わずかの記憶/交点なし
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なんだかんだあいつは昔からずっと、自分たちに何も言わなかった。ただ一人だけで全部を抱え込んだまま、どうにもならなくなった時、自分のみをぶち壊す手段で行動に出る。それはいつも遅すぎて、だから彼一人がダメージを負うのだ。
「ええ……ひどい目にばかりあいました。生まれなおしたなら、あんな友人は二度と作りたくないですよ」
パルレは、あくまで他人と思う、隣の男に声を出した。
「でもあいつがいなかったのなら、今ここにいる私もいないわけで、色々と複雑なんですけどね…………でも、それでもおそらくもう一度は付き合いたくはないと思いますよ」
「……それ以上に、もっとひどいことがあったと思いますけれど」
きっと彼は一部分を知っているのだろうが、それでもあくまで彼は他人だ。懺悔質の中にいるのが見知った神父だのであったとしても、神の名のもとに誰も知らないでいることにしているのと同じなのだ。
見慣れたやり方でコーヒーを飲む彼に、パルレは続ける。
「多分原因は私にもあるんでしょうから、だから…………」
姉に罪はないとはいえ、害を被ったのは確かだ。それを気に病むことではないはずなのに、どうしてか自分が悪いようにも長いこと、思っていた。
「せめて、少しは平らな生き方なら、とは思います。あの人、いつも危なっかしくて。いつ死んじゃってもおかしくなくて、実際にそうして死んじゃって。だから……」
「でも、きっと彼には大切な記憶だったんじゃ、ないんですかね」
冬ならば煙の立ちそうな熱量で、彼はつぶやく。
「何をしたのか、何があったのか。全く知らないですけど、でも、誰かと出会って、きっと笑いあえたのでしょう?それならきっと」
もう既にみてきたような口調で語る彼は、やはり覚えのある方法で立ち上がり、ボトルを捨てに行く。また遠くに行ってしまうと脳裏に別離の絵が浮かび、彼女は男の手を取った。
「……?」
急なことを受け止めていないのか不思議そうにする彼に、驚きながらパルレは手を離した。
「あ……いえ…………」
アストラと最後に会った時の記憶がフラッシュバックしたのだ。そのせいでおそらく、無意識に手を伸ばしてしまったのだろう。しまったという顔で彼女は、どうすればいいかことばを探すが、こんな状況で使えるものなど見つからない。
雨に降られた犬のような表情をしている気がして、見せたくないと振り向いた。
「……オルレに、よろしく」
だからその男は、誰にも伝えようとしていない姉の名を呼んで、そのまま煙のようにいなくなるのだ。
「アストラ!」
追いかけようとしたが、彼の姿を見つけることはもうできなかった。中庭をどう見まわしても、病院の廊下に出てみても、どこにもいない。でもあれは嘘だったのかと思えば、手のひらの感覚はあの時のままで、少し荒れたごつごつしたものだけは確かなのだ。
タッグを出して、残っていた写真と合わせてみたならば、確かにあれは彼のまま。でも死んだことは世に名言されていて、でもそれが生きていて、何が何なのか。夢なのだろうか、霧なのだろうか。
休憩時間が終わり、仕事に戻らなければいけなくなる。
それを完全に投げ捨てて、まだ遠くに行っていないはずの彼を追いかけたい気持ちがあるのだが、でもそれをするならばきっと、彼は喜びはしないだろう。メメントだけにうつつを抜かすとは、ときっと思うのだろう。
バックヤードに入り、治療パッケージを取り出そうとしていると、ミリガンがまた機嫌よさそうに声をかけてくる。
「やあ嬢ちゃん。いい顔してるけど、何かあったのかい?」
「何があったと思います?」
パルレはそれを語らないことに決めていた。現実かそれとも夢かどちらでもいいのだが、死人と出会ったことは恐るべきこと。縁起が悪いのだから駄目。そんな風に理屈付けてみてはいたが、実際はただ単にこの喜びを、自分の中で十分以上に噛み締めたいだけだったのだ。
「うーん…………わかった、この前語ってたバンドのことだろ?」
「あら残念。でも方向はいいわねぇ」
「じゃああれだ、うまいものでも……病院食だからないな…………」
彼女は肩をすくめ、箱をもって中身を調べる。内容物はオーケー、誰に使うかもわかってる。
「だめだ、教えてくれ!」
「嫌です。これは秘密ですわ」
そうして部屋を出て、パルレはガーニー氏のいる部屋へと足を向けた。
「ガーニーさん。時間ですよ」
そして扉を開いたならば、本来中にいるべき人間はどこにもいなかった。
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