ノーネーム
今回までのあらすじ
秘密組織ラビッツのミュータントであるエンデラは、自らの相棒ワルキュリアと共に謎の殺し屋を追っていた。しかしその最中で子細不明のミュータントに襲われ、ワルキュリアは命を落としてしまう。
ここは戦うべきか、逃げるべきか?
その問いにエンデラは自らのルーティンに従い、一度引いて攻撃をかけるべしと決断するのであった……
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エンデラ・マルコフは目の前に転がる肉塊をみて、三度目の絶頂を迎えるところであった。当然転がっているそれは彼が自らの欲望の為に殺した幼い少女の結末であり、それは彼の怪獣的生嗜好を満たすためだけに肉塊となり果てたものであった。
エンデラは小さなかけらのうちの一片を自らの腹に押し込み、自分のものとあまり変わらないであろう味を全身で確かめる。
「……ああ、やはり……」
そして彼は意味のない感想を述べた。窮地に陥った時はいつもこうして、自分の心を落ち着けてから対処するのが一番なのだ。
それにより彼は充分な精神的エネルギーの補充を終え、自分を追う強大な存在のことを考える。
つまりは自分よりも強力な力を持つ、あからさまに尋常でないミュータントのことである。
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ケルス・シティの暗い空は、全ての物事を飲み込んでは隠してしまう。それはたとえ百人単位での虐殺であったとしても、千人単位の詐欺であったとしても、万人単位の健康被害であったとしても。
そして当然ながら、一人単位のミュータントによる壮絶な死闘などは言うまでもない。
よって今ここに消えていく、戦いを始めようとするミュータントらの姿が存在した。
二人のうちの一人は、今しがた少女を殺し最大にまで自らの対処能力を高めた、エンデラ・マルコフ。そしてもう一人は、果たして名もわからぬ圧倒的な戦闘経験を持った、正体不明のミュータントであった。
謎のミュータントは何を考えているかも、どうして行動するかもわからない。ただ組織の人間のみを狙って殺すと言われている、正体不明の存在であった―――そしてそれは、既にエンデラの相棒を既に一撃で殺してしまっている。
ああ、わが相棒。ほとんど同じ実力を持ち、自分とのコンビネーション攻撃で無敵を誇っていた最高の相棒、ワルキュリア。
彼は二人でミッションに当たる前の、選定ポイントへの移動時に一撃で殺された。どこかから飛んできた金属製の杭によって頭を吹き飛ばされ、何も遺言を残すことなく逝ってしまったのだ。
脳裏に脳髄の5割を周囲にまき散らされた彼の姿が浮かぶ。彼の個人的趣向を初めて受け入れてくれた、唯一無二の相棒。
それをどうして、俺はこんな風に失わねばならないのだ。
彼は雰囲気で自分を殺すと叫んでいる目の前の男に向き、言葉を吐いた。
「……お前か。相棒を殺したのは」
すると目の前の人型は言わんでもないという風に息を吐き、
「それがどうした。お前もすぐにそっちへ送るのだから、聞いても無駄だ」
と高位階の悪魔のごとき恐ろしい音を発し、より構えを深くする。
ほんの少しだけ相手に恐れを持ったがすぐにエンデラは、
「……ならば、貴様を殺してでも俺は犯人を見つけて見せよう………さあ、かかってくるがいい」
と構えて振り払った。
ケルス・シティの重金属粉塵交じりの雨が、二人をしとどにぬらす。足元の滑りという大敵を生むそれは彼の戦法にとっては好ましくはなかった―――能力で生成した障壁の足場を用いた高速戦闘こそが、彼の持ち味であったからだ。
摩擦係数を減らしてしまう水の粒は、何をどうしてか障壁に相性が悪く、触れた瞬間に障壁を消し飛ばしてしまう―――空中でそんなことが起きたとすれば、彼は簡単に回避不能の死へと陥ってしまうだろう。
充分に研鑽を重ねた挙句に、水の触れる間もないほどの瞬間的な足場生成という技を身に着けたのだが、それにはとてつもない集中が必要となるし、きっとあれほどの相手ならばそれを許さないだろう……。
エンデラの思考が限界まで加速していく。主観時間が限界までねばつき、彼の脳髄に微小動物にとっての水のごとくまとわりついた。
普通の技量では勝てない……ならば奴とはあえて平面的な戦闘を行い、それしかできないと相手が錯覚したところで全開の空間戦闘で一気に削り殺すのが勝利へのルート!
そして一滴の雨が落ちる。ぴちゃりという音が双方の耳に届き、神経の限界を超えた速度で、これがこの戦闘の開始点であるのだと冷静に告げた。
エンデラの脳内に敵が動くすべての創造しうるパターン情報が生成される。そのほとんどすべては右の足を起点としての前方向への走りから始まっており、それを潰せれば容易に敵を不利な状況にすることが可能であることが見えた。
そこでエンデラは自らの能力をあえて敵側に向けて使用する。彼の能力である結界生成は半径10メートル圏内に1メートル四方までの物理的な実体を持ち、一定の摩擦係数に強度、物理的特性をもった空間の壁ともいうべき実体を生み出す能力であるのだ―――攻撃を防ぐまでの強度は無いが彼はそれを利用し、相手の足を空中で止めることによりバランスを崩してしまおうというのだろう。
それを選択したことによって彼の脳内で想定されるパターン情報がほんの少しだけ更新された。
曰く、目の前のミュータントはバランスを少々崩すがそれをごくごくわずかの時間で修正し攻撃に再度かかるであろう。しかしそれによって生まれた小さな誤差が攻撃を回避するのには十分であること、そして相手の攻撃終了後の体勢調整にも微小の攻撃可能な時間的猶予が存在し、それを利用すれば一撃での勝利を収めることが可能であるはずことから、彼の勝利はほとんど確定していると言っていいだろうことが理解できる。
エンデラはセットプレイじみたこの流れで完璧な最後を収めるために、想定した最高の回避手段であった前転で攻撃をかわし、そのまま足のバネで背中方向に宙返りを決めつつ蹴りをミュータントに叩き込む。
当然これは回避され、そのまままっすぐカウンターが飛んでくるはずだろう―――だがその時が奴の最後!その勢いを自分の勢いで増して完全なる勝利のための一撃に………。
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「さて、思考機能と感覚器をまともに生かしておいたんだ。少しインタビューをさせてもらおうか」
アストラは今までの技術を使い、身体機能を生かしたまま体の動きだけを殺した目の前のミュータント―――エンデラに言葉を吐き捨てる。
「どうだい?カウンターを決めようと思った相手の回避したはずの攻撃で死ぬ気分は」
彼はわざと嗜虐的な表情をして問いかけた。
「それもこれもお前が吐いてくれないからだぜ?」
それにエンデラは答えない。答えられない。肉体と精神を繋ぐ重要な神経部分だけが死んでいたからだ。
「さあ吐けよ。『お前の従うお上さん』についてさ」
しかし当然ながらエンデラは答えない。彼の背後のゴミ箱の中にいた鴉が無慈悲に内臓と引きずり出そうと肉をつつき始めても、一切の言葉も、無理矢理接続されたパルス感知システムにも、何の反応をも返さない。
「………そうか。ならば仕方あるまい」
アストラは右の拳を固く握った。
そして今日もまた、壊滅的な鐘の音が鳴る。
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