冷泉さんちと妖怪
成人式。
晴着に身を包む冷泉カナはひっそりと焦っていた。
20歳を超えて未だ自分の能力が目覚めていない。
世間一般的に見ても遅い部類。家族と比べると明らかな差が見える。
冷泉家は皆遅くとも15歳までには能力が発現している。
マイペースな性格だねと古くから言われる冷泉カナにも今回ばかりは自分の胸に沸きあがる焦燥を無視できなかった。
せっかくの祝いの場だというのに頭の端にはそんなことばかりが揺蕩っていた。
「お、白髪見っけ」
唐突に頭上から声が聞こえる。
聞き慣れた声。
「え~嘘ぉ…抜いてぇー」
20歳なのに、白髪があった、今日は最悪の日だ。
ボヤくように頼むと
頭皮にぷつっと僅かな痛みが走る。そして僅かな間のあと
「あ、ごめん白髪じゃなかった」
「えぇーもうなにしてんの?…生えてこなくなったらどうするの?」
訂正する今日は超最悪の日だ。
頭を抑えて批難する。
「ごめんごめんって」
軽い調子の声が後ろから聞こえてくる。
そんな軽い謝罪で済まされる事ではないと文句の一つも言おうと振り返る。
そこには妖怪がいた。大柄な茶髪の中年。
冷泉家に代々仕える(?)自称用心棒。
仕えると言っていいものか、自称用心棒は毎日何をするでもなく暇そうにして、ときおり私達を見掛けては遊びを教えたり、たまに旅に出てはしばらく帰ってこなかったりする。
基本的に自由人で、常識やしがらみには囚われない。
でも居候させてもらってる身を解ってか、家族が困っている時は助けてくれる。義理堅い。
なぜうちにいるのか、何処から来たのか知らない。
ひぃおばあちゃんが子供の頃には既にいたらしい。
長い時を生きる妖怪で見た目は30代いくかという中年、事情を知る者以外には人間にしか見えない。
「何軽く流しちゃってんの?うら若き乙女の髪を一体…」
「恋の一つでもしてるかい?うら若き乙女よ」
「話の腰を折らないの」
妖怪のおじさんは悪びれもせず抜いた私の髪を凄まじい力で弾いて末端から完全に破壊する。
バチィッと指が擦れる音が響く。
「え、突然何?怖いんだけど」
「ゴミが少なくなるでしょ」
おじさんは平然と言いつつもまた私の髪をさわさわと撫でる。
「白髪なんてないって」
「20歳になったばかりだもんね~悩みがあるかなと」
「悩みなんて…」
ありにある、ずっと胸の奥につかえている。
私はまだ能力が発現しないのかな
そんな一言すら躊躇ってしまうほどに私は自分に余裕が無かった。
「元気がないな」
妖怪のおじさんはそんな私なんてまるで意に介していないように髪を弄る。
自然と抜けた髪を一つ二つ摘まんでは破壊する。
バチィッ
妖怪のおじさんは長生きで物知りだけどこういう訳の分からない事をよくやる。それはもうよくやる。
諦めてされるがままにしていると唐突におじさんが呟いた。
「まだ能力が発現していないって?」
いきなり核心を突かれた。
「うん」
しかし意外にもなんでもないことのように返事をしていた。相手がおじさんだからかもしれない。
そんな私を真似てかおじさんは何でもないことのように続けた。
「別にいいじゃん」
「良い訳ないじゃん…みんな能力が発現しているのに私だけ…」
「うちの家系は何か知らんけど早いんだよね、カナが特別遅いわけじゃないよ」
宥め、スカし、落ち着かせるように連ねられる言葉。
「今日ね?成人式だったのね?久しぶりに会った友達もいたんだけどね?ほとんどみんな能力に目覚めてるの!」
おじさんは適当にうん、へぇと相槌をうつ。
「みんな目に見えて自信に満ちててさぁ!なんか…ちょっとカッコ良かったよ…」
「力を得た者は得てして振るう先を求めるものだよ、良いことばかりでもないさ、というよりもしかして既に振るう先があるの?気に入らない奴でもいた?」
「そういうんじゃないけどさ…」
「大丈夫だって、カナが能力を得るよう迫られる事態なんて無いよ」
「確かに今はそうかもしれないけどさ…」
私が言い訳がましく言葉を繋ごうとしたその時
『シグサ』
おじさんを呼ぶ声。シグサとは妖怪のおじさんの名前だ。
声の方を見ればすらりとした綺麗な女性がいた。狐のような銀色の耳と尻尾と袖を静かになびかせてこちらを見ていた。言わずもがな妖怪だ。名前は『嘯』と書いてショウ
