第1話 妹の特異性
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小柄で華奢な姿はとても可愛らしく、絹のような肌、絹糸のように艶のあるブロンドの髪、少しつり上がった意志の強そうな碧眼の瞳はクリクリとしていて、全体的に精巧な人形のようなイメージを与える。そんな少女—僕より二つ下の妹であるルナは、両親に嫌われていた。いや、正確には気味悪がられていた。
「バカですね、兄さんは、ほんと、バカです」
妹の部屋に入るなりそんな罵声が飛んでくる。怒っていても損なわれない可愛らしさは身内贔屓を差し引いても美少女といっていいと思う。
「そんなにバカバカ言うな、しょうがないだろ、ルナを悪く言うあいつが悪いんだから」
「いちいち私が悪く言われたぐらいで噛みつかないで下さい。ガキじゃ無いんだから」
ベットから上半身だけ起こした状態で腰に手を当ててこちらを睨む妹を見ると自然と頰が緩んだ。
「な、何笑ってるんですか、変態ですか」
「なんでもねーよ、体調は大丈夫か?」
「今日は、いつもよりずっと調子良いです」
誤魔化すような俺の態度に、微妙に首を傾げながらもニコリと笑って彼女は答えた。
妹はとても病弱だ。よく熱を出して寝込む。最近は一日中ベットから出ることはほぼなく、こんなに元気なのは久しぶりだ。
「というか、話を逸らさないで下さい。良いですか、今後私がどれだけ悪く言われたとしてもあの人には、父には逆らわないで下さい」
ベットのシーツを握りしめてこちらを見る瞳は真剣にこちらを諭そうとしているのが伺える。
でも…だからこそ
「それはできないよ。俺は兄だから。妹を守るのは当然だろ?」
「兄さんは…本当に大馬鹿ものです」
部屋から出て扉を閉めるときに、歯がゆさと嬉しさをない交ぜにしたような表情で彼女がそう言ったのが見えた。
父は妹を嫌っている。というか、多分怖がっている。どう接したら良いのか分からないのかもしれない。
何故そうなってしまったのかはまず、妹の特異性について話さなければならないだろう。
妹曰く、私には前世の記憶がある。こことは違う世界に住んでいた。その世界で学んだ魔法が使える。
当時俺が七歳、妹が五歳にして家族にその事実を告白している姿は、内容は余り理解できなかったがルナの幼いながらも真に迫った表情と相まって強く印象に残っている。
そして、その後に魔法を使い、ルナが出した水球に俺は—————殺されかけた。
後から聞いた話では年齢がまだ幼く魔力—魔法を使う際に使う燃料のようなもの—が不安定であることを失念していたらしい。意識が戻った際に、何度も泣きながら謝罪をする様子は逆にこちらが不憫に感じるほどだった。
それはさておき、五歳にして異能の力を使いその異能には人を殺し得るほどの力があると知ったあとの両親の反応は劇的だった。
父はとても可愛がっていたルナに近寄らなくなり、俺にも余り近づくなと言うようになった。母は表面上は今まで通り接しようとしているが心のうちにある恐怖心が顔にありありと出ていた。当時の俺はむしろ、同じ人を見ているのに違う物として扱っているような両親のこの態度がとても怖かった。
それから、六年が経過した。
13歳になった俺は、村長を通してこの世界の地理や成り立ち、文化について最低限学んだ。
この世界は5つの大陸に別れており、人間や亜人と呼ばれる獣人やエルフ、龍人、それ以外の様々な種族が共存したり戦争を起こしたりしているらしい。
そのうちの大陸の一つであるアクティに存在する王都のちょうど南に位置するのが俺が住んでいる村であるビットであり、超がつくほどのド田舎でもある。
王都につながる北の道以外は森に囲まれており、月に2度行商人がくる他は外部との接触が一切ないほどだ。
なお、村には魔法を使えるものがいないが、都市に行くと魔法使いと呼ばれる人たちは一定数存在するらしい。
昔から家の手伝いしかやることが無かったが、同時に妹から魔法も教わっている。
