ペロっ……これは、パウダー!
ペロっ
「これは……パウダー!」
「ま、まさかそんな!」
「店長がパウダーなんて使うはずがない!」
俺はもう一度白い粉を舐める。やはりこの味はパウダーに違いない。
立ち上がってこの店の従業員たちを見る。
「使おうが使わまいが、現にここにパウダーがあるんだ。それは変わりようのない事実だ。きっと店長はパウダーを使ってしまったために感覚が狂ったのだろう」
パウダーは感覚を狂わす。そうなるとこの事件の真相も見えてくる。
「これはチーフも知っているのか?」
ここにいないこの店のチーフのことも確認する。仮にチーフもグルであるならもうこの店は終わりだろう。
「そういえばチーフがその粉を使っているのを見たことがあります……まさか信頼していたチーフまで……そんな!」
どうやらチーフも共犯の可能性があるようだ。
「くっそぅ、せっかく就職したってのにこれじゃあ……」
「俺なんか八年ここに努めてるんだぞ! 評判のいい店にするのにどれだけ貢献したと思ってるんだ!」
パウダーの存在を知らなかった二人の従業員は膝をついてうなだれた。
残酷な事実だが、仕方がない。
「すでに複数の人物が死んでいるのを確認したんだ、嘆いたところで噂が広がるのは止められないだろう」
二人を諭すように言う。俺もこの店は好きだったが、いつからこのようなことが起こる店に変わってしまったのだろうか。
悔しさがこみ上げる。
「この店はお終いだ……お終いだぁ!」
悔しさとやるせなさで涙を流し床を叩く従業員。
どうにもならない。
きっとこの赤い液体もしかるべき機関に送れば、パウダーの使用が認められるだろう。
まさか、ここのような高級店でこんな事件が起こるとはな。いや、高級店だからこそか。
トップを走り続けた店だ、ストレスも並みじゃなかっただろう。
パウダーは一度目は違和感を感じ使用をやめるが、ストレスに負けて二度三度と使うと、使用者の感覚が狂う。その狂った感覚とストレスからの解放感により常習してしまう。
パウダー使用者によくあるパターンだ。
俺は改めて周りを見渡す。
どこかに殺すのに使った道具があるはずだ。
流し台を見る。そこには赤い液体の付着した鉄のフライパンが残っていた。
これで確実になった。隠すことはできない。
あとは店長とチーフが共犯か単独犯かを調べるだけだ。
まずは入手経路を調べよう。
「買い物はいつもどちらが?」
「えっと、基本はチーフが裏で業者さんと話してやっています」
「あ、でも時々店長が見たことない業者さんと裏で話しているのを見ますよ」
二人とも疑わしいが、店長が入手したと仮定してもいいだろう。
「この店は従業員の私物の持ち込みは禁止されていたはずだな?」
「はい、服も専用の服なので僕らが持ち込めるのは眼鏡ぐらいですね」
私物の持ち込みは不可、そうなるとチーフは店長が持ち込んだパウダーを使ったことになる。
客席に座ってうつむいている店長に近づく。
先ほどまではだんまりを決め込んでいたが、もうばれているのだ。
話してもらおう。
「店長、店からパウダーが見つかりました。それに付着したフライパンも見つかりました。事件の犯行は店長だと認めてもらいましたが、チーフもパウダーを使用していたのでは?」
生気の失った目でこちらを見る店長。
「あぁ……チーフもパウダーを使用した。だがそれは私が指示をしてやったことだ。チーフに責任はない」
「そうか、チーフに指示をしたのか。最低だな」
俺がそう言うと店長は「ははっ」と自嘲するように笑った。
「仕方がないだろう、そうするしかなかったんだ。私だってできることならば使いたくなかった、使わせたくなかった。だが耐えられなかったんだよ。日々増えるお客はみんな期待して来てくれていた。だが私たちだって失敗することはある、その時にネットで酷評されるんだよ。安定感のない店ってね。そうなると客足が途絶える。当たりはずれのある店に人なんて寄ってこないからな。だからパウダーを使ったんだ」
店長はうつむいた顔を天井に向けて笑い出す。
「はははっ! パウダーなら感覚を狂わせてくれる。俺たちのストレスも和らげてくれる。チーフも限界だった、増える客に育たない従業員、過労で日々ボロボロになっていくチーフを見てな。俺はそっとパウダーを渡したんだ。楽になれるぞってな」
弱った心に……この野郎。
「チーフは飛びついた! これで楽になれる! ってな。チーフがパウダーから離れられなくなるのはすぐだったよ。そこからは私が裏で業者から買い上げて、チーフと二人だけでこっそりと使った。バカな従業員たちは気づきもしなかった」
自供も取れた、店長とチーフはグルだった。
だがチーフも所詮は雇われ、店長に逆らうことはできない。それを理由にパウダーの使用を正当化したのだろう。
これで事件は解明した。
明日にはチーフが従業員によって捕まえられるだろう。
パウダーの使用がばれてしまったからには店はお終いだ。俺ももうこの店には来ない。
俺は店を後にする。
あとは彼らが処理するだろう。
店の外で煙草に火をつける。
「行きつけの店が……なくなっちまったな」
そして俺は駅を目指して人混みに紛れていった。
「そんなことが……悲しい事件でしたね」
部下が俺の机にコーヒーを置く。
「行きつけの高級店でそんなことがあるとは俺も思わなかったさ。また次の行きつけを探さなきゃならねえ」
あの店は出汁パウダーの使用がばれて高級店の威厳を失った。
使用がばれた発端はロールキャベツのトマトソースに違和感を感じた客がネットに「味が死んでる、だしの素の味がする気がする」と投稿したところからだ。
次第にその噂は広がり、店長は出汁パウダーの使用を認め、高級店の看板を下ろした。
出汁パウダーは料理人なら誰にでも魅力的に見える。
なにせ通常の出汁づくりには半日以上かかるのに対し、出汁パウダーは入れるだけだ。
だが出汁パウダーには化学調味料が大量に含まれており、使った料理人は舌の感覚が麻痺して味の違いが判らなくなっていく。
そしていつの間にか出汁パウダーを使う抵抗感がなくなり常習してしまうのだ。
コーヒーに口をつける。
粉乳の味がする。
きっとこれからもパウダー使用者は増えていくのだろう。
まぁ粉クリームを使用する俺が言えることじゃないな。