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古巣キック/懐かしい顔

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いつもと変わらない日常を一週間過ごし、地理にも慣れた。大まかに路地の流れも把握できるようになったし、これならば。

闇に紛れる肌色の女性が、懐と足首にハンドガンを隠したままにケルスの昼を歩いていた。


合成ゴムの靴底がシルクリートを蹴り、少しだけそれにめり込んだ砂利が路面とこすれてきゅっきゅと声を上げる。時折じゃりじゃりと野太く吠えるが、そんな些細な物理現象には当然ながら目もくれず、彼女は急いで借りたセーフハウスへの階段を上がり、いつでも抜き放てるという風にしてから、クリアをする。


そしてまた何もないと理解して、今日もまた警戒を解くのだ。


「これでまだ一週間………慣れるまでが辛そうだわ」


ブラウンの疑似木材のフローリングに敷いた合成糸の柔らかなマットにジャケットを投げ、クリス・エヴァンスはひとまず安全を確認しアンクルホルスターを外してラックに銃を掛けた。そして制式のRP-22―――ポリス時代に買ったストッピングパワーのある愛銃を整備用のテーブルに安置して、自身はベッドへと倒れこむ。


「大まかに地理だけはわかったけど、いつアイツらが来るかが怖いのよね……長居はできなさそう」


こっちに来て二日目に、ポリス時代―――今から3年前ぐらいに取り締まった所謂ヤンキーの一人と出会ったことを、彼女は思い出す。なんだかんだしていまだに辞めていないたばこと無理矢理染めた赤毛、ほんの少しだけ高めの声。何度となく世話する羽目になったために聞きなれた声であったが故、それを忘れることは無かったほどの懐かしい顔。


「なんか見覚えがあると思ったら……アンタ、ポリスのババアじゃないのさ。こんなところで何してんだい?」


当時はまだ20代前半だったクリスを、彼女はいつもババアだと言っていた。さっさと出せだのと悪態をついては檻にしまわれるを繰り返していた、うら若きマージナルの少女。そしてそれは3年たった今でもあまり変わらず、退廃を少し味わった反抗的な女性へと、年齢だけが成長していた。


「アンタに言う必要があるって?」


「こんなとこに『ポリス様』が来てるんだ。少しは理由が欲しいのさ」


懐かしい顔をしたヤンク―――確か名前はビッタ・ビリスだったはずの女―――はそうふてぶてしくにやけながら吐きつけると、少しだけ背後を荒くカットして続ける。


「それとも何かい?『潜入捜査だから言えません』とでも理解してほしいのかい?」


懐かしい取り締まりの時の出来事を思い起こしながら、クリスはビッタの肩を乱雑に抱き寄せ、聞き取れるギリギリで答えた。


「…………追われてるのさ。それでポリスは廃業ってわけよ」


「だったらどうしてこんなとこに。アンタが言ったには法治国家でしょうがケルスは」


「それが通ってたらこんな落ちぶれた場所来ないわよ。暗殺者と無縁の暴走族様には関係ないでしょう?今の私の状態さぁ」


「ああもうわかったわかった!大体わかったし言わないでやるから放せ!」


ポリス時代の名残をビッタは無理矢理に押し広げ、うっとおしかったぞといわんばかりに服をぱんぱんとはたき、自宅の戸に鍵を差し込んだ。


「ったく……ま、隣になったのもなんぞかの縁よ。いくらかは手助けしてやる」


そして鍵の開いた戸を雑に蹴り飛ばし、その姿はバタンという音に消える。


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スクランブルのかけ方とパスワードさえわかれば、どこまでも進化した暗号技術であったとしても無用の長物である。ケルスシティを含むすべてのアンダーシティではいまだにRSA暗号やシーザー暗号が場合によっては使われるし、何なら合言葉を使う人間もいる。


だがさすがにそれではまずいのでとほぼ全てのポリスはそれぞれ連携し、互換性を持つ手法であるPPSS転置法を用いた暗号化方式を利用しており、それはパスワード一つのみを用意すれば受信を、そしてロックキー一つを用意すれば発信のみを利用できるというRSA方式の基礎をそのままに進歩させたものであった。


メリットとして、送信者ですらパスワードなしには内容を把握できないための高度な機密性と、大本の技術ツリーが既に成熟しきっているための脆弱性のなさとコストの低さがある―――現在人間の持つコンピュータ技術では、解析に時間がかかりすぎて解けないほどの難度であるのに、必要な端末の値段は安く済むのだ。


デメリットとしては異常なまでに長いパスワードとロックキーがあるが、そもそも現代の情報通信量からみれば誤差の範囲であるため、それもない。


なのでポリスはいまだにこの形式を引っ張っているというわけだ―――なので今回クリスはそれを利用させてもらうことにした。


端末は簡単に一つ買えるし、接続方法もキーもわかってる。傍受するのに必要なネットワーク環境なんて、今の時代じゃ空気のようなもの。どこでもつなげられるがゆえに追えないっていうのも実務で知ってるし、お手軽に利用させてもらいましょうか。


そしてクリスはサクサクと環境構築を終え、一つ一つメモしておいたパスとロックを解除しては、深く深くへと送受信されるパケットの一つを横取りしていく。


「日報、報告書、私の辞表………」


軽く目を通しながら彼女は、あんな化け物の情報をどこに隠しているのかと考え、持てる限りの限界まで深いネストへと端末を潜らせていった。


今現在流れている、流出OKな表層からギリギリな第二層へ、それなりにアウトが混じり始める三層から、捜査関連のアウトな資料の第四層へ…………。

だが当然、そんな夢か幻かというような出来事の記述は、軽く探してみた結果どこにも出てくることは無い。


「……やっぱり出ないのよねぇ、あんな荒唐無稽なの…………」


最後に次の更新はいつなのか、パスワードはどうなるのかとギリギリ行ける範囲までクリスは調べ、そのまま端末の電源を落として退出ログに残らないようにして接続を切った。


ローカルに残った二つの戦利品を確認し、彼女はホルスターの銃に手をかけスライドロックを押しまわして外し、一つ一つをバラして眺めた。


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