冷泉さんの異世界暮らし
painful heartful life
一体、幾度殺した?
もう数えてすらいない。
この世界に来て、訳の分からないまま訳分からないモノに襲われて。
どうしようもなく殺して。
どれだけの時間が経った?
随分長い間ここにいる気がする。
もう才弄は使ってもいない。
殺しは作業と化している。
何度も何度も繰り返すうちに体が覚えてしまった。
もうアレがいつ襲ってきても、なんの能力もなしに対処できるくらいには慣れた。
アレは弱かった。力こそ強いが素人目に見ても意味わからない動きが目につく。
拍子抜けするほど容易に殺す事ができた。
そしてそれにいちいち何か思うことなんて無い。
この世界に来てからずっと変わらない。
たまに思うこと
いつ終わる?
アレは不死身だ、何度殺したって再生して起き上がる。
終わりなどないかもしれない。
私が死ぬ以外は
「あー」
自然と出た
声を出すのも久しぶりだ。
この世界には私とアレだけしかいない。
話相手なんかいない。
「いー」
声を出してみた。
誰も応えたりしない。気の利いた相槌さえない。
代わりとばかりに地響きが聞こえた。
アレが唸り声をあげる音だ。
もう復活した、すぐにやってくる。
いつものように私を襲ってくる。
そんなに私が憎いのか、そんなに私は悪い奴なのか。
憎いだろうな、お前を繰り返し殺し続けている。
私がお前なら一度だけでも殺して一矢報いたいと思う。
そうだな、それにしようか。
才弄は何処かに捨てた。
もう使わない。
贖罪なんてつもりはない。
やれるもんならやってみやがれって感じのカラ元気だ。
目の前にアレが迫っていた。
「来いよ、やってみやがれ」
そう言わないと動けなくなる気がした。
「もういい加減やめない?」
まるで耐え切れなくなったように提案する声が挙がった。
「またその話?言ったでしょレイラ、これしかやることなんて無いのよ」
レイラと呼ばれた10歳ほどの少女は疲れたように答える。
「キリがないよいつまでもこんなこと繰り返したって…もっと別の方法を探さない?」
「その話は何度もしたでしょ?ほら、早く準備して」
しかしレイラはじっと動かない。反抗的な目で睨みつけていた。
その様子にため息を一つ。
「今日はやけに粘るじゃない」
「ねぇ、本当にお願い…嫌なの」
レイラは懇願するよう頼んだ。しかし
「駄目よ」
無慈悲に拒絶された。
「…なんで…?」
「それはこっちが聞きたいわよ、なにをそんなに嫌がるのよ?」
「…」
「何が嫌なのよ?」
「…」
レイラは沈黙を貫いていた、震えながら。
「黙ってちゃ分からないよ、私はエスパーでもなんでも無いんだよ」
「…加減に…」
「ん?」
「いい加減に察してよッ馬鹿カナッ!!もう殺し合いなんてしたくないって言ってんのッ!馬鹿ッ!!」
かつて肉塊のようで植物のような化物だったレイラは母に不満をぶつける少女のように冷泉カナを怒鳴りつけた。
「来る日も来る日も殺し合ってばかり!正確には私が殺されてばっかだけど!カナは数えてないだろうけどもう10年も経ってるのよ?!10年間ずーっとずーっとずーーーっと!!」
それを受けてカナ、今年三十路に突入する冷泉カナは僅かに微笑んで返した。
「"これ"を始めたのってレイラが最初じゃない、私は否応なくやらされてるに過ぎないのよ?」
「じゃあ私が辞めようって言えば終わる話でしょ?!違う?!」
「えぇ、物事を始めるのも辞めるのも双方の同意があって成立するものよ、私意外と嫌いじゃないのよね~"これ"」
「頭おかしい…」
三十路のカナはその豊満かつ鍛え上げられた体をゆっくり降ろし瓦礫に腰掛けた。
「でもレイラがそこまで言うなら理由を聞こうじゃないの」
その言葉を受けて少女の姿形をした化物は向かい合う形で瓦礫に座った。
「ねぇホントにお願い…嫌な予感がするの…」
「嫌な予感?」
「近頃カナの動きがよく見えるの、よく分かるの、なんとなく"殺せそう"って思えるの…自信とか予感じゃなく」
心底怯えたように続ける。
「そう遠くない未来…私の凶器の先端はカナの命に届く…そう思えてならないの」
レイラは自分の両手を酷く恐れていた。
「怖い…私は…ちょっとした弾みで…カナを殺してしまう…」
「この前まで"一度でいいからカナを殺したい"って息巻いていたクセに…」
「今まで何度も私を殺してきたこと、もうなんとも思ってないよ、本当だよ?だからやめよ?」
再度懇願するレイラ。その目は先程より感情に溢れていた。
「別にいいじゃない、私まだ一度も死んだことないし、この世界ならもしかしてレイラみたく生き返るかもっ」
「生き返る訳ないじゃんッッ!!!」
悲痛な叫びが木霊する。
「生き返る訳ないじゃんッ!解るでしょッ!私とッカナはッ違うッッ!!」
「そんなこと言わないで」
「カナは…私みたく姿形を自由に変えられないし…時間が経つにつれて少しづつ衰えていくし…傷だって治すこともできない…!」
「治らない訳じゃないよ、速度が遅いだけでちゃんと治って…」
「治ってないじゃんッッ!!!」
レイラが遮る。
その目はカナの傷だらけの体だけを見ていた。自分が刻んだ傷。治ってはいる。治っているものの一生消えることはないだろう傷跡が痛々しく残っていた。
