私の救世主
魔道士協会の魔道士ダムス。
彼の固有魔法である予言魔法はあらゆる災難を予言する。
魔道士協会の中でもっとも恐ろしいと評する者さえいるダムスは、カイソウジすら唸るほどだ。
そんな彼は今、人生で初めて危機を感じていた。
ドンチャッカ国の王都の宿にて、爪をかじりながらダムスは逃げ出そうと画策している。
「見える、見えるぞ。私を襲う数多の悪魔が……」
ダムスの予言魔法はハッキリとした形で見えるわけではない。
災難の規模が小さければその限りではないが、大きくなるほどぼやける。
今回、ダムスは黒い影として自らを襲う多くの悪魔が見えていた。
予言魔法を身に着けてから早二十三年、今年で齢四十六となった彼は自らをあまり評価していない。
確かに自分はこの予言魔法のおかげで危機を脱したが、魔力は平均。
とりわけ優れた攻撃手段があるわけでもなく、だからこそ支部長にも出世できずにいた。
それでも本部が彼を置いているのは、その便利さ故だ。
予言魔法があれば、本部にどのような災難が降りかかろうとも未然に防ぐことができる。
しかし彼はそういった状況に不満を抱いていた。
魔道士協会に来てから二十年以上、出世もできずにお守りのように本部に置かれるだけ。
同期が次々と出世する中、自分だけが取り残されていく。
「よくない。よくないぞ、私はこんなところで終わりたくないっ!」
不安に駆られていたダムスだが今回、カイソウジに声をかけられた。
六神徒が自分を目にかけてくれていたという事実がたまらなく嬉しかった。
期待に応えなければいけない。
ダムスはそう意気込んでいたが、ドンチャッカ国に入った時から不穏な未来が見えてしまう。
自分が悪魔達によって蹂躙されてしまう未来だ。
最初こそドワーフ達かと思ったが、そのシルエットはそうではない。
今まで見たこともない形だった。
どうすべきか?
ダムスは悩んだ挙句、決意した。
立ち上がって、とある部屋を訪ねる。
「リコット。起きてるか?」
彼が声をかけたのは別室に泊っている仲間のリコットだ。
ダムスは臆病だ。
野心はあるものの、自分よりも強い者には媚びて弱い者には強気になる。
リコットは今回のメンバーの中で最年少の少女だ。
その才能は六神徒に届くと言われている魔道士であり、ダムスは彼女に嫉妬していた。
だからこそ、ダムスはリコットを連れ出そうとしている。
「……ダムスさん。なんですか?」
「リコット。お前だけ特別に助けてやる。共に悪魔達から逃げよう」
リコットはダムスの言葉の意味がわからなかった。
彼が予言魔法の使い手であることは知っているが、なぜ自分を助けようとするのか。
リコットが言葉を口に出さないでいると、ダムスが彼女の腕を強く握った。
「いたっ!」
「リコット。お前は将来有望だ。だがこのままカイソウジさんについていけば、待っているのは破滅だ。私と共に逃げよう」
「ま、待ってください! 何があるっていうんですか!」
「お前は私が育てる。私がお前の師匠となれば、魔道士としての箔が付く。だが、こんなところにいてはダメだ」
リコットはダムスが錯乱していると感じた。
ダムスはおとなしい男だが、リコットのような下の人間には時折強く出る。
それは自分のほうが上だと優越感に浸るためで、ただそれだけだ。
「や、やめてください! むぐっ!?」
「無駄な抵抗はやめろ。お前の行動など予言できている。魔法を使おうとしただろう?」
ダムスは相手の次の手を予言できる。
これ故に彼は今まで窮地に陥ったことがない。
理論上、自分はどんな相手にも負けないと思っていた。
しかし今回は前代未聞の災厄が降りかかろうとしている。
それも近い将来、悪魔達がやってくる。
ダムスは一刻も早くリコットと共に遠くへ逃げようと、魔法をかけた。
「スリープ」
リコットを魔法で眠らせた。
次に強化魔法で己を強化してから、大人しくなったリコットを抱える。
夜、宿を出てダムスは王都を歩いた。
「私はこんなところで終わらない。カイソウジさん、あなたには悪いが命にはかえられん」
ドンチャッカ国を出れば、災厄から逃れられる。
ダムスは一縷の希望を抱いて走った。
が、すでにそれは迫っている。
「あ、あ、あれは……」
遠くから追ってくる何かの群れ。
王都なので魔物ではない。
だがそれは大量にいる。
「ひ、ひぃぃ!」
それが予言した悪魔だと理解したダムスはより走った。
だが強化魔法で強化されているとはいえ、悪魔達は速かった。
「ホウシュウ、カクニン」
「ホウシュウ、ヨコセ」
「ホウシュウ、ブチノメス」
「ファイファイファファイ」
ダムスは涙を流した。
鉄の悪魔達が一斉に自分に迫っている。
それは当然、ダムスが見たこともない悪魔だった。
「あ、あ、お、おのれぇぇぇ! ブレイズウォールッ!」
ダムスが豪炎の壁で悪魔達の道を絶つ。
触れればレベル40の魔物とて無傷では済まない。
悪魔達は炎に包まれて動きを止め始める。
「ふ、フフフ! ざまぁないな! この私を甘く――」
「ホウシュウ、ヨコセ」
悪魔達が再び動き出した。
炎の熱を帯びたまま、向かってくる。
そして悪魔達が跳んで、ダムスに襲いかかった。
「ホウシュウ、ヨコセ」
「うわああぁーーーーーーー!」
ダムスは悪魔達に追いつかれて蹂躙された。
その様は傍から見れば獲物に群がる肉食動物のようだ。
ダムスは物理的にあらゆる打撃を加えられて意識を失う。
「ん……」
スリープによって眠らされていたリコットは目を開けた。
地面に横渡っている自分と、見たこともない鉄の悪魔に痛めつけられているダムス。
寝起きの頭で状況がよく理解できずにいた。
「ちょっとー、勝手に出ていっちゃダメでしょー」
「マテリ、おめぇ躾しろって言ったべ」
「いや、まさかこんなに積極的だなんて思わなかったし……。誰に似たんだか」
「報酬はゲットできたのか?」
「うん」
リコットの前に現れたのは三人の少女だ。
ダムスを痛めつけていた悪魔達は彼女達を前にして動きを止めている。
(なに、あれ……。私を救って、くれた……?)
寝起きで正常な判断ができずにいるリコットの目には、その三人が救世主として映る。
ダムスによって拉致されかけた自分を救った少女達が輝いて見えた。
「あれ? もう一人、誰かいるね。報酬は?」
「こいつら、魔道士協会だ。でもゴーレムはボコってねえな?」
「報酬ないならどうでもいいよ」
「ひとまずバトルキングのところに連れていくべ」
リコットは何か言おうとしたが、褐色肌の少女によって抱えられてしまった。
見たこともない乗り物に放り込まれて、どこかへと走り出す。
救世主が自分を安全なところへ連れていってくれるに違いない。
幼い頃から英雄に憧れていた彼女にとって、今夜の体験は忘れがたいものとなった。
更新が遅れてすみません。
書籍2巻が7月に出ますが、そこで完結となります。
心が折れたのでWeb版も3章で終わりにしたいと思います。
買っていただいた方がいらっしゃいましたら、ありがとうございました。
ご期待に沿えず申し訳ありません。