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奴隷少女はエイリアン  作者: 典田四音
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1話 生まれ出る異形の少女

 幼いころの記憶。

 

 夕暮れ時、父と母と僕の三人で山林を歩いていた。


 あたりは薄暗く、木々が不気味にざわめいている。


 僕は歩き疲れていた。もうかれこれ7時間以上歩きっぱなしだ。


「父さんの実家まで、あと少しだ。もう少しの辛抱だからな。だから頑張って歩こう」


 山は上り坂だ。もう少しというのは嘘だろう。山というのは登ったあとに降りないといけないのは子供の僕にだって分かる。


「母さんも頑張るからね」


 母の顔はずいぶんやつれている。最近は食事がのどを通らないのかなぜか貴重な食料を僕に食べさせようとしてくる。僕だってそんなにたくさん食べられないのに。


 突如、ばさりと音がした。


「エイリアンか!?」


 父は緊迫した状況であたりを見回した。母も僕を抱き寄せて硬直した。


 しかし、物音の主はエイリアンではなかった。厄介なものには変わりなかったが。


「あんたら疎開か?ずいぶんおっきな荷物背負ってんじゃないの。さぞ大量の食糧と金が入ってるんだろうよ」


 暗い茂みの奥から顔を出したのは中年の男性だった。身なりは汚く、歯がまばら。その腕にはライフルが握られている。


「あの、お金ならできる限り渡します。食料も」


 父は冷静に言った。―――だからここは見逃してくれと。


「近くの小屋に仲間と暮らしてる。そこまで来い。そこで荷物をばらす。なに、心配するな。使えるものを置いていけば返してやるよ。いつもそうしてるんだ」


 父は男の言う通りついていった。母は僕を痛いくらいに強く抱き寄せた。


「おい、お前らも来るんだよ。こんな暗い森ではぐれたら一生合流できないぞ」


 男は言った。強盗のくせに、最低限の人情はあるようだ。


 しばらく歩くと小屋が見えてきた。思っていたより大きい。エイリアン侵攻の前はペンションとして運営されていたんだろう。


 完全に日が落ちたからかなり接近するまでその建物の全容はわからなかった。


 男はドアを開ける。ペンションの中は真っ暗だ。


「帰ったぞ。おーい、ミキ、ケンジ、トシオ誰もいないのか」


 フシューフシューフシューと荒い息が真っ暗な部屋の奥から聞こえる。


「なんだ、変な声出しやがって」


 男が手探りでランタンの場所を探り当てたようだ。室内が光に照らされる。


「―――なんだよ、これ。」


 血の海。そんな比喩表現がぴったりな状況がペンション内部に広がっていた。


 ちぎれた手足、飛び出た臓物、絨毯のように敷き詰められた血。


 さっき男が名前を呼んだであろう彼らの無残な姿がそこにはあった。


 フシューフシューフシュー。


 部屋の奥から聞こえる。そこに目を向けてみる。


 人型の真っ白い――ナニカ。その生物の両手と思しき部分は真っ赤に濡れている。


 色素を持たない、純白の生物。


 こんな生物は地球上に存在しない、いや、しなかった―――3年前までは。


「おいおい。ガチガチに拘束してたはずだろう。どうやって解きやがった」


 男が銃を構える。―――銃声。


 けれど弾丸はペンションの壁にあたり木片を爆ぜさせるのみ。


 白い生物の腕がグイッと伸びる。常識だ、エイリアンは体が伸縮自在だということは。


 ぐしゃりと、その腕は男の頭を貫いた。僕はなんだかスイカが爆発したようだと思った。


 飛び散る赤い血、白い頭蓋骨、黄色い脳漿。


 僕たち三人は茫然とその光景を見るしかできない。突然のことで脳の対処が追い付かない。


 フシューフシューフシュー。


 なにやら純白の生物はひどく興奮しているように見える。そこで僕らはある一点に気が付いた。


 純白の生物の腹は、パンパンに膨れ上がっており、その足元はバケツ一杯くらいの水が広がっている。


「あれ、破水みたい。妊娠しているのかも」


 女性だから気づいたのだろう。母はそう口にした。


 その瞬間、ビュンとまた腕が伸びて飛んでくる、今度は母に向かって。


「お母さん!」


 僕が叫んだところでもう遅い。


 ぐしゃりと、愛しの母の頭もさっきの男と同じように破裂した。

 

