている。それを囲むように、所々に文字や記号が刻印されている金属の飾りが荘厳に飾り立ててある。綺麗と言うよりも、恐ろしかった。
そんな理解不能な”何か”に目を奪われたが、その側に人がいるのに気づいて、彼女は駆け寄る。
若い男性だった、血まみれで、ボロボロで、煙を吸っているのか目は虚だったが、彼女を見た瞬間、あり得ないと言うような顔をして目を見開いた。
「……貴方、何をしているの」
「……第三、皇女……!」
======
時は、第三皇女が地下に向かい、爆発が起こり、城が炎上する1時間前に遡る。
ここは初代国王から代々ハーデンベルギア家の血筋が国を治める王国ハーデンベルギア。自国民との関係は良好、税や政策なども、国王は民のことを第一に考え導いてきた。国民の反乱やクーデターなどは起きたことがなく、誰もが幸せな日々を送る国であった。
「ハーデンベルギア国王!魔法使いを捕らえました!」
ゆったりとした時間が流れる午後4時、王城の廊下に突如響く声に、周りの召使や皇女達は身を固めた。声が向かった先は現国王、ソティラス・ハーデンベルギアだ。白の混ざった美しい金髪、青い瞳、いつも朗らかで優しい目は、召使が連れている手錠をつけられた壮年の男性を確認すると、ギロリと険しく”魔法使い”と称されたその人を一瞥する。
「……魔法使い、何故そうと?」
ソティラス王は、落ち着いた低い声で召使に問う。彼はまさか今、国王とその娘3人の前で自身の意見を言うのかとあたふたしつつ、恐る恐る口を開いた。
「さ、先ほど、城下町のパン屋でボヤ騒ぎが起きたとのことで国民の安否を確認しに行ったのですが、この男性が杖を振って火を出した、と……」
「ち、違う!確かに魔法を使った、魔法使いであることも本当だ!パン屋が竈門の火の調子が悪いと言うから見てあげようと思ったら、主人が叫び声を上げるから手元が狂って……」
「……なるほど、君はこの国に来て日が浅いのかね」
「今日の朝、旅行でこの国を訪れて……」
ふむ、とソティラス王は顎髭を撫でる。そして、隣を歩いていた3人の娘、皇女の後ろにつく”2人”の執事に目線を向ける。二人は一礼し、小走りでその場を離れた。
「そ、その……私は……」
「大丈夫。君は知らなかったから、今回はお咎めは無しだ。しかし、次はないぞ」
「すみませんでした……魔法の火の扱いには気をつけ……」
「そこではない。”魔法”だ。”魔法”が悪いのだ」
「……え?」
「……この世界には”魔法”と呼ばれる技術がある。人を構成する細胞や血液の他に、体内に流れる目には見えない力、魔力。それを杖などの術式で変異させ、万物を作るのが、魔法。私たちが産まれるずっと前から、その存在は記録されている。それと同時に、体内の魔力量が多く、魔法を作る術式の生成に長けている者を魔法使いと呼ぶ」
淡々と話し続ける国王の言葉の真意を察せないまま、男性は静かに次の言葉を待っている。
隣にいる皇女達も、周りの召使も、その場を離れることなど出来ずに、静かに聞いていた。
「しかし、この国、ハーデンベルギアは『魔法を許さない』のだ。
この国は、外の国で魔法使いに差別され、攻撃され、魔法に人生を壊された人が多く住む。魔法に恐怖を持つものがここに集まっている……この国の王として、私は魔法をこの国から断絶する義務があるのだ。だから、この国では魔法はもちろん、魔法の術式を組み込んだ機械、魔法具の使用も禁止だ」
「そん、な……」
「ここの地域では、ある伝承が1つあってね。……君は『災厄の魔女』という話を知っているかな。膨大な魔力を持ち、杖や術式も使わず指を鳴らすだけで、世界を崩壊させられるほどの魔女が、我々人間を脅かす……単なる昔話、単なる絵本だがな。その時、魔女を討ち取り、世界を救ったのが我々の祖先、ハーデンベルキア家なのだ。彼らは、研究して、魔女が魔法を使えないようにする道具を作った。魔法具の応用でな」
「王、お待たせしました」
先刻、王が目線をやった執事が二人、トレーに金属でできた腕輪2つを乗せて歩いてくる。ソティラス王はそれを綺麗な所作で手錠を外し、男性へと取り付けた。男性はやっとその行為の意味に気がついたようで、慌てて杖を取り出し、振るが、反応はない。
「ま、まさか……!」
「体内の魔力を吸い取り無効化する腕輪だ。外すためには、付けられた本人が魔法で壊すしかない」
