ウインドエッジ/やがて
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何かの像がクリスの網膜に映った。彼女はそれに照準を合わせようとするが、影は建造物の裏へとすぐに消えてしまった。
明らかなる人間の像が人間離れした速度でビルとビルの隙間から出て消えた。そして破片が彼女のすぐわきに飛び、地面をえぐって砕け散る。それでも十分な勢いを持っていたかけらが彼女の装備に傷をつけ、中の防御用装甲液を流出させた。
どんな人間の力でも、どのような非熱量装備を使っても断裂しない特殊繊維が、こんな簡単に………。クリスは人型ながらも圧倒的な能力を持つ、カートゥーンのヴィランを頭に思い浮かべた。
「……そんな漫画でもないし、それはないわよね」
彼女はその考えを振り切り、これから来るであろう何か強大なものに備えるため、トリガーに指をかけた。
その瞬間、クリスの前2メートルに人間の形をした物体が空からたたきつけられるように落ち、受け身を取って体のバネで彼女を飛び越えてブレーキをかけた。
「!」
とっさにトリガーを引いたが、体にある物体への恐怖が腕の動きを邪魔し、弾丸は空や近くの地面などに飛び込むばかりであった。
「ポリスか……落ち着け」
人型は乱射が止まらない彼女に高速で近づき、ライフルを握りつぶして弾丸の発射を止める。
「見たところ末端配属のA入りか……消すと後々面倒だな」
それは訓練を受けているクリスを簡単に床に倒し、装備のことごとくを破壊してから冷酷に言い放つ。
「お前。命が惜しいならばこのことは忘れるんだな」
そして突き付けていた刃を仕舞い、戦っていた方向へと地面を割りつつ駆けた。飲み込めない状況に数秒の間脳髄が止まったがごとくになるが、彼女はそれを振り捨てて状況に駆けた。機能しなくなった部分をすべて捨ててクリスは回想する。
熱量武器でもなければ破れない特殊装甲布を軽々に破片だけで破り、明らかに死ぬ高度から落下してなおぴんぴんしている人間に近しい謎の生物。
人間と同じ骨格をしてはいるが、皮膚のあるべき部分には外骨格として機能する硬質化したナニモノカが存在している。それは見るからに金属質で、弾丸すら弾き飛ばせそうなそれの圧倒的な重量を支えられるよう、筋肉も十全に発達していた。
そしてあれは自分がどのような区分であるのかを一瞬で当て、自分にNOという間も与えずに忘れろと言い放った。基本的にポリスの装備は階級を示す物体を存在させないように作られている。不便であるからポリス内専用装備のゴーグルで区別がつくようにはなっているが、それは外部には流されていなかったはずなのだ。
「どうして私を……それに、詮索すれば殺すとはどういう………?」
それの答えは今の情報では出てこない。出てくるわけも理由もない。
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あれから三日が経った。あの事件についての情報は全くといって出てくる気配がなく、あの場所での死傷者の全ては燃料ガス輸送トラックの破損と火災による大規模な爆発事故であるとされていた。
「何も出てこない………」
彼女は焼き付いた死者の姿を思い出す。
「あんな虐殺が爆発なのか?」
右手はいつの間にか肉が白くなるまで握りしめられていた。
「あんな尊厳もない虐殺が、爆発事故でカタがつくのか?!」
彼女は外に聞こえないように吐き捨て、三日前に入った奥の部屋をちらと見た。
『爆発事故』の影響で破壊された装備置き場はシルクリートと金属フレームで簡易的に修復され、中に置いてあった装備はほとんどが飛んできた瓦礫のせいで使い物にならないといつの間にか上に報告されていた―――彼女は一切そんなことを伝えていないのに。
「本当になぜなんだ。何をどうすれば………」
クリスは座ったまま頭を抱えた。正直この展開にはついていけない。わかるのは上層部に何らかの機関が働きかけているということくらいだ―――それもほとんど信じられないのだが、実際に起きてしまっているのだから信じるほかない。
だけれども公正潔白であるべきポリスに対抗できるほどの力を持つ組織なんて、この都市に存在しえ要るのだろうか?確かにポリスは企業の飼い犬といわれてはいるし、実際にある程度までは企業の犯罪を見逃しているのは知っている。
しかしそれは本当に軽微かつ、発覚した方が社会に与える影響が大きいと判断されたときのみであり、それでも一応は警告している。力関係としてはまだポリスの方が上であるはずなのだ………。
「なのに、あの化け物の情報はどこにも出回っていない、んだよな………」
クリスは小さな胸に手を当て、大きく息を吐く。だが、あの化け物の力があれば別になるのだろう。今の関係はポリスに圧倒的な力が与えられているからだという理由が大きい。
企業はもはや旧来の社会の一部というレベルを超え一つの行政体というまでに成長しており、その気になれば小型コロニーの一つや二つくらい簡単に建造できる。銃器に防具に航空機に車両、ウィーヴスの独自設計なぞ簡単なものであるのだ―――だからこそ、ポリスとガードには現状で最高の装備が与えられている。
「いやいやいや!さすがにそれはない!」
彼女の脳裏に、一つだけおかしな可能性が見えた。
それは特殊用途以外に禁止されているナノマシン技術を、今だ企業が保持している可能性。
アンダーシティ建造の理由である、特殊技術兵の再生産と保持の可能性であった。
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