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まだ眠れる獅子の牙/悲劇の始まり

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それからしばらくは、ニュースを見て過ごした。二週間は外に出てはいけないというのが国の指針であり、その時点で感染が確認できなければ安全、らしい。いちおう日の労働でその分の金だけは持てていたが、果たしてそうできない人間はどうなろうか。


もともとアストラ自身、こうなって流れ着いた人種だ、落ち着けるだけの金を持てなければ、力のある体にならなければ、自分だって疑われるままに働きに出ている。


舗装されていない道を歩かなければならないのに、誰も靴をくれないのだ。あきらめるしかない――――それが感染を広げるのだと、一部は殴る向きもあるがな。


思えば世界も案外狭くなったもんだ。1クラス40人が世界の限界だった時代はいつへやら、ネットで世界と全てがつながると思えば、敵国だからと切断。インフラに世界はないと思われていたら、パイプラインの石油だけで戦争が起きるのだ。


だから平穏ってもんにも限度があるとはいえ、さあ。


目先の感情で動くこと、それしか道がないと思うこと。そうしなければならないという強迫観念にとらわれて動くのを、悪いこととは決められないのだが。


燃やしきった家の贖罪を仕切るまでは。


否定的な世界ばかり見せるつながりをアカウント切り替えで振り捨て、アストラは部屋の中にある自家発電機にまたがり、レンジのための電気をためる。5分で10%は使うのだ、今では少し心もとない。


それでも一般家庭がバッテリーで一日生活できるくらいには、世界は進んだ。肉体労働で支えられる世界を、嬉しく思うべきだったのか。


変な哲学をぐるぐるさせ、彼は無を脳に押し込んで考える。それがここに起きないといいが。


タッグにノーティス。ウェルからで、『外でちょいとトラブル。ハルが解決した』というらしい。窓から外を見てみれば、鉄パイプを持った人間が簀巻きにされているのが見えた――――彼女が気づいて、手を振り返す。


隔離にある自分と比べるのも何だが、元気そうだ。いわゆる濃厚接触を避けろと出られないのをわかっているから、ハルは身振り手振りで何かを伝えようとした。そんなことされても、ここからだとわからないっての。


アストラは肩をすくめ、大きなバツを手で作った。


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数日たてば、少しずつ患者が増えてきたというニュースが来た。対岸の火事だろう。そう思っていた馬鹿者どもが外を闊歩して、好き勝手に気ままに歩く。もともと閉鎖空間――――とはいえそれなりに広い開放地帯――――のアンダーシティには、地下トンネルか地上経由かしか外への移動手段はない。


だから逃げようというものも多いのだが、ロックダウンを宣言されればそれも押さえつけられた。


ひとまず、潜伏期間は半分過ぎた。アストラの体に熱などの症状は一切なく、まあ健康体であることがわかる――――彼はタッグで外のニュースを見ながら、日常を過ごすのだった。


「ついに死者が49人、か…………あの人は助からなかった」


少し前に彼が担ぎ込んだ男は、そのまま看護の甲斐なく亡くなっていた。感染病棟隔離の観点から、遺体はそのまま火葬。骨しか会えなかったらしい。


時代は時代とは言え、これしかできないか。


変異型が誕生したらしく、熱から呼吸器を侵すものも広がり出したらしい。研究所曰く、旧来の感染症との混合型。死ぬことはほとんどないが、その代わりにひどい症状が長く続くらしいのだ。


少しずつそれは、アストラたちの街をむしばんでいった。


倒れた人間は25人。見知った子供も病に苦しんでいて、血を吐く方は4人が死んだ。普通に生きていたはずの人間が、いつの間にか透明のバッグに行って、最後にモルグ。外から見るしかすることがないのに、最後の会話があれでよかったのかと、いなくなっていく知り合いを見てそう思った。


ウェルからのメールが来た。


「また一人、倒れた。…………もう限界」


「金、か。働きに出れなきゃ、日雇いには死活だもんな」


アストラは返信し、これからの生活を鑑みた。すぐに帰ってきた返信は、彼の思うものではなかった。


「戦いよ。守るための」


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少しずつ日が進むにつれて、隠されていた人間性が明らかになってきた。外の人間はここを諸悪の根源だとみなし始めたのだ――――ホームレスを殺せ!そんなデモがどこかで開かれたらしい。


平等にかこつけた権利拡大運動も波を広げていった。こんな時期だから、我々にも力を与えよ。ただし何も与えることはないが。


そんな傲慢だのがたくさん並んでみれば、結局誰のためなのだか。痛みだらけの時にこそ、誰かを救わねばと誰も思わないご様子で。外では怒声が飛び始めていた。


ホームレスは病院に行くこともなく、隔離することも不可能。だから殺してしまえ。


それが彼らの理屈だった。好きで家を無くしたわけでもないのに、奪ったのはお前らなのに、という人間が反駁しても、彼らは全く聞くことはなかった。むしろ痛みを増やす結果に終わり、人が少しずつ壊れては離れていった。


不法に占拠しているのだから、権利などない。それが言い分でもあった――――この土地はアーカ爺さんの持っている土地だし、本人がここに住むことを許可しているのだからと返してもなしのつぶて。馬鹿者は悪を全だと善だと言い張るばかりだ。


ハルやウィンが少しずつ傷ついているのが、動きで分かった。自分は隔離の為に出られないというのがもどかしく、仮に病の身であったならばそういう頼みをしなければならない。それが恐ろしい。


窓から今を知ることしかできない。電気を自分で作れなくなったら、もはや終わることも。


アストラは空咳をし、ベッドに寝ころんだ。


収まってくれと願うしかない。


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