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第96話 利をとる

 ドンッ!


「な、何を!!」


「うるせぇぇぇ! てめえは役立たずなんだからよぉ! 最後くらい俺たちの役に立って死ねっ!」


「おいっ! 早く逃げねえとやばいって!」


「おう、行くぞ!」


「ま、待って!」


 重装備の男三人が、軽装で気の弱そうな男を突き飛ばし置き去りにする。


「あの……クロ様?」


「なんだ?」


「あれは以前にクロ様がお話して下さったあの……」


「あ~不遇職追放系ってやつだな」


「あの時はそんな馬鹿なと思って思っていたのですが」


「いや、俺もびっくりしているよ?」


 所謂、追放系と呼ばれる小説のテンプレのような出来事が目の前で繰り広げられ、エリーナはもちろんクロも衝撃を受けていた。


「あの方は不遇職なのですか?」


「いやいや、彼はパーティに必要な支援職だよ」


「ですよねえ……」


 クロとエリーナは魔獣が跋扈する森の中で貴重な体験をしていた。



 ~~~遡ること1カ月前~~~




「ボス!? まじですかい?」


 カジノのグランドオープン前に、ビルの最上階に作られたクロの部屋に最高幹部の者が集められていた。そうそうたるメンツの中に先の襲撃で仲間にしたデルタ、そして襲撃の的であったゴンズ男爵が畏まった状態で座っていた。


「何だ? なんか変なこと言ったか?」


「いや~ゴンズの旦那を連れてこいと言われた時点で何かしらあるとは思ったけど……まさか旦那を経営に加えるなんて正気ですか!?」


 ゴンズ男爵本人は、「ははは……」と汗を拭いながら困惑した笑いを漏らしていた。異を唱えているのはデルタのみで、他の者は感心した顔で話を聞いていた。


「おうっ! 新入りの若ぇの! ガタガタうるせえぞっ!!」


「まあまあガロウさん、疑問や不満は口に出さないと伝わりませんし、解らないという事は罪ではありませんよ」


「ほっほっほっ! ドルトランドの言うとおりだガロウ。お主が騒ぐと収拾がつかんくなる少し黙れ」


 笑顔のボン爺であったが目の奥は笑っていない。今にも首を落とさんとする殺気は一線を退いた老人のそれではなかったが、そんな事で怯むようなガロウではなかった。


「爺ぃ! てめぇまだまだ現役じゃねえかっ! 面白れぇ……」


 今にも襲い掛からんとするガロウにボン爺のそれを遥かに超える殺気が降りかかった。


「座れ」


 その一言でガロウは背中に変な汗が流れるのを感じた。その殺気を感じたボン爺は嬉しさを隠し切れないほどの笑顔になってしまった。


(よもやこの短期間でここまで成長するとはのう……裏社会の住人としては喜ばしい事よ)


「わ、悪ぃ……少しはしゃぎすぎたわ」


 そのやりとりを目の当たりにしたゴンズの顔色は青黒くなり、デルタは絶対に裏切らないと改めて心に誓った。


「話をもどすぞ?」


 クロとしてはとかげのしっぽ切りで立場を失ったとはいえ、男爵位を持つゴンズは放置するより活用する方が利が大きいと判断した。ゴンズの持つ貴族としての知識や情報は貴重だった。これまで都合よく使われてきたという事は裏を返せば都合よく使ってきた貴族達の弱みを握っている事になる。懺蛇の陣営に引き入れる事によりゴンズは自分の命を守る事にも繋がり、お互いにとって悪い話ではない。


「そもそも過去に色々あったのはここにいる全員そうだろ? 過去を穿り返すより、未来に向けて建設的な話をする方が良いと考えるが違うか?」


 ゴンズは雷に打たれた気分だった。ここに連れられ死を覚悟していた数時間前、いずれにせよ死は免れない身であった為に抵抗する気すら起きなかった。しかし今はどうか?自分が命を狙った相手から命を保証されている。それも厚遇に近い扱いである。最初は真意が読めず戸惑いもしたが今は理解できる。


(恐らく俺の役割は貴族相手の立ち回りなのだろう、どの程度の裁量を与えられるのかはわからないが渡りに船だ。これで俺はまだ生きていられる……生きてさえいれば巻き返しも夢ではない! 俺を切ったあいつらには必ず復讐をしてやるっ!)


「いや……俺はボスの意見を否定したいわけじゃなくて、自分の命を狙った相手だぞ? それに雇われてた身で言うのもなんだけど、ゴンズの旦那はクズ中のクズだ」


「お、お前、ぐぅ……それは否定はできんがそこまで言わんでも……」


 心当たりがありすぎるゴンズは返す言葉が見つからない。


「デルタ、ここには表の人間からみればクズの中の最上位の集まりだぞ? このゴンズという男は俺が利を与え続けている限り裏切る事はないだろう。それに裏でどんな野心を描こうがそれは自由だろ? まあ、俺に反目して刺客を送ったところで結果は火を見るより明らかだけどな」


「め、滅相もない! 俺はあなた様に永遠の忠誠を誓いますぞ!!」


「必死かよ……」


「だ、黙れ! もう後がないんだ! ここでもうひと花咲かせる事が出来るなら俺は悪魔にだって魂を売り渡す! それにお前は分かっていない! 今ここにいる事で得られる利がどれ程のものか!!」


