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まだ眠れる獅子の牙/前夜

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力について、何度も考えてみた。何もないものもいるけれど、ほとんどがそれぞれの力を持って変質する。突然変異を意味するごとく、人類から生まれた新たな変態。それがミュータントだ。


ゆっくり、少しずつそう習った。働きながら、力を使いながら。人間でない化け物じみた力を見慣れている彼らにとっては一つ増えた日常だったが、当人にとっては恐ろしい異常だ。自分がもうかつての自分でない。赤子の手をひねるというが、それを誰にでもできるという恐ろしさ。


それが今のミュータントの力だ。モーターを引きずり出して、細かいことを関係なしに中の細線を切れないように引き延ばして丸め込む。そんな神業ができてたまるものか。どこまでも続く無限の墓標のごとく、たった一本の線じみて生み出すことができる力。ウィーヴスとほとんど同じだけのバカ力だ。


理由は知らないが、かつて使ったのと同じかそれ以上のパワーが宿る。ともすれば炎すらも飛び出してきそうだ――――自分はそれをしてしまった。怒りから燃やしてしまった。


アストラは新品の時計を見て、ほんの少し意識を研ぎ澄ませる。クロノスタシスが圧倒的な速度で時空をゆがめ、世界が止まったかのような感覚で彼は手を振ってみた。一秒も動いてくれない世界の中で、彼は圧倒的な速度でため息をつく。その速度は土煙を上げさせるのだ。


ガラス瓶に入ったドリンクの瓶を開けて、一口飲んでみる。


「これで、終わりか」


今日の仕事はもう残っていない。だいたいのノルマで合わせればこれくらいとして、彼は昼飯を食いに近くのレストランにでもと歩いて出た。


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合計で経過時間は一カ月。最初と比べれば大きく部屋の中身は変わった――――ちゃんと壁紙を張られた内装、隙間風など入ってこない窓。布団もベッドもちゃんと出来上がっていて、寒さなぞ毛布とストーブにかかればないも同然だ。


壁に飾った風車を眺め、久しぶりに買い足した物理書籍を並べては悦に浸る。ハコがあったから入れなければという感覚で出来たDIYの家具だけれど、どれもちょうどいい気がする。電気も購入と自家発電の併用にしているので、暇つぶしに漕げばかなり期間を減らせるのだ。


アストラは書台に広げたページをめくりながら、自家発電機で足を動かす。おそらくタッグ4台分はもう貯めたろう――――だが、この一冊を終えるまではまだ動く気は無い。ビブリオフィリアではないが、目の前にある物は終わらせたいと思ったからだ。


そうしてしばらくモーター音だけを響かせると、アナクロな柱時計が正時を示す。ボンボン六度連なって、ちょうど飯にはいい具合。さて何にしようかと増設したキッチンに向かおうと思うと、ドアを叩く音があった。


「やっほ」


いつもの通り、ハルだった。


「何しに?邪魔しに来たなら帰ってくれると助かるが」


「なら帰るわ……って、そうじゃないでしょう?」


「どうせいつもみたいに『あっちで重いもんがあるんだけど』とか手伝いに駆り出されるんだろ?知ってるさ」


アストラは気にも留めず、台から取ってページをめくり続ける。


「それに七時にはレストランを予約してあるんでね」


もちろん嘘だが、そう放っても見るのだった。


理由をつければ引っ張れると思っていたのか、いくらかぶすくれた彼女は、勝手にベッドに横になってタッグを取り出した。


「ああそう。なら終わるまで寝てるわよ」


「人の部屋だろうが」


「土地はアーカ爺さんの。ビルは私らが借り受けたもの。どっちが蹴りだされると思う?」


「家主特権かよ…………家賃で勘弁してくれ」


ハルはゲームでもしているらしく、片っぽだけを耳に突っ込んだイヤホンでごろごろする。ついていない方からはかなりオールドなピコピコ音声が響いていた。


「家賃は最初から差っ引いてるわよ。水道とか電気は知らないけどね」


「外道が」


「もう人間じゃありませんっての…………あ!」


「どうし……ああ」


ゲームオーバーだったようだ。


「人の部屋で遊ぶからだ」


「じゃあなんかしなさいよ。下でガキどもと一緒にさ」


「悪いが、その親となんぞあるのさ」


アストラはそうつぶやくと、部屋を出る。


「そろそろだろ?イースターは」


時期はそろそろ四月になり始めている。かなり前に『毎年だから』と手伝ってくれと言われたのを承諾していたからだ――――エッグハントにどれくらい注ぐかは、少し前に瓦礫に残っていた卵を見て気づいた。よく見てみれば二年前の年が書いてあったくらいだから。


「そりゃそうだけど……でもさ」


「お前さんは参加する側だろうに」


アストラはその卵を投げ、ハルに続ける。


「たまには大人だって、ガキになるだろ」


そして彼は部屋を出た。タッグを見ると、ウェルから今年の図柄と隠し場所がある――――これを来週までに、こっそりと。小さな会合に向かい、彼は足を進めた。


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大量の卵を一つ一つ隠しながらペイントする作業は、手分けして二十人でしていた。日の終わりに趣味の時間を一時間だけ削り、子供たちがまだ寝ている間に手をつける。赤青黄色などのペンキにプラスチックの卵をつけ入れてベースの色を作り、その上に根の色を消さない程度に絵を描きいれるのだ。


子どもの好きそうなキャラクターはさすがに描かないけれど、ハートだの星だのをちりばめたり、ステンシルで文字を加えてみたり。乾かしに失敗して色が垂れたり、どうせならと最初にテープでマスキングして白線を作ったり。


飯の時間だが、今日は金曜日。休日に向けて少しだけ残業の多いこういう時間だからこそ、集まってごまかせるというものだと。


アストラは独身連中とペンを融通しあいながら、手を動かしていた。


「ガキの頃もあった祭りだが、裏方ってのはこんなに忙しいものとは」


その頃はうらやましく見ているだけであったが、それでも雰囲気だけは楽しかった。子供だけでそれらしいものを作ったこともあった。


「なあに、慣れれば絵描き趣味にできる。じじいの楽しみさね」


「アーカ爺はそうかもしれんがねぇ」


娘を『仕事がちょっと長引く』と妻にごまかしてもらっているシャルクと、愛する妻とともに楽しんでいるアーカが話している。午後七時から一時間残業になったというのはもちろんサンタクロースが父親だとでもいわんばかりの隠す気のなさではあるが、そもそもこっちはアタリのを作るからだ。


指定の色と模様さえ入れれば、あとは隙に作っていいとプレゼント企画の主催たるウィンは言っていた。なんだかんだで彼も全員が楽しめるようにしたいらしく、最後は自分が行うというのだ。


アストラは、まあそれもいいのかと手を進める。


「設置はやってくれるんだから、まあいいだろうさ」


「だな。子供も大人もない探しができるんだ、悪くはない」


皆そう思いながら、絵を描くのだ。


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