ウインドエッジ/黒雨という姿の
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自宅へと歩むクリスの元に、一本の電話がかかって来た。相手は全く知らない番号であり、それは自分の状況を知っているかのようにボイスチェンジャー越しに語り掛けた。
「初めまして、クリスさん。お元気でしょうか?」
朗らかそうにふるまうそれに少しだけ気おされながら、彼女は冷静を装って答える。
「ええ、元気ですね。ところであなたは一体?」
「……冗談はここまでとしよう。要件はわかっているな?」
「わからない、といえば殺すのでしょう?」
そこで電話は途切れた。これ以上はわかるはずということなのだろう。過干渉してくれないのは個人的には嬉しいが、それはすぐに消せるということの裏返しだ。あまり大きな行動はできないとみるしかないだろう……。
彼女は電源を落としたタッグの画面を使って、後ろについている尾行をちらと見る。一般人ですといった様子をしているが、服装を変えて合計50分は彼女の後ろにいるのだからそう見るのが自然であるだろう―――もっとも、靴と鞄だけは容積の都合上変えられていないが。
クリスはルート上にあるコンビニに入り、いつも購入しているドリンクを手に取った。
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ベンチに腰掛けドリンクの蓋を開け、クリスはそれを喉奥に流し込みつつちらと尾行者の姿を確認する。その男はパンクかぶれの若者といった風をしてベンチで横になり、眠っている風に装っていた。
彼女はそれがどんな顔をしているのかを目に焼き付けようと、不自然でない範囲で眼球を動かす。金でロングのかつらとサングラスで大まかには隠されているが、まだ口元―――ほとんどの特徴のない平均的な唇とそられた髭の青さが小さく見える。
こればっかりじゃ何かのしようがない、か……。
クリスはこの行動に意味がないと理解し、飲み終わったボトルをベンチ脇のゴミ箱に投げ捨て、立ち去ろうとする―――その時であった。
空中から人間の形をした何者かが、圧倒的な高速度でシルクリートの大地へとたたきつけられたのだ。
それは今しがた彼女がドリンクを購入したコンビニの柱一本粉砕し、パンケーキクラッシュのわずか一歩手前にまで踏み入らせる。
いきなりの衝撃的な出来事にクリスは言葉を失い、ボトルを投げ捨てた時の体勢のまま風圧への抵抗なくベンチへと押し戻される。
灰塵と帰したシルクリートの柱が空を舞い、周囲の人々―――その中心点にいたクリス以外の生存者を除いて、彼らの視界を遮る。
まるで彼らの存在を消し去ってしまうかのように、見せてはいけない物を隠す強大な何かの意思めいて。
彼女は目の前の事実をその目でまた焼き付ける。
数日の間追いかけてきている尾行の原因とほぼ同じ形状の人型が、そのままの姿で地面から起き上がる姿を。
謎の存在が、あの時見た戦いとはけた違いと言えるまでに研ぎ澄まされた動きで、一挙手一投足の連続動作がつながって見えないほどの速度で、人間を超えた争いをしていたものを無慈悲に追い詰めていく姿を。
その真っ当な人間の形した謎の存在は、前に見た化け物の一撃をギリギリでかわしてカウンターをまた叩き込む。
上から振り下ろすような一撃をそのまま地面へと押し込ませ、背中へと回避不能の一撃を入れたのだ。
骨の数本が折れたか砕けたかの音が、周囲に鳴り響く。おそらく交通事故か何かかと遠くの人には聞こえたはずだろう。
さすがに内臓のほとんどが破壊されたと見え、化け物は動きを止める。
そして訳の分からないという彼女を置いて、それが相転移し粒子になって消えてしまった。
ベンチに転がる彼女を謎の存在が発見し、それをちらと眺める。今の今まで殺しあっていたそれは、目の前の彼女に襲い掛かるのかと思いきや、そのまま死体の身に着けていた道具類をあさりもっていくだけであった。
しばらくの間放心し、クリスは衝撃を飲み込んで事実を見る。
果たしてどうしてかミュータントの戦いを生き延びた彼女は、これから何か恐ろしいものが来るのではないかと理解し、ベンチに転がったまま意識だけ身構えた。
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