 生きるための必死な姿を見苦しいと感じるのは正常な思考だと言える。しかし、ここにいる者達は "そりゃそうだ" としか思っていない。小さなプライドで命を散らす方が見苦しい。そんな思考がここでは正常なのだ。


「お、おう……」


 ゴンズのあまりの剣幕にデルタは引いてしまった。


「まあ、ぐだぐだと喋ったところで理解できてないなら無駄だし、そのうち分かるさ。さて、本題に入るとするか」


 クロは釈然としないデルタを無視して話を続ける。


「念願だったカジノが本格的に始動するにあたり、それぞれの役割を正式に与える。まずはガロウ」


「おう!」


「お前は地下闘技場の責任者に任命する! ここは借金奴隷を戦わせるショーの様な場所だが、借金奴隷共のモチベーションを保つべく賞金を与え、返済が終われば解放されるという希望を与え続ける必要がある。だが……簡単には解放する必要はない。返済と数年に一回開催するトーナメントに優勝した者にだけその栄誉を与えるように」


「なあ? 俺に勝ったら解放するというルールもあって良いか?」


「好きにしろ」


「よっしゃぁぁぁぁ!!」


「次にドルトランド、お前には併設する全ての店の管理責任者に任命する」


「はい、承りました」


「特に娼婦共の質は落とすな。徹底的に教育する事と衛生面の管理は怠るな。それと、定期的に借金奴隷を闘技場に送ってくれ」


「得意分野でございます」


「次に……ゴンズ」


「は、はい!」


「お前は俺に代わりにこのカジノの表のオーナーとして全てを管理しろ」


「へ? お、俺がカジノのオーナー!?」


「お前、一応領地持ちの男爵だろ? 領地経営が出来るならカジノ経営なんて簡単だろ」


「そ、そんな大役を頂けるとは……」


「あ〜でもある程度は客に儲けさせる事を忘れるなよ? 金を落とすのは何もカジノだけでなくて良いんだ。周辺の店にも落とせるようにする事で街全体が潤うそれが狙いだからな。それと貧乏人が一攫千金を狙って夢を掴むっていうのもカジノの醍醐味だ。そういう輩を利用して上手く宣伝させるんだ」


「わ、わかりました!」


「そして貴族だろうが皇族だろうが忖度はするなよ? 増長の原因になりかねないからな」


「こ、皇族でもですか?」


 皇帝の臣下という立場のゴンズにとっては目の上のたんこぶの皇族に対し忖度をしないという選択肢は頭になかった。しかし、目の前に立つ死の象徴はそれを許してくれず言葉が続かない。


「心配するな、ここは治外法権の街スラムだ。それにな? 俺はファミリーを大切にする。相手が誰であろうと俺がファミリーと認識している者に対して危害は加えさせない。お前はそこに含まれる」


「おおおおぉぉぉ!!」


 ゴンズは震えていた。恐怖からではなく喜びからくる震えだった。成り上がりの男爵だと陰口を叩かれ、都合良く使われる事はあっても、優しい言葉をかけてるくれる者は居なかった。 

 反骨心だけで生きてきて限界を感じていたところに舞い込んだスラム街の利権の話し。だが、目論見は失敗に終わり全てを失った。その元凶である相手から自分が心から望んでいた言葉をかけられるというのは皮肉なものだ。


「判断に迷う時は俺に相談しろ」


「期待に沿えるよう努力いたします!」


「次にデルタ、お前は懺蛇の幹部としてカジノ全体の警護の統括、それとゴンズの補佐をしろ」


「了解ボス! それで……人員はどこから?」


「必要な人数を試算する必要があるが、懺蛇の構成員で足りなければ下部組織からでも派遣してもらえ」


「了解」


「最後にボン爺だが、今までの仕事にカジノが対象に加わるだけだ。任務内容は追って通達する事なる」


「まあ儂らは陰のような存在だからのう支障はない」


「基本的には個人の裁量に任せるが……定期報告は嘘偽りなく届けるように。虚偽の報告は更迭の対象となり得るからそのつもりで」


 この組織に於ける更迭とは死を意味する。最低限の約束事さえ遵守していれば問題にはならない。最低限の約束事とは "裏切りらない" たったそれだけだ。


「ボスはカジノに関わらないので?」


「基本的にはな? 動き出してしまえば俺は必要なかろう」


 クロ自身はお金に執着がない。身内が飢えずに生活できる環境を整える事が目的であり、カジノはその手段でしかない。基盤が出来た今、次にとる行動は仲間の仇討ちであり、帝国に来る前にした約束を果たすために動く事だった。


「という事でだ……俺はしばらくの間帝国を離れるから後のことは頼んだぞ」


 全員が立ち上がり頭を下げる中、クロは部屋から出ていった。


「クロ様お話しは終わりましたか?」


 ドアの前で待っていたのはエリーナだった。


「ああ、準備は出来ているか?」


「はいっ!」


 二人はそのまま冒険者ギルドへ向かうのだった。

作品を読んでいただきありがとうございます。

この作品はカクヨムでも掲載しております。

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