黒猫少女は魔女の末裔
「黒猫」「岩塩」「唇」の三題話コンテストに出品した作品です。
私のご先祖は、魔女だったらしい。
実際のところはわからない。本当のことだと思ってる。
だって私には、誰にもいえない秘密があるのだから―。
夜は私にとって、自由と冒険の時間だ。
窓を開けると夜空には月が輝いている。おでかけには絶好の夜だ。
首につけたチョーカーから、小さな小瓶を取り外すと、つまんで目の前にもってくる。
中身は青い岩塩の粒だ。
これが、私の秘密。
蓋を開けて瓶を左手に傾けると、岩塩の粒がひとつぶ転がり落ちた。
夜中だというのに、うっすら光って見えるから不思議だ。
そっと口へ運ぶと、コクのある塩気が広がった。その瞬間、私の手は青い光を放ち始める。
それは全身へひろがっていき、私の体を包み込む。青い光は私の体を心地良くほぐし、
心地良さと共に変幻していく。
光が消え去ると、私は黒い猫へと変身していた。
これが私の秘密。青い岩塩の魔法。
猫の姿で真夜中の散歩をするのが、親を亡くして孤独となった私の唯一の楽しみなのだ。
夜中なら、しかも黒猫なら、散歩していても目立たない。
用心のためそうしてるけど、これが案外快適なのだ。
夜中の散歩を楽しんで、数時間後には自室に戻る。
それだけのことだけれど、夜は私の心を不思議と癒やしてくれた。
その日も、夜中の散歩を楽しんで戻るつもりだった。
私は油断していたのかもしれない。
とある家の立派な門構えの上でうたた寝していたら、突然何かに襲われた。
それが同じ黒猫だと気付いたときには遅く、私は門から落ちて、そのまま気を失ってしまった。
気付くと私は見知らぬベッドで寝ていた。体は猫のまま。
部屋は誰かの寝室のようだった。
見知らぬ部屋を見ていると、誰かの足音が近付くのが聞こえた。逃げたいけれど、
体がいうことをきかない。
「目覚めたかい? 黒猫ちゃん」
豪快に扉を開けて入ってきたのは、背の高い男性だった。
白いデニムのシャツと青いGパンがよく似合っている。
(あなたが助けてくれたんですか?)
そう聞いたつもり、だった。けれど実際に出たのは
「ミュウミュウ」という鳴き声だけだった。
「目覚めたたら食べるかと思って、メシもってきたぞ」
手にしていたのは猫缶。
いいえ、私は人間ですから、人間のごはんをください。
口から出るのはミュウミュウという鳴き声。ああ、もう。人間に戻らないとどうにもならない。
首のチョーカーから岩塩の小瓶をとりだそうとした。でも、なかった、小瓶が。
私の魔法の青い岩塩がなくなってる!
「ミューミュー、ミャウミャウ!」
(私の魔法の岩塩を知りませんか? あれがないと人間に戻れないんです!)
私は男性に必死に訴えた。
「どこか痛いのか? 大丈夫か?」
男性の大きな手が私の体を優しく撫でる。その心地良さといったら。
人間であることを忘れてしまいそうたった。
「ああ、ひょっとして。首輪にぶら下げていた小瓶を探してるのか?
アレなら片付けといたぞ。割れたら危ないからな」
そ、そんなぁ!