その若々しく美しい姿からは想像すら出来ない程長寿らしく、聞いた話によるとおじさんより年上らしい事を匂わせている。
『シオンが探してた』
淡々と要件だけを伝えると打って変わって甘ったるい声になり、私の肩を抱いてきた。
『かなしぃ成人おめでと~振袖めっちゃ可愛い~』
「ん、ありがと」
かなしぃとは私の別称であり愛称だ。
ショウは片腕で私を抱きながらほおずりする。柔らかで温かい肌。ずっと昔から変わりないショウの肌と愛がもどかしい。ハタチになったというのに
『この間までこ~んなにちっちゃくてか~わいかったのにぃ!20年ってあっという間ね!』
「そうなの?」
『えぇ!今もすっごく可愛いわよ、大人の可愛さね!美人さんよ!』
絶えず片腕だけでも私を愛でてくれるショウ。
何故不安定にも片腕だけで私を抱くのか
見るまでも無い、もう片方の腕は無いんだ。
袖は力なく揺れるだけ。
理由は聞いたことが無い。名誉の負傷だといつも言う。
今よりも前の時代。多彩で優秀な能力に恵まれていた冷泉家は常に戦いの渦中にあったようだ。
その頃の話を詳しく聞いたことはない。誰も話さない。聞いても濁される。
ただ私達冷泉一族のある世代は皆その身体に尋常ではない傷を隠し持っている。
ショウを含め古くから冷泉家と関わりのある妖怪たちもそれは変わらない。
ひぃおばあちゃんのシオンばぁちゃんに関してはあまりにも酷い。両腕が義手で左脚が義足だ。
私達、私はそれを見て育ってきた。
ふとしたとき、唐突に、その見慣れた異常性に気付かされる。
ーーー無い
「…」
ーーー無いんだ
当たり前のように見えて、あまりに取り返しがつかない。
日常生活で度々見かける支障。
何も言われずとも何も思わない訳にはいかない。
支えようと思ったし力になりたいとも思った。
憧れもしたし恐怖もした。歓喜も絶望も覚悟もその反応はそれぞれだ。
ただ能力が目覚めた者は皆それぞれに誰に言われた訳でもなく努力を始める。
いつか訪れるかもしれないその時の為に
自分の大切な人を守る為に
そんな従妹兄妹を傍目にいつまで経っても能力が発現しない私の心象を察して頂けただろうか
『シグサ、あまりシオンを待たせるなよ』
「分かってる、すぐ行く」
置き土産とばかりに吐き捨てて去っていったショウ
その無い左腕を見失うまで眺めて
「あーもう…早く目覚めてよぉ…」
まだある左手をかざして呟く
「私の能力ぅ…」
「…」
おじさんが考え込んで口元に手を当て立ち上がった。
「カナ」
「んぁ?」
「頼みがあるんだが」
「なに?」
シグサ
冷泉家に居候している妖怪。
見た目はそこそこの中年、大柄で長身、ボサボサ茶髪。
年齢不明、100歳以上という事だけ確か。
自由人。善悪に無頓着。たまにとんでもない事をやらかす。
それなりに怪力で丈夫。
この世界における例外の一つ。
多数の能力を持ち、その全てを同時に行使できる。
そのクセだいたいの事は身体能力だけでなんとかするので、能力の詳細を知る者は少ない。
酒好き。呑んだ勢いで溢した冷泉家に居座る理由は「惚れた弱み」らしい。
嘯
冷泉家に居候している妖怪。
化け狐。
見た目は結構な美人。細身で長身、銀髪ポニテ。
片腕を無くした理由は「名誉の負傷」としか答えず誰も詳細を知らない。度々義手を使うよう勧められるが曰く「すぐ壊れる」ため嫌がっている。
年齢不明、あまり年について聞くと怒る。怒ると凄まじいらしい。
電気を操る能力を持つ。
好きな奴にはとことん甘く、どうでも良い奴にはとことん淡白、良く言えば素直、悪く言えば裏表がある。
努力家、努めることを好み、努める者を好み、それを台無しにする者は決して許さない。
冷泉カナ
この物語の主人公。
呑気、のんびり屋。感情の起伏が少し激しい成人少女。黒髪ロング。
実際、20歳になってやっと無能力者である事に焦るマイペースぶり。
無能力者。非力。しかし、能力だけが強さではないことを知っていて、力ではない強さを持っている。
ときおり、頭のネジがぶっ飛んでるんじゃないかと思われる節がある。
ある誰かに似ている事も相まって、一部から一目置かれている。
乙女。恋したことは無いが、恋に恋するお年頃。(20歳)