「ああああああああああああああああ。」


 父が獣のように吠える。死んだ男が持っていたライフルを素早く拾うと、素早くコッキングを行いエイリアンの額に銃口を突き付ける。ゼロ距離ならあの男のように外すことはないだろう。


 ダンと、銃声がした。続けてダン、ダンともう二度。


 ドサリと、純白の生物は横たわった。もう動きはしない。

 三度頭部に銃撃を受けて、エイリアンは沈黙した。


「カナエ、カナエ。」


 父は頭部のない、先ほどまで母だったモノを抱き起す。しかし、すぐにその亡骸を床に降ろした。もう、どうしようもないことを悟ったのだろう。


 ペンションは内部は地獄絵図。僕は怖かったけれど涙も出なかった。茫然と立ち尽くす。こんなの夢に決まってる。明日になったら母の腕の中で目を覚ますんだ。


 しばらくの時間が経った。僕と父はその部屋で座り込んで動けないでいた。

 外は真っ暗。明日の日の出まで明かりのある建物の中にいるのが普通の判断だろう。

 そこに、人間5体とエイリアン1匹の死体が転がっていたとしても。


 途端にぐちゅりと、エイリアンの死体から水音がした。


 僕と父はとっさにそちらを見る。エイリアンが生き返ったのだろうか?


「おぎゃーおぎゃーおぎゃーおぎゃー」


 産声が上がる。


「おぎゃーおぎゃーおぎゃー。」


 どうしてエイリアンの腹から、生きた赤子が出てくるんだ。


 気が狂いそうだ。


 父は緩慢な動きでその赤子に近づき、その足をもって持ち上げる。

 赤子は逆さ吊りになって泣いている。


 白い。真っ白な赤子。まるでエイリアンかと思うけれど、目や鼻、口は人間のものだ。

 股間には1本の筋が入っている。女の子、いやメスと表現すべきなんだろうか。


「このガキ、エイリアンから生まれてきたのか」


 父はまるでそビールケースでも置くみたいにドンと机の上にその赤子を乱暴に置いた。


 赤子は泣き止まない。ぎゃーぎゃーうるさい。癇に障る。こんな極限状態でエイリアンの赤子の泣き叫ぶ声なんて勘弁してほしい。


 父はごとりと立ち上がった。僕は予感する。父はこの赤子を絞めるのだろうか、それとも外に放り投げるんだろうか。


 荷物をごそごそと漁る父、取り出したのは乳児用粉末ミルクと哺乳瓶だった。

 それは父の実家の町に届けなくてはいけない配給物資のはずだ。


「え、おとうさん?なにを。」


 僕は驚愕した。父はまさか、授乳させようとしているのか。

 乱雑に新生児の口に哺乳瓶を突っ込む父。

 エイリアンの子供は哺乳瓶の中のミルクを空にして泣き止んだ。


 父僕の方を振り返って言った。


「いいか、ハルキ。俺はこいつを生かしてみる」


「生かすって?育てるってこと?」


「そうだ。こいつは、こいつの母は俺たちのかけがえないのないお母さんを殺した。こいつの種族は俺たち人類の七割をを殺した。地球上の生物種の五割を絶滅させた。だから俺たちはこの子供に復讐しよう。

母さんを殺したエイリアンの娘に、これほどにない悲惨な人生を味わわせてやる」


 父の目は正気を失っているように思えて僕はとても怖かった。父はつづけた。


「だがそのためにはこの生物が人格を得るまで育てなくてはいけない。生まれたての自意識の芽生えない命を奪ったって母さんは喜ばないだろ。だから、この女の生涯を辛く苦しく、意味のない人生にしてやるんだ」