「魔法は使えないじゃないか……っ!」
「安心しなさい、この国にいる時だけだ。この国から出て行くときに門番が専用器具で外してくれる。さあ、旅行を楽しんでくれ。その腕輪をつけている以上、国民は君を怖がってしまうかもしれないがね」
「……くそ!こんな国いられるかよ!」
男性は歩いてきた廊下を引き返した。彼が見えなくなった後、王は皇女達に振り向き、にこやかに笑みを浮かべた。
「少々、手厳しかったかな。悪いな、時間がかかってしまって」
「いえ、魔法を良しとしない国の王として模範的でしたわ」
第一皇女である、ソフィアが答える。
「そうそう!カッコよかったよパパ!魔法使いなんてあんなくらいでいいんだよ!」
第二皇女である、フォティアが続く。
「ハーデンベルギア家は代々、国民の模範となるよう、配偶者も魔力を一切持たない者のみで構成します。魔法に頼らない分、自分自身の能力の向上に努め、第一皇女のソフィア様は勉学に長けており、第二皇女のフォティア様は剣の腕前を持っております」
「いずれ、国王の正統後継者になられるお人ですから我々も彼女らがこの国にとって恥じることのない女王にするべく努めております」
腕輪を持ってきた執事二人は、それぞれソフィアとフォティアの後ろにつき、述べる。ソフィアは言葉の通り、国の医者や学者顔負けの知識を持ち、フォティアは国の兵士にも引けを取らない剣技の才があった。二人はにこやかに微笑み、そして、”第三皇女”に視線をやる。その目は、愛する姉妹に向けるようなものとは言い難かった。
「そんなハーデンベルギア家に、”魔力を持つ者”が紛れ込んでいるなんて、国民に示しがつきませんわ」
「ねえパパ、本当にこの子も正統後継者にするの?」
第三皇女、フィリア・ハーデンベルギア。彼女は、その様に言葉を向けられ、萎縮するように小さくお辞儀をした。その行動が気に入らなかったのか、姉の二人は視線を一層キツくする。
「国王、殿下が申しました通り、彼女は”魔力”が体内に流れております……しかも、通常の魔法使いが持つ魔力量よりも桁外れに膨大です。魔力量を測定する魔法具での数値は通常の魔法使いで1、魔力量の多いエリートの魔法使いでも10
……彼女は、50000です」
フォティアの執事が発したその言葉に、王は眉を顰め、第三皇女を見る。彼女の分厚い丸眼鏡を通して視線が交差したのに気づき、フィリアはその場から一歩後ろに下がった。何か言おうとフィリアが口を開くのと同時に、次はソフィアの執事が話し始めた。
「魔法は術式を覚えそれを杖で書いて発動します。彼女は魔法の術式を学んではいないので魔法を使うことはできません。しかし、魔力を持つということは、彼女の行動1つで魔法を使えるということ。それは国民にとって脅威となりうります」
「そうだよ!というか、コイツいつもは城の離れで一人で暮らしてるじゃん、城下町に出たことも数回だし、政治とかできないよ」
「運動訓練も受けておりませんわ。魔力がなかったとしても、彼女が女王になれる器だとは思いません」
執事の言葉に続き、姉妹も揃って不満を口にする。当の本人は静かだ。コミュニケーションを満足にできるほど人と関わってきていない彼女に反論などできるはずもない。自分が虐げられていることは理解していても、全て真実なのだ。彼女は俯いてそれを聞くことしかできなかった。
第三皇女は、魔力を持たない血統のハーデンベルギア家に産まれたにもかかわらず、膨大すぎる魔力を体に有していた。魔力量はほとんど遺伝で決まると言われているが、代々魔力の持たない人間のみで構成されている家系の中で、このような事象は正史以来発見されていないのである。
王はそんなイレギュラーを世間から隠すことにした。城の別棟を作り、召使や専属執事もつけず、日々の生活に必要な衣食住だけを渡して生活させていたのである。魔法の術式が書いてある本は全て回収して、公務や城下町に出て国民と交流することも、王と姉二人で行っていた。家族であってもこのような仕打ちができるのは、魔力の問題と、もう1つ、フィリアだけ母親が違うからだった。ソフィアとフォティアを産んで早くに亡くなってしまった妃、その後娶ったのが、フィリアの母、アロマだった。アロマ自身はもちろん魔力を持っておらず、彼女も早くに亡くなってしまった。ソフィアとフォティア、そして王城で暮らす人々にとって第三皇女は彼らにとっては持て余す最悪のお荷物だった。それこそ、絵本に出てきた「災厄の魔女」のよう。
