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置物聖女

拝啓、王太子殿下さま。アレンさん、いよいよ本気出すってよ

作者: 環 エン

短編『置物聖女は元引きこもりの天職です』に名前だけ登場した

護衛騎士ジュライの視点です

「初めまして。今日からセレティア様の護衛を務めます、ジュライと申します。これからよろしくお願いしますね」

「……」


 俺がセレティア様に初めて会ったときの感想は、『なんだこいつ、暗いやつだな』だった。俺の挨拶に返事もしなければ、表情が一切変わることなく隠れるように俺を窺っている姿はちょっと怖い。


 死んだような目を除けば儚げな容姿の彼女は、簡素なワンピースも下ろした腰ほどある髪も清廉な聖女像を体現しているようだった。しばらくしてこちらを気にしていたが、それをやめたセレティア様はコクリと頷いたあと誰も立ち入らない自室へ戻って行ってしまう。今振り返れば、セレティア様はその時に俺をいずれかに線引きしたんだと思う。


 残った俺は、隣に立っている護衛騎士仲間となるアレンさんを見る。彼はいつもニコニコと穏やかに笑っている人だが、実は13歳で入団したばかりのときに、当時から期待の聖女であった弱冠5歳のセレティア様の護衛騎士に任命されるほどの所謂天才と言われる人だった。入団試験の先輩騎士との勝ち抜き戦で全勝した記録はいまだ破られていないのだが、そんな凄腕なのに実戦もロクに踏まずにセレティア様の護衛を続けているため、騎士団の中でもアレンさんを知らずに馬鹿にする奴が愚かにも存在していた。


「おたくの聖女さまっていつも『ああ』なのですか?」


 まあ、俺もその中の一人だったのだけれど。当時の俺は愚か者らしくアレンさんを舐めてかかっていた。今あの時に戻れるなら、セレティア様至上主義のアレンさんになんてこと言っているんだと後ろから自分を殴りつけて土下座させてやりたい。


 アレンさんは俺の言葉に勿論思うところがあったのだろうが、穏やかな笑みは浮かべたままであった。今の俺はそれが怖くて仕方ないけど、当時の俺はそんなアレンさんが優男に見えていた。知らないって本当怖いな。


 当時の俺は若くして王太子殿下の近衛騎士を拝命し、さらに秘密裏に王命を受けたことで調子に乗っていたんだと思う。だけど表向きとはいえ、王太子付きの近衛騎士から聖女付きの護衛騎士になることが面白くもなかったんだよな。


 今は俺の立ち位置が王族による聖女セレティア様を囲い込むための大切な役割だということも、王太子殿下はその任務を幼なじみで信頼の厚い俺に託してくれたことも十分理解しているけど、当時はただ面白くなくて、暗そうな護衛対象に優男の護衛仲間と一緒に過ごすことになることにハズレくじを引いた気分になっていたわけ。


「貴方がセレティア様が興味を持つに値しない人物だとわかったので、私も特に相手は致しませんが、仕事だけはきちんとしてくださいね。とはいえ、王族が無理やりつけた追加の護衛ですから貴方にこれといってお願いしたいことはないのですが。走り込みでもしてきますか?」

「はぁ?なんであんたの指示を聞かなくちゃいけないんだよ。護衛なんだからここにいればいいだろ」

「なるほど。では今日はそのようにしてください。しかしながら後で俺の鍛錬に付き合ってもらっていいですか?せっかくの護衛仲間なのですから実力はお互い知っておきたいでしょう?」

「俺の来歴を知っていて、そこまで言えるなんて世間知らずだな。まあ、実戦にも出ないで10年近くもあの聖女様と塔に籠もってちゃ仕方ないのかもしれないけど」

「……まずは護衛を全うしましょう。夕食と湯あみをする時間までセレティア様は外に出てきませんが、気配はなるべく消して立っていてください」


 本当にあの時の俺が殺されなくて良かったと思う。アレンさんは俺の舐めた言葉にも何を言わずに、俺が隣にいるのにわからないくらいに気配を絶って立ち続けていた。それはセレティア様が扉を開ける少し前まで続き、徐々に気配を匂わせてセレティア様が驚かないように配慮していた。それも今になって知ることではあるんだけどな。


 当時の俺はそんなことを察する余裕もないくらいに疲弊していた。近衛騎士として王太子殿下の側に立ち続けることだってあったのに、気配を絶って何もしないで立ち続けることがこんなにも疲れることだとは知らなかったのだ。あと隣にいるはずのアレンさんのプレッシャーが怖かったのもある。気配がないのに圧を感じ続けるのは精神的疲労が尋常ではなかった。