私の叫びを知るのか知らないのか、私の体をひょいと持ち上げ逞しい膝に乗せると、
両手で私をゆっくりと撫で回した。
ああ、この人の手は、膝は、なんて気持ちいいんだろう……。
とろけるような快楽に溺れそうになりながら、私は自分が人間であることを忘れまいと
必死に抗うことしかできなかった。
※
「おーい、クロ。ごはんだそ」
「ミャウ」
男性の名は葉山奨という。私は奨さんと呼んでいる。(心の中で)
男性に拾われて数週間が経っていた。
私はクロと名付けられ、この家の猫となっていた。
ああ、どうか責めないでほしい。
これでも必死に戦ったのだ。体が動くようになってから家のあちこちを捜索したけれど、
魔法の岩塩が入った小瓶は見つからなかった。
おまけに私が小瓶を探していると、イタズラしていると思うのか、奨さんに怒られる。
そして私を捕まえると、膝に乗せ、「いたずらっ子め、お仕置きだ!」
といって、ナデナデ攻撃が続くのだ。
暖かい大きな手で撫でられまくる。それが私の心まで溶かしてしまった。
快楽に負けたんじゃないのよ、奨さんの優しい微笑みに惹かれてしまったの。
私を撫でてないときは、寂しげな顔で遠くを見つめている。奨さんの孤独を感じた。
それが何より辛かった。だって私も同じだったから。
父を幼い頃に亡くし、高校に入学してから事故で
母も亡くした。父が遺した遺産や母の貯金で生活はなんとかなったけど、
それでも寂しさで潰れそうだった。
気持ちをぶつけるように母の遺品を整理していたら、黒い箱を発見した。
その中にはいくつかの古びた書物と、あの青い岩塩が入った小瓶が入っていた。
危ないものかもしれないと一瞬思ったけど、好奇心が勝った。先祖は魔女だと聞かされていたから。
そうして、私は黒猫に変身する力を手に入れた。同時に、心を引き裂かれそうな孤独感を
ごまかすことができた。
奨さんの孤独を癒やしてあげたかった。私と同じように、一時でもごまかすことができれば、
立ち直れるもの。だから私は奨さんの猫になった。
「おまえが猫じゃなくて、人間だったら、な」
私を撫でながら奨さんが呟いた。
「そしたらもっと寂しくなくなるのに」
悲しそうに微笑んでいる。あの悲しみを癒やしてあげたい。ああ、私。奨さんが好き……!
気付いたところで、どうなるというのだろう?
今の私はただの猫だ。
(人間に戻りたい。そして奨さんに好きって言いたい)
けれど人の姿を取り戻せば、化け猫扱いされてしまうかもしれない。
(ああ、私はどうしたら)
「ミュウ、ミュウ……」
嘆きは猫の鳴き声になるだけ。泣きたいのに。
「どうした? クロ。寂しそうな声だして」
私の鳴き声に気付いた奨さんが、私の体をそっと抱え上げた。奨さんが私の顔を覗き込む。
「ん? どした?」
整った奨さんの顔が目の前にある。
奨さん、あなたのことが好き。
本当は人間なんだよ、私。
気持ちを抑えられなくなった私は、奨さんの形のいい唇にそっとキスをした。
どうせ猫だもん。猫の口づけなら許してもらえるでしょ? 奨さんの唇は温かくて、心地好かった。
同時に口の中にコクのある塩気が広がった。
やだ、奨さん。意外と汗っかきさんなの?
そう思った瞬間。
私の体が青い光に包まれていった。
これって、岩塩の魔法? でも小瓶はないのに。
「うわ、なんだ、これ!」
青い光が消え去ると、私の体は人間の姿に戻っていた。
でもなんにも着てない。これまで猫だったから当然だけど。ようするに。裸だ。
おそるおそる顔をあげると、奨さんの目が猫みたいに真ん丸になってる。
丸裸の私をじっと見つめてるっ!
「いやーー!!」
「うわぁ!! お、おんなのこ!」
私は慌てて体を隠そうとしたけど、今さら遅い。
もうバッチリ見られたよ!
「何が何だかわからないけど、とりあえずこれ着て」
奨さんが白のシャツを脱いて私にかけてくれた。
人間に戻れたけど別の意味で泣きたいよ。
でもどうして、人間に戻れただろう?
後になって、奨さんは私の青い岩塩を舐めていたことを知った。夜中になると光るから
不思議に思っていたんだって。
私は、全て告白した。
奨さんはそれはもう驚いていたけれど、同時に興味津々といった感じだった。
「黒猫少女は魔女の末裔か。いいね、今度の小説の題材にしよう」
奨さんが実は小説家だった。思えば一室だけ、絶対に入れてくれない部屋があったっけ。
「人に戻っても、ぼくの側にいてくれると嬉しいんだけどな」
まもなく私と奨さんは共に暮らすようになるのだけれど、それはまた、別の話だ。
了
字数制限があったため、ちょっと無理にまとめた感がありますが
続編が書きたくなるふたりでした。