「成人である18歳を迎える者は、正式に後継者となる。これはハーデンベルギア家のしきたりであり、例外はない。三日後は彼女の誕生日だ。誕生パーティーを盛大にすることは無いが、後継者に対する儀式は絶対だ……先程のボヤ騒ぎの件もある。城下町の警備や国民を安心させるためにソフィアとフォティアは動いてくれ。フィリアの儀式は私が行う」
「……わかりました」
不満を持ちながらも、彼女らはそれぞれの仕事に戻る。召使達もそそくさとフィリアから離れるように持ち場へ戻った。廊下には王と第三皇女のみ。「行こうか」と王が歩き始めるので、フィリアも後を追った。
「儀式は地下で行う。部屋の奥で待っていなさい」
「……わ、かりました、お父様」
王がフィリアを連れてきたのは、城の地下だった。父親の言葉に、普段はほとんど使わない声帯を震わせて返事をする。ソティラス王は鉄製の重い扉を開く、錆とカビの匂いが鼻をつく。入るのに戸惑う暗い闇が扉の先にあった。王は隣にあるオイルランタンに火をつけて彼女に渡す。王はそのまま地下室から離れようとするので、彼女は意を決した。
「お、父様。私が後継者に、ふさわしく無いこと、その通りだと思います」
王の歩みは止まる。
「で、ですが、この国の民のために、生きたいという気持ちは、幼い頃から、ずっとあります。……ですので、正統後継者として、精一杯、がんばります……」
ソティラス王は「そうか」と短く返事をして、再び歩き始めた。久しぶりに会って話した父親が見えなくなるまで彼女は見送り、そして、開かれた扉から地下へと歩き出す。
======
……ドアはどうしようかしら、お父様が来るなら開けておいた方がいいし、光が差し込んでいた方が歩きやすいよね。
扉に手をかけてみる、自分の力では動かせるかも怪しい。大人しく私はそのまま、階段を降りることにした。一歩一歩慎重に、闇へと足を進める。怖くないわけではないが「歩けませんでした」なんてお父様に示しがつかない。白いリボンのついたシャツと、薄い青のマーメイドスカート、地下はそんな薄手では凍えるように寒かった。ランタンを持っていない方の手で腕をさする、気づくと息も白くなっていた。足が震えて、このままじゃ儀式どころでは無いかもしれない。一度戻って上着でも借りようかと上を向く。
「……あ、れ……ドア、閉まってる」
自分で閉め……てはない。お父様のために開けていたし、動かそうと思ってもびくともしなかった。誰かが閉めた?いや、この地下室に来る人なんて限られている。なんて考える間も体は冷え続ける。……まずは進もう。儀式を受ける。それはどれだけ周りに虐げられていたとしても、自分の、夢だったから。
幼い頃の記憶。まだ周りの人が私に優しくしてくれていた時の思い出が少しだけ残っている。お父様と、お姉様達と一緒に城下町に行った。国民は皆笑顔で、私達を迎えてくれた。お父様が、自分達王族は国の上に立つものとして、民を守り豊かにする義務があると言っていた。この国で生きる民のために、生きることが、そのまま彼らの幸せになる、と。
私は、それが自分の生きる道だと思った。向けられた笑顔が。悲しいものになってほしくない、そんな単純な気持ちが、今の私を作った。
……10年前、私の中に”魔力”が存在するとわかったお父様たちは、私を隔離した。初めは毎日泣いていたような気がする。泣くのにも疲れてからは、身の回りのことを自分でしないと生きていけないと気づいて、家事も炊事も覚えた。周りにある本に、魔法のことは1つも載っていなかったけど、唯一あったのは絵本『災厄の魔女』。お母様が好きだった絵本だ。なんとなく、読み聞かせてもらった時と話が違っていたような気がするが、幼い頃の記憶違いだろう。
そんなひとりぼっちの生活の中でも、国民への愛が消えることはなかった。18歳になったら、この国の正統後継者となり、政治に参加させてもらえる。それだけが夢で、希望で、目標だった。
だから、後継者の儀式を受けたい。どれだけ周りから恐れられようと、魔法を使わなければいい。
この国で、この王城で、私は民を幸せに…………
瞬間、耳が壊れるほどの轟音が響く。
======
「貴方、ここにいたら焼け死んでしまう。早く外へ……」