「おやすみなさい、セレティア様」

「……」


 夕食と湯あみを終えて再び部屋へと消えようとするセレティア様に声をかけるアレンさんはやっぱり穏やかなので、当時の愚かな俺はさっき彼に対して持った恐怖心よりもずっと持っていた軽視する気持ちの方が勝ってしまった。


「さて、セレティア様は朝まで出てきませんから、これから鍛錬しましょうか」


 ニコニコと笑って俺に告げるアレンさんの言葉は、今の俺には恐ろしい死刑宣告に聞こえるが、当時の俺は何も気づかずに、やっと体が動かせる喜びに心を浮かせていた。生きて帰れることはわかっているけど、無事を祈って手を合わせたくなる。


 祈りの塔の外にある、誰もいない広場を鍛錬の場として軽く準備運動した後に打ち合いを始めることになった。


「先に謝っておきますが、貴方の言うとおり俺はずっとセレティア様の護衛騎士だったので、もしかしたら普通の鍛錬の相手とは違うかもしれません。鍛錬も毎朝やっていますが、それも一人でやっているので少々勝手を知らないのです」

「別に構わないぜ。真剣での打ち合いは無し、勿論殺してもダメだ。相手が参ったと言うまでか動かなくなるまででいいか?」

「わかりました。よろしくお願いします」


 当時の俺はアレンさんの実力を見誤っていたからな。そりゃあもう容赦無くやられたよね。俺に攻撃をさせる隙をわざと与えては、アレンさんはそれを簡単に躱してしまい俺は気づいたら地面に転がっていた。最初はあと少しで当たりそうだしと俺は何度も起き上がって攻撃を仕掛けていくんだけど、段々違和感を覚えるようになる。


 あと少しで俺の攻撃が当たるんじゃない、そう仕向けられる位にアレンさんの実力が上だっただけ。それを体に刻み込まれるくらいに打ち込みをすれば、調子に乗っていた俺の心は綺麗に削がれ、結果完全にアレンさんと俺との格付けは決まった。


「お疲れ。明日からは俺の指示で動いてくれるよな?」

「……はい」

「一番はセレティア様のお心を煩わせないようにしろ。当面、お前の護衛は必要ないが近々セレティア様は国境の祈りの塔へお一人で向かうことになるから、それまで鍛錬をしておけ。俺の鍛錬の時間は早朝5時半から一時間だ。その時間にここに来れば多少の面倒は見てやるが、それ以外はセレティア様の護衛があるから勝手にやれ」


 そう言い切ったアレンさんはさっさと歩いて行ってしまった。起き上がることができずに横になったまま話を聞いていた当時の俺は、初めてここまでの強者とやり合ったことに少なからず興奮していた。体のアチコチは痛いし、結局アレンさんに一撃も当てることができなかったのに。

 あんな人がこれから近くにいることが嬉しいと思えたことに俺は笑ってしまった。


 今まではそこまで本気で鍛錬に挑んでいなかったのだろう。ある程度やれば大抵の人には勝ててしまったし、近衛騎士は泥臭さや無骨さよりも見栄えや立ち振る舞いに気を遣うべきという風潮があったからだ。主人の危険には勿論命を張らなくてはいけないが、そのような場合よりも社交界や外交の場で優雅に付き添うことの方が多いための考えだった。


 幼い頃から近衛騎士を目指していた俺は無意識にも鍛錬が甘かったんだろう。アレンさんは毎日一時間の鍛錬であんな打ち合いが出来るほどの実力を身につけている。天才だからの一言で片付けたくなかった。俺だって天才と言わて調子に乗ったことがあったから。


 というか、それでアレンさんのことを舐めていた部分もある。俺でも天才と呼ばれるんだから同じく天才と呼ばれたのに実戦に出ない人間なんか大したことないだろうって。今は勿論、アレンさんと打ち合ってからの俺はそんな感情一切ないし、それどころかマジモンの天才に日々恐れをなしているのが現状なんだけどね。


 本当の天才は何でも出来る人なんだよ。アレンさんはセレティア様の護衛騎士だけど、それ以上の存在でもあった。言ってしまえば、有能な執事だ。


 セレティア様は普段から部屋に籠っていることが多いので決まった時間以外は顔を見ることもないのだけど、アレンさんは長年の勘なのか完璧にその時間を把握し、セレティア様に気づかれることなく何かしら世話を焼いていた。