最初妹は反対したものの、真剣に頼み込むと結局折れて詳しく教えてくれるようになった。
「よく聞いてくださいね兄さん」
ベットのそばに椅子を持ってきて座り、妹の話に耳を傾ける。
「魔法とは、魔力を用いてノエシスによって選択されたノエマを変化させるものです。また、変化の内容とノエマとの親和性によって使用する魔力量が定められるという特徴があります」
これを最初聞いた時は意味が分からすぎてきっとアホな表情をしていたのだろう。
それを見ていた妹は、はぁっとため息をついて、つまり、と前置きを置いて噛み砕いてくれた。
正直、最初から難しいこと言い出す説明下手の典型パターンであるこいつが悪いと思ったのは内緒だ。
「自分が捉えている現象、水が流れるとか風が吹くとかですね。現象じゃなくて、物でもいいです。例えば、レモンとか」
「うーん、ノエシス、ノエマについてはレモンの方が説明しやすいかな」
「人がレモンを見た時に、色や見た目、過去の経験から酸っぱい味まで想像できますよね?」
「そうしたことから、ここにレモンがあると人は意識するわけです。その意識がモノに意味を与えます。このことをノエシスと言います。そして、意識された対象をノエマと言います」
妹はここで一旦話を切って、話についてこれているかどうかこちらを伺っている。
さて、今の妹の話をまとめると
ノエシス→人が物を見た時に味や見た目などを意識して物に意味を与えること。
ノエマ→意識された対象。ここでいうとレモンのことだね。
頭の中で整理がついたところで妹に頷いて話の続きを促す。
「でも、ここでよく考えてみてください。レモンがあるって意識したわけですけど、これが想像通りのレモンという保証は無いわけです。食べたら実は甘いかもしれませんし、あるいは苦いかもしれませんよね。実際に酸っぱくとも、想像より酸っぱかったり、そうじゃなかったり、思い描いていた客観的なレモンと違う場合があるわけです」
「ここで覚えていて欲しいのは、客観的なレモンとノエシスにおけるレモンは別物ということです」
「これがどう魔法に影響するかというと、自分が見た物の特徴を決めるのは自分自身という一点につきます。事実はどうでもいいんです。このレモンが実際に甘いレモンだろうと、自分が酸っぱいレモンと思えば、魔法ではそれを変化の対象とします」
分かりました?と首を傾げながらこちらを見てくる妹は可愛らしく、サラサラのブロンドの髪はさぞ撫で心地がいいだろうな。っと、いかんいかん、思考がそれていた。
「結局、自分が考えていることが物に意味を与えて、意味が与えられた物を変化させるのが魔法ってことだよな?」
妹はそれを聞いてニコッと笑った。
「えぇ、そうです。それが分かれば後半の、変化の内容とノエマとの親和性によって使用する魔力量が定められる。の方も分かりますかね?」
ふむ、それぞれパーツごとに分けて意味を考えると、"変化の内容"これはおそらく魔法で起こす事象のことだろうな。そしてノエマはレモンのこと。となると、それらの親和性…
「恐らくだが、自分の想像と食い違うことをすると魔力が多く必要になるってことかな?自分が酸っぱいと思っているレモンを甘く変えるのは魔力が多くいるが、酸っぱいというベクトルは変えずに、酸味を強くしたりするのに使う魔力は少ない。って解釈でいいかな?」
その答えを聞いた妹は目を丸くして驚いているようだった。
「兄さん…兄さんってバカじゃ無かったんですね。意外です」
「おい!」
失礼なことを言う妹の頭をポンっと叩いた。後に、手に伝わる心地いい感触から思わずそのまま撫でる。
すると妹はもっと撫でてと言っているように手のひらに頭を押し付けてきて
「兄さん、少しだけ、このまま撫でてもらっていいでしょうか?」
恥ずかしそうにこちらを伺う妹はすごく幸せそうで
「当然だ。兄だからな」
断るという選択肢はなかった。
妹は珍しく素直に、ありがとう兄さんっとボソッと呟いた。