「…治って…ないじゃん…」
見ていられない物に顔をひしゃげて俯いた。
一滴の液体が目元から零れ落ちた。
「…?!…何ッ?これ!…血ッ…?!」
自身の異変に驚くレイラ。
その様子に意外そうに声を挙げてカナ。
「あら、レイラも泣くことが出来たのね~初めて見たわ~知らないかしら?それはねぇ"涙"って言うのよ」
カナが指差して教えた。
「…なみだ…?」
「そう、そして涙を流すことを"泣く"っていうの」
「…」
レイラは沈黙。ただ涙を流しながら聞いた。
「なんで教えた…」
「え、だって知らなそうだったから…」
「違う…なんで教えたって聞いてるのっ」
「???」
「っ…だからっ…」
言葉を探しあぐねて
「なんで私に"言葉"を教えたっ?!」
「殺し合いが好きなだけならただ殺し合ってれば良かったじゃない!馬鹿っ!」
「なんて厄介な物を寄越すのよっ…便利な道具だとばかり思ってたのに…何かする度に教わった"言葉"が私の中で組み合わさって…勝手に溢れてくる…今もっ!」
「色々分かるようになって…楽しい時も…得意になった時もあった…なのに今はっそんな言葉がっ苦しくて怖いっ」
「昔はこんな事は無かった!言葉さえ知らなければッ!なんでこんなものを寄越した!?こんなに辛いなら…!私は言葉なんて知りたくなかったッ!」
「教えなければ良かったのよッ!!ただ黙って殺し合っていれば良かったのよッ!!その方が良かったッ!!違うッ!?」
「…なんで…教えたの…」
弱々しく続ける。
「なんで…"涙"を教えてくれたの…?」
「なんで…聞いてもないのに…私の疑問にいちいち応えてくれたの…?」
「なんで殺されようとしてるのに…性懲りもなく語りかけてくれたの…?」
「レイラ…」
「…それ…」
「…レイラ……レイラ……レイラッ!……レイラッ!!」
「私っ!…私のことっ!カナが私のことを呼ぶ声だって…私自身がもう解ってるっ…!!」
「…私は"レイラ"じゃ無くて…私はただの"私"だったのにッ!」
「ちゃんと覚えてる…カナに会う前の私は言葉も無いまま…考えも無いまま…思いも無いまま…ただ叫びながらカナを殺そうとするだけの私だったのに…」
「なのに…」
「なんで…私を"レイラ"にしたの?」
「…」
「…応えてよ…さっきから私ばっか喋ってんじゃん…」
「ごめんごめん、こんなにお喋りなレイラ珍しいから…」
「………」
「…ははっ…そーね、何から話そうかな…」
「好きだよ、レイラ」
「は!?」
「おかしいかな?女の子同士だし…(?)」
「何言ってんの…?」
「いや、本心なんだよ…なんて言ったら良いんだろう…」
「何…?…ホントに大丈夫…?私が勉強不足なだけ…?今の言葉にも実は物凄い意味が…」
「あのねっ!」
誤魔化すように遮る。
「私…ここでレイラと会えて良かったの!もしレイラがいなかったら…私とっくの昔に死んじゃってるもん」
「………」
「ねね、レイラが私に初めに言った言葉覚えてる?」
「…何度も聞いたよ…」
「拙いけど"ごめんね"って!そう言ったの!」
「…知ってる……っていうか覚えてる………」
「あの時本当に救われたの…!それまでずっと一人だと思ってた私の世界に、もう一人…アナタがいたんだって気付かされてね!」
「…」
「あの言葉がなかったら私本当に……うん、いつか疲れ切って動けなくなって…死んでたかも」
「…」
「それくらい人間にとって孤独って辛いものなのよ?」
「それだけじゃん…」
「ん?」
「私が言った言葉なんて…それだけじゃん!カナが教えてくれた言葉に比べたら大したことない!」
「レイラ?」
「なに!」
「今、レイラが私に教わった全部…自分の物して私に話しかけてくれるじゃない?」
「…うん…」
「うん、それだけで充分!満足!」
「なんで?!応えになってないよ!」
「これが応えよ!詳しく言うなら…これからも私に話しかけてくれるでしょう?」
「それは……うん……」
「うん、嬉しい!教えた甲斐があったってもんよ!」
カナはレイラを抱きしめて続けた。
「もし…私以外の誰かがここに来たとき…レイラは私のことを全部話していいからね」
「……?…」
「私がどんな風にしてたか…なんて言ってたか…幸せそうだったとか…全部話していいからね」
「…?…どういうこと…?」
「ふふっ…こういうことをね?"託す"っていうのよ」
「…タクス…?どういう意味…?」
「今のことよ!」
「???」
一人が笑った。
大きな声で高らかに。
際限なく続かんばかりの大きな笑い声。
一匹は怪訝な顔をしつつも
諦めたように笑った。
受け入れるように。
それなりに笑った。
その時
次元の壁に穴が空いた。
「次の異世界に到着しました、いつものようにクソザコナメクジノロマ二人を置いて亜音速で駆け抜け……」
タケルが穴から飛び出した。こちらを見てからずっと動かない。
しばらくの沈黙。
「……?……人違いでした、いやー怖いですね〜危うくタイマーを止めるところでしたよ…(かなしぃはこんな年増じゃ)ないです」
「タケル?!」
カナが叫ぶと
「うっそだろお前かなしぃ!?!?」
驚愕に染まる表情のタケル。
「タイマーストップ!記録は…114時間51分4秒です、完走した感想ですが(激ウマギャグ)」
この異世界に来客者が現れた。