 食事の準備とか湯あみの準備とか、セレティア様はメイドが付いていないので初めから自分でしているのだけど、いつしかそれを先にアレンさんがするようになったのだとか。セレティア様はそれを受け入れているというか、やってくれるのならありがたく使わせてもらいますというスタンスらしい。そんなわけでアレンさんはどんどん自分の仕事を増やしていき、ついにセレティア様への来客の対応もこなしている。広義で言えば護衛の一環なのかもしれないが、どう見ても執事である。


「俺はセレティア様だけの護衛騎士だからな。彼女が今の幸せを望んでいるのなら、全力で何ものからも守りたい。セレティア様が過ごしやすいように俺が努力するのは、俺が手に入れた幸せでもあるからこれでいいんだ」


 あるときのアレンさんの言葉だけど、アレンさんのセレティア様に向ける感情は護衛騎士以上の何かがあるとしか思えない。それが恋なのかはわからないが間違いなく愛ではあるだろう。


 セレティア様の気持ちまではわからないけどな。そもそも俺は護衛対象者なのにセレティア様とあまり会うことがないんだから。多分きっとセレティア様は俺の存在を覚えてくれているはずだが、俺自身に興味は持っていなそうだと思う。


 アレンさんほどではないにしろ、今の俺もセレティア様付きの護衛になって3年になる。セレティア様が一人で祈りの塔を任されることになり、初代聖女様と並ぶ逸材と言われる彼女に王族が近づくために王命で追加した護衛が俺。


 セレティア様を知り、彼女の聖女の力を把握し、出来れば彼女の強大な力の理由を見つけることが真の目的でもある。幼なじみでもある王太子殿下からは、あまり気負わずに修行だと思って行ってこいなどと励まされたが、今思えば俺が調子に乗っていたことも、アレンさんの実力も正確に把握していたんだと思う。実際、今の俺は毎日充実した鍛錬に励んでいる。


 最初にアレンさんに言われた通り、追加の護衛は不要なくらいにセレティア様の行動範囲は狭い。そもそも聖女が生活する祈りの塔は万全な警備が敷かれているため安全が確保されている。さらにセレティア様の居住区がある4階以上にはセレティア様以外は立ち居入らないし、3階は俺たち護衛騎士や教会の神官の居住区になっていて不審者は入ってこれない。


 後は一階の食堂と祈りの間くらいしかセレティア様は利用しないが、それも日中だけで他は居住区で過ごしている。祈りの塔で生活している者以外は二階の資料室までしか入れないし、出入口には警備の騎士が24時間待機しているので、もし害を持って侵入しようとしても難しい場所だと言える。


 それでも万が一何かあったとしても、セレティア様にはアレンさんという護衛騎士がいる。セレティア様が居住区で過ごしている時も三階の階段でアレンさんが待機しているくらいである。ちなみに、その階段から一番近い部屋が彼の自室だ。日中セレティア様が一階に降りてきても側に寄り添っているのはアレンさんだし、祈りの間の扉の前で番犬よろしく立っていて、不必要な人間を祈りの間へ通すことはしないのだ。


 そんなわけで王族の計略じみた追加護衛の俺は、元いた王都の祈りの塔から国境の祈りの塔へ移動の間くらいしかまともに仕事をしていない。後はアレンさんに言われた通りの鍛錬の日々だった。


 あの日から心を入れ替えて鍛錬に励むようになった俺は、アレンさんの早朝の鍛錬の時間に打ち合いをさせてもらう時、たまにアレンさんの攻撃を避けられるようになった。俺の攻撃はまだ当たったことはないけど手応えを感じる時が増えている。このままもっと鍛錬をしてアレンさんから一本取るのが現在の目標だ。


 今はアレンさんの他に近くに拠点砦を構えている国境騎士団の人たちと鍛錬が出来て、近衛騎士をしていたときとは騎士としての戦術や考え方も大きく変わったと思うし、成長が実感できることが楽しくて嬉しい。機会を与えてくれた王太子殿下にも今ではすごく感謝している。


 王命については期待に応えられているか分からないが、友人兼主人への手紙の中で一応の報告はしている。と言っても、俺は普段護衛をしていないからセレティア様と関わる機会なんてほとんどないので周囲の様子だったりの報告が多い。


 セレティア様の聖女としてのお力は日に日に増していることは、祈りの塔で生活をしているだけでも実感できることだ。聖女の心からの祈りは魔法陣を通して世界を巡るが、祈りの塔の近くは恩恵が大きくなる。さらにセレティア様は他の聖女と違い、常に聖女の力を発動できるらしくここの祈りの塔の周辺は安定した恩恵が与えられているのだ。これが聖女の中の聖女様や初代聖女様に近い聖女様と言われている所以である。


