第二話:出会い
第二話です
暗い、暗い。上下左右の区別がなくただ暗いだけの空間。その空間に浮かび上がってくる、様々な人物たち。
「こんなことになるなら、貴方なんて産まなければよかった」
「お前を信用した、私が愚かだった」
「一時とはいえ、こんな方と婚約していたなんて悍ましいですわ」
「あなたは、ブルームグリューン家の汚点です」
「あなたみたいな人がお兄様だったなんて、最悪よ」
「さようなら、リラ。おまえの分まで俺が頑張ってやるからよぉ」
向けられる視線、表情、言葉。そのすべてはリラに対する負の感情が込められており……。
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「ウワァァァ!! イッ?!」
悪夢を見た。その表現が一番合っているかのような様子でリラは上体を起こすが、同時に訪れた激痛に、顔を顰める。
ふと、視界を自身の身体に向けると、上半身には包帯が巻かれており、左腕は添え木をされて固定されていた。
「これは……」
「起きたか、坊主」
「ッ?!」
自分の背後から聞こえてきた声に、慌てて立ち上がりそちらのほうに視線を向けようとするが、全身に痛みが奔り、地面に倒れてしまう。
「おいおい、無理すんなよ。さっきまで、死にかけてたんだからよ」
「あ、貴方は?」
あきれたように言う声の主にリラは問いかけると、男は傷に触らないよう彼の上体を起こし、視線を彼と同じ高さになるようにしゃがみ込む。
「俺の名前はドミニク・グリム。そしてこいつは娘の……ほら、自分で自己紹介しろ」
「……クララ・グリム」
しゃがみ込んできた男、ドミニクを見ると、狩人特有の服を着ており、服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた肉体に短く整えられた銀髪、血のように紅い瞳をし、無精髭を生やしていた。そして、ドミニクの声しかしなかったため気づかなかったが、女の子らしさからかけ離れた動きやすそうな服を着て、男と同色の髪を肩まで伸ばしポニーテールにした、琥珀色の瞳の少女、クララが男の背後に隠れるようにいた。
街中で歩けば誰しもが振り向くであろうその容姿。しかし、リラの視線を奪ったのはそれではなく、とある種族にしかないものだった。
髪色と同じ毛並みの尻尾と頭部に生える獣耳、その特徴を持つ種族は……。
「人狼族……」
人狼族……遥か昔に魔族に属していた狼達と人間が交わったことに誕生した種族であり、普段は人の姿をしているが、普通の人間とは違いオオカミの特徴を持っており、嗅覚、脚力、咬筋力が優れている。そして、満月の日には狼の姿に変身する。
人狼族、正確には人間以外の種族全般に言えるのだが、その誕生経緯から彼らは忌むべき存在と考えられている。
「そうだ、俺たちは人狼族だ。それで、どうする人間様よ。俺たちと一緒にいて屈辱的か?」
「………」
リラの呟きを聞いたドミニクは、威圧感とともにまるで挑発するように鋭い犬歯を見せながら問い、クララは無言ではあるがリラを鋭く睨んでいる。
「いえ、そんなことは……僕は、リラ・ブルームグリューンです。助けていただき感謝しております」
「ほぉ、今時、珍しい貴族様だな……まあ、別に感謝されることはしてねぇよ。お前が勝手に助かっただけだ」
痛みを我慢しながら頭を下げるのを見たドミニクは、拍子抜けと言わんばかりの表情でリラを見る。そこには、先ほどまであった鋭く、何かを試すような気配はなくなっていた。
「それより、どうして僕が貴族だと?」
「あ? 大国のブルームグリューンといえば何処でも有名だろ。王族に信頼されている一族で、さらに勇者までその一族から出たときた。有名にならないはずがねぇだろ。それで、そんな有名貴族様は何の用があってこの森に?」
「それは……」
ドミニクの問いにリラはこの森に来る前のことを思い出し、顔を陰鬱に沈みこませ、その様子にドミニクは溜息と共にガシガシと自身の頭を掻く。
「ああ、言わなくていい。その服装に持ち物を見るに……お前、捨てられただろ。何やらかした?」
真剣な眼差しで見てくるドミニクに、リラは自然と自分に起こったことを説明し始めた。自身でもなぜ出会ったばかりの彼に話そうと思ったのかは分からなかった。もしかしたら、誰かに話して少しでも楽になりたかっただけもしれない、彼が自分を助けてくれたからかもしれない、リラはドミニクになら話してもいいと思ったのだ。
説明を聞き終えると、憐れんでいるのか、呆れているのか、面白がっているのか、ドミニクはなんも言えない表情になっていた。
「やってもいない罪でねぇ。まあ、災難だったな」
「いえ……」
「………」
ドミニクの励ますような声色に少しだけ心が軽くなったリラだったが、ふと、ドミニクの隣にぴったりとくっついて座っているクララが自分を睨んでいることに気が付く。ドミニクとは違い、明らかに敵意を剥き出しにして……。