彼を抱き起こそうとする手を解かれ、睨まれる。真っ黒い髪に、赤い目、服は簡素な黒いシャツと黒いズボン。瓦礫による傷か、体は血まみれだった。ゲホゲホと咳き込んでいる彼は、何故か火や煙の影響を受けていない私のような状況では無いのだろう。ここの辺りを見回しても、窓や抜け穴は無い。逃げ遅れた人間が一人から二人になっただけだった。
「……お、い、第三皇女」
相変わらず炎と瓦礫の音が響く中、咳き込みながら、小さな声で彼が呼ぶ。彼は自分に向かって手を見せた。意図がわからず、じっとみて気づく、彼の手首につく、黒い金属製の物体。
「……魔力を吸い取る腕輪、貴方、魔法使いなの?」
「外せないか?」
「ご、ごめんなさい」
彼が魔法使いなら、何か打開策があるかもしれないが、彼についている腕輪は、さっき私が見たものと似ていた。しかも、金属が円状となり、継ぎ目が見えない。今日初めてそれを見た私に腕輪を外せるわけがなかった。苦しそうな彼に、少しでもマシになると思いポケットからハンカチを出して口に当てる。そんなことしかできない自分に腹が立った。なんとしてでも、この人だけでも助けたい。魔法使いかもしれなくとも、この国にいるということは、この国の人だ。
「……はは、このままじゃ、ここで二人生き埋めの心中だな」
「だ、だめ……!そ、そうだ!貴方魔法使いなら、何か脱出する魔法を知らないかしら」
「知っていても使えねぇぞ。俺は魔法は使えるが、魔力が体内に無い」
「私が使うんです。私は魔法を使ったことがありませんが、魔力ならたくさんあるんです」
奇しくも、彼と私は、それぞれ魔力と魔法、どちらかしか持っていなかった。
その言葉で彼は何かに気付いたのか、ニヤリと笑い、私の肩を抱いて引き寄せる。
「きゃっ」
「魔法も使ったことがないど素人が一丁前に言うじゃねぇか、第三皇女」
「す、すみません、でも……」
「お前が魔法を使うのは無理だ。第一杖がないし、術式を覚えて何もない空に書くのだって訓練が必要。その前に焼死体だ」
「じゃあ、じゃあどうすればいいんですか……!」
焦って語気が強まってしまう。こんなに人と会話したのだって久しぶりだ。火事の煙は平気なくせに、他人と会話したことで息が上がってしまっている。そんな私に彼は顔を近づけた。
「俺が魔法を使う。魔力はお前だ」
「……え?」
「お前の中の魔力を俺が魔法として出力させる」
「そ、そんなこと、できるんですか?」
「魔法とは、杖を介して杖の先から魔力を外に出し、書いた魔法の術式にそれを流して発動させる。だから、お前が杖の役割を果たせばいい。術式はこっちでどうにかする。俺が術式を作りながらお前の体内にある魔力を外に取り出して俺の書いた術式に流して……」
「簡単に言うけど、そんなこと出来るの?」
「普通は出来ない。思いついても、一人でやるには工程が多すぎるな。脳がショートする」
「それじゃあ」
「俺ならできる……『災厄の魔女』だからな」
一瞬、彼が何を言ったのか理解できなかった。『災厄の魔女』、絵本に出てくる怖い人。
「それともう1つ、俺は腕輪の他に、首輪もしているのが見えるか?」
「え、う、うん」
「これは『魔法を誰かの命令でしか使えない首輪』だ。だから、お前が俺に命令しろ。この城から脱出できるならなんでもいい」
「……命令」
「早くしろ、第三皇女。俺を使って生き延びてみろよ」
命令、したことがない。自分の意志なんて誰も聞いてくれなかったから、ずっと諦めてた。それでも自分の生存本能が言葉を紡ぐ。
「……《助けて》」
私の発したその言葉に、彼の首輪の金属が一瞬キラリと光って、ぐっと私の肩を持つ手が強まる。
そして、もう片方の手の親指と中指をくっつけるポーズをして、パチン、と鳴らした。
次に、私の意識が覚醒したのは、肌を冷たい風が撫でた時だった。何が起きたのかわからないまま、目を瞑っていたけど、今は熱くもないし瓦礫の崩れる大きな音も聞こえない。
「脱出成功だな、第三皇女」
目を開ける。木々の奥に夜空が見えた。肌を撫でる風がとても気持ちがいい。視界の端には赤い炎と黒い煙……おそらく、私たちがいた王城だろう。私は草むらに寝転んでいるようだ。
「……外、なの?」
「城近くの林だな。成功して何より」
「本当に、魔法使いなんだ」
「まあな」
声をする方に頭を向けると、『災厄の魔女』も寝ていた。しかし、彼は息が細く、目を瞑っている。どうみても、弱っている姿。
