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わずかの記憶/一つの休息

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無法の闇の中に下ってから、いくらでも戦う機会はあった。用心棒としての警護、ただ自分の住居を奪いに来る強盗との生存競争、敵対してしまった人間との決着。理由はさまざまであったが、それぞれに必死の理由はあった。


生きるための職業、安全のための闘争、決別への餞別。


でも理由は理由だけだった。ただ単純なる怒りだけの方が、どこまでも自分勝手なだけでマシなのだ――――全ては自分を切り売りするだけだが、しかし生きるということはそういうことだった。そうするしかなかった。


血をいくら洗い落としても落ちない夢を見た。


血に汚れた手でどこまでも鉱石を運んで、砕いて、ただ次の機械に運ぶだけの人間をしているのに、その足元は大量の死体が転がっているのだ。それを踏んで動いているのだ。


奴隷だったころと何も変わらない仕事なのに、脚ばかりを怨念が引っ張って止める。救ってほしかったのになぁと望んだばかりに、誰かの怒りを買ったのか。民という無限の王道はどこに楽土を作り出せるというのだ。


気づかないだけの血まみれで、人は何度だって殺す。飽きることはなかった。その作業を邪魔するものを、増やすこと以外は。


目が覚めて、その内容で、アストラ・リベルタスは不思議に涙を流している自分に気が付いていた。何か大切なパーツは二度も壊されて、きっとどうしても生まれ変わらないように心の器が壊されていると、彼自身でも気が付いていた。


今ここに居場所がないと、廊下で眠っていたこともあった。屋外なら自由になれるかなと思ったこともあった。けれどもそういうのは関係がなく、ただ治すことのできないコアの破損だったとしか説明が付けられなかったのだ。


だから必然、人との会話を望んだ。ほんのわずかの戦場の、拳という言語を楽しんだ。そのうち居場所は勝手に、戦いの中にしかないのだろうと思い始めていた。


銃を向ける相手の目から、殺すという明確な意思が入ってくるたび、彼はそれに拳で答えようとした。キラリと輝く刀の切っ先が空を滑るたびに、心を奪われながら砕く喜びを知った。戦いは楽しいことだった。


でも、だからこそ肯定してはいけないのだと、彼は苦しむしかなかったのだ。


アストラは琺瑯の剥げた洗面台で頭を洗い、血眼になって争いを探すような顔を、叩いてリセットする。命の糧は戦場とはいえ、心までもを闘争にうずめてはいけない。


今だ残る反戦の良識が全て終わったのなら、平穏に戻ろうとの決意を強固にさせる。この悪夢は、いつの日にか終わらせなければならない。


一新するようにシェーバーでひげを綺麗に剃った。傷はすぐにふさがるくせに、こういうところだけは人間の速度にとどまっている。不思議なものだ、『ミュータント』と呼ばれるほどに人外になり果てたはずなのに。


ホテルの戸がノックされて、ルームサービスがやって来た。急いで顔を拭き、パンとオムレツ、スープをもらって帰す。この頃はマフィアの警備で、そこ所有のホテルを宿舎代わりに使わせてもらっているのだ。


安部屋の穴埋めらしいが、フロント企業としてそれなりの金を送るだけはある。食事も悪くないので、できるならこの仕事をいつまでもしたいくらいだ――――ただ一つ、それが非合法の中でも、殺しだのに続かなければ、の話だが。


アンダーシティ・ケルスは存外闇ばかりだ。少しずつ入り込んでいく中で、コールド・タウンが壊された理由だって、なぜ俺がバッシングばかりされたかだって見えてきた。どちらもただ『経済活動』に邪魔だったから。


その裏には一つの組織があって、それは謎の目的で人間を連れ去りだの殺しだのしていることだって見えてきた。芸能、ニュース、文化といった表面から、アンダーグラウンド、ネットワーク、世論といった裏からも操作を続ける存在。彼らの上にあって、世界を意のままに扱える二つの巨頭。


それらが理由らしいのだ。なんとばかばかしい理由だ。そんな秘密結社ごときに世界は動かされるのか。


温かいオムレツに、小皿に分けられたケチャップをかける。だったら、俺は最後までそこに抗い続けて見せる。利用するだけ利用して、最後にはすべてを壊し返してやる。


フォークで切って口に入れ、味もあまり感じずに噛んで飲み下す。次にスープにパンを浸し、懐かしい思い出をちらりと脳裏に、運んでくれるあの手の代わりに、彼は自分でクリーム色の耳を味わった。


暇つぶしにタッグでちょいと世界を漁れば、ノーティス。『回収されたディスクだが、あれの解析にはまだ時間がかかりそうだ。でもあんなもんを持ってるやつだ、かなり重要に違いない』持っていたのがパワードスーツ着こんだ変人だったから、それの出どころが気になっていたのだ。


ポリスと同性能はあるだろう。悪くすればガード。それ以上だって条件によっては。


食べ終わった皿を廊下に出し、彼はこっそり取ってあるコピーと、そのデータを送ったハッカーからの返事を待つ。今回は黒い世界に詳しい相手で、今まで以上に慎重な解析をしてくれるだろう。


けれど一つの文字も返ってくることはない。もう一週間だ。六月の終わりに頼んでから全くない。状況も一切更新されることがなく、端末が起動していないか壊されたか、それとも当人が殺されたのかという状態。


今回も駄目なのか…………彼がそう思った時、その当人からメールが来るのだ。『物理で話したい。ミギヒラ病院に来て欲しい』


そんなところを会談の場所にするのだから、状況はひどく悪いもの。罠かそれとも契約解除か。調べに行くには、それなりの対価を支払わなければならん、か。


開いているのは今か明日。ならフルで使える明日にしよう。


メールを返して、彼は次の仕事の為、支給された拳銃を棚から取り出した。


ついでにこいつが、最後の手段として動いてくれるようにしないと。


何が襲って来るかはわからないし、病院にそこまでのチェックはない。あっても電子チップだけで、こいつはそれのない浮いた銃だ。


スライドを引き、スライドストップを抜き。一連の簡易分解に入り、彼はオイルとウエスを取り出す。眠る前に、これだけは終わらせておこう。


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