「えっと、彼女は?」
気になってドミニクに聞くリラに、彼はクララの頭を優しく撫でつつも苦笑いを浮かべながら答える。
「あぁ、気にするな。この子は、ちょっと他国の貴族が苦手でな。おい、何度も言ってるだろ、初対面の人間を睨むなって。それに目の前の奴はもう貴族じゃねぇんだよ」
「……なら、許す」
「何を許すんだよ」
「あ、ありがとう?」
貴族じゃない、その言葉で先ほどまで剥き出しだった敵意が消える。若干、彼女の将来が心配になるリラだったが、まあ、いいか。と、その心配は遥か遠くの何処かへ置いておき、とりあえずお礼を言うことにした。
「うぬ」
「ハァ、何処で娘の教育間違えたんだか」
リラの言葉に満足そうに頷く愛娘を見て、ドミニクは彼女の将来を心配し、自身の育児は間違えだったのでは? と、若干、後悔し始めるのだった。
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あれから時間が経ち、ドミニクが拾ってきた枯れ木で起こした焚火で照らされる場所以外は、完全に暗闇に包まれていた。
焚火の周りには、木を削って製作した串に刺さった肉――気絶する前にリラが倒し、ドミニクが暗く前に狩ってきたエーバーの肉――が炙られていた。
「よし、もう食べ頃だな。ほれ、お前の分だ」
そう言ってドミニクは、炙られていたエーバーの肉をリラに串ごと渡す。彼はそれを受け取るが、じーっと見るだけで食べようとはしない。
「食べないの?」
「いや、その……」
リラの様子を不思議に思いクララが問いかけると、彼は戸惑ったような表情で彼女を見る。
「クララ、他国の貴族ってのは魔物の肉を食ったりはしないんだよ。それにテーブルマナーってのがあるんだ。元貴族とはいえ長年やってきたことは、なかなか抜けないんもんだ。だから、こうやって齧り付くのには抵抗があるんだろう」
「ふーん。なんか、もったいないね。こんなに、美味しいのに……ン、はふはふ、うん、美味しい」
ガブリっとワイルドに肉に齧り付き、熱いのか咀嚼しながら冷まし、飲み込みやすい温度になってからゆっくりと飲み込む。本当に美味しいのだろう、脂で口の周りがテカテカと光っているのに、気にせず笑顔で食べ続ける。
二人が美味しいそうに食べているのを見て、ごくりと自然と咽喉が鳴る。そして、視線は二人から手元の肉に移り……。
「はむッ!」
肉に思い切り齧り付く。直前まで炙られていて口の中が火傷してしまいそうに熱いが、それでもリラは肉を食べ続ける。口の中で溶けてしまうように錯覚するほど柔らかく、噛めば噛むほど出てくる脂はほんのり甘い。今まで経験したことのない美味に夢中になり、いつの間にか彼の手元からは肉がなくなっていた。
「いいねぇ、実に良い食いっぷりだな、坊主!」
「おかわり、いる?」
リラは無言で頷き、クララが差し出してきた肉を受け取ると、すぐさま齧り付く。先程のクララと同じように口元が脂で汚れるのも気にせず食べ続け、気が付くとリラの足元には数十本の串が落ちていた。
「おいおい、どれだけ食ってるんだ、坊主」
「うん、私も負けてられない……」
リラの食べた肉の数に驚きを隠せないドミニクに、何故かリラに対抗心を燃やし残りの肉を食べ尽くそうとするクララ。そんな二人を気にせず食事を終えたリラは手を合わせる。
「ご馳走様でした。こんなに美味しいもの初めて食べました」
「お、そうか。ちなみに、エーバーの肉だけじゃ、これだけの旨味はでない。秘密は串に使ったこの木さ」
「木ですか?」
「あぁ、この木は少々特殊でな。枯れ木になれば、普通の木より燃えやすい薪になり、生木の時だと、火に炙ればいい香りの甘いエキスを出す」
「なるほど、肉を炙っているときに甘いエキスが肉に染みていったんですね」
「そうだ。凄いだろ?」
「ンッ……自慢げに言ってるけど、それ考えたのママじゃん……また自慢してたって、ママに言いつけてやる」
「おま?!」
クララの言葉に慌て始めるドミニク。最初のワイルドさな印象とは違い、今はまるで小型犬のようだ……。よっぽど奥さんが怖いのだろう。リラはこの時、初めて尻に敷かれている男性というのを見た。
奥さんに報告されまいと、クララにあれやこれやと言っているドミニクだったが、ふと思い出したかのように懐から黒い液体の入った小瓶を出し、リラに渡す。
「飯を食い終わったなら、これも飲んどけ。エーバーの肝とこの森に自生する薬草を混ぜた物だ。クソ不味いが、市販のポーションよりかは効く。傷ついた筋肉と消費した体力を回復してくれる。骨折も一週間程度で治るだろ。まあ、ハイポーションみたいな高級回復薬や上級回復魔法があれば、その骨折も瞬時に治るんだが……」
「いえ、ここまでしてくれて、本当にありがとうございます」