 ―――ハハハ名案じゃないか、と父は言った。僕はいったい何が何だかわからなかったけれど、それが大人のルールなんだろうと無理やり自分を納得させた。




 朝が来た。


 僕らは母だけを丁寧に埋葬した。


 母の頭部のない遺体に土をかぶせるとき、はじめて涙が出た。そしてそれは止まらなかった。僕に共鳴したのか赤子も泣き出した。父は僕の背中をさすってくれた。


 定期的に泣く赤子に父は乱暴にミルクを飲ませた。いかにも面倒くさそうに、サルの子に餌を与えるように。


 歩く、歩く、歩く。山を越え、山を降りると町が見えた。目的地にやっとたどり着いたのだ。


「先生!おかえりなさい!」


 町の人間が嬉しそうに父に声をかける。僕は生まれて初めて父の故郷とやらに来た。

 僕らの目的は疎開のためだ。農地のある田舎には食料がある。

 世界中のエイリアン侵攻によって農地のない東京は餓死者が蔓延した。

 エイリアンに直接殺される人間よりも、エイリアン侵攻によって二次的に殺される人の方が十倍も、二十倍も多いのだ。


 父はこの町の医者の名家の息子だ。

 医療制度が崩壊したこの現代において、ちゃんとした医療設備とスタッフがそろっている総合病院を運営している父の実家は以前の何倍も人々の生活の支えとなっているらしい。


「先生、知らない間にお二人もお子さんがいらしたんですね。それに、背中の赤ちゃん。新生児じゃないですか。あれ、お母さんは?」


 町の若者は事情も知らずぎょっとする質問をする。


「家内は、ここに来る途中で亡くなりました」


 父は淡々と事実を口にした。


「え、ああ、そうですか。すみません、何て言ったいいか。辛い旅路だったんですね」


 若者は顔を暗くする。


「ああ。だけど、息子だけでもここにたどり着けて本当に良かったと思っているよ」


 若者は不思議そうな顔をした。なんだか、背中に背負った子供はどうでもいいように感じたからだろう。


「と、とにかくお父様もお母様も、親族一同お待ちです。お荷物お持ちしますね。」


 若者はそう言って父の背負っていた大きなザックを持った。


「ありがとう、あと君、体力が有り余っていそうだからこれも頼むよ」


 おもむろに、モノでも扱うように片手で赤子を手渡す父。

 若者は赤子を焦って抱きかかえた。


「ちょ、ちょっと。危ないですよ。よしよし。かわいい子ですね。あれ?でも、この子顔色悪いんですかね?白すぎませんか?」


「西洋人の子だそうだ。俺の子じゃないんだよ。あずかった養子なんだ。」


「名前はなんて言うんですか?」


「ああ、そうだな。なにも決めていなかった。そうだな、アリエン、いや呼びにくいな。ではアリエという名前にしよう」


「アリエですか?かわいい名前ですね。西洋の言葉なんでしょうけれど、なんという意味ですか?」


「"ALIEN"異国人という意味の言葉だ。すこし蔑称なニュアンスがあるが、音の響きがかわいいからね。それにこの子は実際、異国の子だ」


 若者は初めてぞっとした恐怖の表情を浮かべた。父の狂気に気づいてしまったのだろう。

 正気じゃない、まっとうな人間ならそんな名前は娘に命名しない。


"ALIEN"ローマで読むとアリエン。この綴りを英語で発音するとエイリアン。異星人という意味を持ち、現在地球規模の大災害を起こしている外来生物の俗称だ。




 これが僕の幼少期の記録。今より15年も前の出来事。

 

 僕はなぜだか、リビングで暖炉の日で照らした医学書を眺めながら頭の中では昔の出来事を思い起こしていた。


 すると、突然横から声をかけられた。


「ハルキ様。こんな時間までお勉強なさっていたんですか?」


 コトリと、机にマグカップが置かれる。コーヒーのいい香りがする。


 病的に白い肌、白く長い髪、血の色をした深紅の瞳が暖炉のオレンジ色の光に照らされてあらわになる。

 美しい。とても、現実とは思えないほどに。

 それは誰しも認めざる得ない事実だ。

 彼女は現在15歳。

 それは、12歳あたりからったからだろうか。

 彼女は1年、1年と年を取るごとに急速に少女から美しい女性に変貌していった。

 そして今も日々変わりつつある。その急速な変化に僕は正直困惑していた。


「アリエか。お前も遅いな。なにしている?召使いはとっくに就寝の時間だろう。規律違反じゃないのか」


「す、すみません!わたし、なんだか眠れなくて。そしたらハルキ様が読書されているのが見えたので、差し出がましいとは思いながらも、お好きなコーヒーを淹れさせていただいたのですが」


「そうか。余計なお世話だ、といいたいところだけど、たしかにこれはありがたい」


 僕は彼女の入れたコーヒーをすする。深夜に飲む淹れたてのコーヒーは内臓に染み渡る旨さだ。


「喜んでいただけましたか?」


 彼女は不安そうな上目遣いで僕の表情を伺っている。

 その媚びたような、卑屈そうな表情が僕は大嫌いだった。

 彼女はこの家で生まれてからずっと虐げられてきたせいで、すっかり客観性を失ってしまっている。

 その美しさがあればどんなに高飛車な態度を取ろうと、男ども自分からがせっせと貢いてくるだろうに。


「うれしいよ。今は親父も、ほかの連中も寝静まったみたいだから、ちょっとそこにかけて話をしないか?僕も眠れないんだ」


 僕は彼女に向かいのソファーに座るように促した。


「い、いえ。めっそうもない。使用人が、召使いであるわたしが居間ソファーを使用するなど、見つかったら折檻されてしまいます。」


「アリエ。当主の息子がそこに座れと言っているんだ。それに逆らうことこそ折檻の対象だろう」


 し、しかし、わたしの立場でそんな―――。と言いながら彼女は恐る恐る居間のソファーに座る。


(わー、すごいふかふか―)


