二人
「なあ」
俺は、目の前のあいつに、声をかける。この世で、最も大切な、愛している人に、声をかける。
刹那、何か、勘違いをしているかのような、違和感に襲われる。
「なあに?」
そして、あいつは言う。それを聞き、あいつの声を聞き、俺は思い出した、思い出してしまった。そして、思い出したことにより、今の状況、その他の色々なことを理解してしまった。
そして、理解してしまってから、何故かおかしくなってきて、笑いだしてしまった。
それを見て、変に思ったのか、怪訝な顔をして、再び聞いてきた。
「だから、何なのよ」
「いや、何でも無いんだ、うん、何でもないよ」
そう言いながら、また少し笑ってしまった。
あいつは、まだ腑に落ちない、といった顔をしていたが、何も言わないだろう、と思ったのか、それ以上に追及してくることはなかった。
それから、少しの間、二人の間に沈黙が訪れた。しかし、特に不快感は無く、むしろ心地よい空気の中、おそらくすぐにでも終わってしまうだろう、この沈黙を味わっていた。
すると、不意にあいつからの視線を感じて、そちらを向くと、こちらに向けて何かを話しているようで、口を開閉していた。そして、何故か、あいつにノイズがはしり始め、あいつの姿がよく見えなっていく。動こうとしても、身体は動かず、目と口しか動かない。
「おい」
なんとか動く口を動かして、そう声を出す。ノイズは強くなっていく。
「おい!」
先ほどよりも強く言うが、あいつが何か反応しているようには見えない。ノイズのせいで、何も聞こえない、あいつの顔も、もう見えない。
俺の意識も徐々に薄れていく。あいつが何かを伝えようとしている気もするが、何も分からない、本当に何か言っているのかどうかも分からない。
すると、一瞬、ノイズが消えた。その時こちらを向いていたあいつは、あいつの顔は、俺に笑いかけているようだった。
次の瞬間には、もう真っ暗だった。ついに意識も消え去ろうとしている。
そうだよな、こんなのは夢なんだから、もうそれだけで満足するしかないんだ。夢でもなければ、あいつが俺の目の前にいるなんてありえないんだ。
だって、あいつはもうこの世にはいないんだ、もう死んでるんだから、
俺が殺したんだから。