冷泉さんと不良と優等生
「まだやるだろ?幾らでも付き合うぜ?」
タケルはその小さい体でもなお膝を手に見下して言った。
「…はぁ…はぁ…ちょっち…きゅ…けい…」
カナは息も絶え絶え、地べたにへたり込んでいる。汗と涎がポツポツと落ちる。
「うへぇ…戦うって…すごい疲れるのね…」
その様子にあぐらをかいて目線を合わせる。
「かなしぃ体力無さすぎ!今日から毎日走って」
「…無理ぃ…無理ぃ…」
「休憩は癖になるから1分ね、数えてるから」
「…無理ぃぃぃい!……」
比較的軽いスパルタ発言だがその眼はしっかりと体の状態を観察している。
異常は無いか、まだ行けそうか、息を切らし汗でシャツが張り付く体の至るところをくまなく観ていた。
ーーー水分と塩分と…アミノ酸…
「タケルくん…さっきからかなしぃさんのどこ見てんの…?」
「あ?」
突如背後から震えた声で問いただされる。
声の主がトコトコと現れて、蔑すむような目でタケルを睨む、齢10程の少女だった。
カナに振り向いて
「かなしぃさんのこと卑らしい目で見てました」
「は?」
「えっ嘘っ!?」
わざとらしく驚いて胸元を両腕で隠すカナ。その心中は"よっしゃ〜休めるわ〜"
「オイかなしぃ悪ノリすんな、このテの冗談は通じねぇんだよ、コイツ真面目だから」
「言い訳なら聞くよ、かなしぃさんの方が胸大きいから?20歳って年齢に興奮したの?発育は私より良いに決まってるものね?」
「オイオイよく考えろよ、従兄弟だぜ?!身内だ!何考えてんだよ!」
少女は蔑みながら自身が着ていた上着を汗まみれ涎まみれのカナに着せた。僅かな躊躇いすら見せない。
「…!?」
カナに電流走る。
ーーー汗まみれなのに…この子…!
「従兄弟なんて他人みたいなものじゃない、かなしぃさん美人だし…逆に身内だから良い…とか?…見損なったわ…もう貴方とは…」
「ルナちゃんッ!」
カナが少女に抱きつく。
「うわっ!」
少女は驚き慄く。
ほろりと涙を流して
「良い子ッ!凄く良い子!タケルには勿体ないくらい良い子!なんでこんなの好きになったの?!カワイイ!うちにおいで!」
「かなしぃさん!?どうしたんですか?!」
「あぁぁ!!あああぁぁぁぁあああ!!!」
「かなしぃさんうるさいです!」
ルナと呼ばれた少女は泣き叫びながら引っ付いて離れないカナにどう対応していいか分からない様子だった。
ーーーコイツ…上手いこと(?)逃げやがったな…
しばらくして落ち着いた20歳が膝に載せた少女を頬ずり撫でていた。
場所は茶店の中。先ほどまで茶店の真ん前で二人は戦っていた。カフェでお茶してた人の注目を浴びながら人外じみた動きをしていた奴や銃を自分の脳天目掛けてぶっ放していた奴が突然茶店に入ってくれば奇異の眼で見る者がいる事はしょうがない事だった。
スポーツドリンクをストローで吸い込みながらカナがお茶らしく雑談を始めた。
「アンタって学校は行かない、刺青は入れてる、子供の癖に飲み歩くわ、喧嘩は絶えないわ、大体悪いことしかしてないのに友達は多いわよね」
カナが極めて不思議そうに少年を見据える。というより悪魔から愛すべき少女を守護るように見据える。
「そうか?友達はいるほうだけどそれより敵の方が多い気もする」
「悪い友達ばかりって訳でもない、ルナちゃんなんて聞いた話じゃ結構なお嬢様よね〜」
「いやいや…冷泉家に比べればそんな…」
謙遜するルナをかつて自分がされたように愛でながらカナ。
「ルナちゃんはコイツの何が好きなの?」
「え!?」
「こっそりさ…私にだけ教えてよ…」
強い興味の色を出して耳元で囁く。
「えぇっと…!その…!」
「答えなくてもいいぞ」
いたずらっぽく笑う20歳と顔を真っ赤にする10歳達。
「…その…!乱暴に見えて…人情深かったり…!……意外と人を気遣っているとこ………です……あとカッコいい……」
「…言わなくていいっつってんのに…」
真っ赤っか。
瞬時に爆発
「ああああぁ!!!恋してんなぁ!!!恋愛してんなぁあああああ!!!ああああぁ!!!!うおおおおおおおおお!!!」
周囲の人間が怪訝な顔で見る。
「うるせぇ!」
「うるさいです!」
腹の底から唸る咆哮の直後、おもむろに静かになる
「あぁ、確かにタケル意外と面倒見が良いとこあったわ…そういえばそうだったわ…この色男め…しね…」
落差凄まじい静寂。
「俺ァかなしぃのペースについていけねぇよ」
「す…凄い人だね…かなしぃさん…」
二人は自分達の2倍も生きているはずなのに異質、異様な人間に圧倒される他無かった。
「で、話を最初の方に戻させてもらうけどさ、さっきの銃はシグサおじさんがくれたって話だろ?」
タケルが興味を持つのはそこだけらしい。
「うんうん、貰っちゃった〜これ〜」
自慢気に見せびらかす銃。改めて見るとただの凶器にしか見えない。じっくりと見ながら。
「ふ~ん…おじさんは元気?」
「シグサおじさん?元気元気、今日も酒樽抱えてどっか行こうとしてたよ」
「そうか…」
一瞬考えて、にんまりと笑うカナ
「タケルさぁ、ホントはうちに来たいんでしょ~遊びにおいでよ、家のことなんて何も気にしないでさ」
「ばっ!何言ってやがる!誰があんな平和ボケしたところ!!!第一、なんで俺がお前んちなんかに行きたがるんだよ!!俺は強大な力を手に入れたんだ!この力を使えば何でも自分の思った通りに出来るんだぜ?!これさえあれば他の物なんてどうでもいい!!」
「うんうん、アンタが思った以上に世間体を気にしてることは分かったから、今度隠れておいで」
「…ッムカツクなぁ…知った風な口聞きやがって…!」
「分からない訳ないでしょ、家族なんだから」
タケルはもはや何も言えなくなっていた。
ただ仕返しとばかりに
「俺ァ、かなしぃがてっきり何かの能力に目覚めたのかと思ってたよ、人の借りモンで舞い上がって…当の本人はまだ目覚めてないのか」
「…うん…まだなの…」
しゅんとしおれるカナ。
その隙を待ち構えていたタケル、手に持っていた箸を投げ銃を弾き飛ばす。
「痛った!」
空を泳ぐ銃を飛びかっさらい、空中で自分のこめかみを撃った。
バァン!
本物の銃声と何ら変わりない音と共に少年の頭が真横に揺れる。鮮やかな色が頭から全身を包む。
一回転して着地した少年
「ちょっ、ちょっと!」
「ほぉー!衝撃こそあるが全然痛くねぇや!」
感心するタケルに喰ってかかるカナが銃をひったくり返す。
「コレは私が貰ったんだよ!私しか使っちゃ駄目なの!」
「ケチなこと言うなって、せっかく貰ったお宝を前に落ち込んでる奴がマヌケってもんだ!」
たまたま近くにあったコンクリートブロック3枚を並べて
「俺の箸投げはコンクリートブロック2枚を貫通するぜ」
「そんなんで私の手元狙った訳?」
「手加減したに決まってるだろ」
力まず気張らず脱力して割り箸。
振り抜いた裏拳
ぴゅっと高い音の後
3枚目どころではない威力でコンクリートブロック達を完全に破壊した。美しく壊れる瓦礫。
一瞬の沈黙。
「ふぉー↑↑!!やっべぇッ!!コレは流石に!!」
「あぁぁぁっぶねぇぇぇ!タケルアンタじゃ死人が出る!!」
「分かってるって!流石にコレは死ぬだろうな」
「もう駄目だよ!これはもう誰にも触らせない!」
言ったその時ルナがガタっと動き。
「私も…」
言いかけてすぐ恥ずかしそうに黙り込む。
「すみません…なんでも…ないです」
「は?可愛い」
ルナを抱きかかえその小さな手に無理やり銃を持たせ、おでこに銃口を突き付ける。
「…ッ…!」
「怖がらなくていいからね~、全然痛くないから」
「ま…まってください怖いですッ!」
「だいじょびだいじょび」
何の躊躇もなく親指で引き金を引いた
バァン!
ルナの顔がアッパーでも喰らったように真上に飛ぶ。綺麗に乱れる青い長髪。
恐怖と驚愕が入り混じり見開いた目から涙が落ち
「痛くない…!」
黄色く驚いた。
周囲の客が帰り始めた。
ピッとストップウォッチの音。
「時間を計っておこう、制限ある能力ならその限界値を把握しておくべきだ」
「そうだねぇ、他にも何を調べればいいのかな?」
「その壺が気になるなぁ」
「…」
ルナは二人の態度に着いていくのがやっとだった。
明らかな凶器をへらへらと笑いながら自分に脳天に向けてぶっ放している。さっきから何度も何度も。
本物のそれと思しき音と共に頭部が激しく揺れるその光景は見ている側からしても狂気だ。
そして唐突に真面目な顔して話し込んでいる。
---冷泉さんってやっぱ変!
茫然としているルナに纏われた能力の残り香が完全に消えた瞬間を見計らってストップウォッチを止める。
「10秒、これが能力が持続する時間だ」
「短ーい、もっと長く出来ないの?」
「知らねぇよ、それより壺だ…弾丸が出てきたのはここからだろ?」
「うん、下の方に穴が開いて転がってきた」
タケルが壺を振るが何の音もしない。
「弾丸っていう発想があるなら何発か出てきてもいいと思うんだがねぇ」
くまなく調べ上げると唐突に
「上の方に穴があるぞ」
「え、上のほう?」
「おぉ、弾丸が丁度出てきそうな穴だ、勘違いじゃねぇの?」
「上からだったっけ?下からの気がする…」
「だってほら…これ…」
タケル銃をスライドし弾丸を取り出した。指先で摘んで穴に近づけて
「サイズぴったりじゃん」
スポッ
と弾丸が壺の中に落ちた。
「落としちゃった」
「ちょっとなにしてんの?取れなくなったどう…」
「ごめんって、すぐ取るから」
タケルが壺を逆さにして弾丸を取り出そうとしたその時。
壺の下部から穴が開き、弾丸が落ちた。ソシャゲのガチャにありがちなアレだ。
「ん?なんでだろ、こっちから落ちてきた」
床を転がる弾丸を摘み上げて一瞬静寂が流れ
「どうしたの?」
「彫刻されてた文字が変わってる」
「え!?うっそ!」
タケルから弾を奪い取ったカナ。
瞬間
カナの足元が闇に染まる。
「え?」
突然、地面を失ったように落下を始めるカナ。
「!」
「かなしぃさん?!」
カナが闇に呑まれ消えていく
その刹那。
タケルが闇に埋もれるカナ目掛けて銃を投げつけた。
「痛ったぁ!!」
痛々しい叫びが木霊したかと思った矢先、カナは跡形もなく消えた。
「かなしぃさん?!どこ?!どこに消えたの?!」
「落ち着けってルナ、慌てるんじゃない、ダサいぞ」
タケルは至極落ち着いて続ける。
「弾丸が持つ能力が発動したのなら、ちょっとおかしい、銃で放たれた訳でもなく発動した、触れただけなのにな、触れることが発動条件なら"それ"は初め弾丸に触った俺に起こって然るべきだ」
タケルは唐突に馬鹿馬鹿しくなったように考える"フリ"を止めた。
「っていうか、まず何より初めっから怪しいと思ってた奴が近くにいんだよなぁ…」
タケルがトコトコと歩き、ある一人の客の前に立った。
「こっちを見る眼が奇異の眼じゃない変わり者がよぉ」
「…」
「オイ、おめぇだよ餓鬼が」
未だ帰っていなかった小さなお客さんの座る机を蹴った。机は一切壊れないにも関わらず机の上にある全てのモノが粉々に砕け散る。
しかし、まるで全く動じていないように振り向く子供。奇しくも年の近そうな少女だった。
「…」
黙ってタケルを見据える、まるで何も恐れていないかのように。
"タケルくん"と心配そうに声をかけるルナを一瞥。"安心しろ"と口パク。
「オウ、なんだその眼は?俺ァお前みてぇなのを見てるとイライラするんだわ」
「だったらなんだ」
「喋れるんなら良かった、いろいろと聞けそうだな」