受け取った小瓶の蓋を取り、一気に中身を呷る。肉とは違い、苦みによって口内を蹂躙され若干涙目になる……吐き出さまいと必死に飲み込むが、それが原因かむせてしまう。
「な、不味かったろ?」
「ゲホッ、ゴホッ、は、はい……」
まだ口内に苦みが残ってはいるが、ドミニクの言った通り効果は絶大だった。激痛で立てなかったが薬を飲んで数秒後には痛みも無く立てるようになり、気怠かった体も軽く感じった。
「まあ、これで明日には骨折を除いて身体は万全になるだろうよ。しかし、まだ子供だなぁ。まだ苦いか?」
「むぅ」
口内に残り続ける薬の苦みにまだ顔を顰めているリラに対して、いたずらっ子のような笑みを浮かべながら言うドミニクに、リラは唇を少しだけ尖らせるが、ふとドミニクの背後にあるものが気になり視線がそちらに向く。
「あの、それは?」
「あ、これが気になるのか?」
「は、はい」
「まあ、隠すような物でもないしな」
リラの視線の先には、ドミニクが担いでいる木箱があった。ドミニクは木箱を背から降ろすと、蓋を開け、中身を取り出しリラに見せる。
「これは……銃ですか? でも、こんな形なのは初めて見ました」
木箱の中にあったのは銃だった。だが、リラの知識にある銃は付属している縄に火を付けて銃弾を発射する仕組みであったが、箱の中にある銃にはそれはなく、縄の代わりに筒状の物が付属していた。リラが銃と認識できたのは、箱の中に数発ある銃弾と思わしき物と知識としてある銃の形に似ている部分が所々にあるおかげだった。
「ああ、これは狙撃銃って言ってな、まあ簡単に言えば、ここに付いてるレンズから覗いて、普通の銃よりもさらに遠距離から撃てる物って感じだな。まあ、見慣れないのは当然だ。このタイプは俺らの住んでいる国にしかないしな」
「でも、どうして銃なんて?」
リラが疑問を持つのも当然であった。この世界では魔法も発達しており、攻撃魔法、支援魔法、回復魔法、防御魔法など様々な種類がある。さらに防御魔法の中には欠陥はあるものの、魔力をあまり消費せず常時発動できる物理攻撃無効の物があり、ただの斬撃や打撃、銃弾などは一部の例外を除いてすべて無効化される。そのためこの世界の常識としては、剣などの武器には魔力を付与している状態で戦う。だが、唯一付与できないものがある。それは、銃と弾丸だ。
魔力を付与するには特殊な素材が必要であり、剣などの武器にはそれらが使われている。しかし、銃や弾丸にはそれらは使用されていない。理由として単純である。
素材が希少で加工が難しいのだ。
素材が希少であり、銃や弾丸など数が必要な物には使用できない。それらに使用すればすぐに尽きてしまうだろう。それに銃などの精密性が必要となる物の加工も困難。数々ある武器の中で唯一、銃や弾には魔力を付与することができない。そのため、この世界で銃を所持しているものは珍しいのだ。
「珍しがるのも無理ねぇか。まあ、俺たちは一応、狩人として生計を立てているからな。魔物や獣を狩るぐらいなら銃でも十分なのさ」
「なるほど」
「そうだ、試しに触ってみるか?」
「え、でも、大事なお仕事の道具ですよね?」
「何事も経験だろ? それに教えながら触らせるんだ。下手なことしなきゃ壊れねぇよ」
そう言いながら、ドミニクは狙撃銃と弾丸をリラに手渡すと、銃口を自分たちがいる場所とは反対の場所に向けるように指示をし、まずは銃弾の込め方を教えようとするが……。
「……おい」
「え、あ、す、すみません! も、もしかして、僕、この銃を壊してしまいましたか?」
「い、いや。銃は壊れてねぇから安心しろ。むしろ、扱いが完璧すぎだ……どこかで習ったか?」
「え? い、いえ、扱い方は習ったことは……」
「そうだよな。そもそもこの狙撃銃は俺たちの国にしか出回ってない」
ドミニクの言う通り、リラの狙撃銃を扱う動きは完璧すぎた。狙撃銃についているレバーのような部分……ボルトハンドルを起こし引き、ドミニクに渡された弾丸を装填し、前方に押し込みレバーを倒す。そして、片膝立ちになり、この骨折し添え木をし吊るしているため可動域が少ないが、左上腕部に重心付近を乗せるような動作をした後にレンズを覗く。その時、引き金には指を掛けないでいた。教えられる前に、リラはスムーズにこれらの動作を行ったのだ。それをドミニクは疑問に思ったのだ。
「あ、でも、銃を触ったら、なぜか感覚的に扱い方が分かったといいますか……自然に身体が動いたんです」
「そうか、自然に、な……」
「あなたの才能とか、かな?」
リラの発言にドミニクは暫く考えるそぶりを見せるが、何も思いつかなかったのか、リラから狙撃銃を受け取り箱にしまうと、リラとクララに寝るように促す。
二人はドミニクの言う通り、静かに眠るのだった……。
「まさか、な」
ドミニクの呟きだけが闇に吸い込まれていった……。
勉強はしているけれど、銃などの知識はにわか程度なので、色々と教えてくださると嬉しいです