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わずかの記憶/一つの情報

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電脳世界にもぐりこんで、こっそりと手に入れた、検査不可能な異相電脳接続の感触を確かめる。今日も脳内変換ユニットは、電子の空を美しく並べなおしてくれている。古典的な黒と緑の平坦なゼロと1は、まるでどこかの妖精の空だ。


緑の電子の海におぼれれば、きっと帰ってこれないだろう。その中をわずかに泳ぎ、ホームページというボートで安息する。そして別の客船を好き勝手にいじっては、図書館を改造したり、文書を読みだしたりする。それが俺たちの仕事なのだ。


ヨハン・カノン・ガーニーはわずかに書き出して手を止めた。センチメンタリズムに沈んでみるときもあるが、それを残したところでどうなるというのだ。芸術の一つでも作る気か?


自分に必要なのはこの海で生命をつなぐこと。わずかなつてで手に入った、生きるか死ぬかの仕事なのだから、慎重に解体していかねばならんというのに、一つ侮ってこのざまだ。


誤作動防止にネットは最低限の病院に逃げ込みはしたが、あっちだって馬鹿じゃあない。すぐに追手が出るだろう――――そうなったときの為に、ごまかしに脳焼きをする予定もある。そしてそのあとの資金を手に入れるために、最後の会話を行わなければならんのだ。


彼はもうどこにもつながらなくなった海に、ほんの僅かつながっていたブイのネットを辿る。


ローカルの情報は最後の綱で、そこに爆弾を抱え込んでしまったのが最大の失敗だ。これ世界に流せばまた痛みを食らうのだろう。その前に終了する。


まさかとは思っていたが、あのストレイドが事実だったとは。


カノンを書き換えるような事実が目の前にあって、それに肩の肉をぶち抜かれて苦しんで、あの部屋は二度と使い物にならなくなった。平穏のミームは戦場に書き換わって、ガード以上の銃がまるでザクロのように破裂をさせる。その記憶データを再読することは、彼に伝えることを除けばもうないだろう。


とぷんとファイルの表層だけをなぞった――――もちろんこの感覚はシナスタジアのようなものであり、夢の中の快楽に似ている。実体はなく、目が覚めればなくなっているはずのものなのだが、自分はいくらか深いらしい。ときたまその思い出が、痛みとなって体に積もるのだ。


看護師の声が遠くから聞こえる。そろそろ目を覚まさないとな。


彼はゆっくりと息を吐き、脳内ネットから現実世界にログインした。


「物理で話したい、そう言っていたな」


面会ですよとの声で目を開ければ、目の前にいた男は語りだした。男の名は伝えられたことはないが、こうしてみればどこかのニュースで見たような気がする。だがそんなことはいい、今はとりあえず最低限を伝えねばならん。


ヨハンは戦場を潜り抜けてきたような雰囲気の男に、今の自分の状況を示して答える。


ベッドにほんの僅か残っているぬくもりは、自分が魂をどこかに置いていた時のままだ。彼は自分が生きていたこと、ひとまず安全の中に身を置けていることに喜びを隠せないらしい――――そして自分の失敗で身を危険にさらしたことに、遺憾と反省を除けない。


「ああ。ネットを使いたくない、というのはこういうことだ」


左ももから先をゴトリと床に落とした。神経接続式の義足で、中に最終手段を様々に収められるもの。


「一応武器にもなる…………もっとも気休めだ。そしてこんなもんがいることは、どういうことかわかるだろう?」


彼は新たなる脚をカチリとジョイントにはめこんで、アストラに続けた。


「『ストレイド』奴らのうわさは本当だった。だから俺はこうして片足も、腹の内臓いくらかも、骨も腱も、筋肉もカネも時間もなくしてここにいる――――多分場所が割れるのはすぐだ。どっちが先に来るかはカケだったが、わずかな返り血でわかるさ。やったんだろう?」


アストラのコートのすそに残る微量の白い液体の跡。本来ならば黒であるべきそれは、クローンだの特殊なことをした変なものが出す変わり物だ。


「……5人だった」


アストラは病室の戸とカメラを確認して、安全とみてコートをかけた。病院に持ち込めるぎりぎりの武器がこっそりと布地にわかり、滴った幾何かの跡を裏地にしるす。


「人間は5人だった、さ」


「……そうか。なら、人外がいることも知っているだろう。所謂ミュータント。そいつらの群れが『ストレイド』というわけだ――――いろいろ便益を引き出しているらしい。綺麗に俺はそれに引っ掛かって、始末人を送り込まれてこのざまだ」


憔悴をこらえる彼には何も言うまい。そんなのでいてもどうしようもないのだから、自分の言葉をさっさと押し出して、そして最後の時はゆっくりと決めてもらおう。ベッドわきのタブレットを取って、自分の脳とつなげて眠る。


「まあそれはそれとして、これがもらったデータだ」


それはネットの中にいながら、外部と会話するための義体とでもいうべき枠なのだ。音声で彼はアストラに語り掛ける。


「多分こいつは上に送る、処分データとでもいうべきものだったんだろう。しかもよっぽど重要なものをそっちは拾ったらしい。名前にバイタルだのがご丁寧に細かく書いてあった」


こういうことをするのは初めてなのだろう。何か微妙なものを抱えた彼を無視してヨハンは自分を映してみる。電脳上のボディは理想だから、寝ているものとはかなり違う。けれども同一性自体は自分なのだから、狂いもするのだ。


「データを送りたいから、オフライン結線を頼む」


「…………ああ」


タブレットにタッグをつないで、ちょっと冗談でこっそりと待ち受けだのを除いてみて、女優『オルレ・フィビシ』の記録らしきものを見つけて。何か群青色の彼の世界に、表層に安置して彼は外に出た。


「オーケー、転送した。じゃあ手元のを一緒に見てくれると助かる」


そしてアストラはファイルを開く。pingめいて確認用のをこっそりと仕込んでみたが、あまりセキュリティというもんはないらしい。まだつながっていたので、知られないうちに削除して、ヨハンはオブジェクトをいくらか作って、肩をすくめた。


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