 なんて小声でつぶやきながら目を輝かせている、僕はその無邪気なしぐさにドキッとさせられる。


「アリエ、お前がこの屋敷で生まれ育って15年が経ったがどうだ?」


「ど、どうだ?とは。ハルキ様、何を言っているんですか?」


「なにか思うところはあるかと聞いているんだ。不満なり、自分の将来の夢なり、今後どうしていきたいかということだ。なにかあるだろう?」


「……そんなこと聞かれてもわたし、なにもありません。思いつきません。」


 心底困ったという表情で彼女は言った。


「なにもないだと………。」


「はい。わたしは身寄りのない赤子であるところを幼いハルキ様と、ご当主様に拾っていただいたと聞きました。そこで拾っていただけなかったら、わたしは人知れず命を失っていたとも。そんなわたしがこんな衣食住のある場所で生活しているという状況以上になにか望むものがあるとお思いですか?」


 それは事実だ。

 事実だが、彼女の今の状況は父の思惑通り悲惨だ。


 肌の色が違う、出自が分からないと色々理由をつけて、召使いの序列では常に最下位。

 当然給金はない。


 月に30日、ないしは31日の労働の対価は仕事用の衣服とあばら家住まいと貧相な食事のみ。


 満足な教育は受けられず、活動範囲はほとんど屋敷の中とたまの市街のみ。

 そんな悲惨な召使いはこの屋敷には彼女ひとりしかいない。

 

 彼女以外の召使いは普通に給金をもらって、休日は遊んだり、遠い家族に仕送りしたりと自由にお金を使っている。それなのに、わたしは命を救っていただきましたからという理由に納得してほかの召使よりも明らかに劣る扱いを甘んじて受けている。


「おまえは、ずっとこれでいいというのか?休みなく働き、自由のないこの生活が一生続いてもいいというのか?」


「ハルキ様、わたしはこの生活がずっと続けばいいと思っています。だって、わたしはこれよりほかの生活を知りませんもの。もし知っていたら、何か思うところはあるかも知れませんが、幸運にもここしか知りません。檻から出たことのない小鳥は大空に憧れることはありませんから」


 彼女はそんなことを言う。けれど彼女も15歳だ。自分の立場がいかに劣悪で、不幸なことか周りを見て客観的に判断できる年頃のはずだ。本音は当主の息子には言わないという浅慮だろうか。だとしたら腹がたつ。僕は、個人的に彼女を気遣っているだけなのに。


「そうか。僕の思い過ごしだったみたいだな。アリエ、明日からも職務に励めよ。そのためには夜更かしはほどほどにな」


 彼女はもう話は終わりだという僕の意図を正しく察した。


「かしこまりました。明日の朝食、精いっぱいおいしく作らせて頂きます!ハルキ様の好きなナスの浅漬けを仕込んでおりましたから、ぜひご賞味ください」


「ああ、ありがとう」


「ではハルキ様、わたしが暖炉の火を消しておきますのでお休みください」


 彼女は今からも火消しの仕事をするという。

 もういい、僕が消すから寝ろと喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 そう言ったところで彼女は僕に暖炉を消させないだろう。

 生まれてからずっと奴隷のような生活しか知らない彼女は、主に労働させるなんてことを夢にも思わないし、それを罪だと感じるように調教されている。


「あちっ。熱いなあ。火かき棒どこいったかなあ。あと、砂もとってこなきゃ」


 これが父の言う復讐。彼女から身体的自由を奪い、個人意思を奪い、教育の機会を奪い、ただただ労働力として摩耗させ、疲弊させ、動けなくなるまでコキ使うつもりだ。


 果たしてそれでいいのだろうかという疑問が僕のなかに渦巻いている。

 

 目を見張るほど美しくなってしまった彼女。

 ひどい扱いをうけても歪まず、まっすぐに育った人格。


 僕は最近、父の言う"彼女を復讐の対象"と思うことができなくなってきていた。




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