「大丈夫なの、貴方」
「煙も吸ったし、火傷もいてぇし流石に血流しすぎてしんどいな。」
「魔法で治せる?」
「あー……方法はないこともないけど、今できるのは止血や応急処置くらいだな。魔法は万能じゃない」
「じゃあ、できるところまででいい……《傷を治して》」
目を見開く彼、これじゃ命令にならないかしら、と体を起こしたけど、首輪の金属がキラリと光った。
「使うのはお前の魔力だぞ」
「足りない?」
「ばぁか、どんだけあると思ってんだお前の魔力」
はあ、とため息をひとつついて、パチンと指を鳴らす。すると何もないところから包帯や塗り薬のような液体が出て、彼の傷に塗られ巻かれていく。その光景が不思議でじっと見ていると、もう一度指がパチンと鳴る。次は私の服の焦げや破れが直っていく。スカートの方はがっつりとスリットのように破れていたから正直助かった。
「助かってよかった。『災厄の魔女』……さん」
「お前もな、第三皇女」
……そういえば、この人はどうして私を”第三皇女”と知っているのだろう。魔法使いと言うことは国の外の人だろうか。だとしても国民でさえ、今の私を第三皇女だと言える人は居ないはずなのに……なんて考えていたら冷静になってきて、そして、現状を思い出す。儀式は出来ず、家もバラバラ。
そして……本当は、あの時後ろを振り返ってドアが閉まっていた時に気付いていた。でも、気づかない振りをしていた。私が地下に閉じ込められたのは……
「……厄介払い、よね。それか、殺そうと……した」
「あ?」
「何にも無くなってしまったわ」
「じゃあ、一緒にくる?」
興味のなさそうに相槌を打った後、彼は提案をしてきた。固まって反応できないでいると、彼は私の手をとって笑う。
「まあなんと言おうと、この国の外に出るためについてきてもらうがな。魔法使いは肩身が狭いし、ここにいたらいつ王様に見つかるかわかんねぇし」
「お父様……」
「……家族の元に戻るってんならそう命令すればいい」
「……ううん、ついてく。ついて行ってもいい?」
彼の手を握る。もう、きっとここに居場所がないことは、世間知らずの私でもわかっていた。
居場所も、民を守る力も、家も、家族も……夢も、希望も、目標も……全て失った。
「《この国じゃないどこかへ行こう》」
======
パチンと、指を鳴らす。命令ありきとはいえ、魔法を使えるというのはやっぱり気持ちがいい。自分の出来ることがぐんと多くなる。とりあえず、この国じゃないどこかって命令だったから、国の外の一番近い街に降り立ってみた。おそらくここなら誰も追ってこないだろう。
「第三皇女様、つきましたよ」
「……ここは」
「隣町ってとこか?」
キョロキョロと辺りを見回している。おそらく始めてきたのだろうか。さて、俺も応急処置をしたとはいえ立っているとふらふらする。宿でもとって爆睡してやろう。
「さ、次の命令だ《お金を出して》とでも言ってもらおうかな」
「え?」
「俺ら無一文だろ。このままじゃ野宿、明日の飯はそこらへんの草だ」
彼女はじと……と俺を見る。これだから良いところの姫さんは。ちょっと魔力を金属に変えてお金の形にするだけじゃないか。
「……ダメです」
「言うと思った。じゃあ《良さそうな草むらを探して》とでもお願いするか?」
「お金はこれを換金してもらいます」
そう言って彼女は分厚い眼鏡を押し上げる。
「この眼鏡、装飾も合わせたら結構な値段になると思います」
「……目悪いのに眼鏡外すのか?」
「いえ。視力は正常です。これは魔力が外から見えないようにするものだとお父様が言ってました」
成程。こいつの膨大な魔力も俺みたいに腕輪で無力化するとしたら、彼女が魔力を有していることが国民にバレる可能性があってのことか。そんなことを考えていると彼女は眼鏡を外していた。
俺は、思わず息を呑んでしまう。目が離せないまま、眺めるように見入ってしまうほどの美人だ。目線が交差して、彼女は顔を触る。……あれ?顔に何かついてる?って動作をするんじゃない。
「……なかなかいいものをお持ちのようで」
「そうでしょう、売れば多少の工面はできるかと」
そっちじゃねぇよって思ったけど、そう言ったら墓穴を掘りそうだったからやめた。
次回更新は 6月18日 19:00です。
作者Twitter(@maca_magic)でも更新お知らせしてます!