とある事務員さん達の話その8。
「なぁ、今日何かしたか?」
「へ?っ、ちょ、」
シャワーを浴びて部屋へ戻ればいきなり腕を掴まれた。背後から抱きしめられて、うなじに顔を寄せられる。すんすんと確かめるように鼻を鳴らされくすぐったさに身をよじるが、先輩は解放してくれる気はないようだ。
「な、んですか、いきなり。」
「いや、さっきからいつもと何か違うと思ってな。」
さっき……とは、先程までの行為のことだろうか。そういえば今日はやたらとしつこく鎖骨や首筋に痕をつけられた気がする。ぬるりと項を舐められた感覚が蘇ってゾクリと身体が震えた。
「……甘い。」
耳元で囁かれた言葉に、ようやく原因に思い当たった。味、ではなく匂いを指すのだろう。確かに、意識すればわずかに感じる花の香り。
「シャンプー、変えたからですか?」
「ん?あー。」
先輩の手がするりと髪を梳き、すん、と鼻を寄せられる。どうやら間違いないようだった。
「最近静電気のせいか髪がはねちゃって。昨日佐藤さんに何気なく相談したら、オススメがあるって今日下さったんですよ。」
「佐藤が?お前に?」
「効果絶大、なんだそうですよ。」
試しに手ぐしで髪を梳けば、さらさらと指からこぼれ落ちていく。同時にふわりと香る甘い香り。思ったよりも指通りが良くて、零れ落ちる髪の感触を何度か楽しんだ。濃厚だけれど甘すぎない香りが鼻をくすぐる。
もしかするとものすごく高価なものをいただいてしまった?これはお礼のメールを送った方がいのかもしれない。そう思っていまだに背後ですんすん鼻を鳴らしている存在を引き離そうとしたのだけれど、
「っ、あのやろぉ…」
「へっ、ちょ、」
離れるどころか腰に手をまわしてこちらの身体をがっちりとホールドしてきた。ピタリと身体を押しあてられれば、背後にありえないものが当たる感覚。これはもう、嫌な予感しかしない。
「ちょっと、一体何を、」
「何ってナニに決まってるだろ?」
「っ、馬鹿!離してください!」
首筋に顔を寄せられ、噛みつくように吸い付かれれば身体はビクリと反応してしまう。
つい先ほどだ。さんざん鳴かされたばかりなのに。なのにどうして!?
離してくださいとあがいてみたところで、力では到底かなわない。せめてもの抵抗にと振り返って睨みつけてやれば、眉間にしわを寄せなんとも苦し気な表情を浮かべている先輩が目に飛び込んできて。
「お前、そのシャンプー休日以外使うなよ。」
「へ?何で…」
「エロすぎ。効果絶大だから、それ。」
「!?ん、っ、」
反論する暇もなく、頭を押さえられ唇を塞がれる。ぶつかる息遣いはすでに熱をもっていて、もうどうにもならない事は今までの経験上よくわかっていた。
先輩の指が、髪を撫ぜればふわりと香る、花の香り。
全てをあきらめて、瞳を閉じてその身を委ねてしまったのは、甘い香りのせいなんだろうか。
とりあえず、いただいたシャンプーはこの人の前でだけは絶対に使うまいと心に決めた。