 セレティア様はきっと自分の評価を知らない。他者を拒むような生活を送っているのもそうだが、アレンさんがセレティア様の意思を汲んでそういった類のことは伝えていないからだ。セレティア様が一番接しているのは勿論アレンさんなので、彼が伝えようと思わなければ彼女の耳には入ることはない。


 それなのに最近、祈りの間に来客があるのだという。護衛騎士が何故か席を外している間にやってくる女性は、いつの間にか戻ってきている護衛騎士が声をかけるまで、セレティア様に色々お話するのだそう。近々雇用更新が行われるが、その女性は更新リストには入れないようにアレンさんが採用担当者に通告していた。


 アレンさんと二人になる機会があったので俺は尋ねてみることにした。王太子殿下への手紙にも書かなくてはいけない出来事でもあるし、俺自身も気になったというのも理由だ。


「アレンさんは何で彼女を祈りの間へ入れたのですか?」

「薬草の中には毒薬にも治療薬にもなる品種があるのを知っているか?アレも加減を間違えなければセレティア様の良い薬になると考えただけだ」

「うわぁ。ビビアン嬢も可哀想に」

「聖女様の間近でお世話ができたなんて箔がついてよかっただろう。ちなみに可哀想なのはジュライ、お前だぞ。セレティア様はお前の名前は把握していたが来歴は一切知らなかったようだ。一応俺がお前との顔合わせ前に説明したはずなんだけどな。さっき元々近衛騎士で今は王命でこの地に来ているが本人は毎日楽しく鍛錬をしていると言ったら、セレティア様が『まあ、本人が楽しいなら別にいいや』ってお顔をしていて、とても可愛らしかった」


 アレンさんは穏やかな笑みを常に浮かべる人だが、俺も付き合いがそこそこ長くなった今では彼の会話の最初と最後の笑顔がまるで違うのがわかるようになった。セレティア様至上主義のアレンさんが彼女のことを話すのときの笑顔は、本心から慕っている感情から出ているのでよくわかる。騎士は感情を表に出してはいけないと教えられたが、アレンさんは穏やかな笑顔を張り付かせることで感情を悟らせないようにしているんだと思う。


 そんなことより、セレティア様が俺のことに興味なさすぎで悲しくもあるが納得もできた。セレティア様は基本他人に興味は持たない。けれどもアレンさんが今日話したことで認識したのであれば、少しは他人へ興味を持ち始めたと言っていいのではないだろうか。これを狙ってビビアンさんを接触させていたのなら、全てはアレンさんの計画通りなのかもしれない。


 アレンさんの目的は把握しておきたいので、少し踏み込んで見ることにする。俺も鍛錬ばかりじゃなくて仕事しないといけないからな。


「アレンさん、王命のことまで言っちゃったんですか。まあ、別に隠れてやるようなことでもないし、これからは堂々とセレティア様に絡もうかな」

「セレティア様の様子を見ながらだな」

「……てっきり、アレンさんのことだからバッサリ拒否するのかと思ったのに。俺が聞いておいてアレですけど本当にいいんですか?セレティア様の幸せな暮らしに影響ありませんか」

「セレティア様はきっと聖女の力を失わない。まあ、俺もそろそろ次に行きたいと思ってな。お前は精々良い薬でいてくれよ?」

「めっちゃ怖い笑顔です、アレンさん」


 ニッコリ笑っているアレンさんの表情は今まで見たことのない、大人の男の色気を醸し出していて、俺はすぐにアレンさんの目的を理解してしまった。同時にセレティア様の今後が少し心配になる。けれどもセレティア様至上主義のアレンさんなので、多分無茶はしないだろうしきっと大丈夫だよな。そう思いたい。


 ともかく、聖女様と護衛騎士のこれからを一番近くで見守ることができる俺は、王太子殿下へのいつもの手紙に『アレンさん、いよいよ本気出すってよ』と書こうと決めたのだった。


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[良い点] アレンさん最強説 残念なジュライさん セレティア様興味ないってさ
[一言] アレンさんが想像以上に天才でセレティアガチ勢だったことに驚きました。
[一言] 面白かったです! 前作も読ませて戴きましたがセレティアの独特な世界観が好きですww アレンさん優秀ですねー。 甲冑着たまま気配消すとかスゴいです(笑) 本気でセレティアを落としに行くアレンさ…
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