まだ眠れる獅子の牙/鍵
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一通りの片付けは済んで、ただ変わりない日常に戻ってみれば、その勢いの差で風邪でも引いたらしい。ガキの中にいくらか病院に行くというのが現れて、でも親は仕事だからと代理人を立てることとなり、それはだいたい全部アストラになった。
まあ仕方ないだろう。ジャンクの山で怪我だったり、動きすぎて肺臓の機能が落ちたりだろう。いつも以上に子供らは元気だったから仕方あるまい。
なんだかんだ、子供という存在も好きだから――――自由を受けていられるという本当の幸せを、壊したくないのもあるから。
イースターの間、何だかんだと理由をつけてはバーベキューだのをしていた礼もあるのだがと、アストラは鉄骨を工事現場のクレーンに釣った。ウィーヴスに乗れるというのもあって、代理には困らない。
少し前は壁の補修、今はビルの工事。珍しく建て替えだってので駆り出されていたところにこれだったから、仕方ないのだ。
灰白色にさび止め入りの柱が上がっていくのを確かめて、彼は上に行く。機械化されているとはいえ、まだ人力は安い動力として人気があるのだ。
そうして組みあがっている足場をもとに、最低限出来ている根本に装備を施す。まずは壁のフレーム、配管。そしてシルクリートで整備ハッチを作りながら埋める。固まるのを除けば4日で1フロアが最低限形になるので、少なくとも4日はこの場で働くことになるだろう。
フェンスで覆われたエレベーターで昇り、断熱材と溶接機持ちがそれぞれ1人ずつ一緒に上がった。
「そういや、最近は風邪の季節か……あんた、あいつの娘の病院の為に代理としてきたんだろ?」
「地下風邪はこじらせるとつらいもんな……しょうがねえが、こうなるのも」
「それは問題ないさ。俺だっていくらかはこなしてきた。このくらい」
「腕は認めるがな。だがジョニーの代替にはちょい足りん。効率さえ身につければ幾分マシにゃあなるがな」
「所詮代わりさ。病気治れば戻るってよ」
「違いない。ま、期待してるさ」
すくめすぎてずり落ちたのか、溶接機の男はバックパックを背負いなおした。
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少しの間の昼休み、同僚に誘われたので外食店に赴くことになった。だがその店は悲しいことに病気の為営業しておりませんとある。
「……いやあ、悪い。でもまだおすすめはあるんでな……」
それから3分ほどかけて別の店に行ってみても、そこは休業。今度は材料を届ける業者が休んだらしい。
「……予想以上に、地下風邪の影響がひどいんだな」
まあもちろん流行していると言ったのだから、これで終わりのわけがない。それを4度繰り返し、結局無人ストアで加熱食品に決めて、アストラたちはイートインで食べることになった。
「悪かった」
「いや、謝らんでいい。悪いのはウイルスだ」
「だが……」
「だから大丈夫だって。店はまた後で来ればいいんだから」
「……ありがとう」
彼はいくらか詰まりながらオムレツを食べていたが、途中でむせたらしくせき込んだ。大丈夫かと背を撫でながら聞いてみたが、その咳はどうしてか止まらず、堰を切ったように激しくなる。見れば手に喀血していた。
マジかよ。
彼はタッグで連絡し、病院に行くからあきらめてくれと急いだ。徒歩で5分。それくらいなら走った方が早い。アストラは男を背負いながら、診療所になだれ込んだ。
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アストラまで検査を受ける羽目になり、彼本人は無事だったけれども男は罹患していた。だが指定感染症扱いとなるので隔離となり、結核のごとく彼は出られなくなったのだった。
修理を重ねて部屋はちゃんとした機密が保たれているので、窓を開けずに換気とエアコン。彼はレンジ物の食料を買いこんで、足りなくなれば配達の手はずも整えてある。まだ電気は引いていないので自家発電だが、定期的に運動さえできれば十分だ。
「久方ぶりの休みってのに、こうなるとはねぇ」
タッグ環境だけ使えるようになったのが幸いだ。
しばらく部屋で見ていれば、外からノックの音。出るわけには行かないから、受け渡し以外なら帰ってくれとアストラは叫んだ。
「しばらく出られないのは知ってる。差し入れ持ってきたんだけどさ」
声から察するに、ウェルだった。
「置いといてくれると助かる。なんてったって新型ウイルスらしいから」
「それも知ってる。現場の人は取り合えず回復したって伝えに来たんだけど…………」
そこで外からものを置く音がする。アストラはタッグの画面を切り替え、そういえば伝えてなかったな、と自分の番号を伝えることにした。ウェルもそれに賛同し、扉越しに声のやり取り。
「G、A、小文字のB、それから」
一文字一文字読み上げて、試しに空メールを送ってみたけれど失敗で。どうやら口頭でやったのが失敗なのか、と気づいたのは最後の最後だった。
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