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わずかの記憶/一つの日常

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「ガーニーさん、おはようございます」


パルレ・フィビシは今日もまた、日常の業務に準ずる生活だった。ただ誰かを救うために自分をすり減らして、でもそうして何かがなくなっていくのを、誰かの喜びで埋め合わせる日常。そのオリジナルはどこかにいなくなってしまったのに、自分はパラノイアめいてここにいる。


傷ばかりの彼を助けたかった、ただそれだけの為に勉強をして。目的に近いのは看護師だとわかって、受かって、その彼と喜んで、軌道に乗ったら全てを失って。


わずかの間だけ一緒に暮らしたけど、それはあくまで無くした代理であり傷心の埋め合わせでもあり、最後の思い出すらなくした彼が、どこか面影を求めていたのにつけいっただけだ。


その当人も炎の中にいなくなったから、私がこの仕事をする意味もない。辞表はいつでも辞められるようにポケットの中にしまってある。もちろん文章は、『一身上の都合により』から始まる定型句。


マシーナリー・エイジのご時世、そこまで苦労せずとも稼ぐ手段自体はあるのだし、人手だってそんなにいらないんだ。そうごまかして、でもここは人手不足だからと無理に肩入れをしているのだから、そりゃあ理由なんて思いつかなかった。愛着まみれでどうしようもなかった。


「はいはい、じゃあこれ飲んでおいてくださいね」


「ありがとうねぇ。いつもいいもん見せてくれて、ソッチもありがとうねぇ!」


いつも彼はこうなのだ。苦笑いして私は部屋を出た。


そうしてセクハラ患者に薬を届けて、隣のに点滴の準備をして。たわいのない会話を聞かされて、昼の食事の時間になった。最低限の仕事は終わったが、まだいくらかは必要な人がいる。


あわただしく駆けずり回って、それが終わったのは予定の一時間後だった。遅れたことを詫びながら、あらかじめのパッケージを開けて紐を引く。支給の食事は殺菌毒抜きされたもので、体調管理はいいとしても、味気無さばかり。慣れてしまったけれど、いつまでたっても好きには慣れないや。


パルレは、次はどこが一番忙しくなるだろうと息を吐いた。人の生死は限りがない。数え切れない仕事が潜在的にあって、だから体が足りなくなりそうだ。


いつの間にかコールが響いていた。病棟で機械の調子がおかしくなっているらしい。またあそこのバルブだのパイプだのが疲労で砕けたんだろう。素材が微妙なくせによく使うし、歳だって重ねたもんだからこうなるなと、私は飲みかけのコーヒーを置いて走り出した。


途中、車いすの少年がいたので、速度を落として会釈すると、彼は何かをつぶやいたようだった。


「君はどうして、苦労してまでここにいるんだい」


ええっ?と思って振り返ると、彼の姿はそのまま溶けるように消えてしまった。


おかしいな、幻覚だったのかな。パルレは眼をこすり、そしてピントを確かめて、また速度を上げ、何かが起きる前に病室にたどり着いた。


白い壁、白い床、整えられたバランスのベッドと機械郡。再生加速のためのポンプユニットと浄化装置だが、そこの一本のパイプ根元が赤く染まっている――――どうも詰まって液の沈殿で止まったらしい。チェックリストがサイドにあるので、それを取って示し合わせてみれば、まだパルレで対処できること。


「看護師さん、赤いですけど、大丈夫なんです?」


「大丈夫ですよ、ジャミーズさん。予備も動いてますし、交換しちゃいますから」


まだ猶予はあるから大丈夫だ。三時間以内だったら劣化も始まらないし、それを過ぎても浄化で対処できる。部屋にあるコンテナから予備パッケージを開けて、彼女は作業を始めるのだった。


「それならいいんだけど…………」


「ええ」


ガチャンと筐体を開けて、関係リンクを一つ一つ絶つ。リストに従ってゆっくり調整して、バランスを並べて。綺麗に部品を合わせて、液漏れ、消毒などの調整。パッケージングの雑菌は液の菌排除能力でどうにかなるし、表皮とメンブレン越しに流れるもの。体内に入るわけでもないのだから。


許容タイム内で終わって、許容汚染だったので、彼女はシステムを正しく終えられたと入力する。もちろん動きも綺麗に入って、修正されたので、これで終わり。なんだ、終わってみれば案外平穏だ。


満ちたと息を吐き、天井を見あげて落ち着く。


「これで、大丈夫です」


それを聞いて、彼も安心したようだ。


「そうか……いつも、ありがとう」


笑みをこぼされると、やはり満足をしてしまう。やめようと思っていたはずなのに、これだから自分はずっとここにいてしまうんだろう。根本だって自分のためじゃなくて誰かの為。優しくて悪くはないけれど、けれどだから踏み込めもしないのか。


懐中時計を出して、裏に貼ってある写真を見た。


「アストラ…………」


かつての姉の恋人。旧友。そして放火テロをした大罪人。そして自分ともども救ってくれた大恩人で、恋人殺しの有力候補。


音頭を取って救い出してくれたこと、長く友として互いに支えあったこと、すべてを失って怒りのままに破壊に走ったこと、理由なく被疑者とされて、理由もなく視聴率のためだけに争うように世間に殴られたこと。


彼には様々の思いがあって、それに触れることはとてつもなく痛いから、触れたくないと互いに逃げあった。埋まった銃弾を取り出せるし、そうしなければ後に四肢を失うとしても、そんなことばかりできっと、動けないんだろう。


ナースウォッチをしまい、交換した余りを廃棄して補充をするためワゴンを取りに行くと、同僚のミリガンが話しかけてきた。


「やあ、フィビシの嬢ちゃん!大丈夫か?」


彼はいつもこうして心配する。大丈夫だよとそのたびに言っても聞きもしない。諦観とともに肩をすくめれば、彼は好き勝手に言葉を押し出す。適当な相槌。そして次の仕事。


やってくるものばかりだ。無視しながらパッケージを出して彼に持たせ、ワゴンに並べて箱を閉じる。


パルレは時間を見て、今日こそはゆっくり眠ろうと心に決めた。明日は親友の誕生日でもあるので、それに備えなくてはいけないのだ。


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