ウインドエッジ/雨傘
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クリス・エヴァンスの自宅には、そこまでの武器装備などは無い。仕事のための道具は持ち帰りが禁じられているし、そもそもこのアンダーシティでは武器の所持自体に高いレベルでの制限がかかっている。
当然ながら人民を押さえつけるためであり、それは抑制する側のガードやポリスであっても変わらないのだ。
彼女はこれから来るだろう何者かの襲撃を理解している彼女は、それまでに十全の装備をそろえておかねばと心に刻む。
果たして民間で手に入れられるレベルでは、何があったろうか………でも、ポリス用装備を衝撃で飛んだ破片だけで破れる相手だったな……。
彼女の脳裏に初めて見た人外の存在が浮かぶ。
あんなものに、民間の技術程度で何ができるのだろう。
彼女は開いていたタブをすべて閉じ、日常的に見ていた映像サイトへと接続する。参考のために見ていた犯罪者だの、事故の映像だのが、今のクリスには可愛いものにしか思えなかった。
このままくすぶっていても意味が無いし、せめて行動を。
彼女はとりあえず食事をしようと寝ころんでいたベッドから飛び起き、ポットの湯を期限切れギリギリの防災食に注ぎ、一分ほど待ってから蓋を開けた。
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珍しく机に向かい、あえて古風な書き物をする。
このエレクトロニクスの時代なのだからタッグだのタグレースだのでいいと思うだろうが、これは自分自身に対するけじめでもある。
彼女は懐かしの万年筆を取り、便せんにそれなりの理由をしたためてインクを吸わせ、折りたたんで胸ポケットにしまい込んだ。
一応何かありそうだとはわかっていた。だから数日の間に処理はしていたのだが、まさか本当に実行する羽目になるとはな………。
彼女はもう帰らないだろう部屋から資金と端末、発電機能付きバッテリーと最低限のガジェットを取り出し、そのまま鍵をかけて契約をオンラインで無効にする。
そしてエレカに乗り込んで、自らの所属する意味のなくなってしまったポリスへと、アクセルを踏み込んだ。
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「一身上の都合、か。それ以外に理由があるんだろう?」
警察組織に近しいものではあるが、大本は企業であるポリス。その中でクリスが居る部署の上司が、四年ほど付き添った彼女の性質から理解して言う。
数人が静かに働くこのオフィスの中に、彼らの声が響く。他人のことには口を挟まず首を突っ込まないが基本ではあるのだが、それでも他人の会話というものは気になるもの。
聞き耳を立てられていることを理解している彼女らは、せめて波の一つも立たないようにとぼかした風に発言しあう。
「少し大きな不幸がありましてね………ガードの仕事ができるような状況ではなくなったんです」
「不幸、ねぇ……」
彼は思い当たる不死―――人間という生物から離れ切った圧倒的な存在を、頭に思い浮かび上がらせる。この部署に配置される人間なら、おそらく全員がどんなものかを理解できるだろうあの圧倒的なナノマシンによる力の暴力を。
「まあ、そうだったな」
彼はあごひげをさすり、ほんの少しだけ上を見て言葉を続ける。
「むしろよく頑張ってくれたよ。前の火災だので一気に来た人の避難誘導に事後処理と、現場にいた一ポリスとしては完ぺきだった」
そして辞表をデスクの引き出しにしまい、引継ぎ要員のリストを取り出して彼女の肩をたたく。
「お疲れ様。退職金は生活に十分なだけある、安心しておけ」
「……ありがたく頂戴しましょう」
現段階でも半年は生きられるが、それでも金はあるに越したことは無い。どうせこの後、あの化け物どもについて調べるのにも、結構消え去るのがわかっているのだから。
クリスは言葉を畳み、ドアノブを左に捻った。
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