冷泉さんと才弄
「なんで私が蔵の掃除…」
薄暗い地下階段をボヤキながら降りていく。
頼み事なんて言われたからちょっと張り切りかけた自分が恥ずかしい。
本来、誰も無能力者に頼み事なんてしない。
ただ蔵が乱れてるから整理して欲しいだとさ。
そんな誰にでも出来る雑務が今は苦痛だ。
ーーー無能力者だから
そんな自分に嫌気が指す負の連鎖。
いつまでもこんな調子ではいられない
「いい加減にしないとね」
切り替えるように頬をペチと叩く。
我ながらいい性格してる
おじさんに渡された鍵を手に蔵の扉の前に立つ。
重厚な錠の鍵穴に突っ込んで回転させる。蔵に入るのは初めてだった。
おじさん秘蔵の酒蔵と聞いていたので成人になるまで入る事は無かった。
おじさん曰く"成人祝だ、どれでも好きなものを一つ持ってけドロボー"と。
酒好きのおじさんとしては私を飲み仲間にしたいが故に言い出したことかもしれないが、私は大して酒に興味はない。
その旨を伝えると気になることを言った。
"あそこにあるのはは酒だけじゃない、結構凄いモノもあるんだ"
変な顔して続けた。
"それを使えば何でも自分の思った通りに出来るんだぜ?"
そんなこと言われてよっしゃと気乗りする訳もなく扉を開けて中に入った。
ーーー意外と明るい
蔵は思った以上に綺麗にされていた。
何を整理するのか疑問が浮かんでくるほど。
棚に整列された大小様々な酒瓶、酒樽、瓢箪、枡、柄杓。
表記されているのは酒の名前だろうが何処の国の言葉か分からない文字の羅列。
やっと見つけた日本語も
純米吟醸「不羈奔放」
古酒「暗中模索」
どぶろく「あほんだら」
「…んー?…ふ……ん?……えー…?…何これ日本語?」
おじさんの酒豪ぶりは知っていたが、こんな蔵を見せられると筋金入りである事がまざまざと理解出来る。
何がどういうものか全く想像がつかない。
「さして興味も無いしなぁ…」
意識は自然と酒から離れていく。
ふと目に付いた一升枡。
"これに酒を注いで飲むのか"と疑問というより呆れが溢れてくるほどデカイ枡。
その枡の中に紙切れが入っていた。
【百薬枡:これで酒を飲むと怪我が直る】
雑に殴り書いたメモだった。
"凄いものがある…"
---これのことか!
一気に興味が湧いた。
怪我を治す能力を持った人間こそ存在するが能力を持った道具というのは初めて聞いた。
ーーーこんなお宝が蔵の中にあるとは知らなった。
蔵の中が色鮮やかに見えた。
他にお宝が無いかと探しに探す。
その時私はトレジャーハンターだった。
次に目を引いたのは七色に光る綺麗な宝石を果実のようにぶら下げた木だった。同じように殴り書きのメモが貼り付けられていた。
【蓬莱の玉の木:綺麗、それだけ】
「綺麗で良いじゃない!」
誰もいない蔵の中でひとりごちる。
私の興味は完全に移っていた。
天井から輪っかをぶら下げ垂らしているおどろおどろしい荒縄。
【異世界転生:首から先を輪にかけ体重を掛けると別世界に行く事ができ、幸せになれる】
「…笑えな…」
ブラックジョークも良いところだ。
目の前におじさんがいたら咎めただろう。
それはそれと流して"どれでも好きなものを一つ貰っていい"と言われた。
目の前に広がるイロモノだってその対象のはずだ。
ワクワクと興味が絶たない。物色は続く。
「一つって…ひとつだよねぇ〜どれにしようかな〜?」
楽しい優柔不断。
止まらない品定め。
ルンルン気分で蔵を乱し続ける。掃除とは何だったのか。
しかし、ある箱を開けたとき動きが止まった。
「…」
時間が停止したように動けなくなっていた。
中に入っていたのは銃のような何か。傍らには弾丸が入っているのだろう謎の壺が鎮座していた。
そういう類のモノは知らない。興味もない。
というより成人した少女からすれば銃なんて興味持つ方が難しいブツ。
だからその銃は視界にすら入っていない。
ただ銃に貼り付けられたメモに目も奪われていた。メモだけに。目もだけに(笑)
【才弄:弾丸に宿った能力を自分にぶっ放して、一時的にその能力を得る】
走り書きされた説明文の隣に銃を頭に押し付け放つ様子が絵で描かれていた。
気が付くと強烈な魔力に引き寄せられるように自然と銃に触れていた。
それだけでも何か特別な力が流れ込んでそうな気がしていた。
「能力…」
無意識に呟く。魅入られていた。
間もなく手に取ったその時
カラン
金属音と共に何かがころころと転がる。
特殊な形をした壺の下部に穴が開き、そこから弾丸が転がり出てきた。
ソシャゲのガチャにありがちなアレだ。
銀色の弾丸には達筆な文字で【攻撃力増強】と彫刻されていた。
言葉の意味が理解と共にジワリと心の中に染み込んでくる。
その言葉が与えてくれる影響と変化を想像していた。
20年もの間、不変を貫いていたモノクロの無に僅かな色が付いたように感じていた。
一瞬考えた。
ある日、突然降って湧いたような力を喜んで受け入れていいものか?
しかし、本来能力といものは皆降って湧いたようなものだったので考えるのを辞めた。
ーーー返さないよ?
もはや悩んですらいなかった。
黄色のようでまた違う、喜色なんて言葉があるのなら。
うん、確かに喜色だ。
銃と壺を鷲掴み走り出した。
不羈奔放~ふきほんぽう
何ものにも拘束されず、思いどおりに振る舞うこと。また、そのさま。「羈」はつなぐ意。「不羈」は束縛を受けず自由なこと。
暗中模索~あんちゅうもさく
手がかりのないまま、あれこれとやってみること。暗闇の中で、手探りをして求める意。
あほんだら~「阿呆陀羅経」の略。
江戸後期、願人坊主のうたった巷談・時事風刺などの俗謡。「阿弥陀経」をもじった経文まがいの文句を小さな二つの木魚をたたいて拍子を取りながらうたって、銭を乞い歩いた。
という意味ではなく、関西でのアホを強めた言いかた。相手を貶す言葉。
才弄~さいろう
